測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?
ジェリー・Z・ミュラー(著)
,松本裕(訳)
/みすず書房
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「測定基準の改竄はあらゆる分野で起きている。警察で、小中学校や高等教育機関で、医療業界で、非営利組織で、もちろんビジネスでも。…世の中には、測定できるものがある。測定するに値するものもある。だが測定できるものが必ずしも測定に値するものだとは限らない。測定のコストは、そのメリットよりも大きくなるかもしれない。測定されるものは、実際に知りたいこととはなんの関係もないかもしれない。本当に注力するべきことから労力を奪ってしまうかもしれない。そして測定は、ゆがんだ知識を提供するかもしれない――確実に見えるが、実際には不正な知識を」(はじめに)パフォーマンス測定への固執が機能不全に陥る原因と、数値測定の健全な使用方法を明示。巻末にはチェックリストを付す。
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0 まえがき
世の中には、測定できるものがある。測定するに値するものもある。だが測定できるものが必ずしも測定に値するものだとは限らない。測定のコストは、そのメリットよりも大きくなってしまうかもしれない…。
測定基準への執着は、実績を測定し、公開し、報酬を与えなければいけないという、一見避けようのないプレッシャーから来るものだ。だが、それが実はあまりうまくいかないという証拠はいくつもある。
例えば、数字が報酬や懲罰の基準に使われると、外科医など、評価の対象となる人々は「上澄みすくい」に走り、高リスク症例を避けるようになる。イギリスでは、緊急病棟での待ち時間を減らそうとした保健省が、待ち時間が4時間を超える病院に懲罰を与える政策を採用した。この政策は表面上は成功した。一部の病院が、運ばれてきた患者を病院に入れず救急車に乗せたままにしておいて、4時間以内に確実に診察できると病院職員が判断するまで待たせるという事態が発生していたのだ。
もちろん賢明な測定をすれば、これまで測定されなかったものの測定によって本当のメリットが得られるかもしれないことは確かだ。測定とは本質的には望ましいものだ。測定されるものが合理的で、一辺倒な基準だけでなく人間的な判断も組み合わせるのなら、測定は実績を評価する手助けになるはずだ。だが、こうした測定が報酬や懲罰の基準として使われるようになる、つまり測定基準が成果主義や格付けの判断基準になると、問題が生じ始める。
1 測定の欠陥
・求められる成果が複雑なものなのに、一番簡単に測定できるものしか測定しない
・成果ではなくインプットを測定する
・標準化によって情報の質を落とす
・上澄みすくいによる改竄
・基準を下げることで数字を改竄する
・データをゆがめたり、不都合な事例を省く
・不正行為
測定基準が人気になった理由のひとつは、数字は客観性があるような空気をかもしだし、透明性の印象も与えるからだ。説明責任の名のもとに多くの測定を導入する動きが進み、経験に基づく判断が排除されるようになった。
もうひとつは、組織(企業、大学、政府機関)がより大きくより多様になっていく中、経営トップと、実際の活動に下層で取り組む人々との間の隔たりが大きくなったことに由来する。組織が特に大きく、複雑で、さまざまな構成要素で造り上げられるようになると、すべてを理解することは端的に言って不可能だ。トップにいる人々は、時間や能力が限られた中で判断を下したり、過剰な情報を処理したりしなければならない。測定基準はこの「限定合理性」に対処し、人が理解できる以上の物事に向き合うための魅力的な手段となり、ますます多くの企業で導入されることとなった。
2 学校の測定
政府機関や非営利組織においては、資金を提供している者がちゃんと投資に見合う価値を得られているかどうかを見定める価格設定の仕組みがなかった。競争市場だと、消費者は品物やサービスの価格を市場に出回っているほかの商品の質と比較し、その情報に基づいて何を買うかを決めることができる。価格は、簡潔かつ透明な形で多くの情報を救えてくれるからだ。だが、納税者は学校や大学、病院、政府機関、慈善団体をどうやって評価すればいい?
このような難題を解決するため、非営利組織をもっとビジネスらしくしようとした者たちは三つの戦略を提案した。一つ目は、実績を測定して価格の代わりとする指標を開発するというもの。二つ目は、それらの組織で働く人々に測定実績に基づく金銭的な報酬や懲罰を提供するというもの。そして三つ目は実績指標が「透明」であるというもの、つまり情報が公開されている提供者間で競い合わせるというものだった。狙いは要するに、政府や非営利部門に市場のような状況を作り上げることだった。そうすれば、「もっとビジネスらしく」運営できる。これが「ニュー・パブリックマネジメント」と題された考え方で、ミクロ経済学の原理を行政や公共政策に持ちこむ手法だった。
当然、この仕組みには欠陥があった。政府機関や非営利組織は複数の目的を持っているのが特徴で、それを個別に切り出して測定するのは難しい。しかも目標は簡単に測定できるものではない。
教育を例に取ってみよう。
現代ではもっと多くの国民が大学に行くべきで、そうすれば生涯賃金が増えるだけでなく、国の経済成長も生み出せるという信念がある。
だが学士号を持っている人の割合が高くなればなるほど、大学の価値は低くなる。それまでは高卒資格しか要らなかった仕事でも、学士号が必須になってくる。それは仕事がより高い認知能力を要するものになったからでも、より高い技術を要するものになったからでもなく、採用側が学士号を持っている求職者の中だけから選び、ほかは排除できるようになるからだ。その結果、大卒資格を持たない者の賃金は下がり、大卒者は大学で学んだことを実際にはたいして役に立てられないような仕事に就くようになる。そして政府や民間企業は、大学進学率と卒業率を上げることを狙って実績測定を実施するのだ。
「価値」を得るため、これまでのイギリス政府は国の大学を評価する政府機関をいくつも立ち上げてきたが、その結果、教員が研究や教育よりも書類仕事にますます多くの時間を取られるようになってしまった。測定基準は時間と労力を実際の仕事から管理業務やデータを集める人々に回し、コストを増加させる結果となったのだ。
公教育における測定基準の失敗は、他にも2001年に施行された「落ちこぼれ防止法(NCLB)」がある。ブッシュ政権の初期に施行されたNCLB法のもとでは、各州で毎年3年生〜8年生に算数、読解、科学のテストを受けさせることになっていた。この法律は2014年までにすべての生徒に「学術能力」を身につけさせることを目標に、各学校で比較評価のために選びだされた黒人やヒスパニックも含めた各グループの生徒が、毎年、習熟に向けた「適切な年間の進歩」を見せられるようにすることを狙いとしていた。特定の生徒グループが適切な進歩を見せなかった場合、学校には段階的に増えていく罰則や制裁措置が与えられた。
しかし、施行から10年経っても、テストの点数はどの学年においてももわずかしか上昇していなかった。
NCLBがもたらした失敗は非常にわかりやすいものだ。この実績指標に基づいて昇給や仕事そのものが左右される教師や校長は、他の科目をおろそかにしてテスト対策に時間を費やすようになった。また、学力の低い生徒を「障害者」として評価対象から排除したり、点数の低い生徒の答案を書き換えるといった不正も横行した。
3 警察
犯罪率の減少をうたって取り入れられた測定基準は、それが総合的な数字を改善するよう上層部からプレッシャーをかけられたとき、負の効果を生む。アメリカでは「コンプスタット」と呼ばれる犯罪件数の追跡システムが導入されたが、導入後、罰則を回避するために犯罪を意図的に軽微なものにしたり、犯罪自体を過小報告するという不祥事が発生した。また、検挙率を上昇させるために、麻薬組織本体の摘発といった重大事項が後回しにされ、末端のバイヤーを取り締まるといった行為も見られた。
4 ビジネスと金融
「そうはいっても、能力給が適切な場はある。たとえばビジネス業界だ」と思う読者もいるかもしれない。
ある社会学者は言った。「外的報酬は、内的報酬が比較的得られない作業員にとってしか、仕事の満足度を左右する重要な要素にはなりえない」。そして、ほとんどの民間企業の仕事が、そうした仕事に当てはまらない。
注意すべきなのは、実績を数値化すること自体は問題ではないということだ。人を尺度に沿って評価するのは、別に聞違ってはいない。ただ、その尺度があまりに一面的で標準化できるからと言って、もっとも簡単で測定可能な数少ないアウトブットだけを測るようになると、そこに問題が生じるのだ。
アメリカの製薬会社マイラインは、会社の利益が年16%成長したら経営陣に多額の報酬を与えるという枠組みを新たに策定した。その結果、同社はエピペン(エピネフリンを皮下注射できるペン型器具)の小売価格を、2本入り100ドルから608ドルに値上げした。この間株価は22ドルから73ドルまで高騰したが、世論からの批判と司法省による内部調査もあって、36ドルまで落ち込んだ。桁外れの利益だけを目指した経営陣の努力が、企業の評判を崩壊させたのだ。
実績指標はたしかに役に立つだろうが、経営の主要な機能である先読み、判断、そして意思決定の代わりには到底なりえない。
5 測定主義の罪一覧
・測定されるものに労力を割くことで、目標がずれる
・短期主義の促進
・従業員の時間にかかるコスト
・効用の逓減
・規則の滝
・運に報酬を与える
・リスクを取る勇気の阻害
・イノベーションの阻害
・協力と共通の目標の阻害
・仕事の劣化
・生産性のコスト
最後に述べたいのは、組織や測定対象を実際に知ることのできる特効薬や、その代わりになる方策は存在しないということだ。重要なのはひとつには経験、もうひとつには定量化できない技術だ。重要な事柄の多くは、標準化された測定基準では解決できないくらいの判断力と解釈力が必要となる。最終的に大事なのは、どれかひとつの測定基準と判断の問題ではなく、判断のもととなる情報源としての測定基準だ。そのためには測定基準にどの程度の重みをもたせるのか、その特徴的なゆがみを認識できているか、そして測定できないものを評価できているかどうかわかっていることが重要となる。続きを読む投稿日:2022.03.09
評価のための計測が結果的に教育のレベルを下げてしまったりといった、計測の悪い部分をかなり明瞭に説明した本。成功した医療の分野の話にも触れていてバランスも取れているが、一貫して計測を悪とみなす観点に貫か…れている。続きを読む
投稿日:2024.01.09
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