こちらあみ子
今村夏子(著)
/ちくま文庫
作品情報
あみ子は、少し風変わりな女の子。優しい父、一緒に登下校をしてくれる兄、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいる母、憧れの同級生のり君。純粋なあみ子の行動が、周囲の人々を否応なしに変えていく過程を少女の無垢な視線で鮮やかに描き、独自の世界を示した、第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞受賞の異才のデビュー作。書き下ろし短編「チズさん」を収録。
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商品情報
- シリーズ
- こちらあみ子
- 著者
- 今村夏子
- 出版社
- 筑摩書房
- 掲載誌・レーベル
- ちくま文庫
- 書籍発売日
- 2014.06.10
- Reader Store発売日
- 2017.07.07
- ファイルサイズ
- 0.2MB
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この作品のレビュー
平均 3.9 (442件のレビュー)
-
『十分間の休み時間のあとにはまだ授業が残っていたが、お腹が減ったと感じたので家に帰ることにした』
…という一文を読んであなたはどの部分に引っ掛かりを感じるでしょうか?私なら『まだ授業が残っていたが』…という部分に引っ掛かりを感じます。まさか『お腹が減った』という部分が重要で『腹が減るのはずいぶん久しぶりのことだった』とあたかもそんな感覚が一切の躊躇なく優先してしまう感覚は普通には理解ができません。では、
『前歯が三本ない。暗い穴が空いているように見える』
…という一文を読んであなたならどうするでしょうか?私なら歯医者さんに行って一日も早く歯を入れてもらいます。まさか『歯茎と穴のでこぼこが気に入ったのでべつにもう歯はいらん』などと思ったりはしません。では最後に、
『母が寝てばかりいるのはこころの病気のせいなのだと、父からは聞いている』
…という一文を読んであなたはそんなお母さんのことをどう思うでしょうか?私ならお母さんは大丈夫だろうか、病院で診てもらっただろうかと思います。まさか『年取った大人が、料理も作らず掃除もせず、骨折したわけでも手術したわけでもないのに、それだけの理由で部屋を占領している。父は母のことを少しは叱りつけてもよいのではないか』なんて、自然な感情として思ったりはしないでしょう。
ここに、あみ子という少女がいます。彼女には、彼女にしか見えないものがあります。彼女にしか聞こえない音があります。そして、彼女にしか分からない世界があります。残念ながら、私たちはそんな彼女の側の世界、言うなれば向こう側の世界には決して立ち入ることはできません。でも、小説ならそんな向こう側の世界からこちら側を見ることだってできるのです。では、そんな彼女から見たこちら側の世界にはどんなものが見えるのでしょうか?どんな音が聞こえるのでしょうか?そして、そこにはどんな世界が待っているのでしょうか?この作品は、そんな向こう側からこちら側を見る少女・あみ子の視点から見た普通の日常が描かれていく物語、今村夏子さんのデビュー作です。
『スコップと丸めたビニル袋を手に持って、あみ子は勝手口の戸を開けた』という冒頭。そんな あみ子は『家の裏手の畑へと続くなだらかで短い坂』を上り、『柿の木のそばまできてから腰を下ろし』ます。『持ってきたスコップをぐっと土に差しこんで、すみれを根こそぎ掘り起こ』す あみ子。再び坂を下りるところで『さきちゃんが竹馬に乗ってやってくる』のを見た あみ子は数日前のことを思い出します。『あの花を持って帰りたい』と『畦道に咲く毒花』を指差す さきちゃん。『駄々をこね』るので持たせてやったものの、翌日『お母さんに怒られました』と言う さきちゃん。『今度はこの子のお母さんにも喜ばれるような花を持って帰らせてあげなくては』ということですみれを用意した あみ子。『さきちゃんはきっと、あみ子のことが好きなのだ。あみ子も同じように、さきちゃんのことを好きだ』と思います。そんな あみ子は『十五歳で引っ越しをする日まで』のことを振り返ります。『父と母、それと不良の兄がひとりいた』という家族。『母は自宅で書道教室を開いていた』という小学生の頃。『赤いじゅうたんが敷きつめられたその部屋のことを、あみ子は「赤い部屋」と呼んで』いたものの、『立ち入ることは母から固く禁じられていた』ために『襖の陰からのぞくことしかできなかった』という思い出。『ふと生徒のひとりがこちらを見ているのに気がついた』あみ子。『丸い大きな瞳でじっと』あみ子を見る男の子は筆を置き『半紙を手に取って、自分の顔の高さまで上げて見せ』ます。『そこには「こめ」と書いてあった』という次の瞬間、『あみ子じゃ』『あみ子が見とるよ。先生』口々に喋る生徒たち。『入っとらんもんね。見とっただけじゃもん』と赤い部屋に立ち入っていないことを主張する あみ子に『あっちで宿題してなさい。宿題終わってない子はお習字してはいけません』と言う母は『毎日学校にも行ってお友達とも仲良くして先生の言うことをしっかり聞いてお行儀よくできるならいいですよ』と続けます。『できますか?授業中に歌を歌ったり机にらくがきしたりしませんか?できるんですか?』と あみ子に詰め寄る母は、言い返せない あみ子の前で襖を『ピシリと閉じ』ました。そんな あみ子は『小学校の同じクラスに赤い部屋で見た男の子がいる』ことを知ります。先生に男の子のことを聞く あみ子は学校にあまり行かないので知らなかっただけで『のり君なら、初めから、ずっといたよ』と教えてくれました。あみ子のことを見ていたあの男の子。『「のり君」、はっきりと声にだして言ってみた』あみ子。そんな あみ子の小学校、そして中学校時代の物語が描かれていきます。
独特な方言が印象的なこの作品では、そんな方言に印象的な描写が加わって時代感の分からないとても不思議な世界が描かれていきます。必ず兄と一緒に下校する あみ子。そこで兄は『墓じゃ。あみ子、親指隠しんさい』と『墓地の前に差しかかると、兄はいつも同じ文句を口にした』というシーン。”親の死に目に会えなくなる”ということから霊柩車や墓地の前で親指を隠すということを子供の頃された方もいらっしゃると思います。そこにこの『○○しんさい』という方言が絶妙にマッチします。広島の方言だと思いますが妙に独特な雰囲気を感じさせます。また、『くさい教会じゃ。あみ子、鼻つまみんさい』と今度は『老朽化した小さな教会の前に差しかかったとき、これもまたいつも通りの文句を兄が口に』します。こちらは特に意味があるものではないと思いますが、そんなある意味で決まりきった日常の繰り返しがなされる中に『その日はそれどころではなかった』と あみ子が感じる出来事がありました。それは『のり君が後ろをあるいていたから』というその理由。書道教室でじっと見られた経験がいつまでも尾をひく あみ子。それは、あみ子が経験した”初恋”の気持ちでした。この作品では、そんな”初恋”に揺れ動く あみ子が見せる行動がその起点から、終わりまでじっくりと描かれていきます。”初恋”を描いた作品と言うと、そういうのはちょっと…と敬遠される方もいらっしゃるかもしれませんが、この作品でポイントとなるのは、そんな”初恋”をする主人公 あみ子という登場人物のキャラクター設定です。
この作品を読み始めた読者は何か不自然な感覚、感情がずっと付き纏うことに気づきます。深刻なはずの場面が妙に軽く、それでいて何のことはない場面が重量級の印象を持って描写される不思議感。作品中で直接的な表現は一切出てきません。しかし、上記したような冒頭部分の違和感のある感覚。『保健室で寝て過ごしたり図書室でマンガを読んだりと、授業には参加せずに独自の方法で下校までの時間を潰す』というような記述から、あみ子は恐らく知的な障害があるというような設定なんだとは思います。しかし、作品中そんな表現は一切登場しません。今村さんは、そのような一言で あみ子を切り離したりはせずに、あみ子側に軸足を置いた第三者視点で物語を描いていきます。そんな あみ子の視点から見る世界は不思議な美しさを纏います。『小さな町に溢れるすべての音がまるで幻のように遠くで聞こえる夕方だった』と唐突に登場するハッとするような情景描写。それは『見上げた屋根の上には高いところから降りてきた雲があった。そこに射しこむ昼間の太陽の残りが、平たい雲を金色に輝かせてみせていた』と続きます。そんな風に目の前の世界を見る あみ子。でも一方で『おれいよいよ限界』と、隣の席の男の子が『風呂入れって言っとるじゃろ、まじで』と言われてもよく理解できない あみ子。そもそも『ほんでなんで裸足なん。上履きは?いやその前に靴下は』とそもそもの自身の身なりに全く気が回らない あみ子。もしくは、気を回すという発想のない あみ子。一方でそんな あみ子の頭の中は”初恋”の相手である のり君のことでいっぱいでした。そんな あみ子の感情が言葉となって現れる瞬間、『あみ子の言葉がのり君をうち、同じようにあみ子の言葉だけがあみ子をうった』という『破壊力を持つのはあみ子の言葉だけ』という予想外の結末へと展開していく物語に、あみ子視点にいる身にはなんとも言えない切ない思いだけが残りました。
解説の町田康さんは『あみ子はまともに生きていけない。仲間はずれ、いじめ、家族からの隔離。でも、本人にはその状況さえよくわかっていないらしい』と書かれている通り、この物語に描かれる あみ子の感情は読者に何かしらの違和感を抱かせるものが多かったと思います。そのような行動をとることでの結果論が見えない、もしくは読めない あみ子のもどかしさを感じるその物語。しかし一方で、あみ子は美しいものを素直に美しいと感動できる純真無垢で、常に真っ直ぐに、一途に物事を捉えていく、そんな内面を持っていました。残念ながら、その両者が交わることはありません。現実世界は あみ子のような人間にとってとても生きづらい世界でもあります。そんな現実に立ち返る結末、あみ子のいる向こう側の世界からこちら側に引き戻される結末には、読者の中に何か妙な引っ掛かりが残るのを感じます。こちら側からは違和感の象徴でしかないあみ子、しかし、その あみ子の側の世界を見てしまった読者は、それを違和感と単純に切り捨てることが出来なくなっています。これが、いつまでも読者の中に引っ掛かりとして残り続ける、それがこの物語なのだと思います。
三編からなるこの作品ですが、正直なところ、〈こちらあみ子〉の読後に感じる妙な引っ掛かり感によって、続く二編の印象がすっかり薄くなってしまいました。〈こちらあみ子〉、圧倒的なインパクトを持つこの作品。こんな作品がデビュー作!という驚きと共に、あみ子のことをいつまでも考えてしまう自分がいる、何か引っ掛かりをいつまでも感じてしまう自分がここにいる、そんなとても不思議な印象の残る作品でした。続きを読む投稿日:2020.10.10
ページ数は少ないし、すごく読みやすい。
サクサク読める。
だけど一気読みはできませんでした。
収録の3作品とも重要なことが明示されてないから
注意深く読むし、考えながら読む。
だからこそ読み終わると…なんだか頭も心も
ズシンッとくる。
そんな内容だけど笑っちゃう文章表現もたくさん。
素晴らしい読書体験できた。と思える作品。
繰り返し読みたくなるし、
「こちらあみ子」、「ピクニック」は
Youtubeで斉藤紳士さんが
考察しててすごくしっくりきました。続きを読む投稿日:2024.04.06
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