源氏物語 巻六
瀬戸内寂聴(訳)
/講談社文庫
この作品のレビュー
平均 4.4 (11件のレビュー)
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「若菜(わかな)」上、下
いや驚きました。もしかして、このままずっと、同じようなダラダラした感じでいくのかと思いきや、ここにきて、こんなザックリと切り捨てるような展開を用意しているとは、民俗学者の折…口信夫が『源氏は若菜から読めばいい』というのも肯けるくらいの(実際には登場人物の心理描写の推移が分からないので、やはり最初から読むべきだとは思うが)、その波瀾の展開には、紫式部、恐るべしと言わざるを得ない。
いくつかポイントはあると思うが、まずは、なんといっても「紫の上」であり、彼女ほど、いつまで経っても、真の安らぎを得ることの出来ない姫君もいないのではと思える、この苦悩の連続は何なんでしょうね。実質的には源氏から最も愛されているはずなのに、本人には全く実感として湧いてこない、その虚しさこそが、まさしく彼女の悲劇であり、しかもここに来て、彼女に跡継ぎの子がいないことと、「明石の女御」の台頭による、「明石の君」の存在感の増す様子に、引け目を感じてしまったことも加わることで憂鬱な日々を送るのを、源氏は見ているはずなのに、それに対して何かするわけでもなく、他の姫君よりも素晴らしいと言うばかり。本当に誰よりも愛おしいと思っているのなら、何か気の利いた行動でもしてみろよと、思いますけどね。口ばかりで行動に起こさない結果が、後の、あれに繋がったと言っても、決して過言では無いと思う。
そして、それとも関係の深い出来事が、よもやの彼女の再登場であり、もう出て来ないと思っていただけに、これが最も怖かったかな。はっきり言って、こんな事が起こると、全ての一挙手一投足が気になってしまう程の、安心して生活出来ないレベルの話だけど、でも、自業自得だよねという感じで、本人が一番良く自覚していることでしょう。
それと、もう一つ忘れられないのが、とある男の狂気的な恋模様であり、何より私がはっとさせられたのは、こうした男、現実にもいるよと思わせる、その生々しい描写の過程であり、まるで紫式部が、この男の心の中を実際に覗き見たかのような、人間の純情さ故の怖さが存分に発揮されているのが、何より凄く、ちょっとだけ書くと、この男、最初は自分の思いだけをつらつらと話し続けるが、相手にとっては、何の前触れもなく、いきなり現れて、意味不明な事を言っているのだから、唯々呆然と怖がっているのにも全く気付かない。そりゃそうだ、自分がどれだけ好きであるかを言うことしか、頭に入っていないのだから。そして帰るときには、何かひと言仰ってくれと頼んだことに対して、無反応にされると、「もうわたしみたいなのは死んだ方がいいですね」と、まさかの逆ギレで、彼女を抱き上げたまま部屋を出て、ちょっと怖い怖い、いったい何する気だと思ってしまう、こんな描写を平安時代にしているんですよ。紫式部、恐るべし。というか、これは貴族達の恋愛方法を、暗喩的に皮肉っているのだろうか? 私としては、彼の純情さもよく分かるんだけど、でも、相手の気持ちも考えられれば、もっと良かったのにとも思うし(まさに恋は盲目)、それは相手にしても、ああ私のこと好きだから、こんな思い切ったことしてるんだなといったことに気付かなかった悲劇もあったのだと思うが、そもそも、そんな狂気性を持った要因の一つに、姫君の姿自体を表に見せない当時の習わしもあったような気がしてならない。あまりに見ることの叶わないものは、どうしても見たくなるのが、男の性のような気もするし。
しかし、そんな男に降りかかった出来事が、また何ともやるせなくて、そこには、他人の振り見てなんとやらで、ようやく過去のあの忌まわしい出来事を、あるまじきことだと思い知った彼の行動がまた・・・この巻は怖いことばかりだけど、これも凄まじく、ある意味、一種のパワハラかと思ってしまう、その描写は、実際の当事者の感情が分からないだけに、余計に怖く感じられて空恐ろしいものがあった。
こんな展開に、まるで物語の世界が様変わりしたような印象は受けたが、私にとって意外だったのは、源氏に抱く私自身の気持ちであり、彼は自業自得を思わせるようなことを、本当にたくさんしてきたのだけれど、それでもここまで長く読んでくると、そんな彼にも人間らしさというか、もうあんたのことなんか知らない、どうとでもなれといった気持ちになれないものもあるというか、何だろう、これだけ長い歩みで読んでくると、一応、彼は彼で教訓的な苦い思いもしてきたし、この先、彼の身にどんなことが起ころうとも、それはそれで仕方ないよねと思いつつ、それも彼の人生なんだなとも思えるというか、人としての魅力はあるなと感じたし、それは、この巻で初めて私が共感した、この一節、『人の誉めない冬の夜の月を、源氏の院は特にお好みになるという変わった御趣味』にも感じさせられて、冬の月の何が悪いんだといった思いに、彼に対する印象が変わったのも、きっとあるのだと思い、やはり、人間は色々変わっていても人間なんだといったことを、改めて実感させてくれたようで、私は嬉しかった。
そして最後に、瀬戸内寂聴さんが書いていた、『全篇に漂う、暗さと重さが~』に反抗したくて、私にとって一服の清涼剤となったのが、一夜限りのスペシャルユニット、女楽(おんながく)のスペシャルライブであり、もうメンバーが豪華で、明石の君(琵琶)、紫の上(和琴)、明石の女御(箏のお琴)、女三の宮(いつもお稽古に使う琴)による合奏に、「夕霧の大将」が拍子をとって唱歌(そうが)で加わり、源氏もときどき扇を鳴らして、息子と共に歌に加わる、素晴らしくも温かいものとなり、私の推しは、もちろん紫の上で、その想い出深い楽しさは本文に於いても、『言いようもないほど親しみのある、味わい深い夜の音楽の宴となった』と締められており、この時ばかりは、皆、楽しそうで幸せそうな印象を抱いたのが、たとえ一瞬のひと時なんだとしても、私は決して忘れないと思う。続きを読む投稿日:2023.09.21
若菜(上・下)の2帖が収録.源氏最後の(という表現が現代からすると凄まじい力を持っているが…)妻である女三宮が登場し,将来の転落への布石が打たれる.本書の物語は,朱雀院の娘として何不自由なく甘やかされ…て育った彼女が,様々な生々しい人間関係の末,自身を客観視するに至る成長の過程でもあり,やがて訪れる彼女の息子薫の懊悩に至る構図は,本書までで描かれる源氏という栄華を誇るパーフェクト超人の,世間,特に家族にもたらす負の側面を描く上で,紫式部にとって無くてはならないプロットだったのだろう.瀬戸内源氏は,源氏物語未履修の方向けに敢えて表層的に淡々と描かれているが,物語のアクセントである和歌の現代語解釈は,登場人物達の心の機微に触れられる別な扉になっている.続きを読む
投稿日:2024.04.01
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