ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー
NHK「ゲノム編集」取材班(著)
/NHK出版
作品情報
生物の設計図、遺伝子。そこに書き込まれたすべての遺伝情報が、ゲノムだ。
この驚異のテクノロジーは、ゲノムを“編集?することで、遺伝子を、そして生物そのものを変える。
食料・エネルギー問題を解決する品種改良。根治できないとされてきた難病の治療。デザイナーベイビーという新たな課題。
遺伝子を自由に操作する――。ゲノム編集は、SFの世界を現実のものとした。
本書は、次のノーベル賞候補と目される、この技術のメカニズムと最新成果を、国内外の研究者への取材を基に明らかにする。
これは複雑な生命現象に、進化を続ける科学技術が対峙する瞬間を目撃したジャーナリストによるレポートである。
◆『NHKクローズアップ現代』の書籍化。
山中伸弥氏による序文と、ゲノム編集の国内における第一人者・山本卓氏(広島大学教授)へのインタビューも収載。
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この作品のレビュー
平均 3.8 (10件のレビュー)
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CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)という言葉を聞いたことがある人はあまり多くはないかもしれない。2012年の研究に端を発するその技術は、遺伝子工学の世界では大きなブレークスルーとされている…。開発者は、おそらく近い将来(それもかなり近い将来)にノーベル賞を取るだろう。iPS細胞を作製した山中伸弥教授をして、「この25年の中で、おそらく最も画期的な生命科学技術」と言わしめる技術である。
本書は、NHKクローズアップ現代で取り上げた「ゲノム編集」取材チームが核となり、クリスパー・キャス9技術のこれまでの足取り、これからの展望をまとめたものである。タイトルはいささか大仰だが、しかし、あながち大げさすぎるとは言えない可能性を、この技術は秘めている。
クリスパー・キャス9をひと言で言うと、極めて正確に、かつ簡便に、そして驚くほどの短時間で、ゲノムを編集することが可能な技術である。元々は細菌がウイルスから身を守る仕組みの研究から見出された。
ゲノムとは生物が設計図として保有する遺伝情報全体を指す。ゲノムを編集するとは、その中の1つの遺伝子の機能を止めたり、あるいは外部から何らかの働きをする遺伝子を入れたりして、設計図を「いじる」ことである。
クリスパー・キャス9以前の技術では、標的遺伝子を改変することはかなり煩雑で時間が掛かる作業だった。加えて、標的以外の場所が改変されたり、どの場所に改変があるか正確には不明である場合もあった。だが、クリスパー・キャス9は、さほど高い実験技術を持たない実験者でも、標的となる遺伝子を極めて正確に切断して働かなくしたり、目的の位置に遺伝子を組み込んだりすることを可能にした。
まだ商業的に利用されている段階ではないが、この技術で、品種改良を行う試みが本書中で紹介されている。
一般に、「遺伝子組換え」に対する嫌悪感は強いが、この技術を用いて作った食品が「遺伝子組換え食品」と見なされるかは実は微妙である。例えば筋肉を作る働きを抑制する遺伝子がある。この遺伝子を止めることが可能であれば、より筋肉量の多い動物が得られるはずだ。動物が元々持っていたこの遺伝子自体を止めるだけであれば、遺伝子を組み換えたことにはならない(少なくとも、法整備上は遺伝子組換えにあたらないとする国が多い)。cf.『日経サイエンス2016年6月号』
この技術で起こる改変は、極めて正確であり、結果として得られるものは、従来の「品種改良」と同じである。狙った遺伝子のみを操作することから、従来型では含まれている可能性があった、別の遺伝子の改変を含まない。そのため、従来型よりも「安全」であると主張する研究者もいる。
また、これまでの「遺伝子治療」では大きな成果が出なかったような疾患に対しても、クリスパー・キャス9を使った治療法が可能になりうる。HIV、血友病、がん、筋ジストロフィーなど、遺伝子と疾患の関係が判明しているものについては、臨床適用も視野に入りつつある。
この先、この技術の問題点となりうる点は、長所でもある「簡便さ・迅速さ」だろう。結果的には品種改良の陰で起こっている突然変異と同じであっても、クリスパー・キャス9によって、「時間」の選択圧を経ずに、ことが起こるのはいささか危うい。滅多に起こらなかった変異が起こり、それが大量に出回り、予想もつかない弊害が起こることは十分にありうる。
さらに大きな問題点は、技術の使用者がすべて、「善意」を持って、「常識的」に使用するとは限らないことだろう。それは例えば「マッド・サイエンティスト」だけではない。何らかの「儲かる」「カネになる」使用法が見つかれば、必ず思いもよらぬ「悪用」をしようとするものは現れる。
そして前の2つにも関わることだが、使いやすい道具であるがために、さまざまな使用者がさまざまな使用法を思いつくだろう。技術的に大きく広がることで、プラスになることもあるが、マイナスになる可能性は小さくない。
AIであれ、ドローンであれ、新しい技術には付きものだが、どういった適用可能性があるのか、なかなか見えにくいという問題がある。野放しにするのは危険すぎるが、かといってあまり規制を厳しくしていくと技術はそこで止まってしまう。いずれにしろ、便利な技術であることが広く知られている現状では、「使うな」というのはもはや無理だろう。
進捗状況を注視しながら、適切な枷をはめていくことになるだろう。
研究者からも、この技術を使用する「ルール」を整えるべきだという声が大きくなってきている。ヒト生殖細胞・受精卵に使用すべきでないという提言も出ている。が、その一方で、グレーゾーンに近いような研究も、すでに行われてしまっている。
個人的には、この技術には少々危機感を持っている。暴走しないよう、社会全体での議論・見守りが必要だろうと思っている。
そのために多くの人にこの技術を伝える入門書としては適切な1冊だと思う。続きを読む投稿日:2016.09.29
ゲノム編集に関して、素人向けに分かりやすく説明されている。遺伝子組み換え、品種改良と比較してゲノム編集のメリットがよくわかる。ただゲノム編集の技術そのものの説明は少なく、あくまで入門書。
投稿日:2021.02.14
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