【文庫】昭和を生きた台湾青年:日本に亡命した台湾独立運動者の回想 1924-1949
王育徳(著)
,近藤明理(王明理)(編集)
/草思社
作品情報
台湾が日本統治下にあった1924年、台南の裕福な商家に生まれた著者が、少年~青年期の成長の軌跡と重ねながら、近代化途上にあった台湾社会の諸相を活写した貴重な記録文学。
封建制が色濃く残る生家への反発、熱誠溢れる日本人教師との交流、戦後台湾へやってきた中国国民党政府への違和感――日本統治時代と戦後の混乱期をいきいきとした筆致で回想する。
やがて青年は、軍事独裁を敷く国民党政府に兄を殺されたのち日本へ亡命し、学業を再開。台湾語研究の第一人者となり、また台湾民主化を求める「台湾独立運動の父」となった。
台湾と日本を愛し、波乱万丈の人生を駆け抜けた志士の青春録。
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1924年生まれの台湾人・王育徳氏による回想録。生い立ちから亡命のために祖国を永遠に離れることになった1949年7月4日までが綴られている。全九章で、編者による長いあとがきは回想録のその後の王氏の生涯…を補足する。文庫版あとがきは王氏の娘である明理さんが担当している。
著者の父は本妻以外に妾にあたる女性二人を妻とし、著者はその第二夫人の息子として生を受けた。養子も含めて十一人の子どもをもつ豪商の大家族は、夫人同士の対立もあって複雑な家庭環境である。第一章から学校入学後しばらくまでの期間は、この大家族を舞台にした幼少時の出来事が主で、家族の関係性や人となり、当時の台湾における生活の一端が垣間見える。
中学・高校と進むにつれて日本統治下だった台湾における「本島人」と「内地人」の関係についての記述が増える。やはり、内地人から本島人に対する差別意識は明確に存在して著者自身もいじめにあっているが、それでも中国との戦争がはじまるまでは穏やかな関係にあったようである。中国との開戦が転機となり、「皮肉なことに皇民化政策が推進されたことで、逆に台湾人意識が芽生えたとも言える」という考察は、支配することについて考えさせられる。高校時代は本編のなかでもっとも明るい時代だろう。高校生活を満喫する著者の楽しさが伝わり、当時通っていた高校にリベラルな教師が多かったというエピソードも面白い。「台北での下宿生活が暗いじめじめした大家族制度から解放して、自由の天地に呼吸させた」という著者の言葉が印象的で、家族への愛憎相半ばする想いを感じる。
東京大学入学以降は戦争の影響がはっきりと前面に表れる。そこから台湾への帰国、敗戦、中国国民党による支配、二・二八事件と最愛の兄の死、亡命と、二十代前半を波乱の連続のなかで過ごす。そして日本の敗戦による影響が強いこの時期、台湾人の立場や心情の複雑さがうかがえる。敗戦国から一転して戦勝国側への変化。日本統治からの解放感と、日本人に対する親しみと同情。中国への期待から疑惑、そして失望。そして終戦による安堵もつかの間、台湾人にとってはその後も辛い時代が続いたことを改めて知らされる。
本編以後を補足するあとがきで紹介される亡命後の台湾独立運動や、台湾人による初の台湾語辞典を手がけるなど、台湾の独立を強く願ったのが王氏だった。それとともに、全編を通して日本人への絆や親しみを隠さず表明し、「皇民化運動」を除く日本統治への評価は一貫して高い。それとは対照的に、戦後に日本に代わって長らく台湾を支配することになった中国国民党や中国人に対する憤りは激しく、不信感は強い。著者の親日・反中の立場の明確さから留飲をさげる読者もいるだろう。
日本と中国というふたつの国に運命を大きく左右された台湾人青年の回想を通し、長らく実質的な自治が叶わなかった台湾の歴史を振り返り、複雑な立ち位置を知るとともに、親日的な側面も含めて現在の台湾につながる成り立ちについて理解が深まった。続きを読む投稿日:2021.08.18
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