がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ
アシーナ・アクティピス(著)
,梶山あゆみ(訳)
/みすず書房
作品情報
「がんは進化のプロセスそのものである」。無軌道に見えていたがん細胞のふるまいも、進化という観点から見れば理に適っている。がんの根絶をしゃにむに目指すのではない、がん細胞を「手なずける」という新しいパラダイムについて、進化生物学は原理的な理解をもたらしてくれる。著者は、この新しい領域を開拓する研究者の一人。進化の視点の基本から説き起こし、協力し合う細胞共同体としての身体の動態や、その中で《裏切り》の生存戦略を選び取るがん細胞の生態を浮かび上がらせる。身体にとって、がん細胞の抑制はつねに大事なものとのトレードオフだ。そんな利害のせめぎあいを分析することにたけた進化生物学の視点から、がんの発生や進展を、あるいは遺伝子ネットワークや免疫系との関係を見直せば、たくさんのフレッシュな知見と問いが湧いてくる。そして最後に話題は新たな角度からの治療へと及ぶ。がんの発生は、サボテンからヒトまで、ほとんどの多細胞生物に見られるきわめて根源的な現象だ。細胞生物学、腫瘍学から臨床にわたる、様々な個別の分野で蓄積されてきたがんの理解全体に対して、進化生物学はそれらをより基盤的なレベルで支える観点を提供していくことになるだろう。その本質に触れて、学べる一冊だ。
もっとみる
商品情報
- 著者
- アシーナ・アクティピス, 梶山あゆみ
- ジャンル
- サイエンス・テクノロジー - 生物・バイオテクノロジー
- 出版社
- みすず書房
- 書籍発売日
- 2021.12.10
- Reader Store発売日
- 2021.12.17
- ファイルサイズ
- 5.1MB
- ページ数
- 312ページ
以下の製品には非対応です
この作品のレビュー
平均 5.0 (2件のレビュー)
-
大人しく物静かなルームメイトになるよう仕向ける
先日亡くなった近藤誠が『患者よ、がんと闘うな』を世に問うたのが25年前。
主張の中身は異なるが、がんを滅ぼすべき敵と見なし、殲滅する以外に道はないとは考えていない点では共通する。
本書の進化生物学…の立場から見れば、がんとは進化のプロセスそのもので、進化を相手に闘っても勝利など望めないと考える。
じゃあなんでがんは自らの生存もかかっている宿主の命を奪うのか。
それを進化と呼んで本当にいいのか。
一方では、がん抑制メカニズムを発達させながら、もう一方では、がん細胞を有利にしてきた進化とは、矛盾そのものではないのか。
本書を読むと、進化が形を得た存在こそがんであり、ただの疾患ではなく、多細胞生物である以上は避けて通れないものであるという主張の意味がよくわかる。
著者は研究当初はがんを面白みのない病気だと考えていたが、関心のある生命の進化と直結する理論的な問題だと気づきのめり込む。
3人の子供を抱え、同僚の夫ともに7年間かけて取り組んだ本書は、一般読者にもわかりやすく、何より刺激的。
訳者も、「本書を読んで認識が180度変わった」と書いているが、自分も読み終えた後はそれに近い高揚感を覚えた。
がんのメカニズムもさることながら、「生きて子宮を出られることが奇跡に思えてくる」とあるように、生命の神秘にあらためて心打たれた。
明石家さんまの「生きてるだけで丸儲け」ではないが、生きていることがどれほど幸運なことなのか考えさせられる。
我々は、一個の細胞から30兆個の細胞になる過程において、一方では細胞が無秩序に複製しないように抑制をかけながら、もう一方では細胞に相応の自由を与えて活発に動き回れるよう取りはからうという、制限と自由の微妙な綱渡りの末に誕生している。
バランスを崩したらと思わずにいられない。続きを読む投稿日:2022.08.25
-
がん専門の臨床家か研究者による著作かと思いきや、なんと著者の専攻は心理学である。もちろん略歴にカルフォルニア州立大学サンフランシスコ校のがんセンター創立メンバーとあるから知見と経験は十分だろうが、本…書の記述を見ても臨床データに基づく記述は限定的で、数理モデルに基づく仮説が中心だ。にも関わらず、著者の専門である「協力理論」を軸とした本書の扱うスコープは極めて広く、様々なアナロジーを豊富に含み非常に説得的である。がんに関する書籍としては最近では『ヒトはなぜ「がん」になるのか(キャット・アーニー著)』があり本書の内容もかなりの部分がこれと重複するが、そもそも「なぜがんはこれほどまでに扱いづらいのか」という根源的な問いに多角的な回答を試みる本書は、間違いなく最近の医学・科学読み物の中でも出色だと思う。ぜひ一読をお勧めしたい。
著者によれば。がんは我々が多細胞生物である以上不可避の現象である。我々が複数細胞による協力体制をとっているが故に、そこにつけ込む形で「裏切り」という独善的な戦略を採用しようとするインセンティブが否応なく生じてしまう。この「裏切り」という戦略そのものががんの本質であり、しかもこの戦略が「進化」という、多細胞生物のありようを規定するユニバーサルな原則に完全に従うものであるからこそ、がんは多細胞生物の存在に必然的に付随するのだという。著者曰く、「進化が形を得た存在、それががんである」。
多くの読者が抱くであろう疑問、「なぜがんは自らの宿主を殺すような進化を遂げるのか」「進化は多数の世代交代を要する長期のプロセスなのに、一生の間にがん細胞が進化するのはなぜか」に対し、著者は明快に「マルチレベル選択(個体と細胞の複数のレベルで自然選択が作用する)」説で応答する。つまり、細胞レベルと個体レベルでは最適行動が異なるのだ。このような前提に立つと、複数のサブグループからなる集団(メタ個体群)では、個々のサブグループ内では「裏切り」戦略が奏功し優勢となるが、そのようなサブグループは他のサブグループとの競合下では不利になるため、メタ個体群全体では「協力」戦略をとったサブグループが優勢となることになる。ここでいうメタ個体群を多細胞生物の集団、サブグループを個体と考えれば、がん細胞の「裏切り」戦略を組織的な「協力」戦略すなわちがん抑制メカニズムで抑え込んだ個体が生物集団内で生き残る可能性が高い、ということが帰結する。
このメカニズムは個々の細胞が最適行動をとる結果として付随(supervene)してくる一種の「集合的知性」に他ならない(なおこのがん抑制メカニズムは一般にはがん抑制遺伝子であるTP53を中枢に据えた一元システムなのだが、本書ではこの一元化がなぜ必要なのかが「見逃し」と「誤警報」の観点から説明されており面白い)。
ではこのような集合的知性は、個体レベルと細胞レベルの進化がどのように相互作用する過程で生じるのか。それは、細胞が自由に増殖し成長しようとする方向への力と、これを抑制し統制した形で系を維持しようとする方向の鬩ぎ合いによって、であるという。ということはつまり無秩序に増殖し播種しようとするがん細胞の振る舞いは、実は我々多細胞生物の正常機能である体細胞成長と損傷修復と同一直線上にあることになる。がんが抑制困難な理由がここにある。細胞の振る舞いを放任しても抑制し過ぎても不都合があり、この細胞の振る舞いを適切なレベルに抑制しつついかに発現させるかという、トレードオフへの対処が淘汰を受けるか否かの分かれ目というわけだ。著者は、このトレードオフは、一般的な哺乳類の父親と母親の遺伝子のタンパク質生成方針の違いが「ゲノム刷り込み」により子の遺伝子に保存されることにより生ずるとしている。
また著者は、がん細胞と生物個体の間のアナロジーを、それらの置かれた生活環境にも見出す。変化と脅威に富む環境に置かれ、短期的な生存可能性のため多大な資本投下を行う生物は多くの子孫を残す必要があり、結果として短いスパンで遺伝子変異を起こしやすい。逆に安定的な環境に置かれた生物は長期的な観点から投資を行うため、少ない子孫のためにその成長と成熟に多くのエネルギーを割き、遺伝子変異のスピードは遅い。これと同じことががん細胞にもいえ、抗がん剤や放射線による過大ながん細胞への攻撃は、却って遺伝子変異を通じた自然選択の機会の増加につながり、結果として耐性のある難治性の株を増やしてしまいかねない、とする。
さらに一筋縄ではいかないのが、協力戦略に対する「裏切り」をその本質とするはずのがん細胞が、がん細胞同士のクラスター内では協力し合うことでより環境適応力を高め、より浸潤と転移を容易にしているらしい、ということ。これも通常の生物に見られる「互恵性」「遺伝的近縁性」により生存に有利な遺伝子変異を持つ細胞が自然選択を受け増殖するというプロセスの結果なのだが、たとえば自らは有限の増殖しか行わずコロニー全体のサポートに回る「ヘルパー遺伝子」の存在すら示唆されるというから驚きである。がんが「裏切り者同士の協力」とも呼ぶべきある種の社会性を備えている可能性があるというのだから…。だからこそ、その治療にもこの特性を十分に考慮した方策がとらねばならず、たとえば治療に対するがん細胞の感受性を維持する「適応療法」などを採用すべき、と著者は説く。
冒頭で述べたように、本書の臨床的・実証的データは十分な量があるとは言い難い。たとえば終章の適応療法はほとんどが動物実験である上、臨床データもnが少なく統計的に有意であるとは到底言い難いものが紹介されている(PSA値が一定を超えた場合のみに抗テストステロン剤を投与すると前立腺がんの進展が抑制される、とした治験はn=11)。それでも、多細胞生物内に生じた「まつろわぬ細胞」であるがん細胞の本質に立ち返ることは、臨床家がより良い治療方法を長期的視野に立って模索するにあたって強力な補助線になることは想像に難くない。もちろん僕のような門外漢も、本書を読めばがんの本質についての理解が深まると共に、いつの日かがんを「飼い慣らす」治療が確立され患者とその家族にとっての福音が来ることを信じることができるのではないかと思う。続きを読む投稿日:2022.03.26
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。