賢者の愛
山田詠美(著)
/中公文庫
作品情報
高中真由子は、編集者の父と医師の母のもとで、何不自由なく育てられてきた。真由子が小学生のころ、隣家に二つ年下の百合の家族が引っ越してきて、二人は急速に仲良くなっていく。しかし、真由子が21歳になった冬、百合は真由子が幼いころからずっと思いを寄せてきた澤村諒一の子どもを妊娠したと告白した。その日から、真由子の復讐が始まる――。
諒一と百合の子どもの名付け親になった真由子は、『痴人の愛』の「ナオミ」から、二人の息子に「直巳」と名付け、彼を「調教」していく。直巳が二十歳の誕生日を迎えた日、真由子は初めて、直巳に体を許す。それが最初で最後となるとも知らず……。
主演・中山美穂のテレビドラマも大きな話題を呼んだ、絢爛豪華な愛憎劇!
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商品情報
- シリーズ
- 賢者の愛
- 著者
- 山田詠美
- 出版社
- 中央公論新社
- 掲載誌・レーベル
- 中公文庫
- 書籍発売日
- 2018.01.25
- Reader Store発売日
- 2019.10.31
- ファイルサイズ
- 0.8MB
- ページ数
- 296ページ
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この作品のレビュー
平均 3.9 (21件のレビュー)
-
あなたは、『仇討ち』をしたいと思ったことはあるでしょうか?
“主君や直接の尊属を殺害した者に対して私刑として復讐を行った日本の制度”とされる『仇討ち』。有名な忠臣蔵をはじめ、私たちの国には後世まで語…り継がれる『仇討ち』の歴史があります。武士の時代には制度化もされていたというその事実は、そんな考え方がこの国の中で多くの人の間に認知されていたことがわかります。
しかし、そんな制度も時代の移り変わりに伴って、ついに明治6年に消滅しました。明治初期まで認められていたことに驚きもしますが、いずれにしても今やそんな行為は犯罪以外の何ものでもありません。しかし、殺人というような究極の『仇討ち』は別にして、何かしらの出来事に対して、それを報いたいと思う気持ちは今の世もあるように思います。形を変えて今も残り続ける『仇討ち』の発想。それは、忠臣蔵が今の世も人気があるように、それは人の心が求める姿なのかもしれません。
さて、ここに、
『これは、仇討ちなのですよ。法を犯さない仇討ちは認められてしかるべきなのです』。
そんな思いの先に『幼な馴染みにして元親友』の息子と二十一歳差の特別な関係を築いていく一人の女性が主人公となる作品があります。『二人の間に性的な交わりは、かなり早い時期からありました』という二人を描くこの作品。その一方で、『実際に交わったのは、ただ一度きり』という結果論を描くこの作品。そしてそれは、そんな女性が二人の関係のその先に『愛を復讐に使う』様をあなたが目にする物語です。
『今日、直巳は二十三になり』、『真由子は、じきに四十五歳の誕生日を迎え』ることを思い、『時のたつのは速いものだ』と『深い溜息をついてしま』ったのは主人公の高中真由子。そんな真由子は『まだ少しもこの可愛い年下の男に飽いてはいない』と、『かつて親友だった女の息子』との関係を『親子のようでもない、きょうだいのようでもない、恋人同士でも、もちろん友達でもない』、『しいて当てはめてみるなら』『先生と教え子に限りなく似ているかもしれない』と思います。一方で『当然、幼な子だった直巳に、そのような自覚は』なく、『思う存分甘えるばかりでした』というその関係。『凡庸で、君子という評判があるくらい堅物に見える主人公の譲治が、自ら見出した美少女のナオミを自分好みに育て上げようとする物語』である『谷崎潤一郎の小説』『痴人の愛』をナオミと同じ十五歳の頃に初めて『ひもといた』という真由子は『二十八歳と十五歳で始めた』『二人の生活』を『彼らにしか価値の解らない宝物のように感じ』ます。そして時が経ち、『臨月の親友に、これから生まれて来る子の名前を相談された』真由子は、『差し出されたリストに』『直巳』という名を見つけます。『真由子が目にした途端』『片仮名の「ナオミ」に変換された』というその名前。『直巳でいいじゃない。絶対に、直巳がいいと思う』と『熱のこもった口調』の先に決まったその名前。場面は変わり、『毎年、マユちゃんは、日付がおれの誕生日に変わる瞬間に一緒にいてくれるね』と『感慨深げな表情を浮かべ』る直巳に『もう何年になるかな』と答える真由子。『中学のあたりから、うちの母親、マユちゃんと距離を置かせようとし始めたんだよね』と続ける直巳に『どうして、ユリは、私とナオを会わせたらまずいことになるって思い始めたのかな』と返す真由子は『馬鹿なユリ』と、『直巳の母であり、真由子の幼な馴染みにして元親友である女の名前』を思い浮かべます。『おれたち、もう、ああいうふうにはならないの?』と訊く直巳に『さあ、たぶんね』と返す真由子は『真由子から直巳への手ほどきと呼ぶべきものがほとんどで、実際に交わったのは、ただ一度きり』という時のことを思い出します。『それは、忘れもしない』直巳が『二十歳の誕生日を迎えた時のこと』、『御祝いという名目で、真由子は、自分の体を彼の好きなようにさせたのでした』。『ひと晩中どころか一昼夜続いた』という時間は『たった一度であったにもかかわらず、その性器の出し入れは、彼に狂おしい妄想の手掛かりを与えてしま』いました。そして、『ねえ、バースデイプレゼントに女の子を呼んであるの』と真由子が語りだすと『部屋のチャイムが鳴り』ます。ドアを開けると、『怖気付いたかのように、部屋を見回し』ながら若い女が入ってきました。『名前は?という直巳の問いに』『香と答え』る女。『ナオは、この娘をどうやって苛めてあげるの?』と訊く真由子に、『見てく?』と吹き出して言う直巳。そして、シャワーを浴びに行った女を見送り、『おれの中で、女の価値と年齢って、あんま関係してない。だいたい、マユちゃん、まだ、おばあちゃんじゃないし…』と言う直巳に『ふふっと笑』う真由子は直巳が『とっても、健やかに育ってる』と思います。『私は私のやり方で、あなたの息子を愛してみせる…愛を復讐に使う』という選択をした真由子の『復讐』劇が描かれていきます。
“幼い頃からの想い人、諒一を奪った親友の百合。二人の息子に「直巳」と名付けた日から、真由子の復讐が始まった。二十一歳年下の直巳を調教し、’自分ひとりのための男’に育てる真由子を待つ運命は ー。谷崎潤一郎「痴人の愛」に真っ向から挑んだ話題作”と内容紹介にうたわれるこの作品。二十三歳になった直巳と、じきに四十五歳の誕生日を迎えるという前提の中に『まだ少しもこの可愛い年下の男に飽いてはいない』という物語冒頭からどこか妖しい雰囲気が漂ってきます。では、〈最終章〉を含む12の章から構成されたこの作品をまずは巧みな比喩表現から見ていきたいと思います。まず一つ目は、誰もが知る偉人の物語に比喩します。
・『少女たちは、自分を疼かせる、ある特定の人物を思い浮かべて、すとんと腑に落ちることでしょう。ああ、これだったのか、と』、という感覚をこんな風に描写します。
→ 『まるで、ヘレン・ケラーが、手に注がれる冷たい水に"water"という単語を当てはめた時のように』。
そうです。まさかのヘレン・ケラーの有名な感覚表現に例えるこの一節。文章の繋げ方とともにとても印象的な表現です。次は、誰もが知るあの童話が登場します。
・百合から衝撃的な告白をされた後、『ひとり銀座の街を当てもなく歩き続け』る真由子は『誰もが幸せそうに見え、あちこちから洩れる温かい灯りの前』にいる自身を思い、その感覚をこんな風に例えます。
→ 『自分が、まるで「マッチ売りの少女」になったかのように感じられる』
これも面白い比喩だと思います。まさかのアンデルセンの童話の登場ですが、雰囲気感含めそんな場に佇む真由子の心情含めよく伝わってきます。
また、この作品の表現としての語り口も絶妙です。淡々と真由子の思いを描いていく作品ですが、〈第二章〉にいきなりこんな表現が登場します。
・『ええ、もうお気付きかもしれませんが、離れに住むことになった作家志望の青年が、直巳の父である澤村諒一なのです…』。
『ええ、もうお気付きかもしれませんが』という一文は完全に読者に語りかけています。これには、いきなり語りかけられた読者は間違いなくビックリすると思います。この作品はどこか不思議な文体で書かれています。やたら丁寧な”です、ます調”が続くかと思ったら、『そのくらいにせつなかった』、『だって、こんなことを言うのですから』という形の文体が入り混じるなど兎にも角にも独特な読み味が一貫しています。これは読み始めてすぐに感じることでもあり、こういった読み味含めてこの作品の一つの魅力だと思いました。
次に、この作品は、『谷崎潤一郎の小説に「痴人の愛」というのがあります』という一文が唐突に登場する点に触れたいと思います。上記した通り内容紹介にも”谷崎潤一郎「痴人の愛」に真っ向から挑んだ話題作”と記載がある通り「賢者の愛」というこの作品は谷崎さんの作品を意識して書かれたものです。残念ながら、谷崎さんの作品を読んだことのない私ですが、そんな読者も置いてけぼりにならないように山田さんは「痴人の愛」の補足を絶妙に入れてくださいます。
『凡庸で、君子という評判があるくらい堅物に見える主人公の譲治が、自ら見出した美少女のナオミを自分好みに育て上げようとする物語。その過程で、ナオミは予想もしなかった怪物に変身をとげて行き、譲治は、その妖艶さに翻弄し尽くされる。そして、ついには、屈服して、まさに「痴人」のようになる』
どことなく分かるような分からないような内容ではありますが、そこに描かれるという『二十八歳と十五歳で始めた譲治とナオミの二人の生活』に、『彼らにしか価値の解らない宝物のように感じられて来た』と真由子は影響を受けていきます。
『痴人を極められる者は、常識的であることに満足する人々よりも、人生をより深く堪能出来るのではないか』
そんな感覚の先に、親友の息子を直巳と名付けることに繋げていく真由子。物語は、
『あなたのそのナオミは、痴人のものではなく、賢者のものになる』。
そんな風に親友とその息子のことを思う真由子の狂気にも似た『復讐』劇を描いていきます。私は女性作家さんの小説のみという絶対条件の元に読書&レビューをしているので、谷崎さんの作品はこの先も読みたくても読むことが叶いません。この作品の内容が非常に面白いこともあって、谷崎さんの作品を読んで比較することができないのがとても残念です。そんな条件のない方(私以外全員ですよね(笑))には、是非両作を比較の上、レビューしていただきたいと思います(他力本願(笑))。
そんなこの作品ですが、内容紹介にある通り、”真由子の復讐”が描かれていくという強烈なストーリー展開を辿ります。
『私は私のやり方で、あなたの息子を愛してみせる…愛を復讐に使うこと。それが彼女の選んだ方法だったのです』
そんな風に語られる『復讐』の物語は、『親友』と思って接してきた真由子の友人・百合との複雑な関係性の中に描かれていきます。物語は〈最終章〉を含めた12の章から構成されていますが、真由子の家の隣に『朝倉百合とその家族が越して』来た小学生の時代以降、真由子が四十代になる今の時代までさまざまな年代の二人の関係性がバラバラに描かれていきます。
『思えば百合は、初めて会った頃から不吉な香りをまとった子供でした』
そんな真由子と百合の出会い。『百合』という名に妖しい関係性も匂わせながら進んでいく物語は、真由子が特別に思っていた存在、作家の諒一のことを、女子大生になった百合がこんな風に話すところから大きく揺らぎ出します。
『マユちゃん、リョウ兄さま、私にちょうだい』、『私、リョウ兄さまの子供が出来た』
もう冗談としか思えない話ではありますが、物語は恐ろしいほどスラスラと読み進めることができる中に展開していきます。百合と諒一の間に出来た子供の実質の名付け親になった真由子。そして、育っていく直巳と『親子のようでもない、きょうだいのようでもない、恋人同士でも、もちろん友達でもない』という関係性を築いていく真由子。そんな真由子の直巳への眼差しは見方によってはゾッとするものがあります。
『とっても、健やかに育ってる。直巳の言動のいちいちが、自分が手塩にかけた成果のように感じされて、真由子は、よくここまでと自身をねぎらいたくなってしまうのです』。
そんな真由子は、百合が自分と息子との関係を訝しがっていることを楽しんでもいます。
『母親の不安に満ちた声が、息子の快楽の溜息と重なるなんて、こんなキッチュな演し物には、滅多にお目に、いえ、この場合はお耳でしょうか、かかれないでしょう』。
恐ろしくもなってくる描写含め物語はそんな真由子の『復讐』の思いの中に物語冒頭には予想もできなかったまさかの真実も明らかにしながら衝撃的としか言いようのない結末へと歩みを進めていきます。読み物としてはそのあまりのかっ飛びぶりがたまらなく面白い!しかし、現実にあるとしたらあまりに壮絶で、あまりに恐ろしくて、そしてあまりに切ない、そんな物語がここには描かれていました。
『これは、仇討ちなのですよ。法を犯さない仇討ちは認められてしかるべきなのです』。
『かつて親友だった女の息子』という直巳と幼い頃から関係を築いてきた真由子の『復讐』の物語が描かれたこの作品。そこには、谷崎潤一郎さんの「痴人の愛」を下地にした物語が描かれていました。独特な文体が、引っ掛かりではなく読みやすさをもたらすのを感じるこの作品。二十一歳差の女と男の関係性を描く中に大量の性描写が強いインパクトを与えるこの作品。
あまりにかっ飛んだ内容の物語の中に、「ぼくは勉強ができない」の『時田秀美』というまさかの名前の登場にも思わずニンマリとしてしまう、山田詠美さんの円熟した筆の魅力を堪能できる作品でした。続きを読む投稿日:2023.05.24
女の憎悪、妬み、執着などをドロドロに煮込んだスープがこちら
ちょうだいお化けもバグってるけどまゆちゃんも相当おかしいっす
ここまで狂気に満ちた物語かけるエイミー恐るべし。他も読むね。投稿日:2023.01.31
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