愛の顛末 恋と死と文学と
梯久美子(著)
/文春文庫
作品情報
悲恋、秘められた恋、ストーカー的熱情など、文学者たちの知られざる愛のかたちを追った珠玉のノンフィクション。
●小林多喜二――沈黙を貫いて亡くなった小林多喜二の恋人、田口タキ。多喜二に深く愛されながらも、自分は彼にふさわしくないと身を引き、それゆえ伝説的な存在になった。
●近松秋江――女性に対する尋常でない恋着を描いて明治・大正の文学史に特異な足跡を残した近松秋江。いまでいうストーカーのごとき執着と妄執は、「非常識」「破廉恥」と評された。
●三浦綾子――旭川の小学校教師であった三浦綾子は、敗戦による価値観の転倒に打ちのめされ退職、自死を図る。光を与えたのはクリスチャンである一人の青年だったが、彼は結核で逝き――。
●中島敦――母の愛、家庭のぬくもりを知らずに育った中島敦が選んだ女性は、ふくよかで母性的な人だった。だが彼女には親同士が決めた婚約者がいた。そこから中島の大奮闘が始まる。
●原民喜――最愛の妻を失ったときから、原民喜はその半身を死の側に置いていた。だが広島で被爆しその惨状を目の当たりにしたことで、彼は自らの死を延期したのだった。
●梶井基次郎――宇野千代をめぐって、その夫、尾崎士郎と決闘-そんな噂が流れるほど話題になった梶井基次郎の恋。では、千代はどう思っていたのか。二人の出会いから別れを丹念にたどると、恋多き女の心情が浮かび上がる。
他に取り上げたのは、鈴木しづ子、中城ふみ子、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい。
解説・永田和宏
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商品情報
- シリーズ
- 愛の顛末 恋と死と文学と
- 著者
- 梯久美子
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春文庫
- 書籍発売日
- 2018.11.09
- Reader Store発売日
- 2018.11.09
- ファイルサイズ
- 9.1MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 4.5 (6件のレビュー)
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小林多喜二 恋と闘争/近松秋江 「情痴」の人/三浦綾子 「氷点」と夫婦のきずな/中島敦 ぬくもりを求めて/原民喜 「死と愛と孤独」の自画像/鈴木しづ子 性と生のうたびと/梶井基次郎 夭折作家の恋/中城ふみ子 恋と死のうた/寺田寅彦 三人の妻/八木重吉 素朴なこころ/宮修二 戦場からの手紙/吉野せい 相克と和解
どの作家の愛と死と文学もそれぞれの時代や周囲の人々に、幾多の困難や喜びに彩られ魅力的で引き込まれましたが、特に心に残ったのは奇しくもともにクリスチャンだった三浦綾子、八木重吉の愛と死です。
二人とも既知の作家(詩人)であったこともあると思います。(初めて名前を知った作家も多かったです)
作者の梯久美子さんはあとがきにおいて
「すぐれた作家や多くの読者を得た作家の人生は、それぞれが生きた時代を映し出す。本書では作家たちがどのように死んだかにも紙幅を割いた。恋愛と結婚の顛末に加えて、死の様相にも作家の個性と時代性があらわれていることが、あらためてわかっていただけるのではないか」と述べられています。
三浦綾子は自著『道ありき』『この土の器をも』の中でも詳しく書いているのを読んだ記憶がありますが、キリスト教を通じて夫となった三浦光世と出会う前に前川正という幼なじみの青年からこのような遺書を届けられています。
「綾ちゃんは真の意味で私の最初の人であり、最後の人でした。綾ちゃん。綾ちゃんは私が死んでも、生きることを止めることも、消極的になることもないと確かに約束して下さいましたよ。(中略)決して私は綾ちゃんの最後の人であることを願わなかったこと。このことが今改めて述べたいことです。生きるということは苦しく、又、謎に満ちています。妙な約束に縛られて不自然な綾ちゃんになっては一番悲しいことです」前川と夫となった三浦光世は驚くほど似た面差しの青年だったそうです。
八木重吉の墓の左側に14歳と15歳で亡くなった子供たちの墓があり、その墓をはさんで「登美子」とだけ刻まれた墓があるそうです。姓がなく名前だけなのは重吉の死後に再婚したためで、再婚相手は歌人の吉野秀雄だそうです。吉野は登美子より先に亡くなったけれど生前、重吉の墓に参ってこんな歌を詠んでいるそうです。
「われのなき後ならめども妻死なば骨分けてここにも埋めやりたし」
吉野はこの歌を自分の遺言としたそうです。
八木と吉野は生前一度も会ったことがないそうですが、22歳の若さで夫を亡くした登美子は幼な子を抱え働きましたが、子供を亡くし、吉野45歳、登美子42歳で再婚。吉野の家にきたときは、重吉の詩集、遺稿、写真、聖書の入ったバスケットを携えていたそうです。そして吉野は、無名だった重吉の詩を世に知らしめることに力を尽くしたということです。
重吉と登美子は、家庭教師と生徒の間柄で重吉24歳登美子17歳での結婚でしたが、重吉は結核に罹り29歳で息を引き取ったそうです。投稿日:2020.01.06
作品を読んだことのある人、作品を読んではいないが名前や代表作は知っている人の中、唯一知らなかったのが近松秋江。ちょっと前の日本の私小説作家というと葛西善蔵とか貧困を赤裸々に描く人が多い印象だったが、こ…の人は妻や恋人に対し、ストーカー行為を繰り返し、それを小説として書いたというんだからたまげた。
現代だったらちょっとあり得ない。女性のプライバシーや人権に全く配慮してないし。(この時代の男は大抵そうだっただろうけど。)愛というより、妄執。田山花袋なんかもそうだけど、気持ち悪い。しかし、男子たるもの、という考えが当たり前だった時代に、妻に逃げられて追いかけ回して愛想つかされてというのを書いて、「滑稽だが、ただ嘲笑して済ませることのできない切実さがある」(p42)というのだから読んでみたくなる。
全体的には、男たちは本当に勝手で、八木重吉なんか、(昔はそのピュアな詩が好きだったが)あきれた。家庭教師した少女に夢中になって、相手が困惑するほどの熱烈なラブレターを送り続け、学校もやめさせて結婚したのに、今度はキリスト教に夢中になって(夢中になると他のものは何も見えなくなる人であったようで)「つまよ、ひとりの児よ、このようにくれ、またあしたをむかへる これだけが いのちの あぢわひなのか」なんて、勝手極まりない。無理やり結婚したくせに!
吉野せいの夫、三野混沌もそう。猛烈にアタックして結婚したくせに、結婚したら自分は文学をするからって農作業も子育ても丸投げ。しかも、彼女には文才があったのに、そのことは歯牙にもかけない。封印。俺の文学は大事だが妻の才能はどうでもいい。混沌を亡くしてすでに70歳を過ぎてから、やっと書くことができたのが名作『洟をたらした神』。しかし、それで彼女の命も尽きた。もし彼女がもっと若いときから書いていたら。
ま、自分の作品は忘れられてるのに、妻の作品は今も読まれていることを知って、混沌は泉下で地団駄踏んでるだろうよ。
性愛を詠んで「情痴俳人」「娼婦俳人」と呼ばれた鈴木しづ子、恋も知らぬまま19で結婚させられ三人の子を産み、不貞の夫と別れて恋の歌った歌人中城ふみ子も「やすやすと堕ちる」女と言われる。
才能があり、当時の状況からしたらすごい度胸もあった彼女たちに対する(男)社会の扱いはひどいもので、胸が痛む。
作家や詩人、歌人、俳人たちの恋愛をテーマにした本書は、一昔前の才能ある女性の生きづらさが胸に刺さる。
寺田寅彦の妻たち、特に三人目の志んなんか(当時は悪妻と言われていた)、現代に生きていたら、のびのびとその能力を活かせたのではないかと思う。
いろいろ考えさせられる、興味の尽きない本だった。続きを読む投稿日:2022.12.17
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