透明人間は204号室の夢を見る
奥田亜希子(著)
/集英社文庫
作品情報
コミュニケーション能力皆無の実緒は、高校3年生の時、ある出版社の小説の新人賞を受賞する。ペンネームは「佐原澪」。デビュー当時は話題になったが、6年経った今、佐原澪の名前を覚えている人間は少ない。実緒はデビュー以降、スランプに陥り一作も小説を書けなくなっていた。自分のデビュー作が未だに置かれている書店へ行っては、誰か手に取らないかと監視する日々。するとある日、実緒の本を手に取る大学生風の男の姿を確認する。思わずあとをつけ、彼の家を特定する。部屋の番号を確認し、ポストに手を突っこみ郵便物を抜き取ると、そこには大学からの封筒と彼の名前・春臣の文字が。それからというもの、今まで一行も書けなかったことが嘘のように、実緒は春臣のことを連想した小説を書くようになる。その小説を春臣のポストに投函することで実緒は満足感を得ていた。ひょんなことから実緒は春臣の恋人と仲良くなるが――。第三十七回すばる文学賞受賞第一作。
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商品情報
- シリーズ
- 透明人間は204号室の夢を見る
- 著者
- 奥田亜希子
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社文庫
- 書籍発売日
- 2020.05.25
- Reader Store発売日
- 2020.07.10
- ファイルサイズ
- 0.3MB
- ページ数
- 208ページ
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この作品のレビュー
平均 3.3 (10件のレビュー)
-
『書けないときの苦しみは窒息に似ている。浜に打ち上げられて、ぱくぱく口を開いている魚の気分だ。必死に跳ね、もがいても、一向に酸素は得られない』。
人は誰でも何かしら夢中になれることがあると思います。…他の全てのことを差し置いてもあることに夢中になれる瞬間。それは幸せ以外の何ものでもないでしょう。それは、スポーツかもしれません、芸術かもしれません、そしてまた、趣味の世界かもしれません。夢中になれるものがあると、人は強いものです。他にどんな辛いことがあっても、そのことを楽しみに生きていく、強く生きていく、それはとても幸せな人生だと思います。
では、そんな夢中になれることが仕事だったとしたらどうでしょうか?生活の全てをそのことに捧げることができるのは一見素晴らしいことのようにも思えます。仕事以外のことであれば、人によっては道楽と見られ、憚られる場面だって出てくるでしょう。しかし、それが、仕事である限り、誰にも文句は言われません。それが生活の糧でもあるからです。
さて、ここに『子どもの時分から、文章を綴ることはほとんど日課だった』というひとりの女性が主人公となる物語があります。高校生の時に書いた小説が新人賞を受賞し、華々しいデビューを飾ったその女性は、『小説をすべての中心に据えて暮らすつもりだった。暮らしていけると思っていた』と、専業作家の道を目指します。この作品はそんな女性が『書けない』苦しみの中に彷徨う様を見る物語。そんな女性が『そうだ、書きたくて書きたくて、書いたのだ』という瞬間のその先に小説を書くことの意味を知る物語です。
『目に見えない本がある。書棚にあるその本を、誰も手に取らない。視線も向けない』と、『本棚番号608、六段に仕切られた棚の、上から三番目』に置かれた『茄子紺の背表紙』を見るのは主人公の佐原実緒(さはら みお)。現在は『データをまとめる記事』をおこす『ライターのような仕事』もしている実緒は、『六年前に、とある出版社の新人賞を受賞し』、茄子紺色の本は『佐原澪』という名で高校生の時に出したデビュー作でした。『今では、実際の書店ではまず見かけない』というその本を偶然に駅ビルの大型書店で見つけた実緒は、『自著が買われる瞬間を見たい』と思い、『たびたび覗きに来てい』ます。そんな時、『大学生風の男』が茄子紺色の本を手にしました。結局は、『すぐに棚に戻された』ものの、実緒は、そんな男性の後をつけます。電車に乗り、『三つ目の駅で下車した』男性は『大学のキャンパス』を通り過ぎ『白いタイル張りのマンションに入って』いきました。『マンション向かい』から気配を探る実緒は、『二階の角部屋に』人影を見かけます。スマホの地図アプリを開き、男性のマンションに『赤い印をつけた』実緒。そして、家に帰った実緒が『ベッドに横たわり目を閉じ』ると、『身体はみるみるうちに透けてい』きます。『今、私は透明人間だ』と思う実緒は『これから自分はあの人のところに行く』と強く思います。そして、『玄関のドアをすり抜け、外に出た』実緒は男性のマンションへと向かい、『二階へ続く階段を探し』ます。『あの人の部屋まで、あとわずか』と、『ベッドの上で』『シーツを強く握り締めた』実緒。そして、実緒はパソコンの電源を入れ、『メールソフト』を立ち上げます。『今日はライター業の依頼はおろか、ダイレクトメールの一通も』ないことを確認した実緒は、『ファッション誌』の『読者ページの作成』を進めます。『少し小説から離れてみたほうが、もしかしたら書けるようになるかもしれないよ』と編集者から言われたことを思い出す実緒は、『四年前、とうとう書けなくなった』と『書けない』苦しみの中にいました。高卒後、大学に進まず『小説をすべての中心に据えて暮らすつもり』だった実緒、『暮らしていけると思っていた』実緒。そんな実緒は、再び男性のマンションを訪れ、『201のポスト』に女性宛のハガキを確認した後、『204のポスト』に『千田春臣』という宛名の封筒を目にします。それによって男性の部屋を『204』と特定した実緒。そして、実緒は、アパートに帰り物語を三日かけて執筆します。そして、『小説を印刷した三枚の紙だけ』を封筒に入れて、男性の『204のポスト』に差し入れた実緒は、『魂が喜びで震えた気がし』ました。そんな行為を繰り返していく実緒は、偶然に千田と千田の彼女の津埜いづみと知り合います。一方で『私は透明人間だ』と、そんな二人の元へ透明になって訪れもする実緒。不思議な書名に納得感を感じる結末へ向けた実緒の日常が描かれていきます。
「透明人間は204号室の夢を見る」と、ファンタジー作品のような書名が摩訶不思議な雰囲気を漂わせるこの作品。そんな物語を二つの視点から見ていきたいと思います。まずは、書名にも登場する『透明人間』の描写です。SF作品に時々登場する『透明人間』。ドラえもんで言えば”透明マント”が該当するでしょうか?この作品では、主人公の実緒が『ベッドに横たわり目を閉じて』、『ゆっくり五つ深呼吸をす』ることで『身体はみるみるうちに透けていく』というシーンが描かれていきます。再び『瞼を開け』、『爪も指も、きれいに透けている』ことを確認した実緒は、『玄関のドアをすり抜け、外に出』ます。『今、私は透明人間だ』と強く思う実緒。そんな『透明人間』状態の実緒を表現する奥田さんの視点はリアルです。『日向をいくら歩いても影は現れなかった』、『時折強い風が吹いたが、空気の流れは実緒の身体をやすやすと通過していった』、そして『車体を通過して電車に乗り込んだ。中の混雑も実緒には関係ない』と続く表現の数々は、えっ、まさか?という思いを読者の中に掻き立てます。そんな実緒は、『私に服なんていらない』、『自分は透明人間だ。どうせ誰も自分を見ない、誰からも見えやしない』という思いの先に、『裸のまま家事をし、本を読み、雑誌の記事や掌編小説を書いた』という日々を送るようになっていきます。『自分は透明人間で、全裸が本来あるべき姿』と思う実緒。そこには、実緒の過去と現在に関わる複雑な感情をベースにした物語が存在し、その表現に嫌悪感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。これ以上触れるのはやめますが、不思議な書名にも繋がるこの表現、奥田さんが『透明人間』を使って描こうとされるあまりに重くて深い物語には、SFなのかなあ、この作品…と軽く手にした自分を恥じました。これから読まれる方には、是非その設定の妙に浸っていただければと思います。
次に触れたいのは、この作品の主人公・佐原実緒が『小説家』だということです。『子どもの時分から、文章を綴ることはほとんど日課だった』という実緒。そんな実緒は、高校の夏、プールの授業で級友たちの身体を見て『細くて白い腕や脚が、ぼうふらみたいに踊っている』と感じたことに『着想』を得ます。
『学校生活の息苦しさや、閉じた空間でうごめくぼうふらたちの欲望、一瞬のうちに去来した夏の影のような濃い感情を、言葉で結晶にしたいと思った』。
そんな感情の先に『原稿用紙で百枚を超える』小説を執筆し、『新人賞に応募し』たところ、『高校三年の秋』にめでたく受賞の連絡を受けます。この受賞作の内容はこれ以上知ることはできませんが、小説家が作品を書く上で”ひらめく瞬間”を描写したものとして、とても興味深いものを感じました。『受賞後、生活は一変』、『十冊近い雑誌からの取材依頼がきた』という実緒の転機。それまで『人と会話を成立させ』ることを苦手とし、『分かりやすくいじめられるというよりは、触れてはならないものとして扱われ続けた学校生活』を送っていた実緒が華々しい人生へと向かうその起点。しかし、現実は甘くなく『とうとう書けなくなった』という大きなスランプに陥る実緒。そんな感情を奥田さんはこんな風に表現されます。
『書けないときの苦しみは窒息に似ている。浜に打ち上げられて、ぱくぱく口を開いている魚の気分だ。必死に跳ね、もがいても、一向に酸素は得られない』。
どんなことにもスランプというものはあるのだと思いますが、作品を生み出してナンボという小説家という職業にあっては作品が生み出せないのは致命傷です。その苦しみをあまりに絶妙に表現される奥田さん。もしかしたら、経験者は語る、といった部分もあるのかなと思いました。そんなスランプに陥った実緒が出会った存在、それが自らのデビュー作を本屋の書棚で手をとってくれた千田でした。千田の暮らすマンションの『204のポスト』へ『掌編』を届ける日々を送るようになった実緒は、『書きたいことが止まらない』という感情の中に執筆を続けます。ここで登場するのが、上記のスランプの表現と対になるこんな表現です。
『書けないときが窒息なら、書けるときは蹴伸びだ。身体をまっすぐにして、水中を前進するあれである』。
これもイメージしやすい表現です。実緒のデビュー作の着想はプールで得たものです。そこから見事に発想を繋げていく奥田さんは、スランプを脱した感情をさらにこんな風に表現します。
『重力から解き放たれ、余計なものは見えず音も聞こえず、水を切り裂く感覚だけが手と頭の先にある。気持ちいい。どこまでも行ける気がする』。
こんな気持ちになれたらどんなに幸せだろうというくらいの伸びやかさを感じさせるこの表現。きっと、奥田さんもこんな感覚を何度も味わわれたのだと思います。そして、その先に生まれた傑作の数々があるのだとも思います。小説家が主人公となる作品といえば、桜木紫乃さん「砂上」、村山由佳さん「はつ恋」、そして綿矢りささん「意識のリボン」など数多くありますが、読者にはどうしても、そんな作品の主人公とその作品を書いた作家さんを重ねてしまう感情が生まれます。この作品でも、そんな思いを読者に抱かせる物語が鮮やかに展開します。そして、伏線をきちんと張った上での見事な結末、鬱屈とした物語に光差すその瞬間に是非ご期待ください。
『そうだ、書きたくて書きたくて、書いたのだ』という主人公・実緒の苦悩の先にある物語が綴られるこの作品。そこには、『小説を書く理由など、書きたい意思がすべてだ』という実緒の強い思いが湧き上がる物語が描かれていました。『透明人間』というまさかの存在を巧みに織り込んでいくこの作品。実緒、春臣、そして いづみという最小限に絞り込んだ登場人物たちの思いが交錯する先に、それぞれの未来を垣間見せてもいくこの作品。
『透明人間』という存在をこんな風に捉え、こんな風に意味付けることができるんだ、と今まで読んだことのない不思議な読み味の中に、緻密に計算された奥田さんの物語作りの上手さを垣間見た、そんな素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2022.10.15
ほんタメで紹介されていた本で気になり借りてきました。
高校生の時にとある出版社の新人賞を受賞した主人公。
当時は話題になっていたものの、6年後のいまは誰も手に取らなくなった自分の作品。誰かが買うの瞬…間を見たくて書店にたびたび覗きに行く。買ってくれた人のあとをつけてしまう…ってヤバイから!って、何回か主人公につっこみたくなる(笑)
主人公は変わり者だけど、でも、そこがいいんだよって途中からなってきました。
いま読んだ場面は主人公の妄想なのか、現実で起きていることなのか分からなくて、境界線がぼやっとしてる感じのところもあって、先の展開が気になり読み進めました。
妄想なのか現実なのか、確信がないから読んでいておもしろかったです。
何回か主人公の思いついた掌編も、あらすじ程度だけど紹介され、それぞれがユニークなあらすじで実際に読んでみたいな。この作者さんの他の作品も読んでみたい。続きを読む投稿日:2023.07.21
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