Beyond Human 超人類の時代へ
イブ・ヘロルド(著)
,佐藤やえ(著)
/ディスカヴァー・トゥエンティワン
作品情報
人類が間もなく受け入れようとしている医療テクノロジーの急激な進歩は、医学の歴史上、前例のない規模の希望と危険に人を直面させる。寿命を延長させる人工臓器、脳を増強する脳神経インプラント、そして病気を治し、老化を消し去るナノロボットは、人の健康を劇的に改善してくれる。しかし、それによって「人」と「マシン」の境界線は曖昧になるだろう。この新しい世界で、人はテクノロジーによって解放される未来を夢見るのか、それとも人は自分たちを健康で賢く、若く、長生きさせてくれるマシンやデバイスのしもべのようになってしまうのか?
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商品情報
- シリーズ
- Beyond Human 超人類の時代へ
- ジャンル
- サイエンス・テクノロジー - 数学・物理学・化学
- 出版社
- ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 書籍発売日
- 2017.06.10
- Reader Store発売日
- 2017.06.14
- ファイルサイズ
- 1MB
- ページ数
- 256ページ
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この作品のレビュー
平均 3.6 (6件のレビュー)
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今後、加速度的に性能やできることが拡がる、コンピュータ技術、マイクロエレクトロニクス、遺伝子工学、遺伝子治療、認知科学、ナノテクノロジー、細胞療法、ロボット工学などが融合されてさらに新しいものを今まで…以上の速度で生み出す領野は今「コンバージング・テクノロジー」と呼ばれる。本書は、このコンバージング・テクノロジーが人体に適用されることによって、何が起きるのかについて論じたものである。
まずは、テクノロジーが人工臓器に適用されることで人の寿命が大幅に伸びることが予測される。すでに研究段階では大きく進展している、心臓、腎臓、肺、肝臓、膵臓などの人工臓器がどのように適用され、将来的にどのようになるのかが語られる。そのときに問題になるのは死ぬ権利でもある。すでに脳死問題で顕在化しているとも言えるが、将来においては、より多くの人間が機械によってより長い人生を得ることができるとともに、機械によって生かされる状態になるのだ。
そういった状態となることが想定されるときには、われわれの生命倫理もそれに合わせて変化しなければならない。
「トランスヒューマニズムの重要な要ををなすコンバージング・テクノロジーが、真に人を開放するものであるためには、「それ以上の寿命延長が苦しみを増すことにしかならないとき、その人には死を選ぶ権利がある」という概念に社会をあげて取り組まなければならない」
また、寿命が伸びるのであれば、それと同時に加齢による衰えも防ぐ必要がある。近い将来においては、老化は治療されるべき「病気」と捉えられる可能性がある。この先の医療革命は、おそらくは寿命延長テクノロジーによって、健康寿命を長くする方向に向けられる可能性が高い。なぜなら、これまでの人類の進化の過程では、健康寿命を延ばす能力が、適応進化することはなかった。生殖年齢を越えてまで個体を生かすことがその遺伝子の複製増殖にとって有利とならないからである。そのため、遺伝子や細胞の能力にはまだ多くの余地が残されていると考えても間違いではないだろう。老化は必然ではないのだ。たとえば、「未来の人は、身体に病気と老化が表れ出してから問題に取り組むのではなく、定期的にナノボットの注射を受けるようになる」かもしれない。
さらに大きな進化と影響を与えるのが、人類を人類たらしめている脳神経機能をエンハンスするようなテクノロジーである。すでに化学物質によって脳神経の活動を強化・抑制することは治療として行われている。現在では、脳神経を直接刺激をする方法についても研究されており、記憶力を高めるためのインプラントの研究なども行われている。
こういったテクノロジーによって、本書に描かれたことが可能となったときに大きな問題となることのひとつは、「治療」と「エンハンス」の問題である。本書では、明らかに人体に手を加えることによって、現在の人類の標準的機能を上回るような能力・機能を強化することを「極端なエンハンスメント」と呼んでいる。
遺伝子治療にせよ、人工臓器にせよ、標準から劣後するものを標準までに戻すものとして治療として用いられるテクノロジーの活用にまで反対に回る人は多くはないだろう。一方で、極端なエンハンスメントについては、実際に反対に回る人は少なくない。「自然」が一番であり、「自然」(と言いながら「自然」とは何かを定義せずに)からの逸脱は避けるべきだ、といったような「反テクノロジー」の機運が高まることが容易に想像できる。また、経済的格差によって、アクセスできるものとそうでないものとをわけてしまうことで社会の中での公正性を棄損し、新たな差別問題を生む可能性が高いと批判する。しかしながら、「治療」と「エンハンスメント」の境界は思われているほどには明確ではない。そして、治療に用いられた技術はそのあいまいな線を越えて容易にエンハンスメントに適用され、それを避けるすべはほとんどない。
たとえば視力については、人類はテクノロジーにより多くの「治療」を行ってきた。眼鏡を発明し、コンタクトレンズを発明して普及に成功させてきた。また老化の結果でもある白内障についても効果的な治療法を確立させている。それらの治療は衰えた能力を通常のレベルに戻すものだ。しかし、もし視力が決定的にその人の社会的地位や経済力に影響を与える機能だったとすると(そういった社会は過去の狩猟社会ではあったかもしれない)、視力をテクノロジーによって3.0や4.0にするインセンティブに抗うことはできないのではないか。
もし、脳神経に直接働きかけて、精神遅滞やアルツハイマー病を治療する薬が出てきたとき(それは実際にはすでにほぼそこにある)、もしそれが記憶力や判断力を向上させるものであったときに、その利用を妨げることがよいことなのかは深く考えなくてはならない。いやすでに本書によるとすでにかなりの数の人が脳神経エンハンスメント用の薬剤を服用しているという。学業成績を上げるために中枢神経刺激薬(リタリンやアリセプト)を使っている大学生の割合は4~25%にも上ると推計されているらしい。
さらに「エンハンスメント」の問題は子供に対して適用されるときにより複雑な問題を生じる。親が子供に行う行為として、どの程度のことが許されるのかという問題である。一方では。すでに多くの親が子供の意志に反して学校帰りに無理やりに塾に行かせている。中枢神経刺激薬が、何の副作用も伴うことなく塾の勉強と同じようにその子供の将来において能力を永続的に向上させるとしたら、それを希望する親にはどこまでのことが許されるのだろうか。そして、この「エンハンスメント」の可能性は、情報や経済力の格差が世代にまたがって伝達されることもまた助長する方向に明らかに向かうのである。そういった「エンハンス」をわれわれは止めるべきなのだろうか。
本書で紹介されたサイエンスライターのロナルド・ベイリーは、認知エンハンスメントに対する典型的な8種類の反対意見を取り上げて、どれもが説得力を伴っていないことを示している。
1. 神経領域のエンハンスメントは脳に永続的な変化を及ぼすので避けるべきだ
2. 神経エンハンスメントによって、知的特権階級が経済的な優位を手にする反平等主義的な世界が出現する
3. テクノロジーが社会を平等主義的にしすぎるあまり、テクノロジーの利用を選択することが無意味になりかねない
4. 能力増強した人(エンハンサー)たちの世界では、激しい競争社会での生き残りをかえて、いやでも認知エンハンスメントをせざるを得なくなる
5. 脳神経へのエンハンスメントはよき性質をむしばむ
6. 脳神経編ハンスメントは個人の責任感を損なう
7. 認知エンハンスメントをすれば、否応なく『標準があいまい』になる
8. 脳神経エンハンスメントによって、私たちは本来の姿(真正)でなくなる
著者はおおむね、ベイリーの言葉に肯定的だ。そして、いずれにせよ、極端なエンハンスメントはもはや避けられないと結論づける。ここで重要かつ必要なことは、大いなる寛容性だ。著者は次のように語る。
「寛容さは確かに、エンハンスメントに自己表現を見出す人と、それを拒否する人の両方を守るために必要な社会的特性だ。この原理は、最初に民主主義的な政府が確立されて以来、絶対的なものであったし、幸いにも民主主義は、より多くの多様性を受け入れる方向に動いている」
著者は、明らかに反テクノロジーに対して、否定的であるし、また客観的にもそれは成立もしないのではないかと言う。
「自分を向上(エンハンスメント)させるように迫る圧力をなくしてほしいと声を上げている多くの人たちこそ、他人に「エンハンスしないように」というかなりの社会的圧力を課しているのだ。いずれにしても、私たちは自分自身の規範ではなく、社会の規範に沿うように圧力をかけられるということだ」
著者は次のように語る。これが、著書が言いたいことなのかもしれない。
「極端なエンハンスメントの権利を禁止しながら民主主義を守るということは両立し得ないものなのだ」
もしかしたら民主主義は、資本主義というべきなのかもしれない。一方の国では極端なエンハンスメントが許容され、一方の国では禁止されるとき、一方の国の優位性と、他方の不利益が明らかになる可能性が高い。グローバルな世界ではエンハンスを求めて人々は国境を越える。整形手術や性転換手術で国境を越えていくの同じことだ。
そのときに社会が逃げずに考慮しなければならないのが次のことだ。
「極端なエンハンスメントの広がりによって現実に懸念されることは、著しい貧富の差のある現代社会で、いかに公正な分配を行うか、という問題だ」
「20世紀社会も十分に変化が速かったが、これから生まれる新たな社会は、その比ではないだろう。過去に例のない社会的、経済的、技術的な変化の時代だ」――トランスヒューマン技術に限られることではないだろう。おそらくは次の10年で大きな変化をわれわれは目撃することになるし、またさらにその次の10年で輪をかけて大きな変化を見ることになる。その中でも変化が起きる大きな領野のひとつが人体であることは間違いない。それは、ここまでの変化を推進してきたわれわれの欲望が、ついに死と老化の克服にそのターゲットを定めたからである。
著者は最後次の言葉で締める。
「結局のところ、私たちが何者であるかは、私たちの過去の姿ではなく、これからどうなろうとするかによって決まるのだ。
私たちはいったい何者なのか?
それは、人類が今いる場所からはるか先にまで進んだときに、初めてバックミラーの彼方に小さく見えるのかもしれない」
そして、そのときにはヒューマニズムは、他の何かに静かにその場所を譲っているのかもしれない。それは善悪の彼岸を越え、そしてもはや避けがたいことなのかもしれない。
完全なSFではなく、トランスヒューマンについて考えるには考えるべき課題も整理されていて、とてもよい一冊。続きを読む投稿日:2020.12.29
技術の問題では無く、倫理面や経済上の不平等からの反発などの観点からの記載が特徴的。
できるのか?はクリアしており、やって良いのか?が目下の課題。
ただしこれは不可逆的な課題であり、もう歯止めがかからな…い、前に進むのが必然なものである。続きを読む投稿日:2021.12.26
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