知っておきたいイスラムのすべて
ライフサイエンス(著者)
/知的生きかた文庫
作品情報
紛争やテロのイメージが強いイスラム教ですが、一方でイスラム世界はいま、増え続ける宗教人口や資源マネーにより、世界経済の牽引役になろうとしています。なにより、ムスリム(イスラム信者)の大多数は、テロや過激派とは無縁の平和な人たちなのです。また、観光やビジネスで来日するムスリムが急増し、日本人も彼らと接する機会が大幅に増えてきました。しかし、わたしたちはイスラム世界に馴染みが薄く、無知による偏見や誤解があまりにも多いのが現状です。そこで、イスラム教の教えから、その歴史・政治・経済・文化・日常生活に至るまで、イスラム世界を知るためのあらゆる「基本情報」を網羅。地図や図解・チャート図、写真などのビジュアル情報をふんだんに使い、わかりやすく解説しました。文庫ながら、その情報量と充実した内容は入門書として最適!
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商品情報
- シリーズ
- 知っておきたいイスラムのすべて
- 著者
- ライフサイエンス
- 出版社
- 三笠書房
- 掲載誌・レーベル
- 知的生きかた文庫
- 書籍発売日
- 2015.06.01
- Reader Store発売日
- 2016.03.15
- ファイルサイズ
- 28.4MB
- ページ数
- 224ページ
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イスラム教では、万物を創造し世界を支配する唯一絶対の神のことを「アッラー」と呼ぶ。その語源はアラビア語で「神」を意味する「イラーフ」に、定冠詞「アル」をつけた「アル・イラーフ」が同化した結…果、「アッラー」になったといわれている。つまり「イラーフ」→「アル・イラーフ」→「アッラー」と変化したわけだ。
また、アッラーは善悪により人間を裁く。不信心者や悪人は罰せられるが、罪を悔い改め、償いをする者には情け深い赦しが与えられる。正しい行ないをする信徒には恩恵をもたらす義の神なのである。
偉大な神、アッラーは物資的な存在ではないため、信徒であってもその姿を見たり想像したりすることはできない。 色も形もなく、男女の性別を超え、親も子も親戚もない。動いたり止まったりもしない。上か下か、右か左か、内か外かといった空間の概念にとらわれることもない。さらに過去・現在・未来という時間の流れすら超越している。始まりも終わりもない永遠の存在であり、飲食や睡眠などをとることもない。
イスラム世界に生きる女性は、「制約が多くて気の毒だ」「男性優位の社会で差別されている」などと同情されがちだ。たしかに、イスラムの慣習のなかには、女性蔑視と解釈されかねないものがいくつも存在している。 たとえば、男性は一夫多妻制が認められ、キリスト教やユダヤ教を信仰する女性と結婚できるのに対し、女性はムスリム以外の男性とは結婚できない。しかも婚前交渉や不倫が発覚したムスリム女性は、公衆の面前で処刑されるケースがある。
さらに、ベールで身体を覆うような服装を義務づけられる、女性は男性より少ない額しか遺産相続できないなど、日本人の感覚からすると、ムスリム女性は多くの制約が課され、不自由な生活を 強いられているという印象が拭えない。
国によっては、よりはっきりした差別的習慣が見受けられる。サウジアラビアでは女性が自動車を運転することも認められておらず、違反するとムチ打ちの刑に処せられる。これについてはサウジ国内でも、さすがに女性蔑視だろうという論議が起こっている。クウェートでは、二〇〇六年まで女性の選挙権が認められていなかった。
こうしたことからムスリム女性は抑圧されているとの批判が出るのだが、そうした考え方自体が、西洋世界の一方的な見方だとする反論もある。 そもそも『コーラン』には「男女とも自由で平等である」と書かれており、詳細に見ていくと、その教えにおいては女性の権利を 蔑ろにしているわけではないということがわかる。たとえば、一夫多妻制は女性を保護するためのものだといわれている。ベールの着用にしても、日よけや砂よけの機能をもつアラビア砂漠の人々の風習を取り入れたものとされる。エジプトやトルコなどでは女性の服装規定はない。 また、結婚前のみならず、結婚後も完全な経済的独立が与えられている。女性は自分名義の財産を所有でき、夫の同意を得なくとも自由に使うことが許される。フランスの女性が一九三八年になるまで財産を自由に処理する権利を認められなかったのと比較すると、ずっと先を行っている。夫が生活費や家計のために支出することを求められるのとは対照的だ。
さらに、近年のイスラム世界では女性の社会進出が目立っている。世界最多のムスリム人口を有するインドネシアでは、二〇〇一年に女性のメガワティ大統領が就任。二番目にムスリムが多いパキスタンでも、一九八八年に女性のブット首相が誕生している。いまだに女性宰相のいない日本やアメリカに比して、女性の社会進出はイスラム世界のほうが進んでいるといえるくらいである。
「イスラム=悪」という誤ったイメージ
スンニ派は「慣習」を表す「スンナ」から、ムハンマドの慣行、イスラム共同体の合意に従う民という意味で名づけられた。一方、シーア派はもともと「アリーの党派」と呼ばれていたが、やがて「党派」「派閥」を意味する「シーア」だけが残り、現在のシーア派という言葉が定着した。
スンニ派は圧倒的多数派だけあって、現実主義的で極端を嫌い、共同体の団結や秩序を重視する傾向が強い。神学派・法学派がいくつかあるものの、分裂せずにスンニ派としてまとまっている。分布は中東・アフリカ・アジア全域に広がっている。 一方、シーア派はアリーの子孫の誰を指導者(イマーム)にするかでさらに 揉め、いくつもの分派が生まれた。中心的存在はシーア派全体の九割を占める「十二イマーム派」で、イランやイラクなどに分布している。そのほか、イエメンに分布する「ザイド派」、パキスタやインドなどに分布する「イスマーイール派」などがある。
紛争の対立軸のようにみなされる両派だが、イスラム世界の一般市民はとくにこだわらず共存している。両派の違いは、礼拝のやり方や細かい規定などにすぎない。
そもそもイスラム法とは、イスラムの教えに基づく法律のことを意味する。人間は未熟で弱く、間違いを犯しやすい。そこでアッラー(神)が人間に啓示(命令)を下し、社会秩序が守られるようにした。啓示の内容は『コーラン』にまとめられているが、解釈の仕方は一様ではないため、イスラム法学者が『コーラン』の規定を選出し、社会生活に適用すべき規範をつくった。そうして成立したのがイスラム法である。
イスラム世界には、古くから身体に苦痛や損傷を与える身体刑がある。強盗犯が手足を切断されたり、不倫をした男女が石打ち刑になったりと、日本人の感覚からすると相当に残酷で厳しい刑罰が行なわれてきた。現在ではそうした刑罰を科す国は少なくなっているが、いまだに実施し続けている国もある。
たとえばサウジアラビアでは、強盗・殺人・姦通・麻薬などの罪を犯すと斬首刑となる。公共の広場で大勢の人々が見ている前で、公認の処刑人に剣で首を 刎 ねられるのだ。また、 磔 にされ、最長四日間そのままにされる刑罰もある。
イランの場合、既婚者が不貞行為をはたらくと石打ち刑が科される。男性は腰まで、女性は胸まで土に埋めた状態にして、裁判所の命令を受けた民兵や警察官が死ぬまで石を投げつける。 また、二〇一四年には、自宅で犬を飼ったり公共の場で散歩させたりすると、むち打ち七四回の刑に処すという法案が提出された。
ハッド刑の主な罪状と刑罰は、次のようになっている。 ・飲酒……むち打ち刑 ・窃盗……初犯は右手首、二回目は左足首、三回目は左手首、四回目は右足首の切断刑、もしくは 磔刑 ・姦通……既婚者は石打ち刑による死刑、未婚者はむち打ち刑ののちに追放
トルコ同様、東南アジアのインドネシアも世俗主義をとっている。世界一のムリスム人口を誇る国だが、政教分離を旨とした民主主義が定着している。 しかし、ムスリムが世俗主義を完全に受け入れることはできないともいわれる。イスラム教では、アッラーは絶対的な存在、万物の創造主であり、この世はアッラーの全面的支配下にあると考える。そのため、神から離れて生きていこうとする世俗主義は、ある程度は受け入れられるとしても、完全に受け入れることは不可能なのだ。
現在の中東情勢を理解するうえで欠かせないのが、スンニ派とシーア派の宗派対立である。全ムスリムの約九割を占める多数派のスンニ派と、約一割しかいない少数派のシーア派。この二つの宗派が、中東各地で対立軸になっているのだ。 イスラム教の教義上では、スンニ派もシーア派もそれほど大きな違いはない( 参照)。庶民レベルでは、かつては対立することなく共存していたという地域が大半だ。それでは何が深刻な宗派対立をもたらしたのかというと、原因の一つはヨーロッパの列強にある。
第一次世界大戦後、イギリスとフランスはオスマン帝国の領土に勝手に境界線を引き新たな国をつくったため、個々の民族・宗教集団が分裂してしまった。さらに英仏は、植民地統治において特定の民族・宗派集団を優遇するなどしたため、政治的・経済的に力をもつ側と、もたざる側とに二分され、次第に対立が深まっていった。 つまり、スンニ派とシーア派の宗派対立は宗教的理由からではなく、政治的・経済的理由から生じたものといえるのである。
繰り返すが、スンニ派とシーア派は本来は仲が悪いわけではない。政治権力を利用した差別や抑圧が、対立を生む原因となっているのである。
ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜアメリカは中東情勢に介入したがるのか。どのような目的で遠く離れた中東地域にまで戦闘をしに行くのか――。その理由は主に三つあると考えられている。 まず一つ目は、アメリカは民主主義を固く信じ、それを拡大することが正義だと考えているからだ。たとえばイラク戦争は、「イラクを民主主義国家にする」ということを名目の一つに行なわれ、独裁者フセイン大統領を失脚させている。
いずれも、アメリカと〝持ちつ持たれつ〟の相互依存関係といえる。 だが近年、アメリカは軍事的・経済的に大幅に力を落としており、これまでと同じような中東政策をとり続けるのは難しくなりつつある。さらに二〇一三年、オバマ大統領は、長年掲げてきた「世界の警察」の看板を降ろしてしまった。
すでにサウジアラビアは、アメリカ離れが進んでいるといわれている。エジプトも同様で、ロシアや中国と接近する動きをみせている。アメリカによって維持されてきた中東の秩序が崩れ始めたのだ。
イスラム経済の基盤は、やはり中東の石油や天然ガスということになるだろう。中東には世界の原油埋蔵量の六割以上、天然ガス埋蔵量の約四割が眠っているといわれる。その莫大な埋蔵量が経済成長の原動力となっているのである。 中東で石油や天然ガスが豊富な国としては、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、イラン、イラク、カタール、リビア、アルジェリアなどがあげられる。とくにサウジアラビアは世界一の石油生産量を誇り、イランは天然ガス生産量の世界三位、カタールはイランに次ぐ世界四位にランクされる。
ただし中東は人口の差が国によって大きいため、各国の経済水準をはかるには石油や天然ガスの生産量と人口を照らし合わせて考える必要がある。つまり資源が多く、人口が少ない国ほど、一人当たりの所得水準が高い富裕国といえるわけだ。 その結果、最高レベルの富裕国に位置づけられるのは、カタール、UAE、クウェートなどの小国となる。これらの国々は石油や天然ガスの生産量は膨大で、人口は極端に少ないという共通点をもつ。人口約二三五万人のカタールは近年、天然ガスの輸出量増大によって急成長。二〇一四年の一人当たりのGDP(国民総生産)は九万三七一四ドルと、いまや日本やアメリカのはるか上をいく金満国だ。 サウジアラビアは、世界一の産油国でありながら人口が二六〇〇万人以上と多いため、一人当たりのGDPは二万四六八九ドルと、カタールに比べてかなり低い。それでも石油利権を握っている王族は、十分に豊かな生活を享受しているのだ。
中東以外のイスラム圏にも、資源に恵まれた国がある。たとえば東南アジアではインドネシアやマレーシアが、エジプト以上の天然ガスを生産している。 西アフリカのナイジェリアも豊富な石油生産量を誇り、商都ラゴスは石油の恩恵…
このようにイスラム圏で経済が好調な国では、石油や天然ガスを基盤にしている国が主流となっている。しかし資源に恵まれていなくとも、目覚ましい成長を遂げている国がある。その代表格がトルコだ。 アジアとヨーロッパの接点に位置するトルコは、日本の約二倍の面積を有するが、その広大な国土からは石油も天然ガスもほとんど産出しない。人口は七六六九万人と、中東ではエジプト、イランに次ぐ規模を誇る。 しかしトルコでは、自動車や電気製品などの製造業が発展しており、トルコに生産拠点を置く欧米や日本のメーカーも多い。トルコは資源に頼らず、製造業を基盤に経済を成長させているのである。ちなみに、国全体の経済規模で比較すると、トルコとサウジアラビアが中東の二大経済大国となるが、トルコのGDPは八二二一億ドルで、サウジアラビアの七四八四億ドルを上回っている。 これまでは石油や天然ガスの有無がその国の経済状況を決めてきたが、近年はその法則が必ずしも当てはまらなくなってきているのである。
中東には、世界の富豪ランキングで上位にランクされるような大富豪が数多く存在する。最も有名なのが、サウジアラビアのアルワリード王子だろう。オイルマネーではなく投資によって一代で資産をなした人物で、アメリカの伝説的な投資家ウォーレン・バフェットになぞらえ、「アラビアのバフェット」とも呼ばれる。
なぜ豚肉が禁じられているのかというと、聖典『コーラン』に「死肉・血・豚肉、そしてアッラー以外の神に捧げられたものは食べてはならない」と二度も繰り返し書かれているからである。豚肉を禁じている理由は、寄生虫がつきやすく、十分に加熱せずに食べると危険だからともいわれるが、真相はわからない。『コーラン』が禁じているから、ムスリムは従わないわけにはいかないのだ(『旧約聖書』には「ヒヅメが完全に分かれていない、もしくは 反芻 しない動物は食べてはいけない」とある)。
ハラルとは「許されたもの」「合法のもの」を意味するアラビア語で、食品に限らずあらゆる分野においてイスラムの教えに従っていることを示す。逆に、「許されないもの」「非合法のもの」を「ハラム」という。 ハラルの商品には「HALAL」というマークがついている。またムスリムの多い国では食料品店や飲食店に対して、ハラルの証明書の取得と表示を義務づけているため、ムスリムは安心して食事ができるというわけだ。
西洋風のファッションに馴染んだ日本人の目からすると、いずれも堅苦しく地味な印象の衣装だが、自宅に戻ったり女性だけの場に入ったりすれば、女性はアバーヤなどの上着を脱ぎ、色彩豊かで伝統的な柄のワンピースですごすことが多い。
頭には「クッバ」という縁なし帽子をかぶり、正方形で薄手のスカーフ「ゴトラ」を三角形に折って頭部に載せ、「イカール」という輪で留める。
こうしたイスラムの衣装には宗教的な意味合いだけでなく、灼熱地帯の強烈な日射しから肌を守り、 砂塵 にも対処できるという実用的な側面もある。
飲酒が禁止されているため、食後は砂糖をたっぷり入れたコーヒーや紅茶を飲む。菓子類も種類が豊富で、男性も甘い焼き菓子などに舌鼓を打つ。イスラム圏に甘いお菓子が多いのは、酒を飲まない反動だともいわれてる。
キリスト教に教会、仏教にお寺があるように、イスラム教にもモスクと呼ばれる宗教施設が存在する。モスクとはイスラム教の礼拝所のことで、ムスリムたちはここに集まり、みなで一緒に神へ祈りを捧げる。
モスクの内部で注目すべきは、神や預言者を象徴するような絵画や像がいっさい存在しないこと。イスラムの教えでは偶像崇拝が禁止されているから当然だが、祭壇もなく、唯一モスクに必須とされているのは、メッカの方角を示すミフラーブといわれる壁のアーチ状の窪みくらいだろうか。 モスクは礼拝所としてだけでなく、役所や裁判所、講義が催される教育の場としても機能する。さらに礼拝に集まるムスリム男性の情報交換の場としても活用される。モスクは宗教施設という枠を超えた、ムスリムにとって欠かせない存在なのである。
一つは幾何学紋様。通常は直線と曲線を巧みに組み合わせてつくるが、イスラム圏においては同一または多様な図形が縦・横・斜め・放射線状と、無数のパターンで作図される。早くから数学が発達していたイスラムらしいモチーフだ。
そのほか、陶器・ガラス器・金属器・皮革品といった宗教性のない工芸品にも、精微な装飾が施されている。イスラムのアートは〝装飾ありき〟なのである。
イスラム圏には独裁政権の国が多数あり、メディアは検閲されることが多い。しかし、グローバル経済下での成長を考えると、情報の流れを統制することは難しく、中東などでは積極的な情報化推進政策をとる国が増えてきている。ただし、完全に解禁されているわけではない。国ごとに程度や内容に差があるものの、やはり規制を行なっているのが現状だ。 その代表例が特定サイトへのアクセス禁止。アダルト、同性愛などを扱うサイトは、ほとんど遮断されてしまう。イスラエルや反体制運動などに関するサイトも規制対象になりやすい。
日本ではイスラム圏の映画や音楽には馴染みが薄いが、実際にはイスラム諸国でも多数の映画・音楽作品が制作されている。そうした作品からは、日本人が知らないイスラム世界の姿を垣間見ることができる。まず映画からみていこう。
エジプトやイラン以外にも、国際的に高い評価を得ているムスリムの映画監督は多く存在する。 最も注目すべきは、チュニジア出身の名匠アブデラティフ・ケシシュだ。チュニジアからフランスに移住し、クスクス料理店を開業した家族の騒動を描いた『クスクス粒の秘密』(〇七)、若い女性同士の情熱的な恋愛を大胆かつ生き生きと描き、二〇一三年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを獲得した『アデル、ブルーは熱い色』。どちらも 珠玉 の名作である。ちなみに、カンヌ映画祭は翌一四年のパルム・ドールも、トルコの監督ヌリ・ビルゲ・ジェイランの作品『雪の 轍』(一四)に授与しており、すっかりイスラム映画づいている。
日本人がイスラム圏を訪れると、親日家が非常に多いことに驚かされるだろう。中東を旅行すると現地のムスリムが気軽に話しかけてくれたり、道案内してくれたりすることが多々ある。インドネシアやマレーシアにも、日本文化に憧れる人がたくさんいる。
日本には「イスラム圏=アラブ=中東」とイメージしている人が多いが、それは正しくない。イスラム圏とアラブ・中東はイコールで結ばれる関係ではないのだ。 たしかにイスラム教は、中東でアラブ人のムハンマドによって誕生した宗教である。しかし現在では、イスラム教は東は中国から西はヨーロッパ、アフリカにまで広がっている。世界最大のムスリム人口を抱えているのはインドネシア。中東でもアラブでもなく、東南アジアの国である( 参照図1・参照図2)。
日本人は「おもてなし」の精神を誇りとしているが、ムスリムも客人をもてなすことにかけては日本人に勝るとも劣らない。『コーラン』に「孤児、貧乏人、見知らぬ人たち、旅行者などには親切にするように」と書かれており、もてなしが当たり前のこととなっているのだ。 ムスリムはそれほど深い仲ではなくとも、友人知人を家に招待する。利害関係にかかわらず、食事をごちそうするからと自宅に招く。自宅でともに食事をすることは、親交を深める大切な儀式と認識されているのだ。招かれた側もそのもてなしの心を受けることが礼儀となる。
酒類を飲むことは、豚肉と並んで最も有名なタブーだ。日本の 神道 では酒は神に捧げる清浄な飲み物と考えられているが、イスラム教では『コーラン』の記述を根拠に飲酒が禁止されている。『コーラン』には「酒と 賭博 と偶像神と占いはいずれも悪魔の業であり、心して避けねばならない」と書かれているのだ。ただし、この禁止事項に関する厳密さは国によって大きく異なる。
イスラム法(シャリーア)を厳格に適用しているサウジアラビアやイランでは完全にNG。ムスリムも非ムスリムも酒類の売買は禁止されており、持ち込もうとすると空港の税関で没収される。ウイスキーボンボンのようなアルコールを少しだけ使用した菓子でさえ許されない。クウェートも飲酒は全面禁止。パキスタンやマレーシアは、国内のムスリムに限って飲酒を禁じている。
一夫多妻制は、男性の財力に加え、体力も十分備えていなければ維持することができない。そのため現在は、複数の妻を娶るのはサウジアラビアの王族や地方の部族長などごく少数に限られる。ほどんどの国において一夫多妻制家族の割合は一〇%未満で、逆にトルコやチュニジアのように、一夫多妻制を禁止している国もある。
イスラム圏の国々の国旗を見ると、いくつかの特徴に気づくはずだ。 第一に、月と星があしらわれたデザインが多いこと。トルコ、チュニジア、アルジェリア、パキスタン、アゼルバイジャン、マレーシア、モルディブなどの国旗に月と星のマークが使用されている。
太陽ではなく月と星を選ぶ理由は、イスラム教が興った中東の気候・風土を考えるとよくわかる。中東の砂漠において、昼間の太陽は暑さで人間を死に至らしめるほど過酷なもの。一方、夜に月と星が出現すると暑さも落ち着き、すごしやすくなる。そこから、月と星は安心感や平和の象徴とみなされるようになったのだ。
月が満月でなく三日月なのは、新月を表そうとする意図がある。ヒジュラ暦の一ヵ月は新月から新月までになっているため、新月がイスラムの象徴とされる。 第二に、緑色を使用している国旗が多い。サウジアラビア、イラン、リビア、バングラデシュなど。これは、預言者ムハンマドのターバンが緑であったことにちなんでいる。 また、砂漠では緑色は貴重な植物をイメージさせるため、特別視されていることも関係している。 第三に、白・黒・赤・緑の四色を用いた国旗も多い。エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、スーダン、イエメンなどがこのタイプの国旗だ。これは、「アラブ統一旗」と呼ばれる旗をもとにしたもの。 アラブ統一旗とは、二〇世紀初頭にアラブ諸国が団結してオスマン帝国に対抗した際につくられた旗である。白は平和や希望を表し、黒と赤は戦いと流された血を示すともいわれている。続きを読む投稿日:2024.02.05
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