くらしのための料理学
土井 善晴(著)
/NHK出版
作品情報
その道40年、集大成にして入門の書。
私たちの一番身近にある「料理」。生きていくうえで欠かせないからこそ、毎日の食事を作ることにプレッシャーや負担を感じてしまう。しかし、料理の「そもそも」を知り、暮らしの意義と構造を知ることができれば、要領よく、力を抜いて「ちゃんとできる」ようになる。日本人は料理を、どのように捉えてきたのか。古来より受け継がれてきた美意識や自然観、西洋との比較などを通して私たちと料理との関係性をひもとく。料理を通して見えてくる「持続可能なしあわせ」「心地よく生きていくための道筋」とは何か。NHK「きょうの料理」でもおなじみの著者が、いまの日本の料理のあり方を考え抜いた末に提示する、料理と暮らしの新しいきほん。
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商品情報
- シリーズ
- くらしのための料理学
- 著者
- 土井 善晴
- 出版社
- NHK出版
- 書籍発売日
- 2021.03.25
- Reader Store発売日
- 2021.03.25
- ファイルサイズ
- 10MB
- ページ数
- 120ページ
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この作品のレビュー
平均 4.2 (38件のレビュー)
-
【感想】
レシピ本を買うときはどんなときだろうか。
普通の目玉焼きを作るためにわざわざレシピを確認しようという人は少ない。おそらくだが、レシピ本を手に取る人の多くは、「今の自分では作れない、もっとおい…しい料理を作りたい」という気持ちがあるのではないだろうか。
その「よりおいしい食事を」に待ったをかけたのが土井善晴氏だ。
料理とはもともと、生きるために「食べられないものを食べられるように変える」行動であったという。古来の文脈において語られる料理とは、栄養素を過不足なく摂取するためのサバイバル術であり、味や風味などは二の次だった。食糧が慢性的に不足していた時代では腹を満たすことが先決であり、「どう料理するか」は、飢餓への備えとしていかに調理法を工夫するか、と同義であった。
対して、「おいしい」が強調され目的になったのは、食べ物が飽和し始めた近年のことである。それに伴い、料理はたいへんだと思われるようになったのだ。現代では、忙しくて余裕もないのに、料理をする人は「おいしい」という結果を求められている。
土井氏はこの「おいしい食事を」「凝った食事を」というスタンスを捉え直し、一汁一菜を基本とする食生活を提案している。料亭の食事と同じ品目を毎日作るようでは、身体が持たない。なにより、そうしたハレの日の食事とケの日の食事の境をあいまいにしていては、食事を取る楽しみ自体もお腹いっぱいになってしまうだろう。
日常の食生活は日常的なレシピの中に位置づけるべきで、その基本は「一汁一菜」なのだ。
私はこの「一汁一菜」主義が大好きである。土井先生のイメージである「これで、ええんです」に魅了されてしまい、今ではすっかりファンだ。
ところで、「一汁一菜でよい」という提案は、「料理を真面目にやらなくてもいい」「手を抜いていい」と解釈されがちだが、実は違う。
本書の中でもそれは指摘されており、土井先生は、「力を抜くべきだが手を抜いてはいけない」と言っている。
では、両者の違いはなにかと言うと、「料理に対する真摯な姿勢の有無」ではないかと思っている。
手を抜くというのは、料理のほかに優先すべきことがあり、そちらに注力するため、料理をすること、ひいては食べることそのものを手早く済ませてしまおうというスタンスだ。趣味、仕事、あるいは生活の疲れによって料理をしていられず、料理の優先順位を落とすことである。
一方、「力を抜く」は違う。料理をシンプルにまとめながらも、料理の優先順位を落としているわけではない。
例えば土井先生は、料理を作ったあとの器やお膳の選び方、配置の仕方にもこだわりを見せている。よそられた食事は白米、みそ汁、漬物といった簡単なものなのに、まるで芸術作品のように凛としたたたずまいをし、「適当にすませました」という感じは全くない。献立は単純だが、料理に対する姿勢、要するに「食への美意識」をおろそかにしていないのだ。
これが土井善晴氏の言う「力の抜き方」である。
本書はそうした土井氏の美学からなる「料理思想」を多々紹介している。
日本人が持つ伝統的な美意識の紹介から始まり、西洋料理との違い、和食独自の伝統文化、そして日常の献立へと話が発展していく。
本書を貫く一本線は、「料理は食材を『調理』する行為だけにあるのではなく、その裏にある伝統的な文化や風土、食材への美意識を重んじる」というもの。なんとも素敵な哲学であり、大量廃棄が問題視される今、こうした「食材と季節と暮らしの調和」という観点は、あらためて見に着けて置くべきポイントだと感じた。
普段なんとなく作っている料理の本質を見直すきっかけにもなる本。ページ数も100ページ余りであり、簡単に手に取って読むことができる。是非オススメだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここからはわたしの戯言と妄想。
SNSの普及により、時短レシピ、バズレシピ、手抜きレシピなど、誰でも作れる簡単レシピが爆発的に流行っている。
もちろん、こうしたレシピが料理をするきっかけになるのはいいことだが、どこか寂しい。料理以外にもやることがあって、料理なんかのために時間をかけていられない、というスタンスが何となく感じられてしまうからだ。挙句の果てに完全栄養食なんて出たときには、「ああ、料理と食事って、もう煩わしくてやってらんないものとして認識されつつあるんだなぁ」という悲しみを覚えてしまった。
わたし個人の考えだが、一度身につければ一生使えるスキルは、この世に2つしかない。
1つは車の運転。もう1つは料理だ。
だから、世の中の「料理している暇なんてあれば、もっと生産性の高いことをする!」という風潮に対して、「料理よりも大切なことなんていくつあるんだ?」と穿った姿勢を取ってしまうのである。
ここで一本、土井善晴氏やたくさんの料理研究家が集い、1000ページぐらいの料理本を出していただけたら――そんな妄想をしてしまう。
ショートビデオが普及し、数分でレシピ動画が見れるようになった今だからこそ、あえて重厚長大な料理本を紙媒体で出す。タイトルは「3年かかって料理がうまくなる方法」。食材の選び方や包丁の使い方といった基礎の基礎から、魚のさばき方や火入れ方まで、この本に載っていることを全てこなせば、一生使える上級料理術がマスターできる。
帯には、簡素化していく料理へのアンチテーゼとして、「料理は『手間』なのか――」みたいなアオリ。そんな妄想。
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【まとめ】
1 まえがき
土井善晴は、昭和から平成へと変わっていく社会のスピードに不安を感じながら、食文化が自分や家族の命を守り、幸福につながるという、料理の本来の意味や意義を強く思うようになっていった。
今、日本人の食事は、あまりにも複雑になっている。料理を理解しなくとも毎日の食事にはなにも不自由しない。しかし、長い目で見たとき、日頃の食事のあり方が人の人生に大きく関わり影響すること、広く見たとき、資源の無駄遣いが地球に負担をかけていることに気づくだろう。
2 純粋な料理
料理とはもともと、人間が生きていくために食べられないものを食べられるようにする工程のことだった。
昔は料理=生きるための行動であった。対して、「おいしい」が強調され、目的になったのは近年のことである。それに伴い、料理はたいへんだと思われるようになった。現代では、忙しくて余裕もないのに、料理をする人は「おいしい」という結果を求められている。
忙しい社会では「手抜き料理」や「時短料理」が流行る。しかし、手を抜くのではなく、力を抜いて欲しい。忙しさやそのときの状況で料理への力の入れ具合を判断してほしい。大切なのは決して無理をしないことだ。
本書では、料理の「そもそも」を知り、暮らしの意義と構造を知ることで、要領よく、力を抜いて「ちゃんとできる」ところまでを目標にしたい。
3 日本の伝統的食文化
フランスには、高度な調理法を用いた「経済と関わる芸術的な料理」(=独創的で最先端の科学芸術)と、その土地の自然の産物をマルシェに集め、その恵みを享受し命を育む「暮らしの料理」(=伝統的な家庭料理)という2つの世界観がある。
両者は密接につながっている。西洋では、日常の料理と非日常の料理が地続きなのだ。
しかし、和食においては、日常と非日常を全く違う物として分けている。ケ・ハレを意識的に区別し、四季が循環するように「ハレ→ケハレ→ケ→ハレ」と生活している日本人は、食卓それぞれの場に「それぞれの食事の形」を持っている。
元旦の屠蘇、餅、おせち、酒など、「神様にお供えする料理」が「ハレの料理」。白身の魚が縁起物として尊ばれ、米は味よりも「白さ」に重きを置かれていた。それは、神様への捧げものは姿が整っている清潔な料理が良しとされたからだ。手間と時間をかけ、清潔な料理を作っていたのが古来日本の「ハレ」である。
しかし、高度経済成長以降は忙しさに追われて、暮らしを支えてきた日常の普通の料理を失ってしまった。それは日常のケハレを失うことでもあった。
私たちは次第に、ハレの日の本来の意味を忘れて、清らかな料理ではない、油脂を多く含む、ステーキ、焼肉、大トロの握りなどの単なるご馳走で本能的快楽を満たすようになった。
日本人は古来より、「ハレ」「ケ」「ケハレ」の世界観を大切にしてきたが、現代では「ハレ」と「ケ」の境界がなくなり、日常のケハレがどこかに行ってしまったのだ。
和食には、洋食の濃厚味や中華料理の強い味や香りの抑揚はない。しかし、食事にこれらのような「美」を見つけることで、心の豊かさ(満足感)を作ってきたといえる。
4 和食と栄養学
戦後日本において推奨されてきたのは「一汁三菜」。一汁三菜は世界共通の栄養学であり、主菜(タンパク質・脂肪)から献立を考えるものだが、そもそも和食には、タンパク質や脂肪を摂取するためのメインディッシュという概念はない。そもそも、魚や肉を中心に据えてしまえば、季節の食材は二の次になる。
旬の食材を中心に献立を作れば、タンパク質や脂肪以外の栄養素は、おのずからついてくる。そうすれば日本の食文化と日本人の健康の両方を守れる。だからこそ、国民の健康は季節感、食文化あってのものと認識し直すべきなのだ。
現代で一汁三菜を作るのは忙しい。だから、一汁一菜でいい。栄養のバランスは、味噌汁を具だくさんにすれば大丈夫。余裕がない日は、おかずは作らなくてもよく、お金や心に余裕のある時に、食べたいものを作ってあげればよい。
献立の基本を一汁一菜にするのだ。
5 和食を考える
食文化は、その土地にたどりついた原初の人間の素朴な行為から始まった。モンスーン帯では稲作が、地中海気候帯では牧場と果樹園が営まれたように、食文化は自然に逆らうことなく生まれ、人生を謳歌する豊かさを作った。そのような「大自然と調和する食文化」は、無くしてしまうと二度と取り戻せないものだ。
和食も当然、大自然と調和する食文化である。では、和食は何をモットーにしているのか?
和食は「自然を中心とし、食材にあまり手を加えない」ことを美意識としている。
例えば、和食は「混ぜる」ではなく「和える」が基本である。日本料理は西洋料理と違って、「味がブレる」ことを前提としている。食材は季節によって味に違いが出るし、調味料の分量も食材の状態によって微妙に変化する。結果的に、全てが均一な味となる「混ぜる」ではなく、ところどころムラができる「和える」という調理法がベースとなる。それは言い換えれば、素材の味を尊ぶ調理法なのだ。
6 日本人にとってのあるべき暮らし
普通の暮らしにおける和食は「美」とともにある。そのため、食べられるようになったものを、「整える」ということがいちばん大切な行為だ。器を選び、お膳を整えて初めて料理は完成する。
日本人は、料理の中にも「清潔」を重んじてきた。「きれい」という一つの言葉で、人間にとって大切な「真善美」を表し、物事を判断する基準としてきた。
和食は、けじめをつけながら「きれい」に調理を進めることで、結果として「おいしさ」がついてくる。そして清らかに「澄んだ味わい」を最善の「おいしさ」としてきた。
和食のおいしさは、心地よさを認めながら進める調理によって、後からついてくる結果なのだ。
7 一汁一菜という念仏
「料理をする満足」とは、手をかけることではない。現代人は、たくさんの料理を作らないと手抜きをした気分になるのかもしれない。
そうした中で「満足感」を味わうには、きれいにすることだ。料理そのものというより料理と器、器と器、器とお膳の関係を整え、場をきれいにする。きれいにすることは、料理の楽しみの世界に入る扉である。
食事に生まれる喜びや楽しみといった情緒を研究することが、本書の言う「料理学」なのだ。続きを読む投稿日:2021.08.08
「その道40年、集大成にして入門の書。
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