朝永振一郎 見える光、見えない光
朝永振一郎著(著)
/STANDARD BOOKS
作品情報
日本人として2人目のノーベル賞に輝いた朝永は、当代一流の粋人にして随筆の名手でもあった。飄々とした闊達なユーモアと、平和への真摯な姿勢に満ちた珠玉の24篇を厳選。
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商品情報
- シリーズ
- 朝永振一郎 見える光、見えない光
- 著者
- 朝永振一郎著
- 出版社
- 平凡社
- 掲載誌・レーベル
- STANDARD BOOKS
- 書籍発売日
- 2016.10.01
- Reader Store発売日
- 2017.04.05
- ファイルサイズ
- 3MB
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この作品のレビュー
平均 4.0 (12件のレビュー)
-
ある書店でSTANDARD BOOKSのフェアをやっていたのに偶然に出会い、何の気なしに朝永振一郎を選んだ。
本書所収の随筆「鏡のなかの世界」は不思議な一編だ。だって朝永振一郎を含めた科学者の面々が…「なぜ鏡には左右が逆に写るのか」を真剣に議論しているから。私ならば「なぜ左右逆かって?鏡なのだから左右が逆に写るのは当たり前じゃないの?」で終わってしまう。だが物質がそれぞれに有する法則性を解明しないと収まらないのが真の科学者らしい。言い方を変えれば「当たり前」でわかったつもりで終えることを良しとせず、物事を統御する真理を自分なりにつかみ取らないと納得できないのが科学者なのだろう。
そう思って改めて鏡のなかの像について考えると、確かに不思議な現象だ。と言うのは、自分自身を鏡に写した場合、鏡に写った自分自身には心臓が右にあるのだから。つまりトリックアートのように製作者がひねって作り出した架空のものではなく、この世に絶対的にありえないものが実存の姿として現れており、科学者のアンテナに引っかかるのもわからないでもない。
鏡に関してどんな主張が科学者から出されているか…「幾何光学」「心理的空間」などの一般的ではない用語が飛び交い、それこそ侃侃諤諤。まあその一編では結論は出ていないし、著者も改めて解答を導き出すつもりもなく、1つの事柄に科学者はこれほどまでに熱中できるのかというその熱量の大きさを文章にしたかったようでもある。
私は結局文系の学部に進んだけれど理科や物理などの自然科学にも若干興味はあるので、朝永の一連の文章もおもしろく読めた。とは言っても、朝永は論文以外で文章を小難しく書くのは好きではなかったようで、この本では原子核物理学のことも花鳥風月のことも同じような調子で書かれている。その証拠に、この本では冒頭に「鳥獣戯画」という一篇がまずあって、飼っていたねこの話や、自然が残る武蔵野の生活風景を書いた随筆が続くが、その後の理化学研究所や留学先での研究生活を書いた各編も同じトーンで読める。
私が一番印象に残った一編は「暗い日の感想」だ。大昔の爬虫類の体格やマンモスの牙が種の存続という目的から逸脱しているとも思えるくらい巨大化し、それゆえに滅びたのではないかと朝永は書く(P188)。そして人類が無自覚に原子力を追求していくことへの警告を朝永なりの比喩で発している。だが朝永は“正直”ゆえに、原子力の研究自体をストレートに否定していない。しかし憂慮はしている。なぜなら朝永自身が尊敬するアインシュタイン博士やオッペンハイマー博士ですら止められなかったほど“手ごわい”ものだからだ。そんな難解な命題を前に朝永がとった選択肢は「歴史の中での評価に委ねる」ことだった。
当初私は朝永に対して、カール・セーガンのように強くて明確な主張と姿勢ではない軟弱なものとして拒否反応が出た。しかし朝永がいくらその道の専門家だからといって彼だけにその責務を負わせるのは結局自分が責任転嫁しているだけであり、正しくはない。この大きな問題が1人の人間だけで解決できるわけがないのだ。だから朝永の文章からは、自分をリレーランナーのように考えて、バトンを落とさず自分ができる限りの力によって走り、そして次のランナー(次の世代)にしっかりとバトンを手渡せばいいと、そう読めるように思えた。
端的に言うと私たちのような物理学の素人が原子力の平和利用を求めるのに原子核理論を学ぶことが要求されているわけではない。一方でその素人の私たちがノーベル物理学賞を受賞する可能性は限りなくゼロだが、私たちの世代が朝永の意思を正確に読解して受け継ぎ次世代に伝えられれば、私たち国民全体としてノーベル平和賞を受賞できる可能性は、必ずしもゼロではない。続きを読む投稿日:2023.10.16
ノーベル賞を受賞した物理学者のエッセイ。
砕けた文章で、日々の生活や、物理学を学ぶ上での悩みが語られていて、天才物理学者のイメージとは異なる普通の人としての朝永さんを知ることができる。
学問に取り組む…ときも、世間の役に立たないものに打ち込んでも…と悩んだり、憧れの先生に理研に誘われても、自信がなくて遠慮したりする様子からは、世間がぼんやりと想像する、研究に没頭して、俗世から離れた仙人のような物理学者とは異なる、世の人と変わらない親しみやすさがある。
朝永さん自身も、海外で没頭タイプの物理学者の人と実際に出会って驚いたり、大学の寮で同室の湯川さんが部屋で歩き回って思考するのに引け目を感じて図書館に逃げたり、自分がそうしたタイプの研究者でないことにまた悩んだりしているのを見ると、学者と一口に言っても、色々な人がいるんだなあ、と当たり前のことを思ってしまう。
物理学を純粋に究めたい、という気持ちの一方、戦時を経験し、オッペンハイマーや、アインシュタインと同時代に、すぐ近くで研究をしていた経験もある朝永さんが、人間が扱いきれない力を作り出す科学の危険性にも向き合わざるを得なかったことも、伺える。
マンモスが牙を大きくしすぎたために自身の生存を脅かしたように、人間もまた、進化の過程で、自らの脅威となる力を手にしてしまう/しまったことについて、諦観しつつも、それでもなお、新たな発見を追い求めることをやめてはいけない、と考え、原子力研究所建設に反対する市民との対話を経て、市民たちの肉体的な原子力への恐れを尊重し、彼らに顔向けできなくなるようなことがないような運営を目指すべきだ、と力強く語る朝永さんの言葉は、3.11を経験した私たちには複雑な思いと共に響いてくる。
続きを読む投稿日:2023.11.26
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