海の見える街
畑野智美(著)
/講談社文庫
作品情報
あらゆる恋愛は、奇跡だ。2015年、最高の恋愛小説は、コレだ!海の見える市立図書館で司書として働く31歳の本田。十年も片想いだった相手に失恋した七月、一年契約の職員の春香がやってきた。本に興味もなく、周囲とぶつかる彼女に振り回される日々。けれど、海の色と季節の変化とともに彼の日常も変わり始める。注目作家が繊細な筆致で描く、大人のための恋愛小説。
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商品情報
- シリーズ
- 海の見える街
- 著者
- 畑野智美
- 出版社
- 講談社
- 掲載誌・レーベル
- 講談社文庫
- 書籍発売日
- 2015.09.15
- Reader Store発売日
- 2018.01.12
- ファイルサイズ
- 0.2MB
- ページ数
- 368ページ
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この作品のレビュー
平均 3.7 (111件のレビュー)
-
あなたは、三十一歳になる、ある男性のこんな独白をどう思うでしょうか?
『図書館でも実家でも、恋愛関係のことを聞かれないのは楽だが、一生独身と決まってしまったようで不安にもなる』。
2022…年の法改正によって男女ともに結婚できる年齢は18歳に統一されました。とは言え法的に18歳になったら結婚できるといってもこの国では晩婚化の流れは止まらないようです。1970年には男性26.9歳、女性24.2歳だった平均初婚年齢は、2021年にはそれぞれ31.0歳、29.5歳と5歳も上昇しました。そんな中では、かつてのように三十歳という年齢に何かを焦るような気持ちが本人にも親にも、そして周囲にも湧かなくなってきたのも実際のところだと思います。冒頭の三十一歳の男性はこんな風に続けます。
『子供の頃は三十歳を過ぎたら、結婚して子供がいるのが当然と信じていた。今はそんなことが起こるとも思えない』。
さてここに、そんな男性が主人公の一人を務める作品があります。『一人暮らしにも慣れてしまい、マメちゃんもいて、不便さも寂しさも感じなくなった』と、『インコのマメちゃん』を生活の中心に置くその男性。この作品はそんな男性が働く『海の見える』『図書館』が舞台となる物語。そんな『図書館』に二十五歳の女性が派遣されてきたことで、さまざまな変化が起こっていくのを見る物語。そしてそれは、そんな『図書館』という仕事場の中に芽生える恋の感情を描く物語です。
『おはようございます』と自転車置き場で挨拶をしあうのは主人公の本田と日野。『図書館で司書として働いている』という二人が『事務室に入ると、館長が来てい』ました。エプロンをした日野が『返却ボックス、見てきますね』と言うのに、『僕が行くからいいよ。予約の確認をしておいて』と返す本田が正面入口に行くと、『自動ドアに女の子が張りついてい』るのに気づきます。『開館時間は九時で』、『受付の人もあと三十分は来ない』と思う本田が『何か御用ですか?』と訊くと、『今日からここで働くんですけどっ』と言われます。『袖口がヒラヒラした白いシャツにピンク色のミニスカート』という女の子に待つよう言い、事務室へと戻った本田は『新しい人って今日から来るんですか?』と館長に訊きます。『同期の和泉さんが六月末から産休に入った』ことで、『派遣の人に来てもらうことになったと聞いて』はいた本田に『もう来るはずなんだけど、来ないね』と返す館長。『下に来てました。呼んできます』と女の子を連れに戻る本田。そして、朝礼で『鈴木春香です。よろしくお願いします』と挨拶した女の子に対して『本田君に仕事を教えてもらって』と館長は指示します。持ち場についた本田は、春香に『明日からはズボンとスニーカーで髪の毛も結んできて』と言うも『なんでですか?』と言われてしまいます。仕事内容による理由を説明しても『大丈夫ですよ』と言う春香は逆に『わたしって、カウンター業務だけやればいいんですよね?』と訊いてきます。『司書資格』を持っていないと聞いて愕然とする本田は『思考停止して黙りこんでしま』いました。それを見かねて『鈴木さんには私が仕事を教えますね』と日野が声をかけてくれます。そんな本田は家で『マメちゃん』というインコを飼育しています。『彼女がいたのは大学二年生の後半の半年間だけ』という本田は『一人暮らしにも慣れてしまい、マメちゃんもいて、不便さも寂しさも感じなくなった』今を生きていました。そして翌日、さらに翌日も春香は『同じ服装』で出勤してきます。『仕事教えてください』と言われ『じゃあ、カウンターにいて』と言うも『飽きちゃったんですよね』、『もっとおもしろい仕事ないんですか?』と言う春香に『じゃあ、予約本のピックアップをしようか』と本田は書棚へと連れて行きます。わかりやすいように絵本のコーナーに連れて行って説明する本田に、『見つけた本を手裏剣のようにカゴに投げ入れ』はじめた春香。『大事に扱うようにして』と本田が注意するも『だって、売り物じゃないし』と返す春香。そんなところにやってきた日野は『本の扱いがわからない人に触ってほしくないの!』と言うと春香からリストを奪います。『短いスカートでウロウロされるのも迷惑』と続ける日野に、『なんであんたが出てくんの?本田さんのこと好きなんでしょ?…安心して、こんな明らかにオタクってわかる男に興味ないから!』と言い放つ春香。そんな中に、『春香ちゃん、日野さんは先輩だから敬語を使って』と『タイミング違うよなと思いながら試しに言ってみた』本田は、『はあっ?』と春香に『強く睨まれ』てしまいます。『海の見える』『図書館』で穏やかな日々を送りながら働く『図書館』職員の日常が、産休代替として現れた春香の登場によって変化していく様が描かれていきます。
“海の見える市立図書館で司書として働く31歳の本田。十年も片想いだった相手に失恋した七月、一年契約の職員の春香がやってきた。本に興味もなく、周囲とぶつかる彼女に振り回される日々。けれど、海の色と季節の変化とともに彼の日常も変わり始める。注目作家が繊細な筆致で描く、大人のための恋愛小説”と内容紹介にどこかしっとりと説明されるこの作品。”2015年、最高の恋愛小説は、コレだ!”と煽る宣伝文句に期待感が湧きます。個人的にはアニメーターの吉田健一さんが手がけられたという表紙にとても心を惹かれました。
そんなこの作品の舞台は内容紹介にもある通り”海の見える市立図書館”です。まずはそんな『図書館』のある景色の描写を抜き出してみましょう。
『高台にあり、並ぶ家の向こうに海が見える。朝の光を反射させて、海は白く輝いていた。夏が来たんだと感じた』。
職場がどんな場所にあろうが働いている中にはあまり関係ないような気もします。しかし、美しい景色というものは、どこまでいっても人の心を掴むものです。本田のこんな一言がそれを上手く表してもいます。
『働きはじめた頃は、職場から海が見えるなんてかっこいいなと思っていたが、十年が経って気にも留めなくなった。それでも、季節の変わり目に色が変わっているのを見ると、一瞬だけ心を奪われる』。
「海の見える街」というどこか心躍るのを抑えられない書名、吉田健一さんの手による魅力的な表紙、そして冒頭の主人公・本田によるこの言葉が読者を一気に作品世界に引き込んでくれます。この辺り、総合力として上手く出来た作品だと思いました。
そんなこの作品の舞台となるのは『市民センター』と同じ建物にある『市立図書館』です。物語は、四つの短編が連作短編を構成する中に展開していきますが、そんな中に『図書館』で働く職員の姿が描かれていきます。となると、この作品は『図書館』で働く人たちの”お仕事小説”の側面も垣間見せます。このブクログの場に集われるみなさんの中に『図書館』に行ったことがないという方はいらっしゃらないでしょう。辻村深月さんの作品「図書室で暮らしたい」という書名の感覚をお持ちの方さえいらっしゃるかもしれません。本を読むには本を手にする必要があります。あなたは”図書館派”ですか?”本屋派”ですか?という会話が生まれる場合もある通り、みなさんもこのいずれかに属されていらっしゃるはずです。私は、待つということが出来ない人間で、ほぼ100%本屋さんで本を入手していますが、『図書館』の圧倒的な本の囲まれ感はとても好きです。そんな場で働くのが『司書』さんですが、必ずしもそうではないという『司書』の現場がこんな風に語られます。
『司書は雇用自体が少なくて、一人辞めないかぎり新しい人は雇わない。パートタイマーの非常勤ならば結婚して子供がいてもつづけられるので、辞める人も少ない。最近は、結婚後も正規職員のまま働く人が増えてきている』。
なるほど、資格を持っていても辞める人がいない限り後任者の募集はなく、『図書館』に勤めるのもなかなか難しいことがわかります。また、そんな職場に現代ならではの要素がさらに入ってきます。
『図書館がインターネットで繫がり、本の知識よりもパソコンができる人が求められるようになった。本のことを知らなくてもネットで検索できるが、パソコンができないと仕事にならない』。
勝手な印象ですが『司書』さんというと、こんな本ありませんか?とカウンターで質問をして正解となる本に導いてくれる人が思い浮かびます。しかし、今はどんな職場でもパソコンができる人が重宝されるもの、これは『図書館』でも同じということですね。だからこそ、この作品では『司書資格』を持たない春香が『図書館』で働くことができ、物語が動き始めるのでこれはある意味で必然なのかもしれません。しかし、『司書』さんの仕事はそれだけではありません。こんな印象的な場面が描かれていましたのでご紹介しておきたいと思います。それが『絵本の補修』です。
『消しゴムで汚れを落とし、破けたところはテープで補修する。保護用のビニールシートが剝がれたところは貼り直す。ぼろぼろに傷付いてしまわないように、小さな傷も直せるうちに直しておく』。
なるほど、『図書館』の蔵書として長く読んでもらうためにはとても大切な作業だと思います。こういった裏方の作業もとても大切だと思います。しかし、私が敢えてこの『絵本の補修』を取り上げたのは次の『司書』さんらしい優しさに心を動かされたからです。
『表紙が外れてしまったり、ページが抜けてしまったり、捨てるしかない本も出てくる。みんなに読まれた証拠であり、決して無駄死にではないんだよと最後の言葉をかけた』。
この作品は宣伝文句として煽られる通り、あくまで”恋愛小説”が主体であり、”お仕事小説”としての側面は決して強くはありません。しかし、本を愛する人にとって大切な場所である『図書館』の裏側にある、そこで働く人たちの日常を少しだけ垣間見ることのできる瞬間、これは間違いなくこの作品の魅力の一つだと思います。
そんなこの作品は上記した通り四つの短編による連作短編です。短編ごとに視点の主が変わっていきます。そんな視点の主について簡単に触れておきたいと思います。
・〈マメルリハ〉: 本田が主人公、三十一歳、『司書』、『インコのマメちゃん』を飼育することを生活の中で最優先している、母親と姉、妹という女ばかりの中で育つ
・〈ハナビ〉: 日野が主人公、二十五歳、『司書』、『亀のハナビ』を飼育、『初恋の相手はもーれつア太郎』、太宰治をこよなく愛する、眼鏡からコンタクトに変更する
・〈金魚すくい〉: 松田が主人公、三十二歳、児童館職員、10代の『金魚すくい』の光景が刻まれている、職場のパソコンで『女子中学生の動画や画像が並ぶサイトを見』ている『ロリコン』
・〈肉食うさぎ〉: 鈴木春香が主人公、二十五歳、産休代替の派遣職員、うさぎのデニーロを飼育、『世間的に見ても標準の遥か上をいく顔』、『明らかに悪い奴だとわかる男』に追われる
この作品では上記した四人の人物に一編ごとに光が当てられていきます。男二人、女二人という意味ありげな登場人物たちの構成。物語は、そんな四人の恋模様を描いていきますが、そこにもう一人、春香が派遣されてくる理由となった人物である産休に入った和泉の存在があります。そんな和泉のことを本田はこんな風に思っています。
『和泉さんのことを好きだと思ったことは何度もある。でも、それが恋愛として好きなのかわからなかった』。
なんともはっきりしない男だと思った方、それが正解です。本田はそういったキャラクターとして描かれていきます。そんな本田のことを日野はこんな風に思っています。
『遠目に本田さんを見ていると、松田さんが言うようにどこがいいの?と私も思う。身長は高くても、顔はかっこ良くない…肌も白くて、もやしっ子の見本のようだ。でも、隣にいると心が浮く。ふわっと軽くなって安心していられる…この気持ちが本物の恋なのだと思う』。
こちらもなんだかもどかしい感じがします。はっきりしなさい!という思いが込み上げます。三十一歳の本田と二十五歳の日野の関係は、本田が特別な目で見ていた和泉が結婚し産休入りしたことで動きを持ちます。そんな中に現れたのが産休代替の春香です。今まで接したことのないタイプとも言える春香の登場は本田の生活に大きな変化をもたらしていきます。
『春香ちゃんが来て、生活のペースを少しずつ乱されて、今日はグチャグチャにされた』。
一方で、『鈴木さんはかわいい』と素直に思う日野は二人のことをこんな風に見るようになっていきます。
『鈴木さんが市民センターレベルのかっこいいでしかない本田さんを相手にするはずがないと思っていたのに、二人の間には何かある。付き合ってるまで話が進んでいる感じはしなくて、その何かがなんなのかはっきり言えないけれど、確実に何かある』。
本田、日野がそれぞれお互いをどのように感じているかは短編ごとの視点の切り替えによって痛いほど伝わってきます。そんな中にもう一人の存在である松田が独特なエッセンスで物語を色付けしていく中に物語は展開していきます。そして、最終章となる〈肉食うさぎ〉で遂に渦中の人物とも言える春香に視点が移ることで物語は別物な色合いを見せていきます。『わたしがここで働きはじめて、十ヶ月と一週間が経つ』という春香の契約期間が間もなく終わろうとするまさにその時を描く物語。春香のこれまでの人生を総括するような物語は、間違いなくこの作品の読み味を変化させます。そんな中に登場人物それぞれがそれぞれに大切なものを見つけていく幸せをじわっと感じさせるその結末。
『将来は、海の見える街に住みたい』。
書名にも繋がるそんな夢を抱いて生きてきた春香視点の物語が迎えるその結末に、いい本を読んだ感いっぱいな気持ちに包まれながら本を閉じました。
『働きはじめてから彼女がいたことがない。というか、三十一年と十ヶ月の人生において、彼女がいたのは大学二年生の後半の半年間だけだ』。
そんな思いを抱きながら三十一歳の今を生きる主人公の本田。そんな本田が働く『市立図書館』に、派遣職員として春香が訪れたことから動き出す男女四人の一年が描かれていくこの作品。そこには、直球ど真ん中の”恋愛物語”が描かれていました。『図書館』の”お仕事”の一端を垣間見れるこの作品。一年契約の派遣職員である春香の存在が物語に巧みにリミットを感じさせていくこの作品。
お互いの存在がお互いの人生を変化させていくその先に、ほっこりとした”恋愛物語”を楽しませてくれた作品でした。続きを読む投稿日:2023.09.09
このレビューはネタバレを含みます
話が進むにつれ、ゆるやかに変化していく登場人物たちの心情が、軽やかなテンポ感と穏やかでやさしい風景描写と共に描かれているのが印象的だった。
レビューの続きを読む
本田、日野さん、松田、この3人の変化のきっかけとなった春香…自身が一番、この街に来て変わったのだと感じた。
私たち読者の目に最初に映った春香は、こんなにも愛らしい女の子だっただろうか。
『みんなに優しくていいから、ほんの少しだけわたしを特別にしてほしい。』
海が見えるこの街で 4人が迎える明日が、少しでもあたたかいものであればいいなと思う。
(『金魚すくい』で発熱した本田がかなりツボで好き)続きを読む投稿日:2024.03.18
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