エリ・ヴィーゼルの教室から:世界と本と自分の読み方を学ぶ
アリエル・バーガー(著)
,園部哲(訳)
/白水社
作品情報
現在のルーマニア、ユダヤ教徒の家に生まれたエリ・ヴィーゼルは、少年時代にアウシュヴィッツ強制収容所に送られ、凄惨な体験をして、生還する。終戦後、10年を経て発表した自伝的小説『夜』は、ホロコースト証言の古典として、世界中で読み継がれている。やがて米国に帰化して、様々な平和活動に関わり、1986年にノーベル平和賞を受賞。自らを「教師」とし定義し、ボストン大学などで長年教鞭を執り、2016年に逝去した。
著者は15歳のときヴィーゼルに出会い、ボストン大学に入学、その後、同大学で教育助手としてヴィーゼルの「弟子」となり、5年間、薫陶を受ける。
本書は、ボストン大学におけるヴィーゼルの講義ならびに対話を、7つの章にまとめたものだ。アウシュヴィッツでの体験、文学テキストの解読、歴史・記憶・活動をめぐる議論をさまざまに検討し、読者を啓発する。ヴィーゼルの人生に密着した思想と理論、その神髄が説得力をもって明かされる。
本書は「全米ユダヤ図書賞」を受賞し、読者からも熱い共感を集めている。混迷する現代世界において、とくに学校・教育関係者には、おおいに示唆に富む1冊だ。
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なぜドイツ人の学習と知識は、彼らが憎悪へ駆り立てられたとき抑止効果を果たさなかったのか?なんといってもドイツは地球上で最も「進んだ」国であり、文化的で洗練され、人文主義的価値をみずからのものと標榜していたにもかかわらず、ヴィーゼルの同胞たちを根絶やしにしようと音頭取りをしたのだ。(p.26)
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すぐれた本は、鏡と同じように自己認識をうながす道具になりうる。文学を通して我々自身のこと、我々の精神的・倫理的特性を学ぶことができる。中東学校のほとんどの生徒が読んでいる『アンネの日記』をあつかったクラスで、ヴィーゼル教授は授業開始時にまずこういった。「ふつうはわたしたちがテクストに対して問うたわけですが、今日は違います、テクストがわたしたちに問いかけてきます」。この意味は、本に対する自分たちの感じ方と反応について、頭にこびりついた疑問について、想像力を刺激した登場人物について、最新の注意を払えということだ。そうすることによって、本の方が学生を読みにかかる。学生の学び方とか思いこみに光を当てて自己認識を高めさせるのだ。(p.39)
学生と教師とテーマが感情的につながりあってこそなのだ。学習の中核には断固たる「なぜ?」がある。人間は認知処理による情報把握よりも、はらわたに染みいるような体験をするとき道徳的に奮い立つ。知性よりも感性で燃える。鳥肌が立つ瞬間、背筋を走る寒気、こみ上げる涙。道徳的教育が一般的な大学環境でおさまりが悪いのはこのせいであ理、それは多くの宗教的コミュニティにおいてすら同じだ。(p.48)
何もいわずにヴィーゼル教授は上着を脱ぎ、シャツのカフスボタンをはずして袖をまくりあげた。彼は挑発するようなぐあいに顔の前で腕をあげ、前腕に掘られた数字をクラスの全員が見ることができるよう、身体をぐるりとまわした。
全員が息を呑み、そのあと長い沈黙が教室を制した。
絶望が人から人へ広がるものならば記憶も同じだ。過去の記憶、大切にしていたものの記憶、さらには、ハシディズムの教えによれば、わたしたちが切望する未来にかんする記憶すらあるという。(p.49)
「わたしたちは眠っていたのでしょうか、他人が苦しんでいるあいだ?信仰を持つとわたしたちは眠りこけてしまうのですか?それとも覚醒するのですか?ユダヤの伝統では待ちます、ヒラすらメシアの出現を待ちます。しかし、待ちつづけるあいだ世界が見えなくなるということではありません。わたしたちは自分の行為で持ってメシアを呼びだすのです。わたしはメシア的瞬間を信じています。それは恩寵の瞬間、相互理解の瞬間、人類和解の瞬間です。メシアとは問いかけであって回答ではありません。陽性であって釈明ではない。始点であって終点ではありません」(p.125)
「狂気を研究するのは、どうやって応戦するかを学ぶためです」とヴィーゼル教授は答える。「狂気には抗議のための、犯行のための手がかりが隠されています。抵抗力なきまま、周囲の状況水準よりも我々があまりに『正気』すぎた場合、世間の狂気に流されかねません。(pp.143-144)
「狂人は、ほかの人々に悪を見抜くように強いるメッセンジャーになれます。部外者としての彼は、ほかの人々に彼ら自身の狂気を認識させるのです。わたしが狂気を学び、それを教えている理由はそこにあります。狂気のさまざまな様態の理解を通してのみ、わたしたちは正気になれるのです。(中略」それが証人の役割です」(p.145)
わたしの伝統では、勝利主義と神聖性は対極にある規範です。わたしたちは他社の支配者ではなく兄弟であるべきだと考えます。(p.187)
「ヒューマニティを教えているこのわたしなのに、人を助けるための実際的行動はというと何もしていません。紛争地帯へ行くわけでもありません。新聞のオブエド欄に意見を載せるわけでもない。避難民に自宅を解放することもない。なぜ自分にはできないのか、こんな自分を変えるためには何ができるのか、わからなくて苦しんでいるんです」
彼はわたしに目をすえてこういった。「まず、君は自分に対してきびしすぎる。多くのひとにくらべても君はそうした問題に深く関わっているし、教育というのは積極的行動の一つの形ですよ。それが違いを生まないとでも思っているの?君がかかわりを持った学生たち皆が君以上に実際的な仕事につくかもしれないけれど、君と出会って刺激を受けたからこその仕事かもしれないじゃないですか。自分の役割を過小評価する必要はありません」(pp.202-203)
「遠くまで出かけてゆく必要はありません。周囲を見まわして、同じ通りに、家族のなかに、友だちのなかにいるのはどういう人たちなのか、気づくだけでいいんです。」ヴィーゼル教授はつづける。「彼らが何を必要としているか?彼らが耐えしのんでいる苦痛は何か?小さいことでもいいんです。思いやりがこもったささやかな行為はわたしたちが自覚する以上に意味があるのです。ニュースになるようなことじゃなくていい。救いを求めて伸ばされた手を探せばいいのです」(p.204)投稿日:2020.01.18
「ドイツ人に対して憎しみを抱いたことは一切ないんですか?」エリ・ヴィーゼルは「憎しみは変容させなければいけません、創造的な何か、肯定的な何かへ。教師だったらより良い教育へ。著述家ならより良い作品へ。あ…なたが感じることを表現し、憎しみを何か他のものへ帰るのです。憎んではいけません。実を言うと、そんな簡単な話じゃないんですがね。ナチス幹部の子供に初めて会った時のことです。そのドイツの若者たちは罪と恐怖の重荷を背負っているわけですが、私はあることを学びました。それより前だったら、収容所管理者の子どであるということが強制収容所で死んだ人たちの子供と同じくらい辛いだろうなどとは考えませんでした。しかし事実はそうだったんです。多くのドイツ人学生がここへ学びに来るのもヤドバシェムやホロコースト記念博物館にやってくるのもそれが理由なのです。彼らのことは抱擁で出迎えてあげないといけません。集団的懲罰などに価値はありません。各世代、各個人は彼ら彼女らの運命を築いてゆくのです。私たちはみな、歴史や背景がどうであれ、同じ目標を追及しているのです」続きを読む
投稿日:2021.11.03
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