この作品のレビュー
平均 3.4 (49件のレビュー)
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あなたは、『妻が発芽した』姿を見たことがあるでしょうか?
つ・ま・か・ら・は・つ・が?????
全くもって意味不明な質問から始まった本日のレビュー。これほど意味不明な質問もありませんよね…。『発芽』とは種子から芽が出ることを意味します。あなたも小学校時代、理科の実験で『発芽』の様子を観察したことがあったかと思います。種子という、生命からは全く遠い見た目の存在から芽が出る、そこに命が顔を出す瞬間、『発芽』とは生命の神秘、奇跡を見るものでもあります。
そんな瞬間を見るために、シャーレの上に脱脂綿やキッチンペーパーを敷き、その上に種を乗せて観察する私たち。『発芽』に必要なのは光なのか?水なのか?それとも温度なのか?さまざまな比較実験をしたのを思い出す方もいらっしゃるでしょう。
では、そんな『発芽』がヒトに起こりうることはあるのでしょうか?ヒトから種が『発芽』する?気になって調べたところ、医学関係の論文にアサガオの種子がヒトの気管支内で発芽した症例の紹介を見つけました。ぎょえっ!と思うこの事実。種子というものの力と生命の神秘を改めて感じもします。
さてここに、『妻が発芽した』という衝撃的な前提の先に展開する物語があります。小説家が主人公となるこの作品。そんな小説家の姿を他の登場人物視点でも見るこの作品。そしてそれは、荒唐無稽とも言えないヒトからの『発芽』という衝撃的な事実の先に『愛する』ことの意味を問う物語です。
『キッチンのテーブルで木製のボウルに入ったミックスナッツを黙々と食べ続けてい』る『作家の妻』の様子に気づいたのは主人公で編集者の瀬木口昌志(せきぐち まさし)。『夫の背中を眺めたまま、ボウルと口元を行き来させる手を止めない』妻の前に座る作家の埜渡徹也(のわたり てつや)は『う〜ん、そうだな…ならこういう主人公はどうだろう…』と次の小説の構想を話します。『編集者に助言や見解ではなく、シンプルな思考の壁打ち役を求めるタイプの作家』だと埜渡のことを思う瀬木口は『面白いですね。先生らしい、哲学的な深みのある作品になりそうです』と『妻の挙動に気をとられつつ生返事を』します。そして、『二十分ほどかけて』『ナッツを食べ終え』た妻は『ミネラルウォーター』を『喉を反らして一息に飲み干す』と、『まるで根元から切り倒された樹木のように、ゆらりとその場に倒れ』てしまいます。『どうした流生(るい)』と『埜渡に抱き起こされた妻は』『なんか、疲れちゃった』と言うと『寝室のある二階へ』と歩いて行きました。『なんなんだいったい』と『空のボウル』を見つめる埜渡に、『さきほど奥様が召し上がってました』と瀬木口が言うと、『冗談だろう!隣の空き地に蒔こうと思っていた草木の種だぞ!』と『顔色を変え』た埜渡は『階段を駆け上が』り『二階にこもっ』てしまいます。『おしどり夫婦として』知られる埜渡夫妻。そんな埜渡は、『若い男女のみずみずしい愛の交歓を綴った中編「涙(るい)」』という夫婦の関係性を下地にした作品で脚光を浴びています。そして、『翌日の昼、埜渡から編集部に電話がかかってき』ました。『妻がはつがしたんだ』、『今からちょっと来てくれないか?』と言う埜渡は『巨大な水槽と、土と、有機肥料』を買ってくるよう瀬木口に依頼します。『妻が、発がん?』と理解した瀬木口は、『それは辛かろう』と思い、必要なものを買うと埜渡の家へと向かいます。『頼まれた荷物を運んできました!』と家へと入る瀬木口に、『寝室に運びたい。手伝ってくれ』と言い、二人で巨大な水槽を二階の寝室へと運びあげます。『ベッド脇に水槽を設置し』、他のものも運び上げると『一度席を外してもらっていいか。妻を浴室から連れてくる』と言われ、瀬木口は書斎で待ちます。数分後、『待たせてすまないな。もう大丈夫だ』と言われ寝室へと入った瀬木口に、『お手を煩わせてごめんなさい』と『聞き覚えのある女の声』がします。『る、流生さん』と『全身の毛が逆立』つ瀬木口の前には『顔といわず体といわず、肌にびっしりとさみどり色の若芽を生やした琉生』の姿がありました。『なんだか、こんなことになっちゃって』と言う流生の姿に動揺する瀬木口の前で、『埜渡が、緑色の如雨露』でシャワー状の水を振りかけ』ます。『ああ、やっぱり土があった方がいい。水が吸いやすい』と『気持ちよさそうに目を閉じ』るという『目の前の出来事が信じられず、二の句が継げな』い瀬木口。『妻から発芽』するという衝撃的な世界を描く物語が始まりました。
“作家の夫に小説の題材にされ続けた主婦の琉生はある日、植物の種を飲み発芽、広大な森と化す。夫婦の犠牲と呪いに立ち向かった傑作”と冷静に書かれた内容紹介が全くもって意味不明なこの作品。「文藝」の2019年春季号に掲載されたということですが、前知識もなしにこの作品を読んだ読者は目がくらくらしたのではないかと思います。そうです。上記した作品冒頭の衝撃的な物語、『妻から発芽』するというファンタジーというより、ほとんどホラーではないかというその前提設定は幾らなんでもかっ飛びすぎているように思います。しかし、この作品はこの前提設定を落ち着いて見れないことには理解が進まないものでもあります。
では、まずは『妻から発芽』した後どうなっていくかの描写を怖いもの見たさなあなたのために少しご紹介しましょう。
・『幅広の水槽から細くまっすぐな茎が何十本も、瀬木口の背丈に届く勢いで育っている。そしてその植物たちの根元には空間の狭さに応じて手足や頭をすくめた、胎児を思わせる造形の青白い肉がうずくまっている』
→ 成長が早く、『部屋の一角に大きく茂った』状態になった植物を前に、『なんてまがまがしいのだろう』と思う瀬木口は、『目の前の水槽に生まれた小さな地獄』とそれを評します。
・『扉を開けると、水槽から伸びた植物はすでに天井の高さにまで育っていた… 種がこぼれたのか水槽周囲のカーペットからも草が生え始め、寝室の三分の一が植物に侵食されていた』
→ 『人を養分にすると、木はこんなに早く成長するものなのか?』と、『背筋に寒気を覚え』る瀬木口。そうです。『妻から発芽』というのは『人を養分』に育っているとも言えるわけであり、これはどう考えてもホラー以外の何物でもありません。
・『如雨露で水をやろうにも、そもそも水槽がどこにあるのかよくわからない。膝が隠れるほど深い茂みが床を覆い、部屋のあちらこちらに木が生えていて、視界が葉に遮られるせいで部屋の奥の壁が見通せない』
→ 「森があふれる」という書名そのまんまの世界が一軒家の二階の寝室に広がるというシュールな光景を描き出します。そもそもそんな光景を見ても『如雨露で水をやろう』という感覚が瀬木口にあるのも怖いです。
ということで、『妻から発芽』という強烈な前提設定だけ見ると、間違いなくこの作品はファンタジーだと思います。しかし、作品の本質はそこにはありません。あくまでこれは作品を描いていく中での設定の一つであって、そこに描かれていく内容は極めて重苦しい感情を描く物語です。このレビューの抜き出しだけ見ると、なんじゃこりゃ?と思われるかと思いますが、実際にこの作品を読んでいく中にはファンタジーという印象は前面に見えてきません。
そんなこの作品は五つの章から構成されています。章題はついていませんが、それぞれに主人公、視点の主となる人物を変えながら展開していく物語は、連作短編と言えなくもありません。そんな各章の主人公、視点の主を整理しておきましょう。
・1 - 瀬木口昌志: 編集者
・2 - 木成夕湖: 小説講座の生徒
・3 - 白崎果音: 瀬木口の後任編集者
・4 - 埜渡徹也: 作家
・5 - 埜渡流生: 作家の妻
五人の主人公を見て気づくのは、この作品には作家が登場し、その作家の編集者であるなど、作家である埜渡夫妻が中心となる物語のイメージです。作家が主人公となる作品は数多ありますが、作家を主人公とする以上、そこにはその作家が執筆する小説が登場します。小説の中に登場する小説、所謂、”小説内小説”です。私はこの二階層に描かれる構成の作品をこよなく愛していますが、そんな構成の作品にも幾つかのタイプが存在します。例えば辻村深月さん「スロウハイツの神様」に描かれる「V.T.R」は登場人物であるチヨダ・コーキが書いた小説とされていますが、外側の小説とは内容的に関連はありません。一方で、金原ひとみさん「オートフィクション」に描かれる同名小説は外側と内側の小説が一体化したような濃密な展開が魅力です。それに対してこの作品の立ち位置は金原さんの作品に近い立ち位置をとります。そこには主人公の埜渡徹也が書いた複数の作品が登場します。特に重要なのが次の二つです。
・「涙(るい)」: 『若い男女のみずみずしい愛の交歓を綴』ったもの。『あくまでフィクションの体ではあったものの、それが埜渡と、一回り若い彼の妻との関係性を下地にした私小説』
・「緑園(りょくえん)」: 『男女の関係に絶望する女を描』いたもの。『愛の限界を』描いたもの。『純愛をテーマにした地方文学賞を受賞』
上記した通り、五つの章から構成されたこの作品には五人の登場人物が章ごとに視点の主を務めますが、全体としての主人公は埜渡徹也であり、妻の流生なのだと思います。物語はそんな夫婦に編集者として、または小説講座の生徒として関わる三人の視点が入ることによって夫婦の関係性を読者に見せていきます。
『基本的に家族の間で発生した問題は、家族の間で解決されるべきだ』。
あくまで冷静に夫婦を見る瀬木口は編集者としての冷静な立場で二人に対峙していきます。一方で、生徒である木成は
『奥さんが病気になって、看病で忙しい。そんな噂をまず聞いた』
という先に埜渡に『本当の自分を許してくれるのはこの人しかいない』という感情を抱きます。一方で、瀬木口の後任となった白崎は、『埜渡先生の奥様は訳あって家を出ている』と聞かされる中に、
『二階の植物は気にしなくていいからな』
と瀬木口から言われる先にまさかの真実に迫ってもいきます。
そんな外部の三人の人間たちは埜渡夫婦の一面を見るも全てを見ているわけではありません。瀬木口が一番近い人物ではあるものの、会社員が故の人事異動で白崎に埜渡の担当を引き継いで離れていきます。
そんなそれぞれの人物が見えない部分を補完していくのが上記した二つの小説の存在です。いずれも埜渡夫婦の存在を強く匂わせる内容であることが強調されますが、残念ながらその内容が読者の前に記されることはほぼありません。”小説内小説”には、その内容を小説内に記していくものもありますがこの作品はそういうスタイルは取らずあくまで読者に内容を想像させることで物語を展開させていくタイプです。
『どうして私は、私のことなどこれっぽっちも考えていない、この埜渡徹也という人間を愛することをやめられないのだろう』。
そんな風に語る妻の埜渡流生の思いが、まさかの『妻から発芽』するという衝撃的な展開の中に語られていくこの作品。そこには、一組の夫婦のあり方を見る物語が描かれていました。
『愛を役割にされた人は、理性の性質を奪われる』。
そんな言葉の意味を感じさせるかのように、作家の『妻から発芽』するという強烈な前提世界が描かれていくこの作品。五人の主人公の視点で描かれるこの作品には、愛することの意味を思う主人公たちの姿が描かれていました。”小説内小説”の存在が物語に奥行きを与えていくこの作品。『妻から発芽』するという強烈な設定に感覚が麻痺するのも感じるこの作品。
『人を愛するとはなんだろう』という問いを、読者に予期せぬ方向から突きつける彩瀬まるさんの凄さを見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.10.11
さてさてさんの本棚から図書館予約
私には分からず小説の中に入っていけなかった
設定がすごい
描写もすごい
そう思うのだけれど……
夫婦間の落差、会話のむなしさ
愛しているから森になって会話?
いや な…んでやねーん!
(関西の婆さんはツッコみます)
もうすっかり会話を放棄した
高齢夫婦にはまぶしすぎる世界でした
他の登場人物が最後まで描き切れていなかったのが
もやもやします
≪ おぞましい 森をさまよい 静寂を ≫続きを読む投稿日:2023.11.03
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