この作品のレビュー
平均 4.2 (21件のレビュー)
-
21世紀、台湾。小説家の「ぼく」はヴィンテージ自転車の愛好家でもある。古道具屋のアブーを経由して自転車コレクターのナツさんから「貴方が探しているのに似ている自転車を見つけた」と連絡を受けて駆けつけると…、そこにあったのは20年前失踪した父と共に消えた〈幸福印〉の自転車だった。自転車をディスプレイしていた喫茶店の元オーナーで写真家のアッバスと親しくなった「ぼく」は、彼もまた自転車にまつわる物語を持っていると知る。自伝を装ったフィクションと戦地を舞台にしたマジックリアリズム、台湾自転車史の雑学などが渾然一体となった、とある自転車の一代記。
とにかく盛りだくさんの小説である。第1章の中華商場でのにぎやかな家族史は東山彰良『流』を思いださずにいられないし、章ごとに挟まる「ノート」には著者自身の手による"ヴィンテージ自転車の博物画"(と呼びたくなる)がついている。父の自転車自体は第2章の終わりですんなりと戻ってくるのに、その自転車が消えていたあいだの物語はくねくねと複雑に折れまがり、関わった人それぞれの物語と入れ子になってなかなか本命が立ち現れてこない。
廃墟のなかにある地下水路の物語、雄蝶のフェロモンを嗅ぎとる蝶の貼り絵師の物語、自分の手すら見えない霧に包まれたジャングルの物語、戦争に連れていかれたゾウの物語、小学校で飼われていたオランウータンと戦時下の動物園の物語。人はみな自分の物語を抱えて「ぼく」の元へやってくる。フェティッシュとは物語への愛着なのだと、古道具屋のアブーと自転車コレクターのナツさんが語るとおりに。
一見、雑多にすら感じられるほど物語の出入りが激しいのだが、それぞれは細部で呼応しあい、対比されている。そのなかでも「ぼく」の家族史と並んで縦軸を担うのが、アッバスとその父バスアの物語だ。バスアもまた戦争の記憶を抱えたまま、自転車と共に消えた父の一人だった。アッバスは"父の自転車さがし"の先達だったのだ。
結局なぜお父さんは失踪し、どこへ行ってしまったのかは全くわからない。七人きょうだいの末っ子で、一番年の近い兄とすら14歳も離れている「ぼく」と日本の台湾統治時代を生きた父では、完全に世代が断絶してしまっているせいでもある。「ぼく」が書く自転車史の「ノート」は、その断絶を埋める努力の跡とも言えるのかもしれない。そして〈不在の父〉にかまけていた「ぼく」の虚を突くように、母親の幼少期のエピソードがラストに明かされる。これはプロローグとして置かれたのと同じ物語で、この小説は父の自転車さがしが母を救った自転車の話に挟まれているという全体構成になっている。
おどけたところもある一人称の軽妙な語り口には『雨の島』にはなかった熱があり、虚と実がいくつものレイヤー状になった文章には時折クラクラしつつも、そのクラクラこそが独特のグルーヴを生みだしてクライマックスまで盛り上げる。単純に自転車の文化史を知れるという意味でもめちゃ楽しい。登場人物たちが語る戦争記憶には極限状態ゆえの超現実的な体験が杭のように深く打ち込まれていて、コンラッドから連綿と続く戦地のマジックリアリズムの系譜にこの小説も連なるものだとわかるが、その体験を後代の人間が「ぼく」の物語として掘りだし、「レスキュー」する。それが本作のアツさのキモだろう。続きを読む投稿日:2022.02.05
台湾の小説。二十年前に失踪した父親。彼が乗っていた自転車が、息子である「ぼく」のもとに戻ってきた。「ぼく」は、その自転車が戻ってくるまでの物語を集めはじめる。その旅は、ビンテージの自転車の、足りないパ…ーツを集めるようなものだ。いくら修理し続けても、完璧な状態にはならない。この小説は大量の断片によって語られる。自転車のパーツ、父の自転車の所有者たち、彼らの物語。そして主人公の人生。こうした断片によって構成される、台湾の近現代史。読んでいて、ポール・ボウルズの「シェルタリング・スカイ」を読んだときの感覚に似たものを覚えた。北アフリカの砂漠や迷宮をさまよい、人生の意味を探し、そして人生に翻弄される作品だった。本作はさまよって、翻弄されるわけではない。それでも「シェルタリング・スカイ」同様の、「この小説はなんなのだろう」というわからなさがあった。駄作、という意味ではない。むしろ、小説や映画といった作品すべてにわかりやすさを求める時代において、本作のような「わからなさ」は貴重だ。「これはいったいなにを言っているのだろう」と考えることが、人を成長させる。今回、そういう機会にめぐりあえてよかった。小説はこういう出会いがおもしろい。続きを読む
投稿日:2024.02.17
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。