妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ
橋迫瑞穂(著)
/集英社新書
作品情報
フェミニズムの「落とし物」がここにある――。今世紀に入り、日本社会で大きく膨れ上がった「スピリチュアル市場」。特に近年は「子宮系」「胎内記憶」「自然なお産」に代表されるような妊娠・出産をめぐるコンテンツによって、女性とスピリチュアリティとの関係性はより強固なものとなっていった。しかし、こうしたスピリチュアリティは容易に保守的な家族観と結びつき、ナショナリズムとも親和性が高い。本書は、この社会において「母」たる女性が抱く不安とスピリチュアリティとの危うい関係について、その構造を解明する。
【森岡正博氏、推薦!】
「子宮系、胎内記憶、自然なお産。女性たちのスピリチュアルで切実な思いを分析した画期的な本だ。」
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商品情報
- シリーズ
- 妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ
- 著者
- 橋迫瑞穂
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社新書
- 書籍発売日
- 2021.08.17
- Reader Store発売日
- 2021.08.26
- ファイルサイズ
- 0.3MB
- ページ数
- 224ページ
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この作品のレビュー
平均 3.7 (12件のレビュー)
-
スピリチュアリティとは、新興宗教のように教団や教義によらず、個人がネットワークを通して聖性を希求する運動のこと。そのうえで大きな役割を果たしているのが、スピリチュアリティに関する情報・モノが取引される…「スピリチュアル市場」だ。そこで近年台頭しているのが、妊娠出産をめぐるコンテンツだという。
生死にかかわることから、もともと宗教との結びつきが強い妊娠・出産は、近代化とともに医療の対象とされ、またフェミニズムの影響もあって、個人の自己決定に属する問題となってきた。ところが近年になってふたたび霊性と結びつく傾向が強まっているのだ。
本書は「子宮系」「体内記憶」「自然なお産」などの代表的なスピリチュアル言説をトンデモとして切り捨てるのでなく、そこに反映されている女性たちの欲望と葛藤を、フェミニズムとの関係を問うことで読みとこうとする。子宮を大切にすればすべてがうまくいく、胎児と対話ができる、男などいなくても妊娠できる…といった一見荒唐無稽な内容は、妊娠出産が選択した女性の自己責任とされ、パートナーの協力もなく過重な負担と不安に向き合わなければならない女性たちにとっての切実な希求を反映するものなのだ。
もっとも、妊娠出産や女性の身体を、近代に対置される「自然」やスピリチュアリティと結びつけること自体は、特に欧米系のフェミニズムとも親和性が高かったはず。だが日本におけるスピリチュアル言説は、自然とつながって生きていたとされる「昔の日本の女性」を現実にもとづかないかたちで称揚する点で、むしろ政治的保守主義やナショナリズムに接近する。
この点を掘り下げるため、80年代に上野千鶴子らと論争を繰り広げた青木やよひのエコフェミニズムと、2004年のベストセラー『オニババ化する女たち』で知られる三砂ちづるの言説を比較する第5章が興味深い。両者はいずれも女性の身体性とりわけ妊娠出産機能と「自然」とを不可分のものととらえる本質主義に立っており、生産性-男性性を上位に置くような近代社会の論理に女性が参画し/組み込まれることには批判的だ。ジェンダーおよび自然の社会構築性を重視するフェミニズムの立場からはいずれも批判を受けてきたが、それでも青木の論があくまで男性中心的な家父長制社会の変革をめざすフェミニズムの側に踏みとどまるのに対して、三砂は異性と性関係をもち母として家庭を主な領分として生きることにこそ女性は積極的な意味を見出せると説き、日本の純粋な文化を称揚する保守的なナショナリズム・反フェミニズムの側に立つ。
この両者の重要な分岐点は「自然」の位置づけにあると著者は指摘する。青木において女性の身体性が外部の自然と接続され、近代社会に対する批判的視点を確立する足掛かりとなるのに対して、三砂における女性と自然とのつながりは、女性個人の身体内部にとどまっており、せいぜいが日本というネイションの自然化された本質に接続するのみだ。そこには2人の視点の差以上に、この30年における妊娠出産という社会的課題の個人化、そしてそれに対抗する思想を生み出してこられなかったフェミニズムの行き詰まりが反映されている。社会に向かうよりも果てしなく自己身体のフェティッシュ化へと向かう妊娠出産のスピリチュアリティとは、つまりは生殖と身体の再生産が、世界に向かって開かれる回路を見失い、果てしなくネオリベラルな自己責任の論理へ、それもジェンダー規範の強化をともなって閉じ込められてきたことの反映なのだろう。
しかしそれでもなおわからない感じは残る。「体の声に耳を傾け、自分を大切にしよう」というメッセージそれ自体は、自己身体の自己管理を要求するネオリベラリズムと親和性が高いが、かならずしも妊娠出産と結びつく必要はないし、また必ずしも著者がくりかえし強調するような「女らしさ」と結びつく必然もないのではないか。男性の存在感が著しく薄いことも、もちろん一面においてはワンオペ育児が当然となっている多くの母親の現実を映し出しているものではあるが、女性の男性への従属を前提とする保守的家族言説からは離脱する部分が多々ある。もうすこし違う軸を導入してみると、また違ったものが見えてきそうではある。続きを読む投稿日:2021.11.24
このレビューはネタバレを含みます
子宮だけが神聖領域なのだろうか?
レビューの続きを読む
そもそも子どもは両性によって存在しうるはずなのに。
何より子宮をやたらに神聖化しつつも、ジェンダーとしては女性蔑視に繋がる思想についても本書では触れられてた点が個人的…には良かった。
子どものもう一方の親である父はどう、この本を読み解くのか。その点に興味がある。
p10
妊娠•出産をめぐるスピリチュアリティにはナショナリズムと親和性が高い傾向がうかがわれる。→まさしく。戦前のイメージ。
p24
2000年代に入ると「スピリチュアル•ブーム」が社会に到来した。→直前の90年代はオウムなどの事件もありスピリチュアル的なものは避けられてた印象がある。一気に逆ブレしたなという印象。
p26
妊娠•出産がケガレと見なされたのは、それが生と不可分に結びついたものでありながら、同時に死との境界線上に位置すると受け止められていたからである。
p29
妊娠•出産に関しては、医療が管理するものに移行したことが大きな変化として挙げられる。→他人がかんりさるものから、主体性を取り戻すプロセスを指しているのか。しかし、安全という意味では他人(医療従事者の関与は否定されるものではないと思う)
p36
出産のコミックエッセイ、ママタレの登場についての指摘について、母性イメージの肥大化があるが、母という神聖領域を手に入れることで本人たちがある種、解放されたような印象?
p37
「宗教ブーム」のなかで、妊娠や出産や母となることと宗教とは再び接近するようになる→旧統一教会などを想起した。商業主義と結びついたスピリチュアルは母と子を金集めのために利用している側面もある?
p40
「スピリチュアル市場」では妊娠•出産や月経、そして母になることが肯定的に価値づけられていることである。→逆に身体上、経済上、やむなく出産を諦めざるを得なかった人、母になる選択をしなかったことを絶対悪のように扱うのはどうだろうか。
p42
女性には、女性という身体に生まれたというだけで、妊娠•出産を経て母になる人生をあゆむのか、そうではない別の人生を歩むのかという選択が常に付いて回る。→自分は「女性として生まれたからには」とか「愛する人の子を」という言葉に重さを感じたので身体構造として強いられる選択がさらに苦しめている側面はないだろうか。
p47
子宮に神聖性や神秘性を見いだすという指摘について、子宮だけが聖域というのは疑問。子宮に子が宿るのはプロセスとしてパートナーがいないと成り立たないもの。男性の存在価値は?
p50
子宮について努力や開運を求めるのはまさに精神論そのもの。根拠がないと感じた。
p52
負のエネルギーや卵子の老化の根拠は?妊娠力チェックについても余計なお世話ではないか。
p61
マクロビオティックについては母として食べることが他の命を奪うことへの拒絶のイメージ?
p62
都会生活の否定→変な方向の自然崇拝に感じた。自然と都会の共生も可能ではないか。お金があるから自然崇拝に走れる部分もあると思う。
p64
痛みや苦しみがなければ成功とは言わない、認めないような日本独特の風潮ではないだろうか。個々の妊婦が安全や安心を求めて何がいけないのだろうか。
p71
卵子の老化と一体化し子宮の神聖を高める→もはや宗教。
若さ(特に女性)を過度に崇拝してないだろうか。
p72
自然なお産→医療や薬品を極力使わない、昔礼賛過ぎないだろうか?p74で、「妊娠•出産を経て母親になることをエモーショナルに肯定」という指摘は共感。母という役割に女性らしさを付加し、固定化させようとするのは反発を感じる。女性の選択ありきであり、個々の選択が尊重されるべき。
p87
胎教には母親の愛情が不可欠とあるが、母だけに出産後の子どもの教育や人格形成をもとめるのはどうなのだろう。父親は?役割分業が行き過ぎてないだろうか。
p90
宇宙エネルギー→滑稽すぎやしないだろうか?根拠は何処に?主張者の主観のみではないか。
p94
障害児について、橋迫さんが指摘しているように(かつてのナチの)優生思想めいたものを感じた。
p97
子どもの胎内記憶について、本当かもしれないが大人に喜んでもらおうとする子どももいるのではないだろうか(逆にそうせざるを得ないならいじらしいというよりもかわいそうではないだろうか)そういう子どもを得たという優越感?自己満足?
生殖以外、男性を必要としないというのはおかしくないか?過度に進めば精子を買って産む女性も出てくるのでは?
生殖以外の、コミュニケーションとしての性交も日々の営みと考えれば生殖のみを目的とする性交もどうなのだろうか。女性だけが胎内に子供を宿せるのは事実だが過度な聖性付与はやはり危険と思う。
自然なお産の崇拝についても少し気持ち悪さを感じた。母子とも助かるなら何を選択してもいいのではないだろうか。
橋迫さんと同じく、私も子どもへの過度な神聖化も違和感を感じる。他にも女性賛美が保守的な女性観へと連なっている点についての指摘も共感。さらに子どものいない単身男女を社会の隅に追いやっている印象をもった。
オニババ化という言葉を用いた三砂氏への指摘についても冷静に分析されている。個人的に、三砂氏は特に年配女性についてミソジニー的感情を持っている印象を持った。逆に若さや可愛い文化重視の日本ではどこか若年層や男性へ忖度している印象も持った。三砂氏の「産んでも産まなくてもありのままの私を認めてほしい」という価値観が、結婚や出産から女性を遠ざけたからという主張について、どんな選択をしようと個々の選択が尊重されるべきではないだろうか?産まなくても子育てにはいろんな人間が関わっていくもの。いちばん身近なのは両親だが子どもが育つ過程ではいろんな大人が関わる。子どもがいなくてもそこで力を発揮する人もいる。マダネプロジェクト主催者のくどうみやこさんの子どもがいないと母性を平等に配れるという考え方の方が素敵だなと思った。単身、夫婦のみの世帯が6割となった日本であるが、その存在はサイレントマジョリティーに追いやられているように感じる。商業主義と結びついたスピリチュアリティが既婚未婚や子どもの有無といったことで無駄に女性たちの分断化を煽ってきたのではないだろうか。続きを読む投稿日:2024.01.13
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