ヤマケイ文庫 あやしい探検隊 バリ島横恋慕
椎名 誠(著)
/山と溪谷社
作品情報
バリ島には「神の山」があるという。
そこに登ればこれまでのすべての悪事がゴハサンになるらし。
このことを聞きつけたあやしい探検隊のおとっつあんたちは”神の山登山隊”を結成、神秘と微笑みの島、バリに向かったのであった・・・。
ポランポラン(のんびり)をテーマに進んでいく行き当たりばったりの旅。
神の山アグンの森厳さにうたれ、ケチャの迫力に洗脳され、女性の美しさを喜び・・・。
神は果たして彼らを許してくれたのだろうか?
「あやしい探検隊」シリーズ海外編の第二弾。
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商品情報
- 著者
- 椎名 誠
- ジャンル
- スポーツ・アウトドア - アウトドア
- 出版社
- 山と溪谷社
- 書籍発売日
- 2016.11.01
- Reader Store発売日
- 2016.11.02
- ファイルサイズ
- 13.1MB
- ページ数
- 256ページ
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1時間239円で焚火
ケチャ (kecak) ・・・インドネシアのバリ島で行われる男声合唱。 または呪術的な踊り(サンヒャン)にともなう舞踏劇。 バリ島では「k」を発音しないため、現地では…チャと呼ばれている。
椎名誠
1944(昭和19)年、東京生れ。千葉市立千葉高等学校卒業。東京写真大学中退。流通業界誌編集長を経て、作家、エッセイスト。「本の雑誌」編集長。『さらば国分寺書店のオババ』でデビューし、その後『アド・バード』(日本SF大賞)『武装島田倉庫』などのSF作品、『わしらは怪しい探検隊』シリーズなどの紀行エッセイ、『犬の系譜』(吉川英治文学新人賞)『哀愁の町に霧が降るのだ』『岳物語』『大きな約束』などの自伝的小説、『風のかなたのひみつ島』『全日本食えば食える図鑑』『海を見にいく』など旅と食の写真エッセイと著書多数。映画『白い馬』では、日本映画批評家大賞最優秀監督賞ほかを受賞している。
「バリには神の山があります」「ふーん」「大蔵も沢野も行く気でいる。特に沢野は、そのバリの神の山に登ると、今までの数々のおのれの罪が許され、これまでの数々の悪事がいったんゴハサンになると聞いて、えらく乗り気でね」「大蔵が細かく調べた。バリの神の山は世界の神の山の中でもとりわけ効き目があるということです」
四人の中でバリ島体験者は三島だけである。彼は長いこと雑誌「山と溪谷」の編集者をやり、その後、山の本をたくさん作っている。その仕事の中で山岳信仰、山と修験道についての本をいくつか作り、彼はそれ以前に山とカミサマの問題にかなり傾倒していたところがある。 そういう経過を踏まえて、彼は、バリ島を包むある種の神秘的な力と、それを象徴するようにひときわ高くそびえるバリの山々に新しい視野と興味を広げているようであった。
沢野 ふーん〝ジャラック・プティ〟ね。インドネシアの中ではバリ島がいちばん人気があるんでしょ? それはなぜですか? 気候が安定してるから?
アグース やっぱりひとつには、バリの文化はすごいです。伝統が守られていて、古い文化が新しい文化をカバーすることができます。新しい文化でも、自分のものにすることができる。他の島では新しい文化が入るとミックスになってしまう。そういう難しいことでも、バリではできます。それがみんなにはおもしろいみたい。
アグース いえ、インドネシアの九〇パーセントはイスラム教です。ジャワ島はイスラム教でしょ? バリの隣りのロンボク島もイスラム教。バリだけがヒンドゥー教です。ジャワにもヒンドゥー教徒は残っていますけど、バリのヒンドゥーとは儀式のやり方なんか、ぜんぜんちがいます。バリに観光客は多いけれど、ジャワのように近代化しない。古いやり方を守ります。強いです。ここの文化は。
インドネシア政府によれば、この国に住む人々を細分化して数えると、約三〇〇〇以上の言語と民族に分かれるという。この数は、現在確認されている民族だけなので、今後さらに新しい民族が増えていく可能性もあるのだ。同じ島の中でも、山をひとつ越えれば言葉が通じないという例がほとんどであるという。同じ島国でも、日本と比較すると、なんだか信じられないような複雑かつ未知の可能性に満ちた国である。それだけに旅をする者にとっては、かえって興奮すべき魅力的な話でもある。
われわれがこれから目ざすのはこの巨鳥の尾のあたりに位置するアグン山で、標高三一四二メートル。バリ島の最高峰である。このような高山がこの小さな島にそびえているというのは、やはり驚愕に値する。そしてわれわれの旅は、まずとっぱじめにこの山に登ってしまおうというのである。
バリ島はインドネシア国家の中でも特異な存在で、ひとつには強力な観光の島として知られているが、同時に、インドネシアの中では唯一ヒンドゥー教徒の多い島としても知られている。バリの隣りに同じような大きさのロンボク島があるが、ここは人口二〇〇万人、大多数がイスラム教徒である。目と鼻の先の海峡を隔ててヒンドゥーとイスラムという同国人で異教徒の島が向き合っているわけである。
ちなみにインドネシアの九〇パーセントがイスラム教徒である。バリだけが特異なヒンドゥー教であるけれど、このヒンドゥーはよく知られるインドのヒンドゥー教とも少し違うようだ。ひと言でいうと、戒律がインドのヒンドゥー教よりはかなり緩やかになっていて、これを「ソフト・ヒンドゥー」と呼ぶ人もいる。走り出したクルマの中で、そのあたりのことをアグースにずっと聞いていった。
(注):バリでは聖なるものは山からやって来ると考えられており、島の最高峰アグン山は信仰の象徴。「アグン」は「神聖な」という意味。ブサキ寺院は約三〇の寺院が集まったアグン山麓のバリ・ヒンドゥー教の総本山。一九六三年、当時の大統領スカルノがここで行なわれる一年に一度の大祭を観光の客寄せに暦を無視して強行したところ、アグン山が大噴火し、人々はこれを神の怒りと信じた。現在でも人々のこの山への畏敬の念は強い。
山は確かに大地からつき出た神のひとつの象徴であるのかもしれない、と納得できるような風景である。夜空が星々と一緒にこちらに向かってのしかかってくるような威圧にみちている。異教徒四人は誰からともなく本気でその前に跪き、「すまぬ、すまぬ」と詫びながら頭を地につけ、祈るのだった。
ドライブはすこぶる快適であった。バリというのはどこをどう走っていても、沿道の風景がさまざまに興味深い。集落があればそこには必ず住んでいる人々の姿が見えるし、それらは概してみなのったりゆったりと、その人のその時間を自分流に過ごしているように見える。日本の道沿いにあるようなせわしなさはなく、騒々しくて押しつけがましい強引な風景はどこにもない。
三島 子供が生まれたら、部落みんなで育てるんだよね。精神障害のある人間とか、身障者とかも、みんな一緒に暮らす。部落共同体としてちゃんと成立している。
椎名 今の日本なんか、とにかく隔離するからね。何がそうさせちゃったんだろうなあ。
三島 選別だよね。エリートだけを伸ばしていって、ダメなやつは切り捨てていく。
沢野 アメリカなんて完全にそうだもの。そういう考えはやっぱり白人優先の社会だよ。他の人種なんて受け入れないもの。
大蔵 チベットとかネパールがやさしい社会に思えるっていうのはよくわかるなあ。自然も、人間も、それぞれがお互いにおおらかに受け容れていて……。
ウブドゥはバリの芸術家がたくさん集まっているところとしてよく知られている。同時に、いかにもバリ的芸術文化のおみやげを売る店がたくさん集まっていて、どの店を覗いても興味深いものがたくさんある。おみやげの多くはバリの民芸品やいわゆるバリ的な衣装、装飾品などが多いが、どれもなかなかに洗練されていて、ぼんやり眺めているだけでおもしろい。
ウブドゥの町を歩いている観光客はバックパッカーをはじめとしてほとんど背中や肩に荷物をかついでいる人が多かったが、バリ島に来て数日間走りまわってあたりの風景を眺め、そこでいちばんに気がついたことのひとつは、頭の上に荷物を乗せて歩く人の姿である。祭礼があると、女の人は頭にたくさんの果物を乗せて歩いている(注)。よくまああのようにうず高く積んだ果物が落ちないものだと眺めていたが、おそらくきっと簡単には落ちないカラクリがその中にしつらえてあるのだろうと思った。
しかしその日、バリ芸術のある種の頂点であるケチャを見に行くというプランがもちあがり、そっちの方も重要であるから、夕闇が訪れるころ、全員でそこへ向かった。 クルマで三〇分ほどの近郊にタガスという村がある。そこの寺院の境内でケチャ(注)を鑑賞するのだ。(注):リズム感のあるかけ声で繰り広げられる男声合唱で、一九三〇年代にバリに在住したドイツ人画家ウォルター・シュピースらの助言によって成立した近代芸能。それまで外国人の目に触れてはならないとされていた秘儀性の強い「サンヒャン」と呼ばれる儀式舞踏をアレンジしたもので、当初はストーリー性を持たなかったが、後にオペラ形式のストーリー展開をとり入れ、現在の多様性のあるものに発展した。
ケチャ (kecak) ・・・インドネシアのバリ島で行われる男声合唱。 または呪術的な踊り(サンヒャン)にともなう舞踏劇。 バリ島では「k」を発音しないため、現地ではチャと呼ばれている。
かねてからバリ島の家族に日本の女の人が嫁いで定着するという話を聞いていたが、こんな身近なところでその〝実物〟に出会うとは思わなかった。話に聞くと、知っているだけで五、六〇人のそういった日本人の女性の嫁入りがあるそうだ。バリは日本の家庭風習とそこそこ似ているところがあり、大家族主義のところはかつての古き日本のそれとほとんど同じようなものだと京子さんは話してくれた。「日本には何年かに一度しか帰れません。日本に帰るたびに、いつも全身があらゆるものに急かされるような、不思議な疲労感を覚えます。それでも何かの折りに、ときおり日本のことを懐かしく思うのですね」
巨大なヒントになったのは、そこに宗教というものの存在があるってことかな。宗教って、よくわからないものだけど、たとえば信仰心の篤いインドみたいな国や、ロシア正教の国にも行ったことはあるけど、たいがいそういう信仰心の篤いところっていうのは、貧しいケースが多い。貧しいから神にすがる、というようなね。でもここはそうじゃないでしょう。おおらかで、人間と神様がとてもいい関係にあるように感じた。なんかこう、儀式めいていて、コーランの詠唱とともにひれ伏す、みたいな、ある種こけおどし的な宗教との対峙じゃなくて、すんなり両方が入りこみ合って、つまり、愛し合っているような感じだね、そんな印象がすごくあった。それがいい刺激になって、入って来なければわからないバリが見えてきたような気がする。そのへんのところをこれから本読んだりして、もうちょっと自分なりにつかんでみたいと思うんだけれど。
本当はこの旅をまとめるにあたってバリという島とその文化をもっと体系的に知っていこうと日本に帰ってからバリのことを書いた本をずいぶん読んだ。しかしそういう本を読めば読むほどこの島というのはおそるべき奥の深いものがあるのだ、ということを知り、そんな一時の付け焼き刃的知識と考察ではかえってとんでもなく訳のわからない話になってしまう危惧を持った。続きを読む投稿日:2024.04.03
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