東京すみっこごはん
成田名璃子(著)
/光文社文庫
作品情報
商店街の脇道に佇む古ぼけた一軒屋は、年齢も職業も異なる人々が集い、手作りの料理を共に食べる“共同台所”だった。イジメに悩む女子高生、婚活に励むOL、人生を見失ったタイ人、妻への秘密を抱えたアラ還。ワケありの人々が巻き起こすドラマを通して明らかになる“すみっこごはん”の秘密とは!? 美味しい家庭料理と人々の温かな交流が心をときほぐす連作小説!
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商品情報
- シリーズ
- 東京すみっこごはん
- 著者
- 成田名璃子
- 出版社
- 光文社
- 掲載誌・レーベル
- 光文社文庫
- 書籍発売日
- 2015.08.20
- Reader Store発売日
- 2015.12.25
- ファイルサイズ
- 0.2MB
- シリーズ情報
- 既刊5巻
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この作品のレビュー
平均 4.0 (184件のレビュー)
-
あなたは『ただの定食屋さんだと思って入った』場所でいきなりこんなことを言われたとしたらどうするでしょうか?
『ここは、みんなが共同で使う台所なんです。…当日集まったメンバーがくじ引きをして、…料理当番を決めることになっています』。
私たちが日々を生きる中では”食”は欠かせないものです。”外食派とお家派”というようにそんな食事をする場の好みは人それぞれであり、それをどう捉えるかはその人その人の価値観次第とも言えます。”食”を明日を生きるための活力と考えると、余計にそんな場を楽しみに生きるのは素晴らしいことだとも言えます。
しかし、よくよく考えると、私たちの生活の中で食するものは、プロの料理人が作ったものか、自分を含む家族の誰かが作ったものに限られると思います。普段、どんなに仲の良い人、それが友達や会社の同僚であっても、そんな関係の人たちが作ったものを食する機会はまずありません。ましてや、初めて出会った見ず知らずの人が作った食事など逆に怖くて口にするのも憚れると思います。明日を生きるための活力であるからこそ、私たちはそんな料理を作る人に全幅の信頼を寄せもするからです。
さて、ここに初めて出会った見ず知らずの人の作る食事を楽しむ場を舞台にした作品があります。『一 一ヶ月ごとに更新の会員制とします』等、十の約束事が提示された『共用台所』を舞台にするこの作品。美味しいそうな”食”の風景だけでなく、それを作る場面にもページが割かれるこの作品。そしてそれは、『どんな時でも、おいしいごはんを食べなさい。食べてさえいれば、何とかなるんだからね』という考え方の先に”食”を通じて繋がっていく人の優しさを感じる物語です。
『学校から帰って』きて『ただいまあ』と誰もいない家の中で一人声を出したのは主人公の沢渡楓(さわたり かえで)。『おじいちゃん』は『工房にでも籠もってるのかな?』と思いながら仏間へと入った楓は『お母さん、ただいま』と手を合わせます。『おじいちゃんの元で育った』楓は、自身が『まだお母さんのお腹の中にいる時に、両親は離婚してしま』い、一人で育ててくれた母親も『物心つく前に病気で亡く』なったと聞いて育ちました。そんな時『スマホがピコンと鳴った』ことに身構え画面を見ると『明日の放課後、246いかない?』と、『グループチャットに、真理亜からの書き込みが表示されてい』ます。『うちの高校の女子たちのたまり場』という『246』への誘いに次々に『行く行く』、『私も〜』と返事がなされる中に『私も、行きたいな』と書き込んだ楓。しかし、その後の真理亜の書き込みには『オッケー、ミヤ、紗季、明日香は参加ね』と楓の名前はありませんでした。『何を書いても』『スルーされ』、『書き込まなければ、一斉に攻撃される』という状況に『胸が捩れ』る楓は、ある夜に『うっかり眠ってしま』い、その時のやりとりに返信できなかったことをきっかけに『クラスから消えた』とその時のことを悔やみます。そして、『教室でも』『見えていない』ように扱われるようになった楓。そんな時、『楓、帰っているのか』とおじいちゃんがやってきました。『学校はどうだ?』と唐突に訊くおじいちゃんは『ぼっち飯、してるって?』と問いかけてきました。『誰かが入れ知恵したに違いな』いと思う楓は、『これから、友達と約束』があるので『晩ごはんもいらない』と言うと『逃げるように外へ出』ました。『よりによって、おじいちゃんに、ぼっち飯のことを知られたなんて』と思う楓は、一方で『お腹、空いた』と思いながら『ふらふらと路地の奥へと、誘い込まれるように進』みます。そんな時、ある一軒の家に、『不思議と目が吸い寄せられ』ます。『すみっこごはん?』、看板を見て『普通の民家だけど、どうやら定食屋か何からしい』と思う楓は、もう一度、看板をよく見ます。『共同台所 すみっこごはん ※素人がつくるので、まずい時もあります。』という記載に『何、ここ』と不思議に思う楓。そんな時、『あれ、参加希望の方ですか?』と『色白のおじさん』が現れました。『今日はもう締め切った』が『まだ調整できるかもしれない』と言われ『いや、私は別に』と慌てる楓。そんな楓に『大丈夫のようです』と言うおじさんに促され楓は中に入りました。『初めての方は、材料費の三〇〇円しかいただいてい』ないと言われた楓。『今日の料理当番は、一流の板前さんです。それはもう、とろけるように美味しいクリームコロッケが食べられますよ』とおじさんににっこり笑いかけられ『失礼ですがお名前は』と訊かれ『新手の宗教団体か何かなのかもしれない』と焦ります。そして、偶然にも訪れることになった『すみっこごはん』の場で『美味しいって、不思議だ…気持ちが満たされて、力が湧いてくる』と楓の心がときほぐされていく物語が描かれていきます…という最初の短編〈いい味だしてる女の子〉。いじめを扱う神経戦の物語の中に『すみっこごはん』というなんだかワクワクする場の存在を上手く対比させていく好編でした。
『ここは、みんなで集まり、当番に選ばれた誰かの手作りごはんを食べる場所です』。
そんな説明と共に物語冒頭に十ヶ条からなる『すみっこごはんのルール』がまず提示されることから始まるこの作品。『共用台所 すみっこごはん』を舞台に五つの短編が連作短編を構成する物語です。書名に『ごはん』と入っていることから、”食”のシーンが登場するであろうことが予測される物語は、内容紹介にも”美味しい家庭料理と人々の温かな交流が心をときほぐす連作小説!”と、想像される通りの物語が展開することが示されてもいます。”食”を扱った小説は多々あり、”お仕事小説”と並んで私にとっては大好きな分野です。小川糸さん「あつあつを召し上がれ」、原田ひ香さん「ランチ酒」、そして伊吹有喜さん「オムライス日和」など”食”を扱った作品の特徴は、美味しそうな”食”の描写が登場し、何かに思い悩んでいた主人公の心がときほぐされ、それによって次に進むための起点となっていく、そんな舞台が描かれるのが定番です。成田さんのこの作品でもそんな定番な展開は期待に違わず存在します。では、まずはそんな”食”の描写から見てみたいと思います。〈団欒の肉じゃが〉で『みんなで、いただきます、と手を合わせた』という場面です。
『ごろりとしたじゃがいもや人参、糸こんにゃくなどで、それぞれがうまそうに照り輝いていた』と『たっぷりとよそわれた肉じゃが』。『立ち上る湯気は、ほんのりとした甘味を伴っている』のを見て『見る間に唾がわいた』という主人公。『丼に手を伸ばして、じゃがいもに箸を入れ』ると『割れ目から、さらに湯気が上』がります。そして、『軽く冷ましながらそっと嚙んでみると、ほっくりと煮崩れたじゃがいもが、甘じょっぱい出汁といっしょに、ふんわりと口の中を満たしていった』と表現されるその味わい。『まるで昨日煮込んで一度冷ましたように、しっかりと味が染みこんでいる』という『肉じゃが』に感銘を受けた主人公は思わず『どうしてこんなに味が染みこんでるんですか』とその秘訣に興味が湧きます。
なんだか無性に『肉じゃが』が食べたくなってもくるこの絶妙な表現。やはり、”食”を取り扱った作品は良いなあ、とじわっと物語に浸ることのできる表現の上手さがそこにあります。
そんなこの作品は他の”食”を扱った作品と比べて一つの大きな特徴を持っています。それこそが、冒頭に示される十ヶ条の『すみっこごはんのルール』によって半ば自動的に展開する物語の流れです。それが分かる条文を抜き出します。
・『三 受付は五時半まで。三名以上、六名以下で実施とします』。
・『四 くじで当たりを引いた人が、その日の料理当番です』。
・『五 当番は、レシピノートから好きなメニューを選んでつくりましょう。その時、なるべくレシピ通りにつくってください。必ず野菜を入れること』。
これは、『すみっこごはん』が”レストラン”ではなく『共同台所』という位置づけだからこそ生じる事情ですが、このことが、今までに読んだことのないオリジナリティ溢れるこの作品ならではの物語を誕生させます。そう、『集まった人が、かわりばんこに夕飯をつくって、みんなで食べる場所』という『すみっこごはん』。だからこそ、『※素人がつくるので、まずい時もあります』という注意書きがご愛嬌で入る理由があるわけです。
では、それぞれに美味しそうな”食”が登場する五つの短編について簡単に触れておきましょう。
・〈いい味だしてる女の子〉: 沢渡楓が主人公。『クリームコロッケ』、『味噌汁』。高校でいじめの標的にされ学校で居場所のない楓は、おじいちゃんとの二人暮らしの中に、あるものを見つけたことで家にも居場所がないと感じる日々を送ります。そんな中に偶然にも『すみっこごはん』を訪れた楓は、そこに安らぎを感じていきます。
・〈婚活ハンバーグ〉: 三森奈央が主人公。『ハンバーグ』。『仕事も一生懸命なわけじゃないし、ずいぶんと宙ぶらりんなまま、三十五歳』という中に会社での毎日を送る奈央は『すみっこごはん』で一緒に過ごす田上から婚活雑誌を押し付けられます。そして、自宅に帰り、『Qネット恋愛結婚』というサイトにアクセスした奈央は…。
・〈団欒の肉じゃが〉: ジェップが主人公。『肉じゃが』。『ここは平和な国だ。そして留学先に選んだこの国のことが、僕は嫌いだ』というジェップは『おまたすしまたあ。またくしくださませえ』と慣れない日本語を駆使しながらコンビニでバイトをしつつ日本語学校に通います。そんな中に『すみっこごはん』へと訪れることになり…。
・〈アラ環おやじのパスタ〉: 丸山が主人公。『ナポリタン』。『区民相談窓口』で働く丸山は『すみっこごはんと称する怪しげな店』への投書に対応する中『すみっこごはん』に関わりを持っていきます。そんな丸山は毎日更新される『ゆうたんの凸凹な日常』という『都内某所でOLをしている』女性のブログにハマっていきます…。
・〈楓のレシピノート〉: 『レシピノート』に隠された謎に触れる物語。ネタバレになるのでここまで(笑)。
五つの短編は、いじめの標的にされる高校生、アラフォーの自身を見つめるOL、自分の生きる意味を考えるタイからの留学生、そして妻に内緒でOLのブログにはまるアラ還の男性…と性別、年齢、さらには国籍までも変化させる凝った作りとなっていて、常に新鮮な感情の中に読み進めることができます。一方で、いじめを扱う小説は多々ありますし、独身女性が焦りの感情に苛まれる小説も他にありますが、留学生を登場させる物語は、私にとって初体験です。祖国で貧しい生活に喘ぐ妹と祖母のために仕送りをしていた主人公ですが、状況の変化によりその必要がなくなった今を生きています。そんな中に『僕は、なんのためにここにいるんだろう』と『ずるずるとこの日本で月日が過ぎていく』のを感じる主人公。『ホストファミリー』との関係性を描く部分、片言の日本語を揶揄され見下される日々を描く部分など、この短編に描かれる物語は、なかなかに痛烈なこの国のさもありなんな環境を描いていきます。それぞれに主人公たちの思い悩む様子が描かれていく物語はなかなかに深いものを見せてくれました。
そんな五つの物語を繋ぐ存在、それが『すみっこごはん』です。『受付は五時半まで。三名以上、六名以下で実施』という条件から各短編によっても、その短編の中でもその日の面々は異なっていきます。しかし、短編ごとの主人公の交代によって、〈いい味だしてる女の子〉で主人公の楓(『すみっこごはん』では、カナという名)も他の短編では、『やさしいカナちゃんも沈黙して』、『カナちゃんも、もりもりと食べてくれている』といった風に連作短編らしく視点の先に登場します。この辺りは連作短編という構成をとても上手く活かした作りですが、そんな場で明示はされていないもののもう一つのルールが存在します。それこそが、
『すみっこごはんでは、個人の事情に無理に立ち入らないのが暗黙のルールだ。この場所に集まった他人同士が、他愛のない話をしながら、美味しくごはんを食べておしまい』。
というものです。これこそが、さまざまな年代の人たちが集う『すみっこごはん』の最大の魅力であり、結果としてこんな効果を生んでいきます。
『飲みやすいほうじ茶みたいな、適温の人間関係が保たれている』。
まさかの『ほうじ茶』に比喩する表現ですが、成田さんのおっしゃりたいことはどことなくわかります。そして、そんな居心地の良い場所で出される素朴な料理の数々。『自分のためだけのメモって感じじゃなく、人に伝えるためのノート』という謎を秘めたレシピがそんな料理の味を深めてもいく中に描かれていく心地良い時間。この作品はそれぞれの主人公たちが苦闘する物語と、この『すみっこごはん』での心地よい時間の絶妙なブレンドがなんとも言えない味わいの良さを作り出しているのだと思いました。
『この世界は大きな鍋で、人は昆布や鰹節みたいなものかもしれない。みんな、それぞれの味を出しながら、世界という一つの大きな味をつくって暮らしているのだ』。
『お味噌汁』を作る楓がそんな”食”の場面を人の暮らしに比喩する素敵な表現の登場など、成田さんの気の利いた表現の数々にも心囚われるこの作品。そこには、『すみっこごはん』という場にその日その日に集った面々が調理した料理を食す光景が”食”の魅力たっぷりに描かれていました。十ヶ条のルールの提示が見晴らしの良い読書に上手く導くこの作品。さまざまな人物が主人公となることによって、誰もが何かしら思い悩む人生を送っていることを絶妙に浮き彫りにしていくこの作品。
極めて読後感の良い物語の中に、人と人とが繋がっていく連作短編の魅力を上手く生かした素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2023.02.18
生きていく上で様々な悩みを抱える、年齢も職業もばらばらな人たちが集まるのは、商店街の一角にある「すみっこごはん」。ここはくじ引きで料理当番が決まる共同台所。
立場の違う人たちが集まり、みんなで「いた…だきます」と手を合わせて、あたたかいご飯を食べる。個人の事情に無理に立ち入ったりはせず、他愛のない話をしてご飯を食べる。そして答えは見つからなくても明日を生きていこうと決意を新たにする。お互いに深く事情に関わることはなくとも、温かいごはんが悩み苦しむ心に満ちるところが魅力に満ちていた。
そしてすみっこごはんにある「レシピノート」には秘密が隠されており、短編の物語が連なり秘密が明かされるときには涙が止まらなかった。誰かと一緒にご飯を作って、誰かと共にご飯を食べる。そんなひとときが悩める心に染み渡る。
美味しいとは限らない、けれども温かな「すみっこごはん」の料理で心も体も癒やされる物語だった。続きを読む投稿日:2024.02.16
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