ノマド
ジェシカ・ブルーダー(著)
,鈴木素子(著)
/春秋社
作品情報
2000年代、アメリカに新しい貧困層が現れた。一見すると、キャンピングカーで暮らす気楽な高齢者。有名企業で働いた経歴や建築技術の資格をもつ人もいて、考え方や見た目も中流階級のそれと変わらない。しかし、彼らはガソリンとPC・携帯を命綱に、その場限りの仕事を求めて大移動する、21世紀の「ノマド」である。深夜ひっそりスーパーの駐車場で休息をとり、アマゾン倉庫や大農園など過酷な現場で身を粉にする彼らの実態とは。気鋭のジャーナリストが数百人のノマドに取材。彼らと過ごした2万4000キロの旅から、知られざるアメリカ、そしてリタイアなき時代の過酷な現実が見えてくる。高齢化社会日本の未来を予見する、衝撃のルポ。
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この作品のレビュー
平均 3.9 (29件のレビュー)
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【感想】
「ノマド」というと、カフェでノートパソコンに向かって作業している人を想像すると思う。いわば、組織に縛られずにフリーランスで仕事をしているホワイトワーカーのイメージだ。
しかし、アメリカでは多…少違う人々のことを意味する。家賃を払えなくなり、常時路上を移動しながら車中生活する人々のことだ。「work(働く)」と「camper(キャンパー)」で「ワーキャンパー」と呼ばれる彼らの多くは、2008年の金融恐慌によりローンの支払いが追いつかず、家を手放し路上に出ることになった人々である。キャンピングトレーラーとともにアメリカじゅうをドライブし、キャンプ場で暮らしながら季節労働者として働いている。
本書は、そうしたワーキャンパーの実態を3年近くに渡って密着取材したドキュメンタリーである。筆者のジェシカ・ブルーダーは取材にあたってキャンピングカーを購入し、自ら車上生活を送りながらワーキャンパーたちと行動をともにしていく。
本書は64歳(取材当初)の女性「リンダ」を中心に話が展開していく。孫もいる立派なおばあちゃんであり、「一般的な」企業に勤めていればそろそろ定年退職だ。1400ドルで手に入れたジープを家代わりにして、仕事を求めながら国中を転々とする彼女は、アメリカにおける「一般的な」ノマドワーカーの象徴である。
リンダの夢は「アースシップ」をつくることだ。アースシップとはパッシブソーラー式の、特別な装置を使わない自作の住宅で、土を詰めた古タイヤを耐力壁とし、空き缶や空き瓶などの廃棄物を建材にする。1970年代から続けている研究の成果で、電力も水も完全に自給自足できるような設計になっている。タイヤの壁は蓄電池の役目を果たす。日中は南向きにたくさん並んだ窓から太陽の熱を吸収し、夜間にはその熱を放射することで、屋内の温度を一定に保つ。雨や雪解け水は屋根から貯水槽へと流れ込み、ろ過され飲料水や生活用水となる。屋内栽培の野菜や果物の生育、水洗トイレにも使われる。電力は主にソーラーパネルによってまかなうが、風車を利用することもある。
リンダだけではなく、本書で出てくる多くの人々が「夢」や「目標」を持っている。日々生きる糧にも事欠くような生活なのに、そこから更に夢をかなえるなんて到底無理に思えてくるが、彼らはむしろ夢が無ければすぐにでも死んでしまうのだろう。結局、ワーキャンパーとホームレスを分けるのは「プライドがあるかないか」なのかもしれない。リンダを含む多くの人たちが理想を語り、車上生活に誇りを持っている。そして何者からも――特に資本主義に――縛られない生き方を実現するべく路上に身を委ねていく。
リンダ「いまは無事生き延びてるだけじゃなく、目標に向かって生きてるわ!だれだってそうでしょう。歳をとったからって、その日その日をなんとか生き延びるだけじゃつまらない。目標が必要よ」
本書は、アメリカに蔓延る「自由主義精神」と、その裏に潜む「格差」をあぶり出した物語だ。しかし、本書の筆致は非常に明るい。人々は「自分らしさ」の象徴でもあるキャンピングカーをいかにカスタマイズしたかを紹介し、アマゾンや国立公園での過酷な労働をコミカルに語る。ワーキャンパー達はRTRに参加し、同じ境遇の者同士のコミュニティを広げていく。
主人公のリンダがエネルギッシュな人だから、おのずとストーリーも快活になっているのかもしれない。彼女の目を通した路上生活は、自由で、希望に満ちており、自然と調和している。しかし、リンダのように力強く生きられる人は多くない。ノマドは決して「短期間のキャンプ」ではなく、単なるワーキングプアだ。だが、そうと知りながらノマドを選ぶ人は今も増え続け、新しいサブカルチャーとして消費され続けている。
――だが、彼らはだれでもそうだが生きのびるだけでは満足できなかった。その結果、最初は生きのびるための必死の努力だったことが、いまや、より大きな価値を標榜するスローガンとなっている。人間であるということは、たんなる生存を超えた何かを追い求めるということだ。食べるものや住む家と同じくらい、私たちには希望が必要なのだ。そして、その希望が路上にはある。それは車の推進力が生む副産物だ。アメリカという国の大きさと同じだけ、大きなチャンスがあるという感覚だ。行く手には良いことが待っているにちがいないという、深い確信だ。そのチャンスはほんのすこし先に、次の町に、次の仕事に、見知らぬ人との次の出会いに、きっと転がっている。
運転を続ける彼らは、確信している。自分が車を停める場所こそ、アメリカ最後の自由の土地だと。
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【まとめ】
1 ノマド化するアメリカ人
ノマドとは、常時路上を移動しながら生活する人々のことだ。とどまるところを知らない家賃の高騰と、頑として上がらない賃金という経済的矛盾から脱出しようともがく人々だ。皆、万力に挟まれているかのような閉塞感のなかで、気が滅入るほど単調で骨が折れ、それでいて駐車料金や住宅ローンを払うとあとには何も残らない低賃金の仕事に、ありったけの時間を費やしている。暮らし向きを長期的に向上させる手立てもなく、リタイアするあてもないままだ。
そうした閉塞感の裏には、厳しい現実がある。賃金の上昇率と住居費の上昇率があまりに乖離した結果、中流クラスの生活をしたいという夢をかなえるなんて逆立ちしても無理になってしまった人が、続々と増えているのだ。これを書いているいま、法定最低賃金で働く正社員の収入でワンベッドルームのアパートの賃貸料をまかなえる地域は、全米でわずか12の郡と大都市圏が1つだけだ。そういうアパートを適正価格で借り、推奨されるとおり住居費を収入の30パーセント以下に抑えたければ、連邦政府の定める最低賃金の倍以上、少なくとも1時間に16.35ドルは稼ぐ必要がある。
住宅費高騰による影響は深刻だ。住居費を支払うと、食料品、医薬品、その他生活必需品を買うお金がほとんど、あるいはまったく残らない低収入の家庭も少なくない。
ノマドの多くは、伝統的な「ふつう」の家を諦めることで、賃貸料や住宅ローンから逃れた。彼らはキャンピングカーやトレーラーハウスに移り住み、その時々に気候の良い場所から場所へと移動しながら、季節労働でガソリン代を稼いでいる。
2 急増するワーキャンパーとアマゾンでの過酷な労働
ワーキャンパーとは短期の雇用を求めてアメリカじゅうを車で移動する、季節労働者だ。仕事の対価は電気、水、下水道つきの、無料で使えるキャンプサイト。賃金は出ることもあれば、出ないこともある。
現代特有の現象だと思うかもしれないが、じつはワーキャンパーには非常に古い歴史がある。古代にはローマ軍団について移動し、剣を研いだり甲冑をつくろったりしていた。西部開拓時代には各地にできた新しい町を渡り歩き、時計や機械や鍋を修理した。石壁を積み、飲み放題のリンゴ酒つきで1フィートにつき1ペニーを稼いだ。道具と技術を幌馬車に積んで、開拓団についていった。ナイフを研ぎ、壊れたものを何でも直し、開墾を手伝い、小屋に屋根をかけ、畑を耕し、収穫しては、食事とわずかな金にありついて、また次の仕事を探しに出かけた。
現代のワーキャンパーはほとんどがリタイア組のため、ビジネスの世界で培ってきたスキルが売り物に加わっている。店の経営、家周りの手入れやペンキ塗り、トラックやフォークリフトの運転、配送物の荷造り、機械修理、PCやネットワーク関連のトラブルの防止や解決、ビーツの収穫、造園、浴室掃除、なんでもござれだ。現代のワーキャンパーは、ハイテクの鋳掛け屋といえる。
製造業で成り立っていたエンパイアが終焉を迎えたと同時に、南に100キロ離れた場所で、まったく異種の新たな企業城下町が栄えだした。住民の大半が、低賃金とひきかえに臨時雇いで働く「プレカリアート」と呼ばれる不安定層だ。もっと具体的に言えば、住人は何百人もの移動労働者で、キャンピングカーやトレーラー、ヴァンに住んでいる。少数ながらテントで暮らす者さえいる。彼らの雇い主は、アマゾン・ドット・コムだ。
勤務はシフト制で、最低でも一〇時間は通して働く。その間ずっと、コンクリートの固い床の上を歩き回り、屈んだりしゃがんだり背伸びしたり階段を上ったりしながら、商品のバーコードをスキャンし、商品を仕分けし、箱詰めする。一回の勤務で24キロ以上歩く人もいる。だが繁忙期が終われば、キャンパーフォースは用済みになり、雇用契約は打ち切られる。お役御免になったノマドは、マネージャーが明るく言うところの「テールライトの行列」をつくって去っていく。
「追加生活保護の対象となる所得の高齢者」や「フードスタンプの受給者」など、「雇用機会上のハンデをもつ」とされるカテゴリーに属する労働者を雇うことで、アマゾンは賃金の25〜40パーセントの連邦税控除を受けている。ある移動労働者は「生活保護受給者がアマゾンで働けば、政府は年3ヶ月間は保護費を払わずにすみ、そのぶんが雇用税額控除に回る。アマゾンにとって私たちは、税額控除の手段にすぎないのです」と語っている。
アマゾンのRVパークは、国家的災厄の縮図である。RVパークにごった返しているワーキャンパーは、これまでずっとあたりまえだと思っていた中流階級の安楽な暮らしから、はるか隔たったところに落ち込んでしまった人たちだ。
高・中所得者層から低所得者層に移行する高齢者の人口は近年急激に増加している。エンパイアのような企業町の全盛時代、つまり安定した雇用と年金を誇った「強い中流階級」の時代には、だれひとり想像できなかった状況だ。
経済政策研究所(EPI)の経済学者モニーク・モリシーは、この前代未聞の変化についてこう語る。「私たちが直面しているのは、退職後の保障が無に帰すという、近代アメリカ史上初の事態です。後期ベビーブーム以降に生まれた人たちは世代が進むほど、リタイア後にそれまでと同程度の生活をするのが難しくなっています」。ということは、もはや高齢者に休息はないということだ。2016年には65歳以上のアメリカ人雇用者数は900万人近くにのぼった。10年間で60%増加している。リタイア後にまったく働かずに過ごせる見込みの人はわずか17%しかいない。
3 ノマドは「素晴らしく自由な生き方」なのか?
筆者がワーキャンパーの取材を始めてから、かれこれ半年ほどたった頃だった。その半年間、筆者は「ノマド」というサブカルチャーについての記事を探して、インターネットや本、新聞や雑誌、ニュース番組などを手当たり次第に漁っていた。見つかった記事の大半は、ワーキャンパーという生き方を、楽しく明るいライフスタイルか、変わった趣味ででもあるかのように報じていた。アメリカ人がやっとのことで生活賃金を稼ぎ、伝統的な住宅から閉め出されつつある、そんな時代を生き延びるためのぎりぎりの戦略だと報じる記事は、ほとんど見あたらなかった。
隔月刊のノマド向け雑誌 『ワーキャンパー・ニュース』にも、それに似た「文句を言うのは恥だ」という雰囲気がある。「仕事になじめず困っていませんか?」という見出しのコラムは、仕事に不満を抱えているワーキャンパーに、自分の内面を見つめ直すことで問題を解決するよう促す内容だ。「『永久にここにいるわけじゃない。これは目的のための手段にすぎないんだ』、『これは旅行の一環だ。ちょっとこのあたりを探検している(あるいは仲間に会いに来た)だけなんだ』と自分に言い聞かせて仕事に対する姿勢を変えるよう努めましょう。あまりくよくよ考えないで」とある。
このポジティブ・シンキングは結局のところ、アメリカ人ならだれでも日々を切り抜けるのに利用しているノウハウであり、もはや国民的な娯楽になっていると言えるほどだ。大恐慌時代にアメリカを旅したジェームズ・ローティは、職を探して路上に出ざるを得なくなった人々の話を聞いて歩き、そこであまりに多くの取材相手がとことん陽気に見えたことに愕然として、1936年の著書『より良い暮らしがある場所』に書いている。「アメリカ人がうわべを繕う性癖は、もはや中毒だ。1万5000マイルの道中、これほどの嫌悪感と驚きを感じたことは他にない」
筆者はそこまでひねくれた考え方はしなかった。苦しいときに知らない人の前で平静を装うのは、人間の性だ。それと同時に、ノマドの態度には何かそれ以上のものがある。筆者が目にしたのは、人間というものは人生最大の試練のときでさえ、もがき苦しみながらも同時に陽気でいることができる、ということだ。何ヶ月にもわたって取材してきたノマドの人々は、無力な犠牲者でもなければお気楽な冒険者でもない。真実は、それよりはるかに微妙なところに隠されている。
崩壊はすでに始まっている。家計のやりくりが困難になり、人々が夜遅くまで計算に頭を痛めることになったのには、明らかな原因がある。上位1パーセントの人の平均収入が、下位の50パーセントの人の平均収入の81倍もあるからだ。しかも収入額が下位50パーセントのアメリカ人成人約1億1700万人の収入は、1970年代から変わっていない。もはや、これは賃金「格差」なんていう生易しいものではない。「深淵」だ。そして、いよいよ深くなるこの分断のつけを支払っているのは、国民のひとりひとりなのだ。続きを読む投稿日:2022.07.05
映画を観てから読んだ
もう一度映画が観たくなった
よく映画や小説で「定年退職してつつましくも穏やかな引退生活を送る」描写がでてきていたが、もはやそれはかなり贅沢なことになっているのかもしれない
家を…手放す点は別として、「死ぬまで働かないといけない」のは日本も他人事ではないなと思った
とはいえ、もっと昔はそうだったわけで、年金で自適生活というのがそもそも無理があったのか
車でキャンプしながら移動する生活ができるだけ白人はまだ恵まれているそうで、それが難しい人種は一体どうしているのか
闇は深い
もう1つの闇
Amazonの仕事はすごく大変そう、というか、非人間的だな
続きを読む投稿日:2023.07.23
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