この作品のレビュー
平均 3.8 (43件のレビュー)
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あなたの『好きなサンドイッチの具材は?』なんでしょうか?
1760年頃にフランスで生まれたという、二枚のパンで『具材』を挟む『サンドイッチ』。ハムや野菜、コロッケなどなど、『サンドイッチ』のお楽しみ…はその二枚のパンの間に隠された『具材』にあるとも言えます。おにぎりの『具材』同様、『具材』次第で無限の可能性を秘めた食べ物、それが『サンドイッチ』だと思います。
スーパーやコンビニに行くと数多の『具材』が挟まれた『サンドイッチ』が並べられています。今日はどれにしようか?そんな選択にその日の気分を反映させることができるのも『サンドイッチ』ならではの楽しみです。そして、そんな『具材』を選ぶ人それぞれのその時の思いを垣間見ることができるものでもあります。なかなかに奥深い世界を持つもの、それが『サンドイッチ』だと思います。
さてここに、『大阪の西区にある』『サンドイッチの専門店』を訪れる人たちを描いた物語があります。美味しいそうな『具材』の紹介に、思わずそれください!と言いたくもなるこの作品。そんな『具材』を選ぶ人の胸に去来する思いを見るこの作品。そしてそれは、『誰もが食べたことのあるものって、その人だけじゃなくてほかの誰かにとっても、楽しかったり悲しかったりする食べ物かもしれない』という言葉の意味を『サンドイッチ』に感じる物語です。
『タマゴサンドが捨てられていたと聞き、わたしはショックだった』というのは主人公の清水蕗子(しみず ふきこ)。姉の笹子が『大阪の西区』で始め『開店して三年を迎えた』『サンドイッチの専門店』『ピクニック・バスケット』を手伝う蕗子は『常連さんの』阿部から『タマゴサンド』が『店のすぐ前にある靱公園のゴミ箱に捨てられていた』、『若い女の人やったな。OLふうの』という情報を聞き『聞き捨てならない』と思います。そして、姉と開店準備を進める中、『ねえ、蕗ちゃん、タマゴサンドを買った女の人、若いOLにおぼえはある?』と訊かれます。『さっきの話が頭から離れないようだ』と思う蕗子は『もしかしたらあの人かなってのはある』と返します。『わたしと同じくらいの歳かな。スカーフを首に巻いて、髪をきっちりアップにしてた』と続ける蕗子に『タマゴサンドが気に入らなかったなら、もう来ないかな』と言う笹子。そんなところに『常連客』の小野寺が入ってきました。『三十過ぎくらいで』、『ちょっとお調子者っぽい人』という小野寺は東京に行っていたのでしばらく来れなかったことを説明します。『あっちはこういう、卵焼きのサンドイッチ、見かけへんし』と言う小野寺。『タマゴサンドといえば、ゆで卵をマヨネーズであえたものがほとんど』の一方で、『笹ちゃんのタマゴサンドは』『塩味の卵焼きが、バターとケチャップを塗ったパンにはさんである』という違い。そんな話を聞いていた蕗子は『もしかしたら今朝のタマゴサンドを捨てた人、関東から来た人なんじゃない?思ってたタマゴサンドじゃないことに気づいて、食べずに捨てた、とか』と言うと、小野寺に『タマゴサンド』が捨てられていたことを説明します。そんな中、『じゃあ、ゆで卵のサンドイッチもつくってみようかな』と話す笹子は『話をしてたら、なんだか食べたくなってきたの』と続けます。
場面は変わり、『おいしいサンドイッチの店がある』と同僚から話を聞き店を探すのは雅美。取引先の担当者から勧められたという同僚から紹介され営業職の雅美が早々に対面したその担当者は『中学のときの同級生』でした。『ちょっとしたきっかけで疎遠になった』という過去を思い出した雅美は、改めてそんな『彼女がよく行っているというサンドイッチ店をさがす気になった』のはなぜだろうと自問します。そして、『ピクニック・バスケット』という店を見つけ中に入ります。『ふたりは姉妹だろうか』と思う中、店員に迎えられた雅美は『ツナれんこんのサンドイッチを買い』、店を後にしました。『気候のいい時季』でもあり、『公園で食べることにした雅美は、ベンチに腰をおろ』します。そんな時、『うまいよな、そこのサンドイッチ』、『それ何サンド?』と『猫を抱いた男の人』に『突然話しかけられ』た雅美が、『…ツナれんこんですけど』と答えると『僕、常連なんや。あそこのいちばんのおすすめ知ってる?』と訊かれます。『タマゴサンドや』と答える男に『わたし、あれはきらいなんです』と雅美は答えます。『卵焼きがきらい。いやなこと思い出すから』と続ける雅美。それに、『いやなことって?』と訊く男に『話すようなことじゃありませんから』と返す雅美。男は一旦立ち去ろうとしますが、振り返ると『ゆで卵のサンドイッチならきらいとちゃう?』、『じゃあそっちを買ってみてや。卵焼きがきらいな人のために、ピクニック・バスケットの店主がゆで卵のサンドイッチもつくってみたらしいからさ』と語り去っていきました。『ずっと前、あの子がゴミ箱に捨てていた卵焼きは、あんなふうな色だった』と過去を思い出す雅美…。『タマゴサンドが捨てられていた』事件の裏には何があったのか?…という最初の短編〈タマゴサンドが大きらい〉。サンドイッチを上手く物語に織り込んでいく好編でした。
“大阪の靱公園前にある「ピクニック・バスケット」は開店三年目を迎える手作りサンドイッチ店。 姉の笹子と妹の蕗子のふたりで切り盛りするこのお店には、個性豊かな人々が訪れる。具材と一緒に思い出をパンにはさんだ絶品サンドイッチが、あなたの心をおいしく癒します”と内容紹介にうたわれるこの作品。谷瑞恵さんの代表作でこのレビューの時点で第三作までシリーズ化されてもいる人気作品です。そんな作品で中心になってくるのが誰もが知る『サンドイッチ』です。表紙のイラストがそんな『サンドイッチ』をどこかのどかに描いてもいますが、この作品はそんな『サンドイッチ』が重要な役割を果たしてもいきます。
では、そんな物語を三つの方向から見てみましょう。まず一つ目は物語の舞台ともなる『サンドイッチの専門店』『ピクニック・バスケット』についてです。主人公の清水蕗子と店主を務める姉の笹子が営むお店について見てみましょう。
● 『ピクニック・バスケット』について
・『開店して三年』の『サンドイッチの専門店』、『大阪の西区にある』
・『レンガ色の壁と白いドア、軒の赤い屋根』
・『通りからだと入り口がわかりにくい。目印は、路地の手前にある立て看板』、『白い板に赤い文字で店名』、『手書きのメニューも貼ってある』
・『店内には少しばかりのイートインスペースがあり、三人ほどが並んで座れるカウンターと、シンプルな木のテーブルと椅子が置いてある。窓の外には、狭いけれどテラス席もある』
・『朝からやっている店』、『ランチタイムが終わると店を閉める』
個人的に『サンドイッチの専門店』という形態のお店は目にしたことがない?のですが、これだけのイメージでも十分に雰囲気が伝わってきます。なんだか入ってみたくもなってきます。では二つ目にそんなお店で提供されている『サンドイッチ』を見てみましょう。
・タマゴサンド: 『素朴なお母さんの味』、『けっして出汁巻きではない、塩味の卵焼きが、バターとケチャップを塗ったパンにはさんである。厚く焼いたタマゴの味が、しっかり口の中に広がる』
ここで、あれっ?と思われた方とそうでない方に分かれると思います。後者の感想を抱いた方は関西のさらに一部地方の方と思われます。それ以外の方は『タマゴサンドといえば、ゆで卵をマヨネーズであえたもの』を思い浮かべられるはずです。この『タマゴサンド』が登場するのは冒頭の短編〈タマゴサンドが大きらい〉に登場するものですが、冒頭にへぇーっと思わせる品を持ってくるのは流石だと思います。もう一つ見てみましょう。
・ハムキャベツ炒めサンド: 『ハムとキャベツを炒めたシンプルな具だが、ハムの層とキャベツの層が交互に重なっていて、ピンクとグリーンの縞になった断面がなかなか美しい』
こちらはどことなく想像できそうですが食べたことはないですね。『ローストビーフみたいなよそ行き感がない』、『庶民的なおかずのイメージ』、『ベーコンレタス』のような『ちょっとおすましした感じ』もないという絶妙な比較がなされながら読者の頭の中にイメージを浮かび上がらせてくださる谷瑞恵さん。この作品は”食”に強く焦点を当てるというほどではないですが、『サンドイッチの専門店』が舞台となる中には自然と美味しそうな『サンドイッチ』の数々が紹介されていきます。これは大きな魅力だと思いました。
そして、三つ目はこの作品がいわゆる”起点・きっかけ”ものであるという点です。私は、小説のなかで一つの場所・モノが”起点・きっかけ”を作っていくタイプの作品が大好きです。このタイプの作品で最も有名なものは青山美智子さん「お探し物は図書室まで」だと思います。図書館司書の小町の元を訪れた主人公たちがそこに”起点・きっかけ”を見出していく物語です。他にも古内一絵さん「マカン・マラン」、標野凪さん「今宵も喫茶ドードーのキッチンで」などこのタイプの作品は多々あります。この作品では、そんな”起点・きっかけ”を『ピクニック・バスケット』で提供されていく『サンドイッチ』に見るというのが基本的なストーリーです。何に”起点・きっかけ”を見出すかは作家さんの腕の見せ所だと思いますが、『サンドイッチ』の『具材』にそれを当てていくというのはとても面白い発想だと思います。二つ目に書いた”食”の描写にも繋がることもあってこれは人気が出るはずだと思いました。では、そんな五つの短編について簡単に見てみましょう。
・〈タマゴサンドが大きらい〉: 『タマゴサンド』、『卵焼きがきらい。いやなこと思い出すから』というのは営業職の雅美。『中学のときの同級生』だった石原塔子と仕事で偶然に再会するも『ちょっとしたきっかけで疎遠になった』過去を埋められません。一方、『ピクニック・バスケット』では『タマゴサンド』を捨てている人が目撃されたという話にショックを受ける笹子…。
・〈ハムキャベツの隠し味〉: 蕗子の前に『挑発的な目』で現れた女子高生は『偵察に来た』『もうひとり女の人、いるやん?あたしのお父ちゃんとつきおうてるん?』と語ります。まさかと思う蕗子。一方、家に帰った成田真理奈は祖母に『今日はキャベツ炒めにしよ。あたしつくる』と伝えます。『父は母のキャベツ炒めに惚れて結婚したと聞』く真理奈は父の再婚を認められず…。
・〈待ち人来たりて〉: 『ご注文のパン、ちょうど焼き上がったので…』と配達するのは川端勇。そんな川端の大叔母の話が出る中、川端は『ずっと入院したまま、一進一退』と説明します。しかし、その場にいた小野寺は『川端くん、それは違う…クイーン・エリザベス号に乗って、遠い国を旅してるんや』と話します。それを聞いて『ずっと夢だったらしくて…』と話し出す川端…。
・〈はんぶんこ〉: 『なんだろ、これ』、『木のおもちゃ?…』と店の掃除をしている時に『木片が落ちているのに気がついた』蕗子は笹子と話します。猫の『コゲが遊んで噛んだのだろう牙のあと』を見る二人は一旦話を終えます。そして、その日最初のお客さんとして『初老の男性』が入ってくると『あれを返して』欲しいと訴えます。色々と訊く中に『木片』の話だと気づく笹子…。
・〈おそろいの黄色いリボン〉: 『子どものころ』『黄色いカレーをつくってくれたことあったよね』、『どうして黄色いカレーだったの?』と笹子に話しかける蕗子。そんな蕗子に『おぼえてないの?』、『じゃあ、リボンのことおぼえてる?』と返す笹子は結局、理由を答えてくれません。『あのカレー、また食べたいな』と『むりやり話を戻すも結局答えてもらえない蕗子…。
後半の二編は少し構成が異なりますが、それぞれの短編には上記の通り何かしらの問題を抱えた主人公たちが登場し、『ピクニック・バスケット』を訪れるというのが基本形です。ここまでは王道です。しかし、この作品でもう一つ注目すべきことが物語の構成です。”起点・きっかけ”もので多いのは”起点・きっかけ”側に視点が移動することは少なくどこか謎めいた雰囲気を残し、物語は”起点・きっかけ”を得る側のドラマが描かれていく場合が多いと思います。それがこの作品では、それは短編内では半々である一方で、短編共通で登場するのは『サンドイッチ』を作る蕗子と笹子側でもあるため、全体としては”起点・きっかけ”側が中心となる物語となっているのです。しかもそんな蕗子と笹子の関係性に関する謎めいた記述まで登場します。
・『わたしには、行くところなんてないからここにいる。笹ちゃんがそうするのを許してくれているから』。
・『あのころわたしは、笹ちゃんのことを本当の姉だと思っていた』。
なかなかに奥深さを感じさせる言葉です。上記の通り、短編を通しての主人公となる蕗子を描く物語の側面が強く出るこの作品。五つの短編が連作短編を構成するこの作品は、一見よくある”起点・きっかけ”ものに見えて、そんな五つの短編と並行して描かれる蕗子と笹子姉妹の物語が絶妙な塩梅のもとに描かれていきます。そして、そこには、『サンドイッチ』という気軽に食べられる”食”が見せる予想外の奥深さと、中に挟まれた『具材』が秘める深い意味を感じさせる物語の姿がありました。
『笹ちゃんがつくるのは、いつでも誰かのためのサンドイッチだ』。
蕗子と姉の笹子が営む『サンドイッチの専門店』『ピクニック・バスケット』を舞台に、そんなお店を訪れる人たちのさまざまな人間模様が描かれたこの作品。そこには、人と人との交わりの中に生まれるあたたかい感情を描き出す優しい物語が描かれていました。サクッと登場する『サンドイッチ』の魅力に魅せられるこの作品。”起点・きっかけもの”として納得感のある展開を見せるこの作品。
なるほど、これはシリーズ化もされるよね!と続編に期待が込み上げる素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2024.04.06
一人一人のお客さんに寄り添ってサンドイッチを作る、あったかーい物語。
出てくるサンドイッチが全部美味しそうで、久々にサンドイッチを作った。トーストに挟んだだけなのに、美味しい〜〜っっ
もうすぐお花…見の季節。サンドイッチを作ってお花見したいなあ〜(*^^*)あとパン屋さんにもひさびさに行きたくなった!あのパン屋さんのいい匂いをまた嗅ぎたい( ´ ▽ ` )続きを読む投稿日:2024.03.24
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