マウス
村田沙耶香(著)
/講談社文庫
この作品のレビュー
平均 3.8 (104件のレビュー)
-
『女子は、だいたい四つくらいのグループに分けられた。一番、クラスで権力をもっているのが、早野さんという女の子を中心としたグループだった』。
『その日は始業式で、私は小学校の五年生になった』というそん…な日のことをあなたは覚えているでしょうか?そう、『校舎の前には大きな掲示板が立てられ、そこには新しいクラスと担任の名前が張り出され…』という、どこの学校にも当たり前のように見られる光景はどなたの記憶にもはっきりと刻まれているのではないでしょうか。
人は集団社会の中で生きる生き物ですが、長い人生の中ではその集団は常に変化し続けます。そんなことを人生の早い段階で思い知る機会、それが学校におけるクラス替えだと思います。一年かけてようやく築き上げた友だち関係が振り出しに戻るその瞬間。そこには、
『あぶれないうちに、急いで自分と同じような、大人しそうな風貌の女の子を探さなくてはならなかった』。
そんな風に、新しい集団の中で自分の居場所を確保するための必死の思いが交錯してもいきます。一方で集団というものには、その集団を維持するために一定の秩序というものが生まれるものです。それは、”ヒエラルキー”とも呼ばれます。”みんな仲良くしましょう”、そんなことを偉そうに言う大人社会のどんな集団にも”ヒエラルキー”は存在します。綺麗ごとだけ言って生きていけるほど人間社会は甘くはありません。
そんな”ヒエラルキー”、学校という集団社会のクラスの中に厳然として出来上がるものが、”スクールカースト”と呼ばれるものです。新しいクラスの誕生から程なくして、そんな”スクールカースト”は形作られていきます。
『彼女達が主人公で、私達は脇役なのだ』
たとえ小学生であっても、むしろ小学生だからこそ、そんな”ヒエラルキー”のどこに自分が位置したのかを悟る瞬間が早々に訪れます。
さて、ここにそんな”ヒエラルキー”の下位に位置する『「真面目で大人しい子」の三人組として認識され』るようになった一人の女の子が主人公となる作品があります。『平和な学校生活』を送るため、さまざまに気を使いながら毎日を送るその女の子。この物語は、そんな女の子が自分たち『よりさらにずっと「下」で、評価もされない異物』と認識される一人の女の子と関わりをもっていく物語。そんな女の子が『くるみ割り人形』の物語の中に『催眠術』にかかったかのように変化する様を見る物語。そしてそれは、そんな小学校時代のその先に、『彼女が内に秘めた強さに嫉妬』する大学生になった主人公の今の姿を見る物語です。
『残念だね、律ちゃんだけ、違うクラスになっちゃったね』と、張り出された掲示を見て友人が呟くのを聞くのは主人公の律子。『うん、じゃあ…』、『またね』とその場で友人と分かれた律子は『五年C組と』札のかかった部屋へと入りました。『すでに興奮気味に言葉を交わし合う新しいクラスメイト』の『顔の一つ一つを素早く見』る律子は『あぶれないうちに、急いで自分と同じような、大人しそうな風貌の女の子を探さなくては…』と焦ります。そんな時、『突風が吹き、窓ガラスが激しく揺さぶられ』、『ガラスが軋む大きな音が教室に響』きます。『顔を上げて窓に注目』する面々の中、『一人、さっと耳をふさいだ女の子がいることに』律子は気づきました。『ひときわ背の高い』その女の子はいつまでも『しっかりと耳をふさいだまま』います。『くっきりとした黒目』だけが『宙を見つめるというよりは射抜いたまま静止していた』という女の子。一方で、『律ちゃん、おはよ』と『去年までの美化委員会で』知り合いだった久美に声をかけられた律子は、『とりあえず一人、「大人しい女子」を捕まえたことにほっと』します。そんな久美は『うわあ、またあの子と一緒のクラスなんだ』と、先程の女の子を見ます。そこに、久美の知り合いの麗という女の子が現れ、久美との間で『塚本瀬里奈もいるの。ほら見て』と話す二人。そして、久美と麗と三人で『休み時間を一緒に過ごす』日々が始まりました。『四つくらいのグループに分けられた』クラスの中で、『「真面目で大人しい女子」の三人組として認識』されるようになった律子たち。そんな中で『異物』と扱われ、『塚本瀬里奈はまだ一人も友達ができないまま、いつも座って宙を見上げて』いました。『まったく喋らない』代わりに『とてもよく泣いた』という瀬里奈のことが気になりだす律子。そんなある日、教室に入ると『うわあ、またかよ』という男子の前で瀬里奈が泣き続けていました。理由を訊くも『俺、知らねーよ』と判然としない中、瀬里奈は『周囲の会話などまるで耳に入っていない様子で』教室を後にします。『いっつも、どこに行くんだろうね?』と噂される中、『夢遊病者のように』歩いていく瀬里奈の後をつけることにした律子。『来年改装される予定の旧校舎』へと向かう瀬里奈は、女子トイレへと入っていきました。『不審に思って中に踏み込んだ』ものの、個室のどこにも姿がありません。『塚本さん?』と声を出すも返事がない空間を慌てて逃げ出した律子。『その日から、私はこっそりと塚本瀬里奈を観察するようになった』という律子はやがて、『扉が彼女の内側につけられていた』という、瀬里奈が心の拠り所とする『灰色の小さな部屋』の存在を知ります。そして、『塚本瀬里奈をもうあの灰色の部屋とやらに行かせない方法』を模索する先に、瀬里奈が別人格のように変わっていく物語が描かれていきます。
“小学校の頃から、女子はたいへん。思春期、教室に渦巻いていた感情をもう一度”と内容紹介にうたわれるこの作品。そんな物語の舞台は、『校舎の前には大きな掲示板が立てられ、そこには新しいクラスと担任の名前が張り出されていた』という新年度の始業式の日から始まります。おおよそほとんどの小学校で毎年度行われるクラス替え。『三人で、また一緒になりたかったね』とそれまでのクラスメイトと別れ、新しいクラスメイトが待つ教室へと一人向かうドキドキ感。それは、このレビューを読んでくださっているどなたもが経験されてきた道のりだと思います。そんな物語に”思春期の苦しさをとことん書いてみようとした”と語る村田沙耶香さん。そんな村田さんは”女の子の友情とか、思春期のヒエラルキーとかコンプレックスとか、そういうことを書いてみたかった”と続けられます。”思春期のヒエラルキー”という言葉で思い出されるのが”スクールカースト”という言葉です。私にとってこの言葉が思い出されるのが柚木麻子さん「王妃の帰還」です。”スクールカースト”を大胆に取り上げ、それをフランス革命に重ねる物語は、私にとっての柚木さんベスト3に入る作品です。そして、村田さんが描くこの作品でも”女子社会”の”スクールカースト”はリアルに描写されていきます。『だいたい四つくらいのグループに分けられた』という『五年C組』の頂点に立つのが、『早野さんという女の子を中心としたグループ』です。『情報も、流行も、真っ先にそこから発信されている』という彼女たちのグループを見て『彼女達が主人公で、私達は脇役なのだ』と認識する律子。その『少し下に、にぎやかな女の子たちのグループが二つ』あり、さらにその下に『「真面目で大人しい女子」の三人組として認識』される律子たちのグループ。しかし、そんな律子たちのグループよりさらに下に『二人組の女の子がいて、「きもい」とされてい』るという見事なヒエラルキーの存在。そんな中で、『「真面目で大人しい」と「きもい」の境界線はとても曖昧』と認識し、『身だしなみには気を配り、清潔に、不潔に思われないように努力し』、卑屈にならないよう意識する律子たち三人組。それを律子は、『みじめな思いをさせられる危険』を避けるための『防衛反応』だと考えています。この”スクールカースト”に支配された教室の風景が物語前半の子供時代の律子の姿を描く中に続いていきます。そんな学校について、村田さんはこんなインパクトのある表現で、彼女たちのリアルを語ります。
『学校という場所はスーパーのようなもので、私達は陳列されているのだと、私はようやく気づき始めていた。私達を評価するのは大人たちだと、私はずっと思っていて、いい子であるようつとめていた。けれど、本当の買い手は生徒たちの方だったのだ』。
生徒たちの狭い社会、そんな中で生徒たち同士に見極められていく生徒たち。そして強固に形作られていく”スクールカースト”。そんな”スクールカースト”の『ずっと「下」で、評価もされない異物』とされていたのが塚本瀬里奈でした。『一人も友達ができないまま、いつも座って宙を見上げていた』という瀬里奈。そんな瀬里奈を意識し出した律子が関わりを持ち、瀬里奈に変革をもたらしたことで物語は大きく動き出していきます。上記で柚木さんの作品に少し触れましたが、そんな柚木さんの作品では、”スクールカースト”に支配された”絶対的ヒエラルキー”に変化が生じる様が絶妙に描かれていきます。そして、この村田さんの作品でも、律子が起点となって瀬里奈に変革をもたらしたことが”ヒエラルキー”に大きな変動をもたらしていきます。柚木さんの作品も村田さんの作品も”スクールカースト”に着目するにも関わらず、そこから見えてくる景色、そして内包するテーマは全く別物です。この作品に興味を持たれた方には是非、柚木さんの作品もセットで読まれるとなかなかに面白い地平が見えるのではないかと思います。
そして、柚木さんの作品がフランス革命に”スクールカースト”を重ねるのに対して、この作品で村田さんが登場させるのが『くるみ割り人形』です。チャイコフスキーのバレエ音楽で有名な『くるみ割り人形』。その主人公がマリーというのは、柚木さんがマリー・アントワネットを重ねるのと、これは恐らく偶然の名前の一致と思われますが両者を対比させる身には興味をそそられます。しかし、『くるみ割り人形』は、”フランス革命”とは全く異なり、主人公のマリーが気を失った中に見た夢の中の物語、ネズミの呪いと闘うくるみ割り人形の物語です。そう、村田さんの作品は、”スクールカースト”を『くるみ割り人形』に重ねるのではなく、マリーが見た夢の物語と、そこに登場する”ネズミ”=『マウス』を絶妙に重ねていくのです。ここが、柚木さんの作品と根本的にテーマが違っていることがはっきりします。
そして、この作品の書名にもなっている「マウス」。『大人用の大きな辞書』には、
『mouse。ハツカネズミ、小ネズミ…臆病者。内気な女の子…それと、かわいい子、魅力ある女の子』
と記された「マウス」。主人公の律子は、子供の頃に叔父との会話の中ででた、『臆病な女の子のことを、マウスって言う』という言葉を意識し『やっぱり私は「マウス」だなあ』と思い続けています。”スクールカースト”で瀬里奈の上に位置していた律子が、下に位置する瀬里奈に変革をもたらしていく、その先に展開する『クラスの中でこんな出世劇が起きるなんて、奇跡みたいなことなのだ』というまさかの物語展開。それは、一見痛快でもあり、律子にとっては複雑な思いもするものです。しかし、この作品が上手いのは、そんな『出世劇』の先が描かれていることです。そう、この作品は小学校五年の律子が描かれる物語前半と、『大学生というのはほどほどに授業を休んだり、遊んだりしなければならないと勝手に思い込んでいた私は、入学するまでは不安だらけだった』と、また、不安に苛まれるスタートを送る大学生になった律子の今が描かれる物語後半から構成されているのです。そして、この後半が描かれることによって村田さんがこの作品で描かれたいことがはっきりと見えてきます。一見、”スクールカースト”の変動を描くかと思われた物語前半に対して、大学生に”スクールカースト”はありません。そこに描かれるのは、『「今は仕事中です。私は店員です」という仮面は、私にとってはお給料よりずっと大切な授かりもので、それを装着すると、臆病な田中律はいなくなる』というファミレスのアルバイトの中に自身の身の置き場を見つけていく律子の姿でした。そして、そんな律子は、意図して再会した瀬里奈の中に、かつて、『彼女が強く振舞えば振舞うほど、その内側のもろさが怖くなった』のに対し、『今は、彼女が内に秘めた強さに嫉妬している』という律子自身を見つめる姿がありました。一貫して感じられる瀬里奈の強さに対して、なんとも脆さを感じさせる律子という二人の女性の対比を見る物語。瀬里奈が纏う絶対不可侵な空間の存在を強く感じさせる物語。そんな物語は、書名の「マウス」に帰結する中に優しく終わりを告げます。
『律ちゃんの今年の目標は何かな?と聞かれて、ぽろっと、「人畜無害です」と答えてしまった』という小学校五年の律子が主人公を務めるこの作品。そこには、『教室の風景の一部にうまく溶け込』むことを第一に考え、周囲から浮かないこと、それだけを考える律子の姿と、大学生になって瀬里奈と再開する律子の姿が描かれていました。前半の”スクールカースト”に描かれる生徒たちの人間模様に大人社会の縮図を感じるこの作品。律子と瀬里奈が惹かれ合い、傷付け合い、そして再び繋がっていく様を興味深く見るこの作品。
“クレイジー沙耶香”感がまだちょっと淡い、青春物語を感じさせる物語展開の中に、何故か「コンビニ人間」の原点を見たようにも感じた印象深い作品でした。続きを読む投稿日:2022.12.12
律と瀬里奈の物語。親友を、嫌いになる時ってある。近いからこそ嫌いになる。でも、その後、その嫌いなところもひっくるめて好きになって、より親友になっていく。
長く続く親友は、その時々によっていろいろな…関係性があると思う。ある時は、私の方が上(何が?って感じだが)だとか、ある時はあの子にはかなわない、だとか。でも、それで離れていってしまうことのないのが親友なんだと思う。
自分の高校時代からの親友との30年近くになる親友歴を振り返るきっかけとなった小説だった。続きを読む投稿日:2024.03.31
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。