家族じまい
この作品のレビュー
平均 3.8 (43件のレビュー)
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あなたの『家族』は何人ですか?と聞かれた時にあなたはどう答えるでしょうか?
私たちは、親子を単位として『家族』を考えます。生活の基盤をともにする面々。自分の人生の並走者として共に走る面々。そんな面々…を『家族』と考える私たち。『ふたりを単位にして始まった家族は、子供を産んで巣立ちを迎え、またふたりに戻る』という『家族』。『そして、最後はひとりになって記憶も散り、家族としての役割を終える』という『家族』。『人の世は伸びては縮む蛇腹のようだ』と『家族』の数は私たちの人生の歩みの中で変化し続けます。しかし、そんな風に自分を起点に『家族』を考える限り、”あること”を、つい忘れがちです。
『どの景色にも、自分たちは老いてゆく親の姿を入れてこなかった』
誰もがどこかで気づくことになるその事実。今まで一方的に頼りにする存在として見ていた両親が老いてゆく途上にあることを意識する時期は、人によってもマチマチだと思います。でも間違いなく言えること、それは老いてゆく両親と向き合うことになる現実は決して他人事ではないということ、そして逃げたくても決して逃げられない現実であるということです。
そんな時、改めて『家族』というものを考える時間が訪れます。
『家族って、いったいなんの単位なんだろう』
この作品は、五人の主人公の目を通して、そんな『家族』を考える物語。
そう、あなたも目を背けることが決して許されない、まもなくあなたにもきっと訪れる、そんな日々を目にする物語です。
『月曜の朝、啓介の後頭部に十円玉大のハゲを見つけた』のに気づいた妻の智代。『あんな大きなハゲに今まで気づかなかった』、『客の頭髪ならば、どんなふうにちいさな脱毛でも発見するのに』と思う智代は『近所のスーパー内にある美容室にパートで働き始めてから八年が経つ』という理容師。『啓介が気づいているのかいないのかが気になった』智代は、『三十分で支度を済ませ、洗濯物を干して家を出』かける途中、そんな啓介のことを考えます。『高校を卒業した年から四十年間公務員生活を続け』る夫の啓介。『そのうちの二十五年という時間を一緒に過ごして』きた二人の生活に『波風が立ったのは過去一回』。『男の子を産まねば長男のヨメではないと言うのなら、俺が長男をやめる』と智代の側について『母親を落胆させた』啓介。『両親の祖父母との関わりが薄いまま育った』子供たち。しかし『気楽さと引き換えに失ったものを数えようとしても、指を一本も折らずに時間は流れた』という今。午前の仕事を終え、『カットサロン「アクア」店長の果穂と休憩室で一緒に弁当を広げ』る智代は今朝の気づきを話します。『いきなり十円ハゲですか』と言う果穂に『このあいだ髪を切ったときは、なかったんだけど』と返す智代。『成分悪くはないはずなんで、使ってみてくださいよ。生えたらいい宣伝になりますから』とサンプルを差し出された智代。『理容師ではなく女房として抜け毛を指摘することは難しい』、『夫婦ゆえに、笑い話で済まないこともある』と考える智代。そして、夕刻となり帰途についた智代の『スマートフォンが震え』ました。『函館に住む妹の乃理からだ。取ろうか取るまいか』迷うものの電話を取った智代に『お姉ちゃん、今どこ。ちょっと長くなりそうなんだけど、いいかな』と語り始める妹の乃理。『ママがね、ボケちゃったみたいなんだよ』ととっさに言われ『どういうこと』と返す智代。『だから、ボケちゃってるんだってば。台所で何をしようとしていたのかわかんなくて泣いてるんだって』と続ける乃理は、『電話の用件はここからなんだけど。ちょっと見に行って欲しいの』と言う乃理。『火事なんか出されたらたまったもんじゃないし』とさらに続けます。『お姉ちゃんは自分たちのことを駆け落ちして縁が切れたと思ってるかもしれないけど、現実は違うんだよ』と詰め寄る乃理。『勝手な親だけど、親でしょう。そろそろ重たい腰を上げて欲しいんだよね』と続ける乃理。『ちょっとお姉ちゃん、ちゃんと聞いてるの』と大声を上げる乃理。『実家との付き合いを最小限、あるいはほとんどせずにやってきた。これはそのツケだった』と思う智代。そんな智代が夫の啓介、そして疎遠にしてきた両親のことに目を向けていくそれからが描かれていくこの短編。子育てを終えてひと息つく智代を待ち受ける親の老後、認知症、そして老いゆく自分たちに向き合う智代。その淡々と描かれる日常生活を通して、決して他人事ではない問題に向き合っていくひとりの女性のリアルな姿を垣間見た好編でした。
五つの短編が連作短編の形式を取るこの作品。桜木さんの連作短編というと、代表作である「ホテルローヤル」における読者と物語世界の時間軸を真逆にするという大胆な試みが印象的でした。そんな桜木さんがこの作品で描くのは、認知症になったサトミを中心とした家族の女性に順番に視点を回していくという物語です。二人の姉妹、姪、母の姉と回っていくその視点は連作短編として予想される範囲内です。それだけでもこの家族の置かれている状況を十分に描くことができるとも思います。しかし、桜木さんはそれだけでは終わらせません。四編目の〈紀和〉で、全くの赤の他人に視点を回すことを選びます。そして、この視点回しが絶妙なスパイスとなって、智代たちの家族を第三者的に俯瞰する視点が生まれていきます。ここで取り上げられている家族の物語が、決してこの作品の中だけのことではない、ごく一般的な家族の物語の一つに過ぎないんだ、そんな風に感じさせてくれる絶妙な一工夫だと思いました。
そんな絶妙なスパイスの巧みさにも魅了されるこの作品では、桜木さんならではの、はっとするような言葉選びがなされていることにも魅かれます。二つほどご紹介したいと思います。まずは一つ目。一編目〈智代〉の中のひと言。駆け落ちのように啓介と結ばれて、その後の25年を駆け抜けてきたと感じる智代。『結婚をして子供を産んで、育てて巣立たせて、そこにさまざまな感情も幸福もあった』と思う一方で『通り過ぎてしまうとすべてが無声映画のひとこまだったような気がしてくる』と感じています。そんな過去の振り返りの中で登場する言葉が『声をどこかに置いてきたせいで、ひとつひとつあとから字幕をつけなければいけない』というまさかの無声映画を比喩的に用いる表現でした。慌ただしさの中で過ぎていく日々がようやく落ち着いた時に一方で感じるやるせない感情。この感情を無声映画を例えにしたとても上手い表現だと思いました。二つ目は、二編目〈紀和〉の中のひと言。『この縁談はいっとき町の話題と美味しい惣菜にもなるだろうが、それもほどなく薄れる』と、自分たちの年の差婚が田舎の町でどう取り上げられるかを考える紀和。田舎の町の噂話は『よほどの重大事件でない限り、すぐに飽きる』だろうと考えます。その理由としてまずこんな言葉が登場します。『苦くも酸っぱくもない話はさっさと隅へと追いやられる』と噂話を前述の惣菜に引っ掛けて食べ物に例えていく桜木さん。その上で登場するのが『噂話は、甘いだけでもしょっぱいだけでも持続は難しい』と噂話を完全に食べ物として語るこの台詞。その言わんとするところがとてもわかりやすく伝わってくるこの表現。こういった一捻り効いた表現が各短編に散りばめられていて、それを味わいながら読むこともこの作品の楽しみの一つだと思いました。
『「ホテルローヤル」の担当編集者に、ホテルローヤルの“その後”を書きませんか、と言われたのがきっかけ』とこの作品が誕生した起点を語る桜木さん。『私にとってあったかもしれない話として書いた』という「ホテルローヤル」に対して『今度は真正面から、私が思う家族の形に取り組ん』だと続ける桜木さん。そんな桜木さんがこの作品で描くのは、誰もがいつか向き合うことになる、両親の『老い』に対峙する、決して他人事ではない時間の物語でした。今や高齢者の七人に一人は認知症と言われるくらいに広く一般化したその病気ですが、身近に対象者がいない限り、どこまで行っても他人事と捉えがちです。私たちの生活はいつも大変なことばかり。智代も啓介とともに、家族の暮らしを一生懸命守って生きてきました。しかし、母親の認知症という事実を突きつけられたことで、今までの自分がやってきたことを振り返らざるを得ない時間が否応なく訪れます。『ふたりで守ってきたのは自分たちが両手を広げて手をつなぎ合っていられる範囲のことで、「家族」という集合体のなかにお互いの親きょうだいは入っていない』ということに気づく智代。その戸惑いは、母親とより近い関係を続けてきた妹の乃理も同じでした。『若い頃は、子供が生まれるたびに実家を頼るのがあたりまえだと思っていた』という乃理。それが今や『いつの間にか、母の様子は母との会話だけではまったくわからなくなった』と進行する母の認知症の現実が襲います。その覆しようのない現実を前に『逆に親が自分を頼る日がやってくることなど、頭ではわかっていても現実として捉えられなかった』と思う乃理。医療技術の進歩もあってこの国の平均寿命は伸び続けています。それ自体は一般論として喜ばしいことである一方で、平均寿命が伸びたが故に背負わなければならない問題も顕在化してきています。また見方によっては、そういった問題に向き合う世代自体が上にスライドしてきていることで、両親の老後に向き合いつつ、自身の老後の心配をしなければならない、そういった老老介護の問題も決して他人事ではなくなってきている現実もあります。そういった誰もが主人公の智代や乃理になりうる未来を思えば思うほどに、この作品が取り上げる『家族』の問題は非常に重く読者の肩にものしかかってくるものだと思います。ごく普通の『家族』がその単位を変えるその瞬間に光を当てるこの作品。大きな事件や、殺人、ましてや戦争などが起こるわけでもないにも関わらず、読者に突きつけられるそのあまりに厳しい現実に、読後、しばらく考え込んでしまった作品でした。
『どんな時代、どんな状況のときも、家族の問題は残ります』と語る桜木さん。『年齢やさまざまな事情、契機があると思いますが、家族との関係を考えたいところに差しかかった人に、この本が届くといいなと願っています』と続ける桜木さんが描く「家族じまい」というこの作品。『家族』と言われて漠然と思い浮かべるその範囲は、人生の歩みと共に大きく変わっていく、そして、その変化に向き合う日が誰にも必ず訪れる、そんな人の世の定めを淡々と描いたこの作品。読みたくない、触れたくない、そしていつまでも他人事としていたい、そんな私たちに厳しい現実を突きつけるこの作品。
私にとっての『家族』ってなんだろう、改めて自問する機会をいただいた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.02.01
家族とはいえ、父も母も子も、それぞれの考えがある。育った環境は同じのはずでも、姉妹の考えも違う。
嫁に出て自分の家庭を持ったとしても、夫の実家との考え方もあるし、夫や自分の子供たちも結局は個々の考え…を持つ。
離婚した者、離婚しないで我慢した者、老いて1人になっても2人でいても、不安は付きまとう。
自分がどういう老後生活を送るのかと、しんみり考えた。
自分が年老いた時、安心できる人と一緒にいたい、と強く思う。
続きを読む投稿日:2021.02.21
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