数学に魅せられて、科学を見失う――物理学と「美しさ」の罠
ザビーネ・ホッセンフェルダー(著)
,吉田三知世(訳)
/みすず書房
作品情報
物理学の基盤的領域では30年以上も、既存の理論を超えようとして失敗し続けてきたと著者は言う。実験で検証されないまま理論が乱立する時代が、すでに長きに渡っている。それら理論の正当性の拠り所とされてきたのは、数学的な「美しさ」や「自然さ」だが、なぜ多くの物理学者がこうした基準を信奉するのか? 革新的な理論の美が、前世紀に成功をもたらした美の延長上にあると考える根拠はどこにあるのか? そして、超対称性、余剰次元の物理、暗黒物質の粒子、多宇宙……等々も、その信念がはらむ錯覚の産物だとしたら?研究者たち自身の語りを通じて浮かび上がるのは、究極のフロンティアに進撃を続けるイメージとは異なり、空振り続きの実験結果に戸惑い、理論の足場の不確かさと苦闘する物理学の姿である。「誰もバラ色の人生なんて約束しませんでしたよ。これはリスクのある仕事なのです」(ニマ・アルカニ=ハメド)、「気がかりになりはじめましたよ、確かに。たやすいことだろうなんて思ったことは一度もありませんが」(フランク・ウィルチェック)著者の提案する処方箋は、前提となっている部分を見つめ直すこと、あくまで観測事実に導かれること、それに、狭く閉じた産業の体になりつつあるこの分野の風通しをよくすることだ。しかし、争点はいまだその手前にある。物理学は「数学の美しさのなかで道を見失って」いるのだろうか? 本書が探針を投じる。
もっとみる
商品情報
- 著者
- ザビーネ・ホッセンフェルダー, 吉田三知世
- ジャンル
- サイエンス・テクノロジー - 数学・物理学・化学
- 出版社
- みすず書房
- 書籍発売日
- 2021.04.09
- Reader Store発売日
- 2021.04.09
- ファイルサイズ
- 7.3MB
- ページ数
- 352ページ
以下の製品には非対応です
この作品のレビュー
平均 3.8 (9件のレビュー)
-
【感想】
人は現象に法則を見つけようとする。複雑な事象を切り取り、パターンを見つけ、大きすぎる値や小さすぎる値には微調整を加える。外れ値を除外し、条件を平準化し、帰納していく。よりシンプルに。より自然…に。
それは素粒子物理学の世界でも例外ではない。「真理」とはとどのつまりあらゆる事象の中心に存在する単純なパーツだ。それゆえ自然法則は無駄が無く、エレガントで、かつ美しくあるべきなのだ。
しかし、人間の感じる「美しさ」が真理と合致していると何故言えるのか?「美しい」という概念は主観的な価値観である。均質性や単純さに心地よさを覚えるのは人間の「美意識」によるものであり、物理法則とは関係ない。
本書では、「美しさ」を重視して理論を進める物理学のありかたに警鐘を鳴らす一冊だ。筆者のザビーネ・ホッセンフェルダーは現役の理論物理学者である。自身の研究分野の現況を解説したり、分野の最前線で研究を行っている同僚にインタビューを行ったりしながら、物理学界隈に蔓延する「美優先主義」を痛烈に批判する。仲間たちの研究を目の前でこき下ろすとは結構アウトローな学者だが、第一線で研究を重ねている人物だけあり、語られる内容は具体的で面白い。何より知見のある人からのダメ出しというのは痛快なものだ。
では、美意識を先行とした理論がどういう弊害を引き起こしているのか?顕著な例は「超対称性理論」をめぐる研究である。
超対称性理論は、標準模型のすべての素粒子に「対となる素粒子が存在する」と仮定する。この素粒子がもし存在すれば、現状解明ができていない不自然な(あまりに大きすぎたり小さすぎたりする)数値を自然に解明できる。例えばヒッグス粒子は量子揺らぎの影響を受けて、質量の理論値が実測値よりも10の14乗倍大きくなっている。これは決して無視できない誤差だ。だが、超対称性理論が真だとすれば、この誤差を埋め、自然な値にすることができる。
超対称性は、既存の諸理論にあまりにきれいに適合するので、多くの物理学者たちがそれは正しいに違いないと考えている。加えて、対となる素粒子には暗黒物質の候補が含まれると考えられているため解明が期待されている。
しかし、いくらLHCで量子の衝突を繰り返しても、超対称性粒子は未だ検出されていないのだ。
それは、物理学者たちが長年にわたり築き上げてきた数々の理論が葬られることを意味する。そして、物理学者たちは次のステップ、「超対称性が現れない理由」を探し始めている。つまり、理論の齟齬を埋めるための理論の齟齬を埋める理論を探しているのだ。
多くの物理学者にとって「ただランダムにそうある」という事実は耐えがたい。そのため、そこに対称性を加えたり統一を加えたりして――たとえ実験結果と大きく矛盾するとしても――理論上の均衡を図っていく。
これを受けて「じゃあ、ファクト第一主義で行こうよ」と思うかもしれないが、話はそう単純ではない。物理学の分野では、実験でたやすく証明できるほど単純な理論はもう残っていないからだ。そうなると、莫大な時間と金をかけて大規模な実験をするしかなくなるが、手あたり次第やるわけにはいかない。新しい現象を明らかにする可能性が最も高い実験はどれかを決定するには、まず理論を作らなければならない。そして、実験結果の無い理論は何に導かれるかというと、「美意識」しかない。地図無き場合に頼れるコンパスは、結局のところ「自然さ」であり、はじめに戻ってきてしまうのである。
―――――――――――――――――――――――――――――
以上が本書の内容の一部である。
私は今まで、物理学は夢のある学問だと信じていた。宇宙の成り立ちを解き明かしていけばいずれは人類の進化につながると考えていたからだ。だが、第一人者が語る物理学の今後はなかなかに暗い。物理学のありかたを根本から見直すことになれば、今まで費やしてきた時間や、LHCをはじめとした超大型の実験器具は無駄になってしまう。
物理学の発展はどん詰まりに向かっているのか?そして美意識を重視した理論は今後も続き、それは正解へと繋がっているのか?多くの物理学者が今、この問いと向き合っている。
―――――――――――――――――――――――――――――
【まとめ】
1 美意識によって、科学を見失う
本書は、美意識に頼った判断がいかに現在の物理学の研究を推し進めているかという物語だ。それは、教わったものをいかに使ってきたかを省みる、私自身の物語でもある。しかしそれはさらに、私と同じく、「自然法則は美しいのだと私たちは信じているが、何かを信じ込むことは、科学者がやってはならないことではないのか?」という不安と闘っている、ほかの多くの物理学者たちの物語でもある。
「物理の理論が美しいという感覚は、何かしら私たちの脳に生まれつき備わっているもので、社会的に形成される合意のようなものではないでしょう。それは心の琴線に触れるようなものです」。CERNの理論部門のリーダー、ジャン・フランチェスコ・ジュディチェは言う。
「美しい理論に出くわすと、芸術作品を前に感じるのと同じ感情的な反応が生まれるのです」
彼が言っていることがわからないわけではない。わからないのは、それがなぜ重要なのかだ。美しい作品を生み出すことは尊い手仕事だとしても、科学は芸術ではない。私たちは感情的な反応を引き起こすために理論を追究しているのではない。私たちは、観測した事実の説明を探し求めているのだ。科学は、人間の認識力の欠陥を克服し、直観の誤りを避けるための組織的な取り組みである。科学は感情を扱うものではなく、数と式、データとグラフ、事実と論理を扱うものである。
2 超対称性理論に見る、物理学の暗い未来
物理学の分野では、理論は数学でできている。理論の構築に数字を使うことで、論理的な厳密さと内部一貫性を強化することができる。要するに数学は、理論の曖昧さをなくし、結果を再現可能にするのである。
だが、物理学は数学ではない。うまくいく理論は内部一貫性があるのみならず、観測結果とも一致していなければならない。この要求が、物理を非常に難しくしている。新しい理論は、既存のすべての理論の成功をすべて包含し、さらに少し向上しなければならないのだ。
美的基準に囚われた理論の例として、「超対称性理論」を見てみよう。
超対称性理論は、標準模型のすべての素粒子に「対となる素粒子が存在する」と仮定する。この素粒子がもし存在すれば、現状解明ができていない不自然な(あまりに大きすぎたり小さすぎたりする)数値を自然に解明できる。例えばヒッグス粒子は量子揺らぎの影響を受けて、質量の理論値が実測値よりも10の14乗倍大きくなっている。これは決して無視できない誤差だ。だが、超対称性理論が真だとすれば、この誤差を埋め、自然な値にすることができる。
超対称性は、既存の諸理論にあまりにきれいに適合するので、多くの物理学者たちがそれは正しいに違いないと考えている。加えて、対素粒子には暗黒物質の候補が含まれると考えられているため、解明が期待されている。
しかし、いくらLHCで量子の衝突を繰り返しても、超対称性粒子は未だ検出されていないのだ。
それは、物理学者たちが長年にわたり築き上げてきた数々の理論が葬られることを意味する。そして、物理学者たちは次のステップ、「超対称性が現れない理由」を探し始めている。つまり、理論の齟齬を埋めるための理論の齟齬を埋める理論を探しているのだ。
ここ何年ものあいだ、LHCでは何か新しいことが起こらなければならない、さもなければ、現在存在する素粒子物理学の記述のなかで最善のもの(標準模型)が、自然ではないことになってしまう、という話が流布していた。これらの自然さを測る数式は、極端に大きい、または小さい数が含まれる理論は美しくないという考え方に基づいている。しかし、「自然さ」という美的基準を指針にすることは混乱を生むだけではないのか?
3 美的第一主義は昔から存在した
天文学者にして数学者のケプラーは、当時、惑星(水星、金星、地球、火星、木星、土星)が太陽の周りを円軌道に沿って運動しているというモデルを考えていた。それらの惑星の軌道はそれぞれ、太陽を中心とし、互いに入れ子構造になった正多面体プラトンの立体の上にあり、個々の惑星の軌道半径は対応する正多面体の位置で決まるというものだ。このモデルから得られた惑星間の距離は、観測結果とよく一致した。それはとても見栄えのよい宇宙像だった。「このような完全な創造者の作品にとって、このうえなく美しいものであることは、絶対に欠かせないことである」とケプラーは述べた。
ところが、のちにケプラーは、惑星の厳密な位置を詳細に記した多数の表が参照できたおかげで、自分のモデルは間違っていたと納得し、惑星は太陽の周りを円ではなく楕円の軌道に沿って公転しているのだと結論付けた。
彼の新しい説は、即座に非難をもって迎えられた。当時の審美的基準に合わなかったのだ。あのガリレオも、「天体には円運動のみが自然に適合し得る。それらが最善の配置で作られている宇宙の不可分な一部であるからには」とケプラーを否定している。
4 そうは言っても何を頼ればいい?
物理学者にとって対称性は、不要な繰り返しを避ける組織化原理である。パターン、類似性、秩序は、どのような種類のものでも、対称性の表れとして数学的に把握することができる。対称性の存在はつねに、冗長性を明らかにし、単純化を可能にする。つまり、対称性は、より少ないものでより多くを説明する。対称性は、強力な統一原理となり得る。なぜなら、ある場合には非常に異なって見えるものどうしが、じつは対称変換によって結びついて同じ一つの属性で括れることを示すものだからだ。
しかしながら、大量のデータを単純化するための正しい対称性を見つけるのは、往々にして簡単ではない。そして、研究対象の領域が実験による現実から離れていればいるほど、その領域の理論については、美的魅力の比重がますます高くなる。
美的基準ではなく実験結果を参照するのは確かに正しい。しかし、可能な仮説をすべて検証することは、断じて不可能だ。回数の面でも、予算の面でも。そのため、今日の科学的事業の大部分では、はじめは良い仮説を見出すことに注力する。物理学の基盤の部分で、私たちはつねに、実験による検証以外の根拠によって理論を選んできたわけだ。
それは必要なことだ。その理論が検証に値すると誰かに認めてもらえなければ話は始まらない。だが、どんな理論に取り組むかを、理論が検証される前に決めるには、どうすべきなのだろう?また、実験家たちは、どの理論が検証に値するかをいかに決めるべきなのだろう?
科学者たちが美に気を取られていなければもっと先に進んでいたかもしれないということをさておいても、物理学は変わった――そして、変わり続けている。以前は、適切ではない美的理想を修正するようデータが理論物理学者に強いるということがあったので、物理学者はなんとか失敗を乗り切ってきた。だが最近では、新しい現象を明らかにする可能性が最も高いのはどの実験かをまず理論によって決定しなければならないことがますます多くなっている。そしてそれらの実験は、数十年という時間と数十億ドルという資金がなければ実施できない。
あらゆる場所を探す余裕は私たちにはない。したがって、新しい実験がより難しくなるにつれ、理論家たちは、美しい夢を見ながら夢遊病者のように歩き回って袋小路にはまらないように、一層の注意が必要なのである。この新しい要求には新しい方法が必要だ。だが、それはどんな方法だろう?続きを読む投稿日:2022.07.14
【自由研究】超ひも理論シリーズ(第三弾)
超ひも理論の最大の弱点は「検証できない」ことだそうです。(検証するには太陽系ほどの装置が必要なのだとか…)
検証できないのに「美しく」「自然」だから認められる…理論が多数ある異常さに著者は警鐘を鳴らします。
反証もあります。
楕円軌道のケプラーVS円運動のガリレオ、「ビッグバン」のルメートルVS「忌まわしい」アインシュタインの例。美しくないものが勝利したことはあったのです!
考えてみると「美しさ」は人間特有の主観なのですね。(猫にE=mc²という式を見せても無視されるように…)
しかし現在の物理学界は、高度になるほど検証が不可能で、理論構築のみが先行し、美しい=正しい説がはびこっているのだそうです。
そのジレンマに途中、著者大丈夫か?と思う場面は何度かありましたが、検証こそ物理学者の矜持というのは随所に感じました。
数学は理論の袋小路に陥り、物理学は死んだのでしょうか?今後AIや新たな技術革新で検証能力が向上するのでしょうか?
著者は最後に力強く宣言します。「物理学の次のブレイクスルーは、今世紀に起こるだろう」と。そして「それは美しいだろう」と。やっぱり美しいんかい!
***
アインシュタインの相対性理論がブラックホールを予言したように、超ひも理論はマルチバースやホログラフィー理論を予言しています。
超ひも理論が正しいかどうかはさておき、個人的にはとても楽しい理論と感じています。(ほとんど理解できてませんが…)
世界中の学者さんが研究する次の理論が表れるのを楽しみに待ちたいと思います。
(追記)
再読記録あります。→
続きを読む投稿日:2022.08.27
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。