東京のヤミ市
松平誠(著)
/講談社学術文庫
作品情報
新宿、渋谷、新橋、池袋、上野……焼け跡となった街に、ふたたび人とモノがあつまり、立ち上げられたマーケット。「戦後東京」の原風景を形づくったと語られ、いまや歴史の中に霞みつつあるヤミ市とは、いったい何だったのか。食べるものも着るものも「あるべきところにあるべきものがない」敗戦直後、人々は統制経済の網の目をかいくぐり、生きるための商いを、そこで営んだ。ゴザの上に芋を並べた露店は、やがて電気ガス水道をそなえた商店となり、カストリと焼き鳥の飲み屋ができ、ありとあらゆる雑貨が流れ込んでゆく。そうして日々の暮らしを立て直そうとする庶民たちの「復興」は、テキ屋たちのプロデュースにより加速され、巨大な盛り場を生み出していった。丹念なフィールドワークにより都市生活文化の探究を続けてきた著者が、ヤミ市のリアルな姿を蘇らせる!【本書の内容】第一章 望遠レンズでみるヤミ市 バルーンに乗って一九四七年の東京探訪/新宿はヤミ市のターミナル/渋谷―エネルギッシュな三角地帯/新橋―巨大など呑み屋街/銀座・有楽町―ヤミ市のできない都心/上野広小路―アメ横の母体/池袋―ボランタリーチェーンの理想と現実 第二章 覗きこむヤミ市 ヤミ市建築の変化―ヨシズ・バラック・マーケット/ヤミ市の地域・建築設計―新宿/ヤミ市建築の豪華版―新橋「新生マーケット」/ヤミ市の店舗建築とディスプレイ1―昼のマーケット/ヤミ市の店舗建築とディスプレイ2―バラック長屋の飲食店街/ヤミ市の店舗建築とディスプレイ3―三階建ての夜の街/インフラストラクチャーの構築 第三章 ヤミ市にひしめく人びと 第一世代の出自/初期ヤミ市商人からの脱却/ヤミ市地下活動へ/ヤミのプロ商人/ヤミ市を生き抜く 第四章 ヤミ市料理のレシピ 「国際的なメニュー」の登場―配給では食べられない時代/洋食編/韓国・朝鮮料理編/和食編/中華料理編/ドリンク編/デザート編 第五章 太陽の下のヤミ市 ブティック/荒物屋/日用雑貨・化粧品屋/パチンコ屋/生鮮食料品店/電気器具店 第六章 新宿ヤミ市・夜のシナリオ 夜のマーケット・それぞれの風景/酒場の作法 第七章 新焼け跡再興のプロデューサー テキ屋と焼け跡商売/「組」型経営管理法/東京のカポネ/土地をめぐるヤミ市の論理 第八章 ヤミ市の生活文化論 ヤミ市文化の闇/ヤミ市の産んだ食文化/ヤミ市パチンコ屋を逆照射する/カラオケと軍歌の相似性/ヤミ市の時代を駆け抜けて 主要参考文献 ヤミ市年表 ヤミ市キーワード集
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商品情報
- シリーズ
- 東京のヤミ市
- 著者
- 松平誠
- 出版社
- 講談社
- 掲載誌・レーベル
- 講談社学術文庫
- 書籍発売日
- 2019.10.12
- Reader Store発売日
- 2019.10.11
- ファイルサイズ
- 32.1MB
- ページ数
- 214ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (5件のレビュー)
-
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あるべきところにあるべきものがない敗戦直後の生活の中で、テキ屋のつくったヤミ市は、それ自身が法とはどこかで対決せざるを得ない運命を背負っていた。
1940年代末、庶民の生活が少し落ち着きを取り…戻し、物が市場に出回るようになると、ヤミ市は消えていかなければならない。そして、それが消えていく先には、1950年6月の朝鮮戦争が待っていた。”
松平 誠 著 「東京のヤミ市」より抜粋。
不思議なもので、かつて「ヤミ市」だった場所にはいくら時間が経っても拭いきれない泥臭さと胡散臭さが漂う。
私は天邪鬼のせいか世の中のスマート化とクール化に逆行するように、そうした街に何故か惹かれてしまう。
その日も怪しさと小洒落た感が入り混じった伊勢崎町モール内を歩き、老舗の古本屋に入った。
するとヤミ市フェアーだったのか、単なる偶然なのか、前回紹介した「東京の異界 渋谷円山町」と本書「東京のヤミ市」が並ん売られていた。
私は両方購入し、伊勢崎モールから黄金町にある創業40年の老舗喫茶店「TAKEYA」まで歩き、店に入った。
店内は全体的に煤けて薄暗く、年老いた二匹の雌猫がカウンターの上を自由に歩き回っている。
この辺が危険地帯だった時の面影を残す喫茶店のカウンター席に私は腰掛け、古本屋でもらった白いビニール袋から本書を取り出して、ページを開いた。
本は読む場所によって読み方が大きく変わる。ここは、この手の本を読むには最高のロケーションだ。
本書ではヤミ市が誕生した1945年から、物資が市場に安定供給されるようになってヤミ市が衰退し始める1950年までの様子を歴史、建築、人物、カストリやヤミ市で出される寿司やフランス料理などのレシピ、ヤミ市を支えるインフラ、娯楽など様々な角度から詳しく調べ、そこで生活する人々の目線で描かれている。当時を知る調査書として、またルポタージュとしても読むことができる内容だ。
そもそもこの「闇(ヤミ)市」とは、焼け野原と瓦礫の山となった戦後の東京で駅前や強制疎開地域をテキ屋達が勝手に陣取り、千葉や埼玉の農村や漁村から買い付けた農産物や海産物をゴザの上に並べて始まった、青空市場である。
戦後の統制経済の時代。生活物資は政府が定めた公定価格で売り買いされていた。
だが、多くの生産者は、公定よりも高く買ってくれるブローカーに卸していた。
農家ばかりでなく、この前まで国のために奉公していた軍人や軍需工場で働く工員らも、倉庫に眠る物資を横流していたのだから市場になどで回るわけがない。
そんな訳で公定(マルコウ)の物資は需要に対して品数、量とも圧倒的に足りなかった。
一般の市場に流れない商品はすべて「闇(ヤミ)」と言われ、それらは官憲の目を逃れる運び屋によって新宿、渋谷、新橋、有楽町、上野、池袋駅前の青空市場「ヤミ市」へと運ばれ、法外な値段で売られていた。やってる事は今の転売と同じだ。
ヤミ市には、食料品、衣料品、日用雑貨、電気機器、酒などの生活物資の他、麻薬や拳銃などのキナ臭いもの、軍人の勲章や紫綬褒章などの国から与えられた勲章まで売られていた。
誰もが、なりふり構わず、売れるものはなんでも売って、今日を生きるための糧を手に入れ、生き延びようと躍起になっていた。
やがて社会が安定し市場に商品が安定供給されるようになると、生活を支えていたヤミ市は徐々にその役目を失い、半グレ化して煙たがられる存在となった。
朝鮮戦争が始まり、笠置シヅ子の「買い物ブギー」が発売された1950年6月以降になると殆どの「ヤミ市」は強制的に解体された。
「ヤミ市」には、なりふり構わず、必死に生き抜こうとする醜悪な力が満ちていた。その力が私を惹きつけるのかもしれない。
2020年の春頃、コロナの影響で不安に駆られた人々がマスクと消毒液を買い占めたせいで全国の薬局からこれらの商品が一斉に姿を消した。
あの時、不安に駆られた人間が取る行動の愚かしさ、浅ましさ、凄まじい忘却ぶりと、なりふり構わぬ力強さの中に戦後「ヤミ市」の面影を見た気がした。
生きるために醜悪さを全肯定して立ち上がったのが「ヤミ市」だ。
不安の中で人々がなりふり構わず生きようとする様を「梅崎春生」は短編小説「蜆」のなかで以下のように語っている。
“
日本は敗れたんだ。こんな狭い地帯にこんな沢山の人が生きなければならない。
リュックの蜆だ。満員電車だ。日本人の幸福の総量は極限されてんだ。
一人が幸福になれば、その量だけ誰かが不幸になっているのだ。
ちょうどおっさんが落ちたために残った俺たちにゆとりができたようなものだ。
俺たちは自分の幸福を願うより、他人の不幸を願うべきなのだ。ありもしない幸福を探すより、先ず身近な人を不幸に突き落とすのだ。
俺たちが生物である以上生き抜くことが最高のことで、そのほかの思念は感傷なのだ。
ボタンを握った屍体と、啼く蜆と、舌足らずの女房と、この俺と、それは醜悪な構図だ。
醜悪だけれども俺は此処で生きていこう。”
梅崎春生「蜆」より抜粋。
そこには生き抜くことだけを最上とした、ヤミ市で生きる人々の醜悪な姿がある。
その姿は醜く、逞しく、美しい。
そんなヤミ市で生きぬく人々の生活や店の様子や地域を仕切る統治体制、そして盛況から衰退までの様子が本書では詳しく書かれている。
薄暗い喫茶店でこの本を読みながら「ヤミ市」に思いを馳せ、現代の街の中にその面影を求めて、再びほっつき歩く。
今の日本の閉塞感を打破するために必要なのは、綺麗事や正論ではではなく、先進国としての虚飾を脱ぎ去って、もう一度「ヤミ市」に立ち返るしかないだろう。
みんなが互いの顔色を伺い、右に倣えの時代はもう終わった。
ヤミ市の住人のように、個人が自分の裁量で、ストリートスマートにしぶとく、あざとく、生きてゆくしかない。
どう転ぶかわからぬコロナ禍に、そして来るべき災害や大不況に備えて本書から「ヤミ市」のサバイバル術を学ぶことにしよう。続きを読む投稿日:2021.02.26
戦後のヤミ市の状況をデータや写真を使いながら説明。さらっと読んだだけだが、庶民の食べ物や買い物の様子がとてもよくわかる。物価、代替食、ヤミ市の場所など興味深かった。
投稿日:2020.10.13
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