悲劇の世界遺産 ダークツーリズムから見た世界
井出明(著)
/文春新書
作品情報
世界遺産の登録対象は、かならずしも栄光の歴史を語る場所ばかりとは限りません。
そこには、戦争、災害、人身売買、虐殺、拷問、疾病をはじめとして、人類の悲劇の記憶も同時に数多く残されています。
世界遺産という仕組みは、もともと「人類が持つ普遍的な価値を後世に伝える」という精神に基づいて作られましたが、日本では地域活性化や観光振興の起爆剤のように誤解されています。
そこで、本書では「人類の悲しみの記憶を巡る旅」と定義される「ダークツーリズム」の方法論を用いて、世界遺産のなかでも、
とくに悲劇の場(負の世界遺産)として扱われている登録地を旅した文明論的な紀行集として展開していきます。
本書を通じて、世界遺産が持つ意味の核心や、ダークツーリズムという新しい旅のスタイルが持つ可能性に触れることができる1冊となります。
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商品情報
- 著者
- 井出明
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春新書
- 書籍発売日
- 2021.05.20
- Reader Store発売日
- 2021.05.29
- ファイルサイズ
- 35.9MB
- ページ数
- 224ページ
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この作品のレビュー
平均 4.4 (11件のレビュー)
-
幅広い読者層の興味を喚起し、受容れ易いかもしれない内容であると思った。
大学教員を務めていらっしゃる著者による本書だが、その何回分かの講義を大教室の隅で聴講させて頂く場面のような感じで、綴られた本文が…著者が肉声で話している言葉が届くように入り、素早く読了に至った。
或る程度広く人口に膾炙した用語、用語から思い浮かぶ様々なこと、その様々なことから想起される何かが利用されている一面も在るというような場合、それに関して「本当にそうなのか?」と問うて、色々と考えてみるようなことは、一般論として「必要!」だと自身では思っている。
「世界遺産」という用語は、用語から思い浮かぶ様々なこと、その様々なことから想起される何かが利用されている場合も在るという一面まで含む存在になっていると思う。だからその「世界遺産」に関して、「本当にそうなのか?」と問うて、色々と考えてみることは「必要!」なのだと思う。そうした意味で、本書は「待ち望まれていた内容」の話題提供をしてくれる一冊かもしれないと思う。
その「考えてみる」という場合の「眺める角度」または「切り口」というようなことで、著者が唱える「ダークツーリズム」という概念が入り込む。
「ダークツーリズム」という概念?これは「好いこと」の直ぐ裏、直ぐ隣には往々にして「好くないこと」も在る訳で、何処かを訪ねて何らかの文物に触れるような際には、その双方を知る、学ぶ、考えるということもしてみては如何か、という考え方であると思った。そして、様々な文物に関して「好いこと」も「好くないこと」も「併せて!」とか「包括して」知る、学ぶ、考えるという営為は、文物を護って伝えようという全ての人達、それに一寸触れてみる機会が生じた人達にとって「有益な筈」ということが、著者自身を含めて「ダークツーリズム」を唱える人達の考え方なのだと思った。
本書は「世界遺産」というモノの概念や経過も説きながら、国内外の「世界遺産」に挙げられている様々な事例に関する「気付いたこと」、「気付かされること」、更に「考えた方が好いかもしれないこと」を適宜各章に纏めている。
実は「随分と頻繁に“世界遺産”と聞き、日本の方々の文物がそれに加えられているらしいが…で?何?如何?」という程度に思っていた面が在る。が、本書の内容に触れて「何?如何?」が少しは解ったようにも思う。
余計な私見を敢えて加えておく。
本書でも長崎県のキリスト教関係の「世界遺産」を巡る話題が取り上げられている。
長崎県のキリスト教関係の様々なモノの一つに、直接的に「世界遺産」の要素に入らなかったが、<田平天主堂>という立派な教会が在る。
自身は、この<田平天主堂>を訪ねたことが在る。
あれは…何時の間にか存外に年月が経ってしまった。2013年12月のことだった。九州を列車で気儘に巡っていた時、佐世保で夜を明かした後にゆっくりと北上していた時である。
下車した駅から、平戸へ入る橋を探しながら歩み、平戸の島と逆、陸側に「↑田平天主堂」という標識を見掛けた。「偶々少し前に写真で視た、酷く立派な教会?」と、存外に冷たい風に負けず、雲が多目な中を歩き始めた。
「↑田平天主堂」と進み始めて暫く経つと、3㎞以上は在ると判ったのだが「まぁ…構わないか…」と歩き続けた。途中に何やら学校が在ったが、丘陵のような場所に冬で寂しげな農地が拡がって、農家であると推測される住宅が少し在るような風景が続いた。車輌も殆ど通らず、通行人にも出くわさなかった。「この道で間違いない?」と心細くもなる。途中にバス停が在ったが、「バスの便が…無い!?」という状態の時間帯だった。そもそも「1日に数便?」という運行体制のバス路線であるようだった。
それでも進み続ければ、雲が少し切れ、光が少し降り注いだ。光の方角へ導かれるように歩き続けると、その光を薄っすらと受けた<田平天主堂>の威容が姿を見せた。写真で視た印象よりやや小さい気もしたが、実に見事な建築に息を飲んだ。
聞けば、<田平天主堂>は資産家が纏まった金額の寄付をしたという程でもなく、「煉瓦1つでも…」と非常に多くの人達が少額の寄付をして、煉瓦を繋ぐセメントのようなモノを造る貝殻を手分けして周辺の村から苦心して集め、そんな人達の熱意を受けた職人達が働いて建てたのだという。
偶々視た威容が劇的な感じであり、建設経過の挿話が素晴らしいと思った。そしてその建設に携わった人達、その一族の人達の物語が在る。それに心動かされ、復路は軽やかに進み、途中に平戸へ向かうバスが数分待つと現れるという停留所に至り、平戸に上陸したのだった。
長崎県のキリスト教関係の「世界遺産」を巡る話題は、偶々<田平天主堂>を訪ねた経過の前後に随分と出ていた。そして「世界遺産」と聞いて時々思っていた。「モノを見て心動かされ、それに纏わる様々な物語に触れ、大切な“自身の記憶”に留まるのであれば、それが“世界遺産”とやらであろうが、なかろうが、“モノの尊さ”に何ら変わりは無い筈だ…」というようなことである。
要は、「何処かを訪ねて文物に触れる」というようなことは、眼前のモノ自体を眺める等すると同時に、モノを巡る経過、物語を知る、考えることで、それが記憶に留まって“自身の財産”に出来れば「それで善し」だと、自身では思っている。そういう営為が如何いうように分類されようと、如何いう分類名が冠せられようと、それは然程重要でもないと思う。
後半に余計な私見をやや多く綴ってしまった面も在るが…「何処かを訪ねて文物に触れる」という営為(=「観光」)に関して、「世界遺産」というモノを素材に、「ダークツーリズム」という照明を当てて照らしながら観察、考察するという本書は、広く御薦め出来る。敢えて加えるが、「ダークツーリズム」という照明を当てて照らしながら「観光」の振興に関して観察、考察した結果としての「こういう可能性?」までも示唆されていたと思う。続きを読む投稿日:2021.05.26
旅の目的は人それぞれだが、私個人、若い頃はハワイやヨーロッパの人気の観光地よりも、東南アジアの奥地やネパールなど、観光地として綺麗に便利に整備された場所よりも若いうちじゃないと行けないような体力を使う…場所中心に旅していた。よってショッピングを楽しんだり豪華なホテルでラグジュアリーな時間を過ごす事は、当然環境もお金も遥かに到達しないような身分柄出来なかったし、しようとも思わなかった。
やがて生活に余裕が出ると、イタリアやスペインなどの南欧に加え、スウェーデンやデンマークなど北欧を回るようになり、言ってみれば日本とさほど都市的な発展度合いが変わらないが、食と人の見た目だけが海外風になっているようなものだった。
前者であれば、世界遺産に登録されている様な観光地ももちろん外したりはしないが、どちらかと言うと現地調達した四輪駆動車で田舎の村を訪れ、現地の人々のお世辞にも裕福とは言い難い生活を垣間見る事が多く、正に世界を知る事が目的だったと感じる。後者の旅も美術館や建築物からその国の歴史の長さ重さを感じる事ができ、教科書や写真集だけでは解らない、現地の空気の暖かさや市場の匂いなどを感じながら歴史について更に理解を深める事ができたと感じる。
アメリカでは現地の食もスーパーも道もアトラクションも何もかもスケールの大きさを感じたし、中国上海は人の多さを肩や背中で感じ取る事ができた。どの国からも必ず何かを学ぶ事ができたし、有意義な海外旅行をしてきたと自負している。コロナが始まるまでは。
本書はダークツーリズムと言われる、世界遺産の負の側面に焦点を当てて旅をすることの意味を教えてくれる。世界遺産はユネスコが毎年いくつも新規の登録を行うため、近年は国内も世界遺産だらけになった。行ってみると、こんなところが世界遺産かと思うような何の変哲もない風景が広がり拍子抜けすることもある。だがそれら遺産の背景にある歴史や文化の流れを理解することで、長い時間の中で形成された、遺産の表面だけを見ていた事に気づけるのである。
特に海外の遺産はアウシュヴィッツやワルシャワ歴史地区など20世紀以降の二つの世界大戦に関連するもの、日本では広島の原爆ドームがそれに該当するが、人類が犯した罪に起因するものが文化遺産として多く登録されている。黒人奴隷の歴史や、スペイン・イギリスの植民地政策から来るもの、更には虐殺の歴史など、「負の側面」は必然的に多くの人々の記憶に残り、かつその記憶を継承する事で同じ過ちを繰り返さないという、人類の固い約束・意思が含まれている。
我が国は石見銀山や九州に点在する明治維新以降近代化の歴史、北関東群馬にある富岡製糸場など、そこに女性や海外労働者の苦しみや重労働の土台についてはあまり触れられていないように感じる。本書はそうした日本の世界遺産の扱いは、観光的商業的な側面が強く、世界遺産登録=観光地化の意味合いが強いと捉える。確かに世界遺産になると、途端にホテルやグッズや街をあげてのアピールを見ていると少し淋しくなる事がある。世界遺産として負の側面にもフォーカスし、前述した様に背景や歴史を学ばなければ、表面の建造物の外観だけ見て拍子抜け、といった薄い記憶で終わってしまう。これは非常に勿体無い。本書タイトルにある様なダークな側面にももっと力を入れて、見る側に是非そうした事実を原因、解決までの流れとして捉えさせる様な展示に力を入れて欲しい。そうした意味で国内に点在する戦争遺産が手入れもできず放置され、消えていく事を防止する様な取り組みも行なって欲しい。自治体任せではなく、国が登録制度を設けて管理についても責任を持って行っていくべきだ。続きを読む投稿日:2023.09.08
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