- 最新巻
残照の頂 続・山女日記
湊かなえ(著)
/幻冬舎単行本
作品情報
ここは、再生の場所。
NHK BSプレミアム「山女日記3」原作小説。
幅広い層に支持されたベストセラー、待望の第2弾。「通過したつらい日々は、つらかったと認めればいい。たいへんだったと口に出せばいい。そこを乗り越えた自分を素直にねぎらえばいい。そこから、次の目的地を探せばいい。」後立山連峰 亡き夫に対して後悔を抱く女性と、人生の選択に迷いが生じる会社員。北アルプス表銀座 失踪した仲間と、ともに登る仲間への、特別な思いを胸に秘める音大生。立山・剱岳 娘の夢を応援できない母親と、母を説得したい山岳部の女子大生。武奈ヶ岳・安達太良山 コロナ禍、三〇年ぶりの登山をかつての山仲間と報告し合う女性たち。・・・・・・日々の思いを噛み締めながら、一歩一歩、山を登る女たち。頂から見える景色は、過去の自分を肯定し、未来へ導いてくれる。
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商品情報
- シリーズ
- 山女日記
- 著者
- 湊かなえ
- 出版社
- 幻冬舎
- 掲載誌・レーベル
- 幻冬舎単行本
- 書籍発売日
- 2021.11.11
- Reader Store発売日
- 2021.11.11
- ファイルサイズ
- 2.9MB
- シリーズ情報
- 既刊2巻
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この作品のレビュー
平均 3.6 (107件のレビュー)
-
あなたは、『二人で山ガールにチャレンジしてみましょう』と言われたらどうしますか?
“登山を愛好する女性”を指す『山ガール』という言葉。2009年頃から使われ出したという言葉によって山へ向かう人のイメ…ージは随分と変わった気がします。かつては、いかにも”山男”たちの集う場という印象のあった山。それが、いわゆる”登山ブーム”によって、中高年が多く集う場へと変わり、ついには『ガール』という言葉が登場するようになったというその変遷には驚かざるをえません。それは、山というものが幅広い層に開かれていることの証左でもあると思います。
では、そんな山へと向かう『山ガール』たちは、何を目的に山へと向かうのでしょうか?美しい景色を見るためでしょうか?頂上で食す登山料理を楽しむためでしょうか?それとも山に登ること自体に意義を見出しているのでしょうか?
さてここに、それぞれの思いの中に山へと向かう『山ガール』たちを描いた物語があります。『人は変わる。道具だって進化する。変わらないのは、山だけだ』と思う主人公の山への思いを見るこの作品。山へと向かう前と、頂へと立った後にそんな心の内に変化が生まれるのを見るこの作品。そしてそれは、『通過したつらい日々は、つらかったと認めればいい』という言葉のその先に『次の目的地』へと一歩を踏み出す『山ガール』たちの姿を見る物語です。
『東京駅発の新幹線を降りて…朝の長野駅の改札を抜け、東口から駅舎を出』たのは主人公の谷崎綾子。『長野を訪れるのは、人生初』という綾子に『綾子さん、棚にストック忘れてましたよ』と『この度の同行者で』ある間宮麻実子が『長細い巾着袋を』差し出します。『私は六五歳、麻実子さんは四二歳。親子ほど歳の離れた、家族でも親戚でもない、知り合ってまだ二年も経っていない』という二人。『大学時代、山岳部』だったという麻実子から『二人で山ガールにチャレンジしてみましょう』と『言葉をかけ』られたことから今回の山行きが決まりました。そんなところへ『おはようございます。ガイドの山根岳人です』と『赤いジャケットの男性』が現れます。『麻実子さんにガイド登山を提案され、パソコンで申し込みをした』綾子は、『写真よりも若くてかっこいい』と言うと、『おだてられても、背負って登ることはできませんよ』と照れ笑いを返す山根。『話はおいおい。出発しましょう』と言う山根の言葉で三人は車に乗り込みます。『本日より二日間、よろしくお願いします』と改めて挨拶する山根は、『数多ある名山の中から、五竜岳を選んでいただけたこと、誠に感謝します』と今回のコースの説明を始めます。『初登山でなぜ、五竜岳を選ばれたんですか?』と訊く山根に、『実は私、「GORYU」という名前の喫茶店を経営しているの』と説明する綾子は、『主人の一番好きな山』だと補足します。そして、壁に飾ってある写真が『世界的にも有名な山岳写真家でもある』山根のものであることを説明します。そして、『白馬五竜』へと到着した三人は身支度を終えると『テレキャビンに乗りました』。山根と並んで乗った綾子は、足元に見える高山植物の話をする先に、『デートをしても、女性を喜ばせるような会話がまったくできない』という『朴訥なタイプ』の主人の話をします。『私は長年、高山植物の名前を憶えていたわけじゃない…花を見たら耳元であの日の主人の声が聞こえて、それを口にしているだけ』と話す綾子。そして、リフトを降り歩き出した三人。そんな中で、山根に『綾子さんのご主人は…縦長の楕円形のループタイを持っていませんか?』と訊かれ『息が止まりそうにな』った綾子は『どうしてそれを?』と訊き返します。十五年前、山根の写真展にある男性が訪れ、『自分は喫茶店を経営する計画を立てていて、思い描いている店にこの写真がピッタリで、ぜひ飾らせてほしい』と話したこと、そして『七万円も出してくれて』写真を買って行ったことを説明します。『あの時の写真を本当に飾ってもらえていたことがわかっただけで、幸せです』と続ける山根は、『ご主人は、店番ですか?』と質問しました。それに、『失礼でしょう』と声を上げる麻実子に、『最初にきちんと伝えなかった私がいけないの…主人は一〇年前、喫茶店がオープンする半年前に死んじゃったのよ』と綾子は説明します。『それは…。申し訳ありません』と『深く頭を下げ』る山根に『よしてちょうだい、そんなこと』とフォローする綾子。そして、三人が再び歩き始める中に綾子は過去を振り返ります。『いつか、きみに初夏の五竜岳の花畑を見せてあげたいよ』と語った夫と結婚し、『いつか、いつか、いつか…』という先に、『息子が生まれ、成長し…』とたくさんの思い出が刻まれていったそれから。そんな中で夫が語っていた言葉に後悔する綾子。『いつか、喫茶店をオープンしたいんだ。山小屋風の内装で、店の名前は「五竜」に決めている』。そんな夫の『夢はずっと先のものだと』『勝手に決めつけてい』た綾子。そんな綾子は『五竜岳の上には夜空ではなく、宇宙が広がっている』と聞き、『ここでなら、もう一度、夫に会えるのではないか。声を届けられるのではないか』という思いの中に『五竜岳』へと登ります。『私にはどうしても謝らなければならないことがある』という綾子。そんな綾子が頂上に見るもの、思うもの、その先の物語が描かれていきます…という最初の短編〈後立山連峰〉。綾子が亡き夫に『謝らなければならない』とする思いの先に、目指す『五竜岳』へと向かう姿を、鮮やかに描いていく好編でした。
“日々の思いを噛み締めながら、一歩一歩、山を登る女たち。頂から見える景色は、過去の自分を肯定し、未来へ導いてくれる”と内容紹介にうたわれるこの作品。”大学生のときにサイクリング同好会の仲間と山に登るようになって、社会人になってもしばらく一緒に登っていた”とおっしゃる作者の湊かなえさんは、山へと向かう女性の姿を「山女日記」という作品で描かれています。そして、この作品は、そんな「山女日記」のまさしく続編となる作品です。そこには、湊さんの代名詞とも言える”イヤミス”の要素など微塵もない、まさしく”登山小説”と言って良い世界が広がっていきます。そんな前作にとても魅了された私はこの作品にも大きな期待をもって手にしました。そして、読み終えて感じるのは、「山女日記」の魅力そのままに、作品ごとに構成を鮮やかに変えていくなど湊さんの上手さを見せつけられるそんな作品だったということです。
では、まずは”登山小説”ということでの登山が描かれる場面をご紹介しましょう。今回は、続編ということで、登山の難易度が上がっています。それを感じさせる場面です。
・『ハシゴを登る。遠目にはそれほど離れていないと思ったハシゴとハシゴの継ぎ目は、いざその場に来ると、自分の足の長さを再確認して、慎重に片足を伸ばさなければならない』。
・『ガレ場を歩く。表面の平べったい大きな石が安全だとは限らない。足を乗せ、信頼できると思えたら体重を移動させる。山と親しくなれたら、次の石が呼んでくれ、声に従って進めばいいけれど、二〇年ぶりに訪れる私に、ここだと教えてくれる石はない。一歩ずつが初めましてのご挨拶だ。今だけ、ただ一度すれ違うだけの間柄』。
ピクニック感覚で出かける山とは異なる本物の山行きならではの緊張感を感じさせる場面ですが、『ガレ場』の『石』の擬人化表現に湊さんの洗練された筆の力を感じさせます。そして、登山の中でも素人には恐怖でしかないこんな場面も登場します。
『鎖場を歩く。岩肌を彫刻刀で浅くなぞっただけのような、人が通れる最小限の道らしきものが続く…通過したあとの小石の転がる音に気を取られるな。ただし、頭上には注意を払え…』
まさしく死と隣り合わせの登山を感じさせる場面です。そんな危険な場では、
『目を開けろ。耳をすませ。己に負けるな。山を信じろ』。
といったことの大切さが語られます。”私の本を読んで、行ってみようと思う読者もいるかもしれない”という思いから、この作品に取り上げたすべての山をご自身で踏破されたとおっしゃる湊さん。『ハシゴを登る』、『ガレ場を歩く』、そして『鎖場を歩く』というそれぞれの場面のリアルさ、それはそんな場を自ら体験された湊さんだからこそ描けるこの作品を読む上での真骨頂なのだと思いました。
また、この作品では山行きの中で雨に遭遇する場面が多々登場します。天気が移り変わりやすい山ならではの、もしかするとそれこそがリアルな山の姿なのだと思いますが、そんな描写の中に湊さんの言葉のこだわりを感じた部分がありますのでご紹介したいと思います。もう間もなく雨が降り出す!という場面を『ボウル』に例え、その先の展開を見事に比喩していくものです。
・『カフェオレがボウルの縁すれすれというよりは、表面張力で浮き上がっているくらいまで、雨が迫っているようなイメージ』。
↓
・『こぼれ落ちた雨粒は、あっという間に、ボウルをひっくり返したかのようなどしゃ降りになりました』。
↓
・『ひっくり返ったカフェオレボウルが一瞬でカラになってしまうように、雨もまた、立ち上る霧と判別がつかないほど静かなものになりました』。
雨が降る前、雨が降っている中、そして降りやんだ雨という三つの瞬間を『ボウル』に比喩する見事な描写だと思いました。
そんなこの作品は、四つの短編から構成されていますが、連作短編ではありません。これが、前作「山女日記」との大きな差異です。続編と言っても同じ構成を取らないで新たな見せ方を模索される湊さんの凄さをこんなところにも感じさせます。そんな四つの短編は、なんとそれぞれに構成手法を変化させていくため、読者を飽きさせません。私は”イヤミス”は大嫌いですが、湊かなえさんという作家さんは大好きです。それが、こういった構成の妙によって常に読者のことを考えた作品作りをされるところです。では、そんな各短編の構成の概要と内容をご紹介しましょう。
・〈後立山連峰〉: 『私は六五歳、麻実子さんは四二歳』という『家族でも親戚でもない』女二人の登山は、初めての山行きという主人公の綾子を踏まえ、『ガイド登山』となりました。そして現れたガイドの山根岳人と登り始めた『五竜岳』。そんな登山に綾子は『私にはどうしても謝らなければならないことがある』という思いを抱えて登っていきます。
→ 〈五竜岳〉と〈鹿島槍ヶ岳〉という二つの章から構成され視点の主が交代します
・〈北アルプス表銀座〉: 『バス全体に弾丸を打ち込むような』豪雨の中にバスを降りたのは主人公のユイとサキ。『もしかすると、最後になるかもしれない』という思いの中に『北アルプス三大急登』を雨の中に進む二人は、音楽大学でそれぞれ声楽とヴァイオリンを学んでいます。そんな中に、大学でピアノ伴奏をしてくれていたユウのことを思い出すユイ。
→ 〈一日目〉、〈二日目〉、〈三日目〉、〈四日目〉という四日の行程を順に描写します。
・〈立山・剱岳〉: 『「剱岳」に行くとおざなりな報告をした際、「私も連れてって」と返信が来た』ことで決まった母との娘の二人の山行き。娘が『二歳の時に事故死した』父親の代わりに看護師として娘を一人育て上げた母親に東京の大学へと通わせてもらえることになった娘でしたが『山岳部』に入部すると伝えたことが猛反発され、ギクシャクする中に今回の山行きを迎えます。
→ 〈娘〉、〈母〉、〈娘、再び〉、〈母、再び〉というように娘と母に視点を交互に切り替えます。
・〈武奈ヶ岳・安達太良山〉: 『拝啓 桜井久美様 お元気ですか?』と始まる『手紙』の主となるのは向井英子。『外出自粛期間中』に『先が見えない不安』に囚われた英子は、『滋賀県にある』『武奈ヶ岳』に『京都の自宅から、日帰りで』向かった時のことを記します。そんな中に『大学四年生の夏』に兄が急逝したことで実家の和菓子屋を急遽継ぐことになった過去を振り返ります。
→ 〈武奈ヶ岳〉と〈安達太良山〉という二つの章はいずれも手紙で書かれています。
山も主人公も、そして形式も異なる四つの短編は絶妙な変化がつけられている分、新鮮な読み味を感じさせます。そして、そんな各短編に描かれるのは、人生のさまざまな年代において何かしらに思い悩む女性たちの姿です。
『いつか、と言っているうちは、いつかなんて永遠に来ない』。
女性たちは日常の生活の中でさまざまな悩みの中に生きています。そんな女性たちは山を登る時間の中でさまざまに思いを巡らせていきます。
『通過したつらい日々は、つらかったと認めればいい。大変だったと口に出せばいい。そして、そこを乗り越えた自分を素直にねぎらえばいい。そこから、次の目的地を探せばいい』。
女性たちは山を登るという無心な時間の中で、普段の日常では思い至らなかった心境へと心を動かされていきます。そう、山へと向かい、山へと登り、そして山から降りてきた女性たちはそこにひとつの吹っ切れた姿を見せます。そこにこの作品の清々しいまでの読後感が待っています。”イヤミス”という言葉とは無縁の爽やかな風に吹かれる読後感。湊さんの最上級の小説表現の妙を、こんなにも清々しい読後とともに味わえるこの作品。山と『山ガール』を描くこの作品。それは山を愛する湊さんの山への敬愛の情の先に描かれた物語世界なのだと思いました。
『岩場を前にすると、ワクワクする…星空を見上げると、知っている星座が自然とラインで結ばれるように、岩場に私用のルートが浮かぶ。あの美しいライン通りに登れるだろうか』。
「山女日記」の続編として、”再生の場所”とも言える山へ向かう女性たちの姿が描かれたこの作品。そこには、四つの短編それぞれに悩みの渦中にいた女性たちが何かを掴んでいく姿が描かれていました。湊さんの細やかな工夫によって、短編ごとに新鮮な読書を楽しめるこの作品。そんな物語の中に女性たちの心の機微が細やかに描かれてもいくこの作品。
湊かなえさんの山への愛情の深さを改めて感じさせてもくれた素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2023.07.19
MHK山女日記の原作。登山とは自分と向き合い、自分と対話し、これからの自分に問いかけ、発見し、何かを見いだす行為なのか。大自然の中に身を委ねる素晴らしさを教えてくれる作品。
投稿日:2024.04.09
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