絶望死のアメリカ――資本主義がめざすべきもの
アン・ケース(著)
,アンガス・ディートン(著)
,松本裕(訳)
/みすず書房
作品情報
「調査の過程で、中年の白人アメリカ人の自殺率が急速に増えていることがわかった。…驚いたことに、中年の白人の間で増えていたのは自殺率だけではなかった。すべての死因による死亡率が増えていたのだ。…もっとも増加率の高い死因は三つに絞られた。自殺、薬物の過剰摂取、そしてアルコール性肝疾患だ。私たちは、これらを「絶望死」と呼ぶことにした。…絶望死が増えているのは、ほとんどが大学の学位を持たない人々の間でだった」(はじめに)「私たちが望むのは、死のエピデミックの純然たる恐ろしさ、そしてレントシーキングと上向きの再分配が生み出した極端な不平等に向き合うことで、これまで長く考えられてきた数々の構想が実行に移されることだ。その時はとっくに訪れている」(最終章)アメリカ労働者階級を死に追いやりつつある資本主義の欠陥を冷静に分析し、資本主義の力を取り戻す筋道を提示する。
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商品情報
- 著者
- アン・ケース, アンガス・ディートン, 松本裕
- 出版社
- みすず書房
- 書籍発売日
- 2021.01.18
- Reader Store発売日
- 2021.01.18
- ファイルサイズ
- 3.3MB
- ページ数
- 352ページ
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この作品のレビュー
平均 3.9 (16件のレビュー)
-
【感想】
アメリカ人の絶望死が増えている。絶望死とは、「自殺」「薬物の過剰摂取(特にオピオイド鎮痛薬)」「アルコール性肝疾患」の3つによる死を指し、45-54歳の中年白人男女の間で増加傾向にある。本書…は、こうした絶望死の増加の原因に焦点を当て、非効率的な「アメリカ資本主義」にメスを入れていく構成となっている。
では「何故絶望死が増えているのか」というと、これが難しい話であり、一概に何が原因と言い切れるわけではない。
そもそも、自殺や薬物中毒などの死因は簡単に区別できない。アルコール依存症による生活苦に耐えられず拳銃で頭を打ちぬけば「自殺」としてカウントされ、腕に注射器の針が刺さったまま絶命していれば「事故死」として扱われる。自殺以外の2要因は死ぬまでに時間がかかり、生活習慣とも複雑に絡み合っているため、それが薬物による中毒死なのか生活習慣病による心疾患なのか判断がつかないことも多々ある。
また、本書では学位取得者とそうでない者の間で絶望死の割合が大きく違うことに注目し、絶望死と学歴の相関関係をほのめかしているが、断言はしていない。学歴が低い→収入が低い→生活苦に陥りやすいという図式は確かに明快だが、経済的要因だけが絶望死を引き起こすファクターではない。実際には家族、コミュニティ、宗教の衰退による孤独者の増加など、社会的要素も密接に絡んでいるため、「これが原因だ」と断定するのは困難だろう。
そこで筆者は、「高齢層の死亡率よりも中年層の死亡率が増えているのが、世界を見渡してみてもアメリカしかない」という異常性にフォーカスを当てた。2008年の大不況による失業はアメリカだけでなく全世界を平等に襲っている。学歴による階層分断と格差の拡大も世界各国で共通の現象である。しかしながら、死亡率の逆転現象が起こっているのはアメリカだけなのだ。
ということは、「アメリカ流の資本主義(の歪み)」が絶望死を生む一因ではないか?
その顕著な例が、アメリカの医療制度である。
アメリカはほかのどの国よりも医療に金をかけているし、世界最高クラスの病院や医師を誇るが、出生時平均余命が3年連続で短くなっている。アメリカの医療システムは、国内総生産の18%を吸収しており、2017年の額は国民一人当たり1万739ドル、防衛費の約4倍で、教育費の約3倍だ。日本の平成30年の国民一人当たり医療費が34万3,200円であることを考えれば、日本の3.5倍のコストが発生している。
他の先進国とどうしてここまで値段に差が出るのかというと、薬や医療の高い価格設定と、医師に払う高額な給料のせいだという。アメリカの医師はOECD加盟国の平均的な医師の給科の倍を稼いでいる(といっても人ロに対する医師の数が少ないので、高い医療コストの中に占める給与の割合は低い)。薬剤はアメリカでは他国よりも約3倍高額である。クレストールはアメリカでは毎月86ドルかかるが、オーストラリアではたったの9ドルであり、MRI検査はアメリカでは1100ドルかかるが、イギリスでは300ドルだ。
また、製薬会社は特許を切らさないために、薬をちょっとずついじって特許を更新している。製薬会社は大規模な慈善組織を立ち上げ、患者の負担金を補助することで自社の薬の値段を吊り上げたままにしているという。患者負担金1ドルにつき会社は2ドルの税控除が受けられるからだ。
このように、アメリカでは医療を市場競争に任せきりであるため、その弊害が表れている。医療産業は2018年には5億6700万ドル以上をロビイングに費やしている。金融業界よりもずっと大きく、労働組合が支出する合計額の10倍以上を費やしている計算だ。
「競争市場」というのは透明性を担保できる効率的な経済原則だと思われがちだが、アメリカの医療産業はその逆で、保護的規制によって自分たちの利益が守られること、自由市場ではあり得ない形で競争を制限することに躍起になっているのだ。
筆者はこの「アメリカ流資本主義」を、富裕層から労働者への再配分ではなく、下から上へと金が逆配分される仕組みだと言っている。不適切な医療制度などによって、年間1万739ドルのうちの4分の1が「無駄に」捨てられており、これが効率的に運営されれば、1兆ドルの所得増加が生まれると論じている。貧困層をより豊かにし絶望死を増加させないためには、富裕層への増税といった限定的なものではなく、制度改革を行って貧困層の可処分所得を増やすことが必要なのである。
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本書は絶望死の原因をひとつに限定せず、貧困や格差、医療制度といった様々な問題から生じる複雑な現象の集合体だと読み解いており、最終章では、その解決のために、税制改革や給付政策、教育改革といった社会制度の改造を提言していた。
といっても、社会構造から生じる問題はやはり根深く、容易に解決できるものではない。そもそも何故そんな簡単に貧困層に薬物が届く環境になっているのかだとか、給与税や消費税が逆進的過ぎて貧乏人がさらに貧乏に陥るアリ地獄になっているだとか、絶望死の解決以前に取り組まなければならない「文化・制度」があちらこちらに現れている。そうなると改革は容易には進まない。ただ、アメリカという国で今後深刻な問題となっていくのがこの「絶望死」であることは間違いない。これに手を付けなければさらなる分断が生まれ、アメリカは世界からますます取り残されていくだろう。
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【まとめ】
1 絶望死の増加
アメリカの非ヒスパニック白人中年の自殺率が急速に増えている。この集団は、過去と比べてすべての死因による死亡率が増えていた。他の先進国では年々死亡率が減少しているにもかかわらずだ。
最も増加率の高い死因は、自殺、薬物の過剰摂取(特にオピオイド鎮痛薬)、アルコール性肝疾患だ。本書はこの3つを「絶望死」と呼ぶ。
45-54歳の白人男女による絶望死は、1990年には10万人中30人だったのが、2017年には10万人中92人にまで増えている。アメリカのすべての州において、45-54歳の白人の自殺死亡率は1999〜2000年から2016〜2017年の間に増加していることが分かっている。
特徴的なのは、大学の学位を持たない人の間で特に絶望死が増加しているということだ。デュルケームはかつて学歴の高い人のほうが自殺する可能性が高いと主張したが、その逆が起こっている。
絶望死はアメリカのどこで生まれているのか。1999年から2017年の間に45-54歳の白人死亡率の変化を州ごとに見ていくと、もっとも大きく増えた州は、教育水準が国の平均よりも低い州だった。
2 学歴の差
学歴の高低によって世界は分断された。
学士号を持っているか持っていないかで、白人の中で死亡率の差が開きつつある。全体として見ると、45-54歳の白人死亡率は1990年代前半から一定を維持してきたが、内訳を見てみると、学士号未満の白人は死亡率が5%増加している一方で、学士号を持つ白人は40%減少している。学歴が低い男性は以前からアルコール、薬物、自殺で死ぬ可能性が高かったが、このエピデミックが進むと差は広がり、2017年には低学歴集団に属する人は絶望死に屈する可能性が3倍も高くなった。
3 黒人の死
黒人は、絶望死の増加を先取りしてきた集団とも言える。20世紀初頭に入ると、黒人はクラック・コカインとHIVの到来が引き起こした死亡率の危機に直面する。技能が低く、長く続いてきた人種差別の被害を受けたのが黒人集団であり、その数十年後には、今度は白人としての特権にずっと守られてきた低学歴白人が被害を受けたのである。
ただ、黒人死亡率は、全体を通して白人死亡率よりも高いということに注意してほしい。その一方で、黒人死亡率は白人死亡率よりも早く減少している。これは、過去のエピデミックが黒人に強く作用し、現在のエピデミックが白人に強く作用しているため、現在基準で見たときの黒人死亡率に鈍化が起こっているからだ。
4 痛み
毎年、ますます多くのアメリカ人が痛みを訴えるようになっている。増加がもっとも大きいのは、大学を出ていない中年世代だ。
加齢は、たとえ健康であっても痛みを伴う。もっとも一般的なのは関節炎だろうが、それだけが原因ではない。アメリカでは中年期の痛みがあまりにも急激に増えたため、高齢者よりも中年のほうが痛みを訴えるというおかしな状況が生まれている。痛みを感じる理由は多く、場合によってははっきりとしないこともある。全米アカデミーズによると、1億人以上のアメリカ人が3ヶ月以上続く慢性的な痛みをわずらっているそうだ。
とはいえ、加齢に痛みはつきものだ。アメリカ以外の19カ国でも、年齢が上がるにつれ痛みを感じるようになっている。アメリカが特徴的なのは、60代が80代よりも痛みを感じやすく、また非大卒のほうが大卒よりも痛みを感じているということだ。
考えられる原因としては肥満の増加やあまり良くない仕事へのやむを得ない転職が考えられるが、いずれにせよ、多くの要因が絡んでいるのは間違いない。
5 自殺・薬物・アルコール
2017年、15万8000人のアメリカ人が絶望死で命を失った。
・自殺
自殺は1990年代後半からアメリカの非ヒスパニック白人間で増え続けており、他の国と比べても高い水準だ。考えうる要因としては、痛み、社会的孤立、うつ、離婚、失業があり、自殺するのは学士号未満が多い。
・アルコール
アメリカにおける飲酒率は、高学歴者のほうが高い。ただし、とりわけ危険である深酒は、低学歴者でのほうが一般的だ。
・オピオイド
薬物死の70%が、オピオイド単独またはほかの薬物との併用によるものだ。
ヘロインはオピオイドの一種である。
オピオイドの効き目の強さは、モルヒネとの比較で測られる。1ミリグラムのへロインは3ミリグラムのモルヒネ(あるいはアヘン)と同等なので、モルヒネミリグラム等価量(MME)は3ということになる。現在の薬物エピデミックにおいてもっとも重要なオピオイドのひとつがオキシコドン(MME1.5)で、これは製薬会社パーデュー・ファーマが製造・販売している。
オピオイドは痛みをやわらげてくれるが、その効果は単なる鎮痛にとどまらず、使用者が快楽を感じ、繰り返したくなる高揚感ももたらせる。
アメリカには慢性的な痛みが存在しているため、医師はあらゆる痛みにオピオイドを処方するようになった。
2016年には、1万7087人が処方箋のオピオイドによって死んでいる。医師が処方したオピオイドは、2017年に発生したすべてのオピオイドによる死のうち、3分の1に及んでいる。オピオイドによる死のかなりの原因はアメリカの医療システムなのだ。
また、過剰摂取死の90%が学位を持たない層である。
6 貧困・所得・大不況
「何が絶望死を引き起こしているのか」と聞いたときに返ってくる答えは、貧困、不平等、金融危機、もしくはそのすべてであることが多い。たしかにどれも重要だが、どれひとつとして、絶望死の主な原因ではない。にもかかわらずその逆の見方があまりにも広まってしまったために、それがどうして間違っているかを説明しなければならない。
貧困率の継続的な減少を確認した年でも、絶望死は中断することなく上がり続けている。失業や不況は2008年にどの国にも平等に打撃を与えたが、ヨーロッパでは絶望死のエピデミックは起きていない。また、死んでいるのが白人ばかりだということもおかしい。
賃金低下は原因のひとつではあるが、物質的優位の減少で絶望を説明することは不可能だと考えている。絶望にとってもっと重要なのは家族、コミュニティ、宗教の衰退である。
7 アメリカ医療
多くの国民を見捨てているのは、アメリカ資本主義、特にアメリカの医療制度である。
アメリカはほかのどの国よりも医療に金をかけているし、世界最高クラスの病院や医師を誇るが、出生時平均余命が3年連続で短くなっている。アメリカの医療システムは、国内総生産の18%を吸収しており、2017年の額は国民一人当たり1万739ドル、防衛費の約4倍で、教育費の約3倍だ。しかも、総支出額の約4分の1が「無駄」に払っている金額だ。それが、医療産業の稼ぎを高騰させ、労働者の賃金を不必要に消費し、貧しい国民に振り分けるための税金を食いつぶしている。
国民が払っているお金は、明らかによそに流れている。
ほかの富裕国とコスト差の大部分は、薬や医療の高い価格設定と高額な給料から来るものだ。アメリカの医師はほかのOECD加盟国の平均的な医師の給科の倍を稼いでいるが、人ロに対する医師の数が少ないので、高い医療コストの中に占める給与の割合は低い。医師の数が低く抑えられているのは、医師団体や連邦議会の強い要請によって医科大学の定員が制限され、外国人の医師がアメリカ国内で開業するのが難しいからだ。
薬剤はアメリカでは約3倍高額である。クレストールはアメリカでは毎月86ドルかかるが、オーストラリアではたったの9ドルだ。MRI検査はアメリカでは1100ドルかかるが、イギリスでは300ドルだ。
製薬会社は特許を切らさないために、薬をちょっとずついじって特許を更新している。また、製薬会社は大規模な慈善組織を立ち上げ、患者の負担金を補助することで自社の薬の値段を釣り上げたままにしている。患者負担金1ドルにつき会社は2ドルの税控除が受けられるからだ。病院が値段を引き上げているのは、コストがかかるからではなく、合併によって競争を減らして、市場支配力を使って値段を吊り上げているのだ。
アメリカで働いている人は、雇用者経由で保険に入っているのに対し、他国の殆どは政府を通じて加入している。
このやり方は明らかに合理的ではない。保険が機能するのは、病人と健康な人間が一緒に加入している場合のみである。医療を市場に任せて雇用者別に加入するとなると、保険契約は彼らのニーズに合うような設定を組み込み、高い給料をもらっている人にますます贅沢医療を提供するインセンティブが生まれる。次第に保険は、健康で保険など必要としていない人にしか手に入れられなくなるだろう。
また、保険料の徴収者が複数人いれば、当然事務的コストが増える。
医療サービス提供者は、ワシントンでのロビイング活動によって自らの経済的影響力を確保している。
医療産業は2018年には5億6700万ドル以上をロビイングに費やし、その半分以上が製薬会社から出ていた。医療産業は支出額が最大であり、金融業界よりもさらに大きく、労働組合が支出する合計額の10倍以上を費やしている。この産業は現役議員や議員候補を支持するのに1億3300万ドルを追加で支払っており、その内訳は7600万ドルが民主党、5700万ドルが共和党に行っている。
8 どうすればいいのか?
・オピオイド
→オピオイド投与の代わりにさまざまな代替療法を検討する
・医療
→国民皆保険の実現と医療費の抑制を目指す。雇用者提供保険を撤廃し、保険が必要のない人間にも必要な人間にも均等に保険を課す。
・税制と給付政策
→寛大なセーフティネットによる貧困層の救済
・賃金政策
→最低賃金の15ドルへの引上げ
・レントシーキング
・教育続きを読む投稿日:2021.12.22
飛ばし読みでさっと読んだ。アメリカの格差の話し。学士号のある無して、人生にすげー差が出るってハッキリとしてるのがすごい。日本国内で語られる分断なんて全然格差じゃないと思った。薬物が蔓延してるとかヤバめ…の話しが多い。
続きを読む投稿日:2023.05.17
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