サファイア
湊かなえ(著)
/ハルキ文庫
作品情報
あなたの「恩」は、一度も忘れたことがなかった――「二十歳の誕生日プレゼントには、指輪が欲しいな」。わたしは恋人に人生初のおねだりをした……(「サファイア」より)。林田万砂子(五十歳・主婦)は子ども用歯磨き粉こ「ムーンラビットイチゴ味」がいかに素晴らしいかを、私に得々と話始めたが……(「真珠」より)。人間の摩訶不思議で切ない出逢いと別れを、己の罪悪と愛と夢を描いた傑作短篇集。(装画・清川あさみ 解説・児玉憲宗)
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商品情報
- シリーズ
- サファイア
- 著者
- 湊かなえ
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 角川春樹事務所
- 掲載誌・レーベル
- ハルキ文庫
- 書籍発売日
- 2015.05.18
- Reader Store発売日
- 2022.09.01
- ファイルサイズ
- 0.9MB
- ページ数
- 320ページ
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この作品のレビュー
平均 3.8 (186件のレビュー)
-
あなたは、自分のことを一言で紹介されるとしたらどのような言葉で説明されると思いますか?
もちろん、会社とプライベートで人の印象は異なると思います。人は色んな顔を見せる生き物であり、その人をひと言で言…い表すことは難しいとも思います。では、ある特定の分野で、特定の場面でその人のことを言い表すとしたらどうでしょうか?ここは、ブクログのレビューの場ですから、小説を通して作家さんのイメージを語るとしたらどうでしょうか?私にとってお馴染みの作家さんを思い浮かべてみます。
・恩田陸さん ー 幅広いジャンル
・辻村深月さん ー 白辻村と黒辻村
・三浦しをんさん ー 小説とエッセイの落差
いや、それは違うでしょ!という方、もっと他のイメージを持っている方もいらっしゃるかもしれませんが、これはあくまで私の印象ですので、ご容赦ください。そして、そんな作家さんの中で恐らくどなたも異議を唱えられないであろう方がいらっしゃいます。
・湊かなえさん ー イヤミス
一年半前に読書を始めた私は、それまで”イヤミス”という言葉自体全く知りませんでした。思わず調べてしまったその意味合い。”読んだ後に-嫌な気分-になる小説”のことを指すその言葉。そもそも読書とは、何のためにするものでしょうか?お金を払って本を買い、さらに時間という、もっと大切なものを使って一冊の本を読む、それが読書です。それなのに、お金をかけて、時間をかけて”嫌な気分”になる。”イヤミス”というのはなんとも贅沢な考え方の上に成り立つ小説なのだと思います。
そんな”イヤミス”で有名な作家さんのお一人である湊かなえさん。”イヤミス”なんて大嫌い、だから湊かなえさんなんて大嫌いという方もいらっしゃるでしょう。そんな読まず嫌いの方に耳よりなお話があります。湊かなえさんは読んでみたい、でも怒涛の”イヤミス”はまっぴらごめん、そういう方に是非お勧めしたいのがこの作品です。”イヤミス”半分、感動的な結末半分という、”ハーフ & ハーフ”な読書が楽しめるこの作品。湊かなえさんの魅力をサクッと感じることのできる魅力満載な短編集です。
一部連作短編になっている作品を含め七つの短編から構成されたこの作品。二編の例外を除き短編間それぞれに繋がりは全くありませんが、共通するのは全ての短編タイトルに宝石の名前が付いていることと、その宝石が象徴的に短編内に登場することです。この演出の効果もあってか、短編集にも関わらず、何故か一冊の作品として妙にまとまりを感じます。しかもそれぞれの短編は見事などんでん返しや、上手い!オチが用意されており、また、短編の並べ方も絶妙で、満足感の高い読書になる作品だと思いました。
そんなサファイア、ガーネットなど7つの宝石を短編タイトルとしたこの作品は、一方で編集者からの提案で隠しテーマとして”恩返し”というものが設定されているようです。そんな短編は、自宅の隣に建設された『老人福祉施設』の六階に暮らす『おいちゃん』との交流が、一家を『貧しいけれど、楽しいわが家』に変えていく〈ルビー〉。『わたし自身、まさか自分が夫を殺害することになろうとは』という衝撃的な出だしが予想外の感動的な結末を迎える〈ムーンストーン〉。そして、えええええっ!これって湊かなえさんの作品なの?、と、かわいい『雀』が登場し、まさかのファンタジー世界が展開する〈ダイヤモンド〉など、いずれもなるほど!、という湊かなえさん流の”恩返し”が描かれていきます。
中々に甲乙つけがたい短編が勢揃いしていてメインでご紹介する作品を選ぶのに躊躇しますが、読後感の良さと唯一の連作短編の読み応えもあって、6編目〈サファイア〉と7編目〈ガーネット〉をご紹介したいと思います。
『二十歳の誕生日プレゼントには、指輪が欲しいな』とお願いした時のことを思い出すのは主人公の『わたし』。『自分の家が経済的に潤っていない』ことに気づき『欲しいモノは親や他人にねだるのではなく、自分で手に入れるものだ』と思って生きてきた『わたし』。大学生になり『アパートの隣の部屋に住んでいた一つ年上のタナカという男子学生』から『青春18きっぷ』を買ったことをきっかけに『一人旅を好きにな』った『わたし』は、旅先で中瀬修一という一つ年上の学生と出会います。『T湖の遊覧船に乗ろうと』したものの、一万円札しかなく、それを見ていた彼が切符を差し出してくれたというきっかけ。自己紹介で、遠くないところに住んでいることがわかり『船代は帰ってから返してもらえないかな』と連絡先を渡された『わたし』は、街中で彼と再開します。『映画を見て、お茶を飲んで…』と時間を過ごした『わたし』は、翌週には彼を自室へと招きます。そして『十九歳の誕生日』に口紅をプレゼントしてもらった『わたし』。その次のデートに、口紅に合うような格好で出かけた『わたし』を見て『わっ。別人じゃん』『めっちゃ、かわいい』と言ってくれた彼ですが、やがて、普段との落差を口にするようになり『どっちかに統一しよう』、口紅は『特別な日だけにしよう』と言い出します。『あのときわたしの胸を満たしていたのは何だったのだろう』と考えだす『わたし』。そんな『わたし』はオーダーメイドのカバンを彼にプレゼントしました。『一生これを使うよ』と言ってくれた彼に『二十歳の誕生日には指輪が欲しい』と告げる『わたし』。そして待ち合わせをした二十歳の誕生日前日。『彼はなかなか現れない』と、駅の改札で彼を待つ『わたし』の耳に『K線のD駅で人身事故が起きた…』というアナウンスが聞こえてきました。結局、彼とは会えずじまいでアパートへと戻った『わたし』。そんな日の夜、『口紅は特別な日だけにって言ったけど、指輪は毎日嵌めておくように』と右手の薬指に『九月の誕生石、サファイア』の指輪を嵌めてくれる彼の夢を見た『わたし』。目が覚めて、『右手をかざしてみても、そんなものはどこにもなかった』という現実に『どうして?』と言葉が出る『わたし』。その時『中瀬佐和子、彼の姉だという人』から電話がかかってきました。その電話で彼が来なかった理由を知ることになった『わたし』は、隣室に住むタナカから彼に関するまさかの真実を聞かされ衝撃を受けます。そして…という短編〈サファイア〉。次の〈ガーネット〉と連作短編を構成しながら、短編集の中とは思えないほどの広がり、高まりを形作っていく好編でした。
そんな連作短編を形作る二編のうち、後編の〈ガーネット〉には、『これほど読後感の悪い小説を読んだことがない…私情を文字に落とし込むのは勝手だが、プロの作家を名乗るなら、「赦し」のない復讐小説など書くべきではない』といったWeb上の感想を『三日に一度は検索している』という作家が登場します。さらにその作家のデビュー長編小説として「墓標」という作品の存在が暗示されます。『作文が得意だったわけではない。国文科を出ているわけでもない。なのに、原稿用紙に向かうと、頭の中に景色が浮かんできた。湖だった』という作家の『わたし』のデビュー作、それが「墓標」。『書くごとに、魂が削ぎ落とされているのかもしれない。それでも、書く手を止めることができなかった ー そうやって書き上がったのが「墓標」だ』と、その作品誕生までの内面が見事に描写されるこの短編。自然とこの作品の作者である湊かなえさんが思い起こされます。しかも『これほど読後感の悪い小説を読んだことがない』という言葉に象徴されるのは、”イヤミス”の湊かなえさんを代表するあの作品、「告白」です。こうなってくると、この短編の主人公=湊かなえさんのイメージが重なるのを抑えきれなくなってしまいます。小説内に小説が登場する作品というと、湊かなえさんには「Nのために」という作品があります。あの作品では「灼熱バード」という小説内小説の内容が作品の中で朧げながらに語られました。しかし、この作品の「墓標」は作中で語られることはありません。しかし、その執筆の場面がこんな風に描かれます。『己の醜さに気付きやがれ!』と『水底から沸き上がる黒い気持ちを書いて、書いて、書きなぐった』というその激しい執筆の場面。これが上記した通り、主人公=湊かなえさんだとしたら、そうか、あの「告白」の執筆の背景にはこんなことがあったのか!とまた違う思いも沸き上がってきます。小説内小説の面白さを最大限に活かす湊かなえさんは、やはり凄い方。そして、短編集の最後が”イヤミス”でなく終わったことに、単なる”イヤミス”などという括りを超えた湊さんの小説家としての魅力を改めて感じました。
湊かなえさんというと”イヤミス”のイメージがどうしても付き纏います。しかしそんな風に人の心を、感情を大きく突き動かすことができるのは、その作品が持つ力の大きさを象徴しているとも言えます。この作品は、そんな”イヤミス”という言葉だけで湊かなえさんの作品を読まないという方にこそお勧めしたい作品。長編の上手さをギュッと凝縮した中に、鮮やかに起承転結が展開する7つの短編。それは、まさしくそれぞれの短編に欠かすことのできない煌めきを放ち続ける宝石の姿に重なるものでした。
湊かなえさんの魅力を気軽に味わってみたい、ちょっぴり”イヤミス”ってなんだろう?という気分を味わってみたい、そんな方に是非お勧めしたい、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.08.04
久しぶりの湊かなえ作品。
あーこれこれ‼︎めっちゃ面白い。
宝石にちなんだお話の短編集なのだけれど、バリエーションの豊富さに改めて尊敬です。投稿日:2024.03.06
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