昭和天皇の終戦史
吉田裕(著)
/岩波新書
この作品のレビュー
平均 4.5 (12件のレビュー)
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誰しも責任を人に押し付けたがる傾向は多少なりとも持っている。中には明らかに責任逃れをしている大人達を見ると殴り倒してやりたい気持ちよりも憐れみを覚えることさえある。斯くいう私だって、仕事の不手際(自分…ならまだしも部下の大きな失敗など)について、言い訳をしたい気持ちになる事は多い。後からその様な気持ちを抱いた事にまた自己嫌悪にも陥るのだが。
ご存知の様にポーツマス条約により中国に権益を得たのち、日本が中国侵攻を見据えて仕掛けた満州事変、そして太平洋戦争の敗戦へと続く時代を振り返りながら、戦争責任がどこに存在するかを追いかけていく無い様となっている。
確かに当初は陸軍の暴走の様にも映るが実際にはそれを止める事が出来なかった政治体制、そして陸海軍の統帥権を含む最高度の権限を有していた昭和天皇と、実際の責任が誰にあるか特定する事は出来ない。強いて言うなら、陸軍の進撃に酔った国民も、礼賛した経済界も含めて全員であると感じる。それこそ一億総懺悔が相応しく思う。
戦後行われた極東軍事裁判の記録や裁いた側のアメリカの公文書が期限切れにより次々と明らかになっていく中、つまりは「共産主義の防波堤」として日本を利用したかったアメリカと「国体護持」が絶対であった日本との間に奇妙な共通利益が生まれた事で状況は決定してしまったと言える。
戦後の占領軍が来るまでに時間的に余裕があった軍部は国内の公文書を徹底的に焼却処分してしまった。だから裁判自体はアメリカの先入観に始まり、国内は聞き取り調査が主になったことから、軍部、政治家、天皇すらも参加した責任なすりつけ合いの様相を呈する。軍部に至っては承知の通り陸軍と海軍の間には元々ライバル心、敵対心があるから当然のごとく醜いなすりつけ合いとなる。結論は知英米派に属する海軍の勝利は、A級戦犯処刑者が海軍からは誰も出ていない結果からも明らかだ。だが本当にそうだったのだろうか。
人は強い信念を持っていても、環境や周囲との関係性、本人の性格(優しさもその一つ)で空気に飲まれてしまい、例えば反対出来ない様な経験は誰しも持っているのではないか。あまりに強い意見に出くわすと、反論する事自体を諦めてしまい、尚且つ「俺は言ったんだけど、知らん」という態度で逃げようとする。心の内ではもうその時点で責任逃れに陥ってしまってるのは言うまでもない。実際はその様なケースの方が多いだろう。既に責任放棄してるそのくせ、後から後から反対だったという立場を誇示する人は見るに耐えない。
太平洋戦争時も結局は時期的に反対の立場をとった者や、喜んで推進した者、喜ばずとも何か目的があって推進せざるを得なかった者、終始反対の立場をとりながら地位を守り切った者。いったい誰が一番悪いかという議論はしても無駄だ。
本書はあくまで歴史的事実を元に背景から各自がどの様な立場にあったと考えられるか、そこから始まっていく。特定の誰が悪いか、そうで無いかを判断するのはあくまで読者側に委ねられる。
しかしながら、読んでいると誰もが情けなく感じると同時に、その立場・状況に完全に身を置く事などあり得ない傍観者として見ている自分が、勝手にそれら当事者を批判する事は出来ないという焦ったさが付き纏う。
天皇も東條も病没した松岡でさえも、大きな歴史の渦に飲み込まれ、なるべくしてその様な結果になってしまったとしか言えない。唯一期待したいのは彼らが書籍に残すと残さないとに関わらず、その瞬間にどこまで平和を望み、何をしたか言ったかだと感じる。松岡でさえ国益が国民を幸せに出来ると考えていただろうし、最終的に天皇を守るために全責任を背負った東條も安堵の中で最後の仕事を終えた充実感の中で逝ったかもしれない。
結局人間一人、一国家だけではどうにもならない大きな渦の中に人は飲み込まれていく。せめて、生き残った人々はそれを背負いながら生きて欲しいものだ。
明日も会社で誰かの言い訳を聞く。誰かが言い訳を言うなら、その様な心を改善できない自分の責任と逆らえない会社方針などの状況がそうしたものを生み出しているのだと、優しく接してあげたい。続きを読む投稿日:2023.05.30
井上ひさしの本で、昭和天皇が戦争責任をとらなかったことが批難されていた。この本を読んでそれが正当なものであることがわかった。
・一般には、十五年戦争の時期は、「軍部独裁」が成立してゆく時期と考えら…れているが、軍部とてオールマイティの権力を握っていたわけではなく、この「穏健派」の黙認や追認、あるいは支持や協力がなければ、軍部の推進する路線は国策とはなりえなかったのである。 さらに、敗戦という危機的状況のなかで「穏健派」は、東京裁判への積極的協力にみられるように、すべての戦争責任を軍部を中心にした勢力に押しつけ、彼らを切り捨てることによって生き残りをはかろうとした。その意味では東京裁判は、日本の保守勢力の再編成の一環として位置づけることができる。そして、この「穏健派」のなかから、アメリカの対日政策の転換に呼応するかたちで、占領政策の「受け皿」となる勢力が成長してくるのである。四八年一〇月の第二次吉田茂内閣の成立は、そうした「受け皿」の形成を意味している。
・天皇の戦争責任の問題が封印され、マスコミや学校教育のレベルで事実上タブー視されたことは、この国の戦争責任論の展開をきわめて窮屈なものにした。本来、戦争責任論とは、政策決定の当事者であった権力者の責任を追及するという次元だけにとどまらない、裾野の広がりをもった議論である。それは、戦争の最大の犠牲者であった民衆にも、戦争協力や加害行為への加担の責任を問い直すものだったが、国家元首であった天皇の責任がタブー視され、戦争責任論のなかに最初から大きな例外規定が設けられることによって、戦後の戦争責任論は国民的ひろがりを欠く結果となった。
・すべての戦争責任を軍部に押しつけることによって政治的なサバイバルに成功した「穏健派」のなかから、戦後の保守政治をになう主体が成長してきた。この結果、パワー・エリートの人的構成という面では、戦前―戦後の「断絶」より、「連続」が主たる側面となった。
・わたしたち日本人は、あまりにも安易に次のような歴史認識に寄りかかりながら、戦後史を生きてきたといえる。すなわち、一方の極に常に軍刀をガチャつかせながら威圧をくわえる粗野で粗暴な軍人を置き、他方の極には国家の前途を憂慮して苦悩するリベラルで合理主義的なシビリアンを置くような歴史認識、そして、良心的ではあるが政治的には非力である後者の人々が、軍人グループに力でもってねじ伏せられていくなかで、戦争への道が準備されていったとするような歴史認識である。そして、その際、多くの人々は、後者のグループに自己の心情を仮託することによって、戦争責任や加害責任という苦い現実を飲みくだす、いわば「糖衣」としてきた。しかしそのような、「穏健派」の立場に身を置いた歴史認識自体が、国際的にも大きく問い直される時代をわたしたちはむかえている。続きを読む投稿日:2023.03.07
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