風は西から
村山由佳(著)
/幻冬舎文庫
作品情報
大手居酒屋チェーン「山背」に就職し、張り切っていたはずの健介が、命を絶った。異変に気づけなかった恋人の千秋は自分を責め、悲しみにくれながらも、彼の両親と協力し、健介の名誉を取り戻すべく大企業を相手に闘いを挑む。しかし「山背」側は、証拠隠滅を図ろうとするなど、卑劣極まりない――。小さな人間が闘う姿に胸が熱くなる感動長篇。
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商品情報
- シリーズ
- 風は西から
- 著者
- 村山由佳
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 幻冬舎
- 掲載誌・レーベル
- 幻冬舎文庫
- 書籍発売日
- 2020.08.06
- Reader Store発売日
- 2020.08.06
- ファイルサイズ
- 0.8MB
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この作品のレビュー
平均 4.2 (21件のレビュー)
-
『疲れた』
あなたは大切な人からそんなひと言を言われたらどう思うでしょうか?
『疲れた』
あなたはそんなひと言が大切な人の最期の言葉となったとしたらどう思うでしょうか?
“24時間、戦えますか…?”というキャッチフレーズが一世を風靡した1988年の栄養ドリンクのCM。それから30年以上の時が経ち、”働き方改革”の名の下に、そんなフレーズもすっかり死語の仲間入りをしてしまった現代社会。かつてその言葉の響きが”カッコいい”とさえ思われていたのがわずか30年で真逆のイメージに置き変わってしまうという時代の移り変わりの激しさと、世の中の価値観の変化の大きさを実感させられもします。
労働基準法に書かれている通り、週の労働時間は定められており、それを超える労務の提供には割増賃金が支払われます。言うまでもなく法定休日があり、全ての労働者には法の下に適切な労働環境が用意されるはずです。私たちは生身の人間です。元々24時間戦えるはずなどありません。そして、”働き方改革”の名の下にこの国でも随分と労働環境は様変わりしました。このレビューを読んでくださっている方の中にも日付けが変わる終業が当たり前だった時代を思い出話として語られる方もいらっしゃるでしょう。しかし、そんな労働環境の改善には残念ながら数多の犠牲者の存在があったのも事実です。何もないところから勝手に世の中が良くなるようなことはありません。
『今や英語やフランス語の辞書にさえ載っている』とされる『Karoshi』。一方で『あまりにも長時間の労働やサービス残業』などによって『肉体的にも精神的にも疲れきり、重度のストレスで精神疾患を発症した』ことで引き起こされるという『過労自殺』。この作品は『社員を使い捨てにする』”ブラック企業”が死に追いやった一人の若者の生き様を見る物語。『日々、労働時間を過少申告し、休日という休日を返上し、睡眠時間も削れるだけ削って働き続けているというのに、これ以上いったい自分にどうしろというのだ。死ねというのか』と追い込まれた一人の若者の悲痛な叫びを聞く物語。そして、そんな若者の『死を少しでも意味のあるものにするための』闘いに『失うものなんか何もない』と立ち向かっていく主人公・千秋の物語です。
『顔に吹きつける風がたまらなく心地いい』と『助手席の窓をさらに下ろした』のは主人公の伊東千秋。横で大きなあくびをしながらハンドルを握る健介を見ながら『久々のドライブだというのに』一時間も遅れてきたり、『映画を観ている隣で寝息を立てていたり』という最近の彼の様子を訝しがる千秋。『就職活動をきっかけに付き合うようになり、卒業を経て、はや六年』という二人は房総半島へと向かいます。そして二時間のドライブの後、『南房総の海の幸に舌鼓を』打ちます。『やんちゃで愛嬌のある顔立ち。朗らかで冗談好きで…』という健介は『気がつけば皆が頼りに』する存在。『広島へは、いつごろ帰るつもりでいるの?』と訊く千秋に『少なくとも二、三年は先だろうな』と答える健介。『両親が地道に働いてここまでにした居酒屋「ふじ」を、自分が継ぎたい』という思いを抱く健介は大学『卒業後は実地にノウハウを学ぶべく、一旦は大手の外食産業に就職』することにしました。『そのうち結婚するとしたら、自分もいつかは広島で暮ら』し、『創作居酒屋「ふじ」の若女将』になるのだろうかと妄想する千秋。『食べものに携わる仕事に就きた』いという思いから『大手食品メーカー「銀のさじ」』を選んだ千秋は、健介より『先に内定をもら』います。一方で就職活動に苦戦した健介は、最終的に『全国展開の居酒屋チェーン「山背」』の内定を手にしました。そんな『居酒屋チェーンの中でもおそらく最も有名』という『「山背」には、はっきりとした〈顔〉があ』りました。それが『ワンマンで有名な社長、山岡誠一郎の顔』です。『自らの理想を熱く語り、正義と信じるもののためには自ら行動することを躊躇わず、しかもそれを公言して憚らない』という山岡社長。そして健介は『いきなり店長見習いって、ちょっとびっくりしちゃった』と『先週から〈現場〉である店舗に配属となった』ことを千秋に語ります。『都内でもそうとうハードな店舗なんじゃないの?』と訊く千秋に『まあね…』と答える健介。そんな健介に『要するに会社からそれだけ見込まれてるってことでしょう?凄いよ、健ちゃん』と励ます千秋は『身体だけは壊さないように気をつけてね』と最近の疲れた様子から声をかけます。『会社は大きな船だ』と語る山岡社長の〈ことば〉に惹かれる健介。そんな健介はドライブから戻った日の深夜、明日行われる筆記試験のために山岡社長の著書『帆を高く掲げよ』に書かれた社長の言葉を暗記します。その他にレポートにも追われる健介は『明日はもっと良くなる。未来はずっと良くなる』と自身を鼓舞します。そんな健介は店長見習いの店で、自身が後を継ぐことになる店長の大嶋から厳しい現実を告げられます。『この店の動向は、上からずーっと監視されてる…今のこのラインよりも売上が下回ったらどうなるか…呼びつけられて、めちゃくちゃ叱り飛ばされる』というその現実。そんな大嶋は『社長の演説にしびれちゃったクチ?』と健介に就職理由を問い、『藤井くんは、「山背」が陰で何て言われてるか、知ってる?』と続けます。そんな問いかけに『ほんとにブラックかどうかなんてわからないでしょう』と思わずムキになる健介。そして、店長になった健介は『自分はもう、削れるものはぎりぎりまで削り、差しだせるものはとことん差しだしているはずだ…』と、どんどん追い込まれていく中で終に命を絶ちます。そして、そんな健介の突然の『死を少しでも意味のあるものにするため』に立ち上がった千秋の巨大企業を相手にした闘いが描かれていきます。
2008年に大手居酒屋チェーン”ワタミ”の新入社員だった女性が過労自殺した”ワタミ事件”。”ブラック企業”という言葉が大きくクローズアップされ、当時の日本社会に激震が走ったこの事件をモデルに書き下ろされたこの作品。村山さんというと「天使の卵」のような恋愛小説や、過激に展開する「アダルト・エデュケーション」のような官能小説がピンときますが、この作品は取り上げられている題材から言っても真正面からの社会派小説となっています。『顔に吹きつける風がたまらなく心地いい』となんとも爽やかに始まる冒頭から一気に緊迫の度を高めていくその内容は文庫本528ページという文章量を忘れてしまうくらいに、また、ページを捲る手が止まらないほどに密度感に溢れています。
そんな作品の前半は『全国展開の居酒屋チェーン「山背」』の人を人扱いしないような恐ろしい労働環境の描写に埋め尽くされています。『鉄の門扉のように重たいまぶたを無理やり押し開けて目を瞬くと、えらく高いところに見慣れた天井があった』という他に見たことのないような強烈な表現は、睡眠不足の限界点をとうに超えている今の健介の様子を表すには十分すぎる表現です。それは、『売上に関する全部の責任が自分の肩にのしかかってくる』一方で、『食材をあまりに安くあげようとすれば、すぐさま品質や味に響いて客が減る』という悪循環を避けるために、『自分のタイムカードを操作して、時間外勤務の事実をなくしてしまうしか…』と人件費という『見えないところを削る』他ない判断へと健介を追い詰めていく先にある厳しい現実でした。そこにプラスして、『カリスマ経営者のもたらした弊害』の行き着く先とも言える、山岡社長をある意味で崇めていく気風も追い討ちをかけます。せっかくの休みのはずが『任意参加』という謳い文句ながら欠席すると上司から咎められる休日研修や、山岡社長の理念が記された著書を丸暗記して臨まねばならない筆記試験。しかも『たった一問間違えても上司から呼び出し食らって、この先の査定とかにも響く』という”勤務時間”外の実質的な労働の実態。この作品はフィクションではありますが、その元となった”ワタミ事件”でも”24時間365日死ぬまで働け”といった社長の”理念集”の存在が物議を醸しました。この作品でも『会社は大きな船であり、家族であり、社員一人ひとりがその一員です』という社長の言葉が語られます。”ワタミ”の言葉だって、その言わんとする考え方の本来主旨はわからないではありませんし、この作品の『大きな船』という言葉も一見優しさを感じさせる言葉に感じられないことはありません。しかし、その行き着く先には、この言葉を曲解した”自己犠牲”を何よりも尊いものとするような非常に怖い世界が顔を覗かせます。そして、この国に今も根ざし、様々な場面で人々を支配する激しい”同調圧力”が全てを捻じ曲げていきます。
今、このレビューを読まれているあなたが会社員だとしたら、この作品にあげられるような、人を使い捨てていく会社の姿勢に、『自分だったらそんなことになる前に会社を辞める。死ぬくらいだったらさっさと逃げればよかったのに…』というような冷静な考えを思い浮かべるのではないでしょうか?これは、私だってまったく同じです。たった一度きりの人生を会社のためにメチャクチャにされたくなどありません。会社は人生の中の一部であって、人生の全てではありません。しかし、この作品で描かれる『山背』は、『辞めることは無責任で傍迷惑で最低最悪の選択なんだ』という考え方を知らず知らずのうちに社員に擦りこんでいきます。元々、『正社員は皆、休みなど月に一度取れればいいほうで、時間外勤務は当たり前、その労働に対して残業代が支払われることは稀』という最悪の労働環境で自分の時間が取れない中、退職することを『無責任』と刷り込まれて逃げ道を徹底的に塞がれるその環境。もし、そんな環境に追い込まれたとしたら、果たして『死ぬくらいだったら…』という冷静な判断が自分にできるのだろうか?と、とても恐ろしいものを感じました。
そんなこの作品の後半は、リアル世界の”ワタミ事件”同様に、企業を相手とした遺族の闘いが描かれていきます。それは、健介の突然の『死を少しでも意味のあるものにするため』という思いの先にあるものでした。あの手この手を使って遺族の行動を妨害しようとする巨大企業『山背』。『向こうにしてみれば足もとでうごめく蟻くらいにしか感じていないのだろう』と、自分たちとの存在の大きさの違いを感じながらも健介のために歩みを止めない千秋たち。リアル世界の”ワタミ事件”の経緯を知っていればネタバレ以前に自ずと結末の予測はつきます。しかし、そんな風に予想される結末が実は訪れないのではないかと思わせるほどに苦闘を強いられていく千秋たちの闘いは、読みながら何度も心の奥深くを刺激され、激しい憤りの感情が渦巻くのを感じました。そして、訪れる結末に、この国に巣食う限りなく根深い問題の潜在を改めて実感すると同時に、その解決への道のりの遠さも感じました。しかし一方で、この作品に描かれた人と人との繋がり、または、人が人を思いやる気持ちの強さ、それが確かである限り、決して悲観するだけの未来が待っていることはないのではないか、そのようにも思いました。
『風が吹いている。西からの風だ』という結末に健介のことを思う千秋。『疲れた』という言葉をこの世に残し、若くして旅立っていった健介。そんな健介のことを想い『カリスマ性とは、こんなにまでも暴力的なしろものなのか』という巨大企業と闘う千秋の姿を描いたこの作品。『人間誰しも、ろくに眠らず疲労が限界に達すると、ごく当たり前の正常な判断もできなくなる』というその先に訪れた哀しい結末を意味あるものとするために立ち上がる千秋の闘いの日々は、巨大企業に巣食う根深い問題の数々を浮き彫りにしてくれました。そんなこの作品は、フィクションとはいえ、あくまでリアルに記録される事件を元にしたものです。このようなことが二度と繰り返されないで欲しい、二度と繰り返してはいけない、そして二度と繰り返させてはいけない、本を閉じて、そんな思いに心が満たされた、激しく心揺さぶられる壮絶極まりない作品でした。続きを読む投稿日:2021.10.16
図書館で借りて読みました。帯もカバーもないので、内容も分からないまま、村山由佳さんの作品なので、恋愛小説だと思って借りました。
ところが、読み始めてまもなく予想が外れたことに気づきました。いい意味で。…お仕事小説です。いや、生き方小説です。
読みながら、東京で仕事をしている息子のことが心配になりました。LINEしてもなかなか既読にのらない、なっても返事はない。果たしてちゃんと仕事をしているのだろうか?元気でいるのだろうか?まさか…。
自分が社会的にしっかりて仕事をしていればしているほど、身内には厳しくなりがち。しかし、頑張っている人に対して、頑張ってねは禁句ですよね。読み進めるながらさまざま考えることができました。
続きを読む投稿日:2024.02.24
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