アドラーをじっくり読む
岸見一郎(著)
/中公新書ラクレ
作品情報
ミリオンセラー『嫌われる勇気』のヒットを受けて、アドラー心理学の関連書が矢継ぎ早に出版された。しかもビジネス、教育・育児など分野は多岐にわたっている。だが、一連の本の内容や、著者に直接寄せられた反響を見ると、誤解されている節が多々あるという。そこで本書は、アドラー自身の原著に立ち返る。その内容をダイジェストで紹介しながら、深い理解をめざす。アドラーの著作を多数翻訳した著者ならではの、完全アドラー読書案内。
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商品情報
- シリーズ
- アドラーをじっくり読む
- 著者
- 岸見一郎
- 出版社
- 中央公論新社
- 掲載誌・レーベル
- 中公新書ラクレ
- 書籍発売日
- 2017.07.10
- Reader Store発売日
- 2017.10.13
- ファイルサイズ
- 1.1MB
- ページ数
- 240ページ
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この作品のレビュー
平均 3.4 (18件のレビュー)
-
フロイト、ユングと並ぶ心理学者・アドラー。近年、彼の心理学を世に知らしめたベストセラー『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さんによる、数々のアドラーの著作のポイントを解説する本です。
まず、「共同体感覚…」というアドラーの重要ワードが出てきます。これ、誤解されやすいとのことで、本来どういった意味なのかの解説があります。家族、学校、職場、社会、国家、人類、過去・現在・未来すべての人類、さらには生物・非生物含めた宇宙全体を指し、自分は(そしてみんなは)それらに属しているという感覚らしいです。「共同体感覚」を持つことが、神経症から抜け出す重要なてがかりのひとつともなるのでした。
また、もうひとつ重要な考え方が出てきます。それは、「ライフスタイル」です。アドラーの使う「ライフスタイル」という言葉は、世界観や自他の人間観のことを言います。「他人は敵だ」という人間観、世界観ではいけないのです。「他人は仲間だ」と思えてこそ、神経症を克服していけます。神経症とは、自分の人生の課題に取り組まないでいる状態だとアドラーは考えていて、人生の課題には、人と関わり合うことがとても大切なのでした。ですから、「他人は敵だ」と捉えていては、神経症は治らないのです。
神経症者は、人を避け、人生の課題に取り組もうとしません。また、自分にだけ関心があり、他者が自分に何をしてくれるかのみに興味があって、ほんとうの意味で他者に何かをしてあげようという気持ちはありません。自分本位なのです。
さて、以下に引用です。
__________
虚栄心のある人は他者の価値と重要性を攻撃する。他者の価値を落とし、そのことによって相対的に優越感を得ようとするわけだが、アドラーがいうように、このような人には弱さの感情、あるいは劣等感が潜んでいるわけである。(p142)
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__________
人生の課題を前にして神経症者はまったく動かないが、神経質者は、時にためらいの態度を取って立ち止まることはあってもまったく止まってしまうということはない。(p143)
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アドラーは「神経症はすべて虚栄心だ」と言ったことがあるとのことです。引用した「虚栄心の強い人」の傾向、人の価値を落として相対的に上がった自分の価値で優越に浸り、自分の人生の課題については無視をするという、こういった人はいったいどう扱えばいいのかって思っちゃいます。まず、本人が自分を見つめて、これじゃいけない、と思わないと始まりません。あと、本書に書かれてもいるのですが、虚栄心のない人はいません。多かれ少なかれ虚栄心はみんなが持っているものです。すごく多い人は神経症になるし、そこそこにある人は神経質的なところを持つとのことでした。
また、これはその通りだ、膝を打った箇所もありました。
__________
社会制度が個人のためにあるのであって、個人が社会制度のためにあるのではない。個人の救済は、事実、共同体感覚を持つことにある。しかし、それは、プロクルステスがしたように、人をいわば社会というベッドに無理やり寝かせるということを意味していない。(p60)
__________
個人が社会制度のためにある、と考えてしまうと、能力主義になったり障がい者排除になったりするのだと思います。2016年の相模原障害者施設殺傷事件って、そういった倒錯した世界観が源にあったのではないかなあと僕は考えています。
ちょっと横に逸れますが、「事前論理」と「事後論理」という、論理を分類したその見方を、本書で教えられました。これは議論の場面に限らず、日常の場面でも、相手の言い分や自分の考えを整理するときにうまく役立てることができるでしょう。
何かがあったとき、「仕組みとしてこうだから、そうやったらこうなるものだ」と現在の状態を肯定して考える「事後論理」は、社会に対してなにひとつ波風を立てません。「仕組み以前に、こうやったらこうなるのだから、そうしたらいいんじゃない」と理想を組み立てる「事前論理」は社会に働きかけるものです。偏見なのかもしれませんけれど(というか経験してきたデータの個数が少ないですから信頼度が低いのですけれど)、事後論理ってとくに女性が言う理屈に多かったりしませんか。それをひとまず合っているものと肯定してなぜかと考えてみると、ジェンダー差別がそうですが、社会的・慣習的な抑圧とそれに対する諦念に傾きやすいからじゃないかと思います。
と、ここまでは、本書の肯定できる面について書いてきました。アドラー心理学は、あれこれ歯に衣着せずにお互いの長所短所を指摘し合える仲間のようなところがあると僕は感じていて、つまり、ここから先は、アドラー心理学あてに「これは違うんじゃないか」と端緒に思える部分を批判していくことになります。
まずは第3章「遺伝や環境のせいにするな」。いやいや、環境は大事ですって、と言いたくなりました。たとえば止まらない暴力の最中という環境で、その暴力と向き合い傷つき、体力や精神力を削られながら細々したマストな雑事をこなして、それから本分の仕事へ向かうのは大変です。それを、「環境のせいにするな」は「厳しい」を超えているのでは。これ、ケアラーにも言えます。仕事ができないのを在宅介護環境のせいにするな、なんて言われても……って思うでしょう? 想定している「環境」がステレオタイプなんじゃないかと思ってしまいます。個別性があるんですよ。
個別性を見ることをせずに思い込みで決めつける、というのはよくあります。「こういう人って多いからこの件も同じだろう」と決めつけてしまう。そして、その決めつけがあてずっぽうなのに多数派ゆえ大方当たってしまうものだから、それに当てはまらない少数の人たちが被害を受けるのです。そして確実にそういった少数派は存在しているのです。
また、そういったステレオタイプを自分の都合よく使う人もいるんですよ。自分が環境を乱したがために家族の生産性が落ちているのに、外部の目をわかりやく多数派の「のび太」型ステレオタイプに誘導して、自分の悪い行動を目くらまししてしまう、というように。で、そう示された外部の人間たちもころっと騙されるものなんです。それだけ、個別性って未知なところがあるし、類型から外れているケースにはまず思いが及んでいないという位置から人間の思考はスタートするわけで、ほんとうはひとつひとつそのままを拾っていかないといけない。頼りない道を歩いていると、誘導されやすいんです。
次にこういった箇所があります。
__________
それにもかかわらず、あれやこれやの理由を持ち出しては課題から逃れようとする。持ち出される理由はいずれも、そういうことならやむをえないと自分も他者をも欺く「人生の噓」である。(p221)
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ここまで言い切るのは問題ではないでしょうか。そりゃあ、怪我を抱えながらでも打席には立つことになります。調子がよくなくても、なんとかヒットを打ちに行く。でも、そんなレベル以上の理由だってあるわけですよ。酷い骨折で離脱するのは人生の嘘ではないし、同様なレベルの目には見えにくいトラブルだってあります。たとえば原稿をやってて、隣室で家族が我を忘れて暴れる音が聞こえてきたら原稿をやってられないものです。そっちに行ってコミットしなきゃいけなくなります。それが続くと、自分の時間もなくなるし落ち着かないわけですが、「やむをえない理由にはならない」と判断するのは違うでしょう。これも個別性を見ないで類型で判断してしまう人間の習性を疑わないことで起こることだろうと思います。
こういうトピックもありました。他者評価なんて気にするな、と説くところです。アドラー心理学の難しいところは、現実の職場の多くで他者評価や競争を強いてがんじがらめにしてくることへの対処が見当たらないところです。また他に、みんなを敵と思わない、なんて説かれていますけれど、問題があるのはその人ひとりではなくて、周囲のみんなもそうなのが現実です。それも、自分よりも混み入っているような人がすぐ隣にいたりします。だから、自分だけよくなろうとしたって、うまくいかないんですよね。相互に影響を与え合っているのが実際の生活の場です。
特殊相対性理論と一般相対性理論を例にとると、限定的な範囲で機能する「特殊」にあたるのが、たとえば座学で学ぶ心理学だったりするのではないでしょうか。「一般」の範囲では論理が破れがちだったりするように思います。
と批判部分はこれで終わりとして、結びにアドラー心理学とアイデアを共創してみます。
アドラーは教育が社会のためにもっとも有効だと考えていたようです。社会を変えるためには政治よりも教育のほうが大事、と僕も考えたことがありますが、しかし、子どもは大人社会をみて真似たりしながら育つものですし社会環境から多大に影響を受けて、いわば「教育」されてしまうものです。とすると、教育のためには大人社会がまず変わらなければならないのではないか、となってきますよね? 教育も、子どもの教育と並行して、成人教育をしないと、となります。成人教育だなんて、字面からしてほぼ悪夢じゃないでしょうか。悪夢にならないために、やわらかく自発的に、話し合いをする感覚で学んでいけたらいいのですけど、……でもなかなかきれいには。
学ぶだけで生活していける社会だったら、話し合いメインの大人社会生活は可能かもしれません。しかし実際には「労働」があります。ですから、多種多様な職種に就いて、多様な現実に生きる人々が、「よき社会」というコンセンサスを形成して、つねに留意するっていう余裕は果たしてあるのかい、となります。
学ぶだけで生活していける社会に近い社会を作れれば、大人社会から影響を受ける子どものための教育にもなる「よりベターな社会」が創れて、なおかつその先の何十年か後にはそうやって育った新世代が社会の中核を担っていて社会を動かしていきます。ぶん投げではあるのですが、AIの進化で「学ぶだけで生活していける社会」に近づいた社会にまずならないでしょうか。AIで労働時間をぐっと減らせられるのなら、そのぶんを学び時間にしませんか。労働の義務、学びの義務の両輪で。さっきも書いたように、悪夢の成人教育ではないような学びの義務で。ソフトにソフトに。でも、誠実に。続きを読む投稿日:2023.11.25
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