バック・ステージ
芦沢央(著者)
/角川文庫
作品情報
新入社員の松尾は忘れ物で戻った夜の会社で、先輩社員の康子がパワハラ上司の不正証拠を探す場面に遭遇。そのまま巻き込まれる形で、片棒を担がされることになる。翌日、中野の劇場では松尾たちの会社がプロモーションする人気演出家の舞台が始まろうとしていた。その周辺では息子の嘘に悩むシングルマザーやチケットを手に劇場で同級生を待つ青年、開幕直前に届いた脅迫状など、それぞれ全く無関係の事件が同時多発的に起きていたが、松尾と康子の行動によってそれらは少しずつ繋がっていく、そして・・・・・・。バラバラのピースが予測不能のラストを象る。いま、最も注目される作家芦沢央の驚愕・痛快ミステリ!
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商品情報
- シリーズ
- バック・ステージ
- 著者
- 芦沢央
- 出版社
- KADOKAWA
- 掲載誌・レーベル
- 角川文庫
- 書籍発売日
- 2019.09.21
- Reader Store発売日
- 2019.09.21
- ファイルサイズ
- 1.6MB
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この作品のレビュー
平均 3.5 (55件のレビュー)
-
あなたは今、さてさてが書いたレビューを読んでくださっていますが、そんな瞬間にも世の中ではさまざまな事ごとが起こっています。
(*˙ᵕ˙*)え?
なんだかいきなり面倒くさそうな書き方から始めてしま…ってすみません。別に難しいことを言いたいわけではありません。今、あなたに光を当てれば、さてさてのレビューを読んでくださっているというあなたの物語がそこにあります。しかし、主人公を変えれば、つまり他の人に光を当てれば、今、お仕事をされている人もいるでしょうし、遊園地で楽しい時間を過ごしている人もいる、その一方で試験勉強の佳境を迎えている人もいるかもしれません。
そうです。今この瞬間を考えてもこの地球に生きる80億の人間はそれぞれのドラマの中に生きている、そんな言い方もできます。もちろん、私たちはそれぞれの人生の中に生きています。他の人が何をしているだろうか、そんなことをいちいち考えたりはしません。しかし、神様視点で見た場合、その人生のいずれが優越するものでもなく、同時並行に存在するそれぞれの人生の物語がそこにあるとも言えるのです。
さてここに、“パワハラ上司”の弱みを握るために奔走する二人の会社員の姿を描いた物語があります。そんな物語に並行して、四人の人物にそれぞれ光を当てるこの作品。そんなそれぞれの物語に味わいを感じるこの作品。そしてそれは、「バック・ステージ」という書名をつけられた芦沢央さんのあたたかい眼差しを感じる物語です。
『終業後、忘れ物に気づいて職場に戻ったら先輩が次長の机の引き出しをしゃがみ込んで漁っている現場に遭遇した』というのは主人公の松尾。そんな『事の発端は、今から約六時間前、澤口が部下の玉ノ井愛美を泣かせたこと』でした。『今年の四月』、『新入社員としてこの会社に』玉ノ井と共に入社した松尾。そんな会社で『初めて部下を持つことになった』澤口は『玉ノ井に対する』厳しい当たりを繰り返します。『厳しいけどすごくできる人だから勉強になる』と『目を輝かせていた』玉ノ井の目が濁り出し、『澤口さんって、結構記憶を塗り替えちゃうところがあるんだよね』と漏らすようになった玉ノ井は澤口の忘れっぽさによってさまざまな場面で責任を擦りつけられています。そして、さらに困るのは『「玉ちゃんわかってんじゃん!さすがだなー」と声を弾ませて言った一分後に、「おいバカ!あーもう信じられんな。ほんと使えねえ」と吐き捨てたりする』という、ひたすら貶され続けるよりもたちが悪いところでした。『社長のお気に入り』という澤口に部長も特に注意しない日々。そんなある日、松尾も関わる場面で澤口の話に泣き出してしまった玉ノ井を見て『あーあ、泣いちゃったよ』と肩をすくめた澤口は『もう嶋田舞台のゲネの時間だ』と言うと場を後にしました。そして、玉ノ井を慰めに終業後慰労にみんなが飲みに行った後、松尾も会社を後にしたものの携帯を取りに戻ってきました。そんなところに先輩が澤口の机を漁っているのに遭遇した松尾。先輩の康子に、『松尾は後ろのキャビネットを捜す』と言われ、『何がですか』と問うと『証拠』と答える康子。『証拠って何の証拠ですか』と問う松尾に『澤口ってルーブ企画に水増し請求させてキックバックもらってる』と説明する康子は、『仕事を発注する見返りに個人的にキックバックをもらってる』と続けます。しかし、康子が思うものを見つけられない中に、『明日休める?』と訊かれた松尾は、結局『下痢』と嘘をついて会社を休み康子と行動を共にすることになりました。翌日、まさかの『女子高生』姿に変装して現れた康子に驚く松尾は、『A4サイズのコピー用紙を突きつけ』られます。社長を宛先にした文章の下に『告発状』と書かれた文面には、『…御社の澤口裕典氏が株式会社ルーブ企画からキックバックを受け取っているという事実をお伝えするためです。取り急ぎ証拠を添付いたしますので、ご確認いただけますと幸いです…』と、澤口を告発する内容が記されていました。そして、康子は『会社のポストに入れるのがいいかな』と語ると、『東中野中央小学校』へ向かうと言い出します。『澤口の息子が通ってる』という学校で、息子を捕まえ『上手いこと話して通帳の写真でも撮らせてもらえば、ループ企画からの振込記録がないか調べられるでしょう』と続ける康子。そんな二人は小学校へと向かいます。そして、まさかの方法で通帳を手にする康子。澤口の告発へと向けてコミカルな展開を辿る物語が描かれていきます…という〈序幕〉。〈序幕〉という言葉からかけ離れたとても濃い物語が描かれていく好編でした。
“パワハラ上司の不正の証拠を掴みたい先輩社員康子とその片棒を担ぐハメになってしまった新入社員の松尾。2人は紆余曲折の末、自社がプロモーションする開演直前の舞台に辿り着く。劇場周辺では息子の嘘に悩むシングルマザーや役者に届いた脅迫状など、4つの事件が起きていた”という内容紹介がなされるこの作品。たったこれだけの内容紹介でもこの作品のおおよそのイメージが浮かびます。しかし、ことはそう単純ではありません。というのもこの作品は、極めて歪な分量の〈序幕〉と〈幕間〉、そして〈終幕〉と名付けられたパートに挟まれる形で実際には全く関係のない四つの短編がまるで一つの物語であるかのようにつなぎ合わされるという見事な構成をとっているからです。まずはそれを説明するためにこの作品の構成を書き出してみましょう。
・〈序幕〉: 松尾と康子の物語
・〈第一幕 息子の親友〉
・〈第二幕 始まるまで、あと五分〉
・〈幕間〉: 松尾と康子の物語
・〈第三幕 舞台裏の覚悟〉
・〈第四幕 千賀稚子にはかなわない〉
・〈終幕〉: 松尾と康子の物語
・〈カーテンコール〉: 松尾と康子の物語
→ 単行本時のカバー裏に掲載された作品
お分かりいただけるでしょうか。松尾と康子の物語が四つの幕を見事に挟み込んでいます。そして、それが歪なのです。例えば物語冒頭の〈序幕〉という部分、この表現からは〈序幕〉= 序章という風に捉えるのが一般的だと思います。しかし、そんな〈序幕〉は長大です。なんと物語全体の五分の一近くの文章量をもって上記した内容紹介にある”パワハラ上司の不正の証拠を掴みたい先輩社員の康子とその片棒を担ぐハメになってしまった新入社員の松尾”のドタバタ劇が展開していくのです。これだけの文章量をもって展開されると読者としてはその先にそんな会社を舞台にした、パワハラ上司を告発していく会社員の物語が描かれていくと考えてしまいます。しかし、これが違うのです。〈序幕〉に続く〈第一幕〉から〈第四幕〉の物語は基本的にはそんな会社員の物語とは全く関係のない、それだけで物語として成立する物語が描かれていくのです。では、そんな四つの短編を簡単にご紹介しましょう。
・〈第一幕 息子の親友〉: 『あ、慎也くんのお母さん』と『下駄箱の前に志帆子の姿を見つけて思わず声を上げ』たのは浩輝の母である望。ともに『シングルマザー』という二人は、『授業公開』の場で一緒になりました。『浩輝、うちでも慎也くんの話ばかりしてるんですよ』と話す望。しかし、体育の授業を見学する中に慎也とは全く関わり合わない浩輝に『嘘をついていたんだろうか』と疑問が湧いてくる望…。
・〈第二幕 始まるまで、あと五分〉: 『チケットを譲ってもらえませんか?』と言われて戸惑うのは奥田。『いつも即日完売してしまうことで有名』な嶋田ソウ演出の舞台に来たものの、『たぶん、伊藤は来ない』と思う奥田は伊藤のことを思い、『どうして、告白なんてしてしまったんだろう』と後悔します。『俺たち、つき合ってるってことでいいんだよね?』と切り出した奥田に黙り込んでしまった伊藤のことを思い出します…。
・〈第三幕 舞台裏の覚悟〉: 『役者であれば誰もが出たがるという嶋田舞台』の『陰の主役』を射止めたのは春真。『奇跡のような話』に喜ぶ春真でしたが、『シーン32には出るな。もし出たら、新里茜との関係を舞台上で公表する』という『脅迫状としか思えない』紙が届き驚愕します。『一体、誰がこんなことを』と思う春真は、『半月前、稽古の帰りに二人で飲みに行き、そのまま寝てしまった』主演の新里茜のことを思います。
・〈第四幕 千賀稚子にはかなわない〉: 『千賀稚子も老けたなあ』、『あれ、完全にボケちゃってますよね』と言う声に、『ちょっとあなた!』と『小声で怒鳴りながら男の腕をつかんだ』のは篤子。そんな篤子はビデオカメラを指し、『あなた、何を考えてるの』、『この後、千賀稚子本人も見るものなんですよ』と男を叱責します。舞台に立つ稚子に半年ほど前から、『認知症の症状がで始めた』ことを気に病むマネージャの篤子…。
いかがでしょうか?四つの短編には上記した松尾と康子のドタバタ劇とは全く関係のない物語が描かれていきます。もちろん単に寄せ集めの短編集ではないため、最低限の繋がりは存在します。例えば〈第四幕 千賀稚子にはかなわない〉について上記でご紹介した内容に登場している『男』が誰かに電話する様子を篤子は耳にします。その内容は『どうも、Pエージェンシーのサワグチですけど…』というものです。松尾と康子の物語の”パワハラ上司”と苗字が一致します。ただし、短編内では松尾と康子が登場することもありませんし、この『サワグチ』の物語が展開するわけでもありません。そこには、『癖のある老女』役で活躍する千賀稚子とそのマネージャの篤子との関係性を描く物語が描かれていくだけです。しかし、芦沢さんのマジックによって、全く独立した四つの短編が松尾と康子のドタバタ劇とどこか繋がりのある一体感のある物語へと編み上げられていくのです。
とは言え、四つの物語が松尾と康子の物語のキーになるわけではありません。あくまで松尾と康子のドタバタ劇と同じ世界に、公演の開始時間が迫るのにやってこない伊藤を待つ奥田の物語があり、舞台に役を得た春真が『脅迫状』への対応に悩む姿があり、そして『認知症の症状』と戦いながら舞台に立つ千賀稚子の物語が並行して存在する、これこそがこの作品の構成なのです。そう、「バック・ステージ」という書名の意味を深々と感じる物語、それこそがこの作品の魅力なのです。四つの短編はそれぞれにきちんと結末を迎えます。そして、松尾と康子のドタバタ劇も〈序幕〉、〈幕間〉、〈終幕〉に分割されつつも鮮やかに結末を迎えます。五つの物語が、一つに繋がり、その一方でそれぞれに結末を見るという鮮やかな構成に魅せられるこの作品。とても興味深い物語を読んだ感いっぱいの中に本を置きました。
『結局、この一日は何だったのだろう』。
“パワハラ上司”の弱みを握るために奔走する松尾と康子のドタバタ劇が描かれたこの作品。そこには、全く関係のない四つの物語を一つに繋いでいく芦沢さんの鮮やかな手腕を見る物語が描かれていました。物語どうしが緩やかに繋がっているのを感じるこの作品。それぞれの物語の魅力にも囚われるこの作品。
“バラバラのピースが予測不能のラストに導く、驚嘆の痛快ミステリ”という謳い文句が伊達ではない、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2024.01.08
面白かったぁー
とある舞台にまつわる話がいろんな視点から少しづつ絡みながら話しが進んでいく。
康子さんが変人過ぎて冷や汗がでるぐらい強烈なキャラだった。
読後はとてもすっきりほっこりする。投稿日:2024.02.10
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