七十歳死亡法案、可決
垣谷美雨(著)
/幻冬舎文庫
作品情報
高齢者が国民の三割を超え、破綻寸前の日本政府は「七十歳死亡法案」を強行採決。施行まであと二年、宝田東洋子は喜びを?み締めていた。我儘放題の義母の介護に追われた十五年間。能天気な夫、引きこもりの息子、無関心な娘と家族はみな勝手ばかり。「やっとお義母さんが死んでくれる・・・・・・」東洋子の心に黒いさざ波が立ち始めて・・・・・・。すぐそこに迫る日本の危機を生々しく描いた衝撃作!
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商品情報
- シリーズ
- 七十歳死亡法案、可決
- 著者
- 垣谷美雨
- 出版社
- 幻冬舎
- 掲載誌・レーベル
- 幻冬舎文庫
- 書籍発売日
- 2015.02.01
- Reader Store発売日
- 2015.03.13
- ファイルサイズ
- 1.1MB
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この作品のレビュー
平均 3.9 (149件のレビュー)
-
あなたは何歳まで生きると思いますか?
いや、そんなこといきなり聞かれても困りますよね。この国では今や女性が87.45歳、男性が81.41歳と平均寿命が大きく伸びました。人生80年と言われていたのが、…いつのまにか100年です。100歳を超えた方をめでたい、めでたいとお祝いしていた状況もそれが8万人を超えるとなると、大して珍しくもなくなってきます。そんな世の中に生きていると、もしかして自分も100歳を超えて生きるかも?なんて思ったりもします。
2025年からすべての企業の定年が65歳に義務化されます。しかし、100歳はそこからさらに35年も先の話。少子高齢化の流れを考えても、この国の誰しもが、果たしてこの国はもつのだろうか?自分が年老いた時に安心して暮らしていけるのだろうか?と不安な気持ちになるのはもう当然のことだとも言えます。でも、だからと言って、スーパーマンのような総理大臣が現れて、そんな不安を一気に解決してくれるなど、現実にはただの夢物語にすぎません。私たちはこの先も様々な不安を抱えながらも、毎日、毎日を精一杯生きていく他ないのかもしれません。
…とレビューの冒頭から皆さんを暗い気持ちにさせてしまってすみません。でも、そんな皆さんの暗い気持ちをパッと輝かせる?ニュースをここにお伝えしたいと思います。
『日本が抱えるほとんどの問題が一挙に解決する』という、誰もが過去に聞いたこともないような大胆な法律が二年後に施行されるのだそうです。
その名も『七十歳死亡法』というその法律。『日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から30日以内に死ななければならな』い、という人類史上空前の強烈極まりないそんな法律の施行が二年後に迫っているというのです。
えっ!知らないよ!ヤバイんじゃないその法律!普通にはそう感じる、そんな法律がすでに国会で可決されてしまっているという現実。この作品は、そんなまさかの状況下を生きる普通の人たちの日常を描いた物語。そのあまりに大胆な法律が可決されたその先に、書名を聞いた時にはヤバイんじゃない、と思ったあなたの心が揺らぎだす、そんな瞬間を垣間見る物語。そして人々の輝く笑顔を結末に見る物語です。
『七十歳死亡法案が可決された。これにより日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から30日以内に死ななければならなくなった。例外は皇族だけである』、『政府は安楽死の方法を数種類用意する方針』という衝撃的な内容に『同法は世界中から非難を浴びている』というその法律。そんな法律の『施行は二年後の四月一日である』と伝える『週間新報・二〇二〇年二月二十五日号』。そんな中、『洗濯物を干そうと』裏庭に出て春の匂いがすると感じるのは主人公の宝田東洋子(たからだ とよこ)。しかし『春が来たところで、花見にすら行けない』という東洋子は『お義母さんの介護をするようになってから今年で何度目の春だろう』と考えます。『お義母さんのいなくなったこの家…』と『二年後を想像し』、『生活はがらっと変わるはず』、『お義母さんには本当に申し訳ないけれど、想像しただけで心は解放感でいっぱいになる』と思う東洋子。そんな時『東洋子さあん』という声がしました。『お義母さんが切羽詰まったような声を出すのはいつものこと』と思いつつも部屋に向かう東洋子。『いったいどこにいたのよ。何度も呼んでるっていうのにずいぶん時間がかかるのね』と『裏庭に面した客間』の『介護用ベッド』に横になる義母の菊乃は言います。『なにをぐずぐずしてるの?早くオムツ替えなさいよ』、『すみませんでした。今すぐに』と返す東洋子は、『あの法律が決まってからというもの、お義母さんはすべてに対して投げやりになった』と感じています。『紙オムツをはずす。強烈な臭気が立ち昇った』という義母の介護。『お義母さんは介護がどれくらい大変なものか知らない』と『誰の介護もしたことがない』義母のことを思う東洋子は、『ワイドショー番組を観るのがささやかな楽しみ』でした。『あなたの人生は、残り何年ですか?』という番組の始まり。『今五十五歳だから、残りは十五年。あなたと同じよ。心の中で、キャスターに答える』東洋子。『今日こそ与党の方々に言いたいわ。あなたたち、あたまおかしいんじゃないの?』と熱くなる『六十代の野党議員』の浅丘範子。『老老介護で一家心中しちゃったとか…そういう悲惨な暮らしが一挙になくなる』など色んな意見が出る討論の場を見て『話し合えば結論が出るという種類の問題ではない』と思う東洋子。『あのね老人というのは人生の大先輩なの。それなのに七十歳で死ねだなんて、あなたたちよくもそんなこと』と捲し立てる浅丘を見て『一日二十四時間、一年三百六十五日、自宅で老人を介護する生活がどういうものか、きっと浅丘は知らない。毎日のように介護殺人が起きている現実を、彼女はどう捉えているのだろう』と思う東洋子は『でも、まだ二年もある。自分に残された人生はたった十五年なのに、そのうちの二年も介護でつぶれる』と考えます。『東洋子さあん』と再び大声とともにブザーが鳴り『東洋子!なにしてるの!』と威嚇するような声。『とうとう呼び捨てか…』と悲しくなるも義母の部屋へ赴く東洋子。『腰が痛いのよ。早く揉んでちょうだい』と言う義母。そんな義母の介護を続ける東洋子と宝田家の人々の二年後の法施行へ向けた日常が描かれていきます。
「七十歳死亡法案、可決」という衝撃的という言葉を超える強烈な書名のこの作品。この一年で小説ばかり300数十冊読んできましたがこんなにもインパクトの強い書名の作品は他に思い浮かびません。垣谷美雨さんの作品は元々一風変わった書名のものが多いですが、流石に攻めすぎと心配になってしまうほどです。そんなこの作品は、書名にある通り『日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から30日以内に死ななければならな』いという『七十歳死亡法案』が可決され、二年後の施行に向けて、それぞれの立場においてそれぞれの行動を取る人々の様子が描かれていきます。
あなたなら、もしこんな法律が施行されるとしたらどう考えるでしょうか?このレビューを読んでくださっている方の年齢は幅広いと思います。中にはこのような法案が施行されたらすぐに対象となってしまう方がいらっしゃる一方で、じいちゃんが死んでしまうのか、とまだまだ当事者からは程遠い方もいらっしゃるかもしれません。そもそも70歳を超えたら死ななければならないなどという発想自体馬鹿げているとも言えます。このような発想の本があること自体とんでもないとおっしゃる方もいるでしょう。私も当初、なんだこれ、意味不明!と思いました。しかし、テレビ討論をはじめとした人々の意見を読むにつれ、この作品が提起する様々な問題の重さに読むまでの軽い気持ちが一気に吹き飛んでしまいました。そもそもこの法案は『基本的人権を保障する憲法に違反してる』という点で大問題であることには違いありません。しかし、この『法律が施行されれば年金問題も解消され、老人施設だってほんの少しで足りることになる』という大胆なまでの説明、安易に口にすること自体憚られるようなある意味での真実に、すぐに反論ができるという方がいるでしょうか?『つまり、日本が抱えるほとんどの問題が一挙に解決するのだ』というその法律の内容。『今までみたいに赤字国債も発行しなくて済む。医療費も大学の授業料もタダになると試算する経済学者もいる』と続ける法律施行後の世の中。それを、『つまり、七十歳死亡法ほど強烈に日本を立ち直らせる方法がほかにはないのだ』ともうある意味開き直りとも言えるほどに鮮やかに言ってのけられると、『大手新聞社の世論調査によるとー 賛成ー 二十八%、反対 ー 六十八%、わからない ー 四%』という結果がリアルに感じてくるほどです。そして、ここでポイントとなるのが『若者だけのアンケートだと、賛成が九割近いのに、全体だと三割を切る』という点です。『年寄りは人数が多いうえに投票率が高い。それに比べて若者は投票に行かないから、若者の意見は反映されない』とよく言われる選挙のことも挙げられるこの国の内実。『高度成長を支えてきた人間を軽視するにもほどがある』。『戦争にも行った人間』『国のために苦労してきた人間をなぜこれほど簡単に切り捨てることができるのか』という死亡法の対象となるお年寄りの意見に対して、『老人ばかりに税金を使う時代を早く終わらせてほしいんです。私たち若者の薄給の中から、豊かな老人に払う年金を天引きしないでください』と切実に訴える若者の声。もう全編に渡って色々な形で提起されていくこの国に内在するありとあらゆる問題をこれでもかと浮かび上がらせていくこの作品。一つひとつ読者に問いかけるかのように進むその物語に、読中、もう気が狂いそうになりました。
そんな様々なテーマを取り扱うこの作品が主人公としたのは『専業主婦』である宝田東洋子、五十五歳でした。大腿骨を骨折し寝たきりになった義母を介護して十数年という東洋子。『サラリーマンなんて屈辱を売ってナンボの商売』と我慢我慢の日々を会社で送るも家庭を一切顧みない夫。就職に失敗し引きこもりとなってしまった息子。そして、『会社、辞めてくれない?』と母に言われ自分の人生が祖母の介護に引き摺り込まれることを懸念して家を出た娘、という宝田家の家族。さらには、遺産をもらうことだけを考え、実母の介護を一切手伝おうとしない夫の姉妹の様子など、義母の介護において徹底的に孤独な立場の東洋子の姿が切々と描かれていきます。『ほんの数ヶ月だけ、そう思って我慢してきた、それなのに、まさか十年以上も続くとは…』と終わりのない介護の日々を憂う東洋子の心境。義母からの深夜問わずの絶え間ない用事の言いつけに心身共に疲弊し切ってしまった東洋子。『いったい、家族ってなんなのだろう。誰も自分の苦労をわかってくれようともしない』というその心からの叫び。『いっそお義母さんが癌だったら良かったのに…』、『あと三ヶ月の命です、などと医者に宣告されたなら、もっと優しくできたと思う。我儘にも腹を立てない自信がある。だって、たった三ヶ月間の介護なのだから』と思う東洋子のその叫びは”よくある話”、などという安易な言葉では突き放せない位に、私の心に深く切り込んでくるのを感じました。
そんな物語は、家族それぞれの視点に順番に切り替わりながら進んでいきます。中でも介護をされる側の義母視点には息を呑みました。『孤独がこんなにつらいものだったなんて…。まるで無人島にいるみたい』と思う菊乃は、『もう生きていたって仕方がない。あと二年も生きてなにをするの?なんの意味がある?そうは思うものの、いざ死ぬとなると不安で仕方がなくなる』と辛い心中が窺えます。そして『七十歳死亡法案が通過した日を境に、嫁の顔つきが明らかに変わった』、『一日も早く死んでほしい』と『嫁が考えていることくらい手に取るようにわかる』という菊乃の心の内。しかし『遺産さえ手に入れば、もう用はない』と思っていることがはっきりした実の娘たちは全く頼りになりません。『どうせなら二年後じゃなくて明日ならいいのに。法律が施行されるまで、あと残り何日と計算しながら日めくりカレンダーをめくるのはつらい。真綿で首を絞められているみたい』という死亡法施行までの狂おしい日々を視点の切り替えでまざまざと見せつけられると、東洋子視点から見ていた感覚がひっくり返りそうにもなります。
そんな物語を読み進めれば進めるほどに、これだけ大きなテーマを私などがレビューで簡単にまとめるなんてことは絶対に不可能だという諦めの境地にも至ります。
そう、
これは、なんて重い作品なんだろう。
これは、なんて厳しい作品なんだろう。
そして、これは、なんて切ない作品なんだろう。
そんな風に感じました。
そして、全ての人にとって幸せな結末なんてありえないのではないか?と感じた物語は、えええええっ!というまさかの急展開により鮮やかなまでにその幕をスパッと下ろします。そこに残るのは、今までの苦しい読書の時間はなんだったのだろうと思うくらいに爽快ささえ感じる読後感でした。この作品って何なの?ただただ、ただただ、そう感じました。
年齢によっても、置かれている境遇によっても様々な考えが噴出するであろうこの作品。それは「七十歳死亡法案、可決」という衝撃的な言葉の裏に内在する、この国の様々な問題に光が当たる物語でした。それらはあまりに根深く、それでいて多くの人が日常の忙しさの中に振り返ろうとしてこなかったものでもありました。主人公・東洋子が送る介護の日々の中に色々なことを考えさせてくれたこの作品。とても読みやすい文章と、その構成の巧みさが故に、数々の問題の潜在が、すーっと心の中に沁み込んでいくのを感じたこの作品。強烈な書名の裏側に垣谷さんの強い思いを感じた傑作だと思いました。続きを読む投稿日:2021.05.12
少子高齢化の対策として70歳以上は安楽死となる。
横暴でおかしい法律の施行ではありつつも、人によって受け取り方が異なる。
喜ぶ人、怒る人、受け入れる人、関心がない人。。
どれもある意味正しい感情だし、…今後の日本を思うと読んでて考えさせられた。続きを読む投稿日:2024.03.09
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