ジャッジメント
小林由香(著)
/双葉文庫
作品情報
大切な人を殺された者は言う。「犯罪者に復讐してやりたい」と。凶悪な事件が起きると人々は言う。「被害者と同じ目に遭わせてやりたい」と。20××年、凶悪な犯罪が増加する一方の日本で、新しい法律が生まれた。それが「復讐法」だ。目には目を歯には歯を。この法律は果たして被害者たちを救えるのだろうか。復讐とは何かを問いかける衝撃のデビュー作!
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商品情報
- シリーズ
- ジャッジメント
- 著者
- 小林由香
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 双葉社
- 掲載誌・レーベル
- 双葉文庫
- 書籍発売日
- 2018.08.08
- Reader Store発売日
- 2018.09.14
- ファイルサイズ
- 0.4MB
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この作品のレビュー
平均 3.7 (67件のレビュー)
-
『大切な人が殺された時、あなたは「復讐法」を選びますか?』
昨今、日本では凶悪犯罪が増加している、そんな印象が一般的にはあります。しかし、実際にはこの国では少なくとも他殺は10万人あたり0.2件と世…界の中で飛び抜けて低い値になるようです。各国を比較すると、ドイツ1.0件、英国1.2件、そして米国に至っては5.3件にもなるという数字を見ると日本の治安の良さが際立っていることがわかります。また、歴史的推移を見ても1950年代に年間総数2,000件を超えていた他殺が2016年には300件を切って、さらに減少傾向にあるというのですから、統計上この国は、どんどん安全な国になっている、そんな風に言うことができるようです。
とは言え、他殺による被害者がゼロでない以上、被害によって遺族の苦しみが無くなることはありません。この国は法治国家です。犯した罪は法の裁きを受けます。しかし、人の思いはそんな裁きだけでは受け入れられない感情に達する場合があります。
『あの女はたった十二年で戻ってくる…模範囚なら、もっと早く出所することだってある…アキラの命の重さは、たかだか十二年間自由を奪われるのと同等なんですか。絶対に違う』。
この世に残された遺族が心からの思いを叫ぶ瞬間、そこにはこんな思いが生まれる余地があります。
『犯罪者に復讐してやりたい。被害者と同じ目にあわせてやりたい』。
そんな思いは『当事者にしか分からない痛み』です。法の裁きが全てである、そんな風に冷静に言える人は『自分の大切な子どもが殺されても同じことが言えるのでしょうか』という問いに答えることができるでしょうか?
さて、ここに『復讐法』という新たな法律が制定された『二〇××年』の日本を描いた作品があります。『治安の維持と公平性を重視した』『復讐法』によって、被害者が『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる』という法律の下、『自らの手で刑を執行』する人たちの苦しみを描くこの作品。そんな人たちを見守る『応報監察官』という立場の主人公の思いの丈が描かれるこの作品。そしてそれは、『大切な人が殺された時、あなたは「復讐法」を選びますか?』という問いに読者のあなたが対峙することになる物語です。
『本日は、よろしくお願いいたします』と『刑事施設一号館前駅』の改札で待ち合わせた天野義明(あまの よしあき)に挨拶するのは主人公で『応報監察官』の鳥谷文乃(とりたに あやの)。二人は『高いコンクリートの壁』で囲まれた施設へと入ります。『IDカードをかざし』厳重な警備の建物へと入ると、『この先が執行場所の「応報室」です。中には受刑者がいます。準備はよろしいですか』と文乃は天野に話しかけました。『意を決した表情で頷くのを確認した』文乃は、天野を部屋へと入れると、そこには『「A17」と書かれた鉄の首輪をつけた男が床に座ってい』ます。『後ろ手に手錠をかけられ』、『鉄鎖に繫がれ』ているのは『受刑者の堀池剣也』、『十九歳』。『三ヵ月前、十六歳の天野朝陽は、十九歳の四人の少年に拉致監禁され、激しい暴行を受けた後、四日目の早朝に殺害され』ました。『右目は失明しており、指の爪は全て剝がされ…』と『無残な姿』で見つかった朝陽。そんな事件の裁判では『二つの判決が言い渡され』ました。『旧来の法に基づく懲役十八年の実刑判決』と、『新たに施行された「復讐法」の適用を認める判決』です。『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる』という『復讐法』を選ぶか『旧来の法』の適用を選ぶかは『被害者、またはそれに準ずる者』の判断に委ねられています。そして『復讐法』を選んだ天野。しかし、それを選んだ場合には『選択した者が自らの手で刑を執行しなければなら』ず、この場を訪れた天野は、『息子を殺害された父親』でした。『俺はお前が殺した天野朝陽の父親だ』と語る天野に『子どもの喧嘩にパパが登場かよ』と返す剣也。『お前がしたことは喧嘩じゃない。人殺しだ』と言う天野は『朝陽に関する問題』に答えられなければ『朝陽が受けた残忍な暴行と同じことをお前にもする』と宣言すると、用意されていたサッカーボールを『強く蹴りつけ』ました。『顔面に的中し、鼻から血があふれた』という状況の中、『相手から何か言われたら返事をしろ』と言う天野が再度ボールを蹴ると『腹に強く食い込み、剣也は苦しそうに上半身を前に倒』れます。『息子がどれほど痛かったか、どれほど苦しかったか、どれほど怖かったか、お前に分かるか』と続ける天野。そんな光景を見る文乃は、『私は息子がされたように四日間かけて刑を執行します』と天野から告げられた時のことを思い出します。そして、一日目を終え、施設から天野と出た先に『一人の女が飛び出してき』ました。『許してください許してください…』と繰り返す女を見て『堀池…和代さん』と口にした文乃。『あの子は悪い子じゃないんです。息子を許してやってください』と土下座する和代を見て『私が手紙で執行開始日と場所をご連絡した』と文乃に言う天野は『私の息子は、「許してほしい」と何回懇願したか分かりますか。髪に火をつけられ、爪を剝がされて鼻を折られ…』と和代に向かって話します。そして、天野は、『あなたにも責任がありますよ』、『どうしてあんな悪魔に育てたんですか。どうやったらあんな化け物になるんですか』と『冷たく言い放』つと『和代から、もう謝罪の言葉は出て』きませんでした。『剣也だけではなく、母親の和代への復讐もしたかったのだろう』と思う文乃。『復讐法』が施行された『二〇××年』の未来世界の衝撃的な物語が描かれていきます。
『凶悪な犯罪が増加する一方の日本で、治安の維持と公平性を重視した新しい法律』、『復讐法』が施行されたというまさかの未来世界『二〇××年』の物語が描かれた小林由香さんのデビュー作でもあるこの作品は、五つの章から構成された連作短編の形式をとっています。そして、その本編の前に置かれた短い序文にこの作品で要となってくる『復讐法』の位置づけがこんな風に記されています。分かりやすく箇条書きにします。
『復讐法』とは?
・『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる』
・『裁判により、この法の適用が認められた場合、被害者、またはそれに準ずる者は、旧来の法に基づく判決か、あるいは復讐法に則り刑を執行するかを選択できる』
・『復讐法を選んだ場合、選択した者が自らの手で刑を執行しなければならない』
いかがでしょうか?この国には武士が台頭し出した中世紀から江戸期にかけて”仇討ち”というものがありました。江戸時代には制度化もされていたというその制度は”主君や直接の尊属を殺害した者に対して私刑として復讐を行う”ものとされています。そうです。『復讐』は過去にこの国で列記とした制度として合法的に認められていたものでもあり、この作品の前提が荒唐無稽と切って捨てるものでもないことがわかります。そして、物語は『二〇××年』という未来世界の設定にはなっていますが、我々の今の世界と大きく変わる描写があるわけでもなく、SFというよりはリアル世界のドラマを見ているような感覚で読者の心に突き刺さってきます。そうです。この作品は間違いなく読者の心の奥底にあるさまざまな価値観、考え方を厳しく問いただしながら展開していくのです。それこそが、こんな冒頭の問いに現れます。
『大切な人が殺された時、あなたは「復讐法」を選びますか?』
それは、読者自身への問いかけでもあります。犯罪を犯すということは当然に罪に問われることです。それは、法治国家であれば当たり前です。しかし、犯罪の内容、前提は犯罪の数だけあり千差万別です。だからこそ”情状酌量”というような言葉も存在します。その一方で、昨今問題視されているのが被害者遺族の存在です。さまざまなな背景事情から”情状酌量”の余地があると見做された犯罪、一方でそれは時と場合によっては被害者遺族の悲しみ、苦しみを助長する場合もあります。そこに『復讐』という感情が生まれるのはある意味自然な感情の流れなのだと思います。しかし、だからといって『復讐』という考え方が正しいのかについても議論は当然に分かれます。この作品では、こんなリアルさをもった言葉で語られていきます。
『遺族の報復心を満たす結果に繫がっている』こともあって『施行から一年が経ち、復讐法の申請率は高くなってきている』
その一方で
『人権侵害や冤罪の観点から、本法を悪法と呼び、廃止運動を行う人々も増えた』
どうでしょうか。小林さんの描くこの前提。
『なぜ、更生していない凶悪な犯罪者を社会に戻すのか。犯罪に年齢は関係ない』
そんな思いを抱く人がいる中には、『世界でも有数の治安の良さを誇る我が国で、前代未聞の重大事件が相次いだ』ことが、『犯罪の抑止力』のための『復讐法』の成立へと至ったという背景はあながちフィクションと片付けられないリアルさがあります。
そんな物語は、私が今まで読んできた600数十冊の小説の中でも間違いなくベスト3に入るであろう”ページを捲る手が止まらない”、”止められない!”という体験をさせてくれました。小林さんは五つの短編において、犯した犯罪と、その『復讐法』による刑執行の場面を極めてリアルに描かれていきます。普段の私のレビューだと、短編ごとに少しだけ内容紹介を書き記すのですが、今回はその書き方をやめることにしました。小林さんの描かれるシチュエーションが如何にも現実社会にありそうで、そこに『復讐法』による刑の執行が行われた場合に何が起こるのか、これはもう読者の価値観、考え方に鋭くメスを突きつけるものです。そう、あなたは、この作品を読み始めた以上、”ページを捲る手は止められない”のです。それを、実感していただくためにも、内容の詳述を敢えて避けることにしました。ただし、それではレビューにならないので、上記で冒頭を記した一編目〈第一章 サイレン〉についてだけ簡単に補足を入れておきます。
・事件の内容: 『三ヵ月前、十六歳の天野朝陽は、十九歳の四人の少年に拉致監禁され、激しい暴行を受けた後、四日目の早朝に殺害された』
・被告: 『堀池剣也』、『十九歳』
・判決①: 『懲役十八年の実刑』→ 『旧来の法』
・判決②: 『「復讐法」の適用を認める』→ 『新たに施行された』法律
・法の選択権者: 『息子を殺害された父親の天野義明』
・天野が設定した執行条件: 『息子がされたように四日間かけて刑を執行』する
物語では法に則り、父親の天野義明が、四日間に渡って刑を執行していく場面が描かれていきます。これには、ただただ衝撃を受けました。そこには、上記もしましたが剣也の母親も登場し、『息子を許してやってください』と天野に土下座もします。一方で『勇敢な父親』、『息子の仇を討て』、『父親がんばれ』といったネットの書き込みが相次ぐという状況で物語は進行していきます。親が子を思う感情と、その一方で我が子を殺された感情、さらには生前の親子関係等々さまざまな感情に激しく揺れ動いていく天野の『復讐』実行の四日間。なんとも言えない感情が渦巻く中、うっ…という思いの中に読み終えたこの一編目の重さ。しかし、それはあくまで序章とも言えるものであり、二編目、三編目…と、小林さんは、読者が、まさか!と驚かざるをえない問題提起とも言えるシチュエーションをこれでもかと突きつけていきます。これを心揺れ動かさずに読み終えることができる人などこの世にいるのでしょうか?ということで、ここにさてさてのレビュー史上初の一言を書かせていただきます。
“ここまでこのレビューを読んでくださったあなた!この作品は絶対に読むべき一冊です!ブクログにおけるさてさての存在意義にかけて絶対に後悔はさせません!キッパリ!”
ここまで『復讐法』そのもの、およびそんな短編に登場する被害者遺族に焦点を当てる物語という方向性からこの作品を見てきました。しかし、この作品の全編を通しての主人公は、そんな被害者遺族ではないのです。そんな刑の執行を見守る『応報監察官』という役割をもった一人の女性・鳥谷文乃が活躍する姿を描いていくのです。そう、この作品は『応報監察官』の”お仕事小説”という側面も持っているのです。あなたは、『復讐法』という法律に基づく行為とはいえ、人が人に裁きを下す場、しかも『犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行』する場に立ち会うことを自身の職業とすることができるでしょうか?そんな場に立ち会えるでしょうか?刑を執行する者には『事前にジャージや丈の長いレインコートが支給され』ます。これは、『返り血』が自身の衣服にかからないようにするためです。そんな刑の元となる犯罪行為は、『右目は失明』『指の爪は全て剥がされ』『鼻の骨は折られ』『歯はペンチで抜かれ』…と壮絶極まりないものです。『応報監察官』は、その凄惨な刑が執行される場面に仕事として立ち会う必要があるのです。もう、レビューを書いているだけで気が狂いそうになってきました。『復讐法があったから救われた』と、言ってくれる執行者の一方で、『思い悩んで苦しむ執行者たちの姿も見てきた』という文乃は、『出会う人間によって、いつも心は激しく揺れ動く』という思いの中に日々を過ごします。それは、仕事が終わった後も文乃の頭から離れません。
『眠りにつく前に、時々思い出す場面がある。思い悩みながら復讐する人々の姿、それを見守る自分の姿。これまでの私の生き方は間違っていなかったか、それらは正しかったと胸を張って言えるだろうか。もしもこの法が間違いだというならば、それは私自身の間違いに繋がる』。
この世にはさまざまな職業があり、苦楽を簡単に判断できるものでは当然にありません。しかし、『応報監察官』という職業、私にはとても務まりそうにありません。文乃に感情移入すればするほどに吐き気を催すほどの嫌悪感に襲われました。
『外の世界に出たら、応報室のことは忘れよう。そう努めても、様々な場面で思い出してしまう』。
その仕事の過酷さを生々しく吐露する文乃。しかし、そんな文乃という人物が、一人の人間としての心を見せていくからこそ、この作品の強い説得力が生まれていきます。そして、そんな主人公・文乃視点で描かれるからこそ、文乃と共に物語が突きつけるさまざまな問いかけに読者も自問し続ける読書の時間がそこにあり、何が正解なのか、読者自身に突きつけられた問題の大きさに打ち震える読後があるのだと思いました。
『更生を願う人、復讐する人、罪を赦したいと思う人、自分の死をもって償う人。一体、何が正しいのだろう。一番正しい答え ー それはどこにあるのだろう』。
『復讐法』が施行され、『応報監察官』として数々の執行現場を見守ってきた主人公・鳥谷文乃が苦悩する姿を一つの”お仕事小説”として描いたこの作品。そこには五つの短編それぞれの背景の元に罪を犯した人と、被害者遺族となり、そんな犯罪者に『復讐』を果たそうとする人たちの生々しい姿が描かれていました。リアルな背景設定にフィクションということを忘れて読み耽ることになるこの作品。『復讐法』の是非に読者の価値観や考え方が執拗に問われる瞬間の連続に、激しく心が揺さぶられ続けるこの作品。
いったい何が正義で何が悪なのか、読めば読むほどにその解を求めて気が狂いそうにもなる壮絶極まりない絶品でした。
P.S.この作品、正直凄いです!どうして本屋大賞の候補にならなかったのでしょうか?摩訶不思議です…。続きを読む投稿日:2023.04.01
このレビューはネタバレを含みます
著者お初。凶悪な犯罪が増加する日本で、新しい法律が制定された「復讐法」、この法律は被害者家族達を救えるのか?という近未来的なお話。五編からなる被害者家族の様々な葛藤はどれも深く考えさせられるし、「復讐…法」で救えているとはとても思えない。作中、五十嵐の「報復できる権利を与えるが、やりたければ、相手と同じように自分の手でやれ、とな。実に残酷な話だ」に大共感。第2章の「ボーダー」はタイトルも秀逸だし、唯一救われた感もあったかな、と感じる。いやー、読み応えも十分だし、これがデビュー作とは、恐るべしであります。続きを読む
レビューの続きを読む投稿日:2024.01.28
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