古事記
池澤夏樹(訳)
/河出書房新社
作品情報
日本最古の文学作品を作家・池澤夏樹が新訳。原文の力のある文体を生かしたストレートで斬新な訳が特徴。画期的な池澤古事記の誕生!
【新訳にあたって】
なにしろ日本で最初の文学作品だから、書いた人も勝手がわからない。ごちゃごちゃまぜこぜの中に、ものすごくチャーミングな神々やら英雄やら美女が次から次へと登場する。
もとの混乱した感じをどこまで残すか、その上でどうやって読みやすい今の日本語に移すか、翻訳は楽しい苦労だった。(池澤)
解題=三浦佑之
解説=池澤夏樹
月報=内田樹、京極夏彦
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この作品のレビュー
平均 4.2 (29件のレビュー)
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まずは古事記の成り立ちについて。
元明天皇(天智天皇の皇女)が、大朝臣安麻呂(おおのあそみやすまろ)という官僚に対して、天武天皇が稗田阿礼(ひえだのあれ)にという記憶の天才に口付から教えた正しい歴史を…文字にして残せと命じたもの。それを受けて安麻呂は、古い音声を漢字に移すのに苦労しながら、古事記三巻として和銅五年正月に奏上した。
上巻は国の始まりから、神々の時代。大国主が治めていた地上を天上界の神の天照大御神に譲り、現代にも続く天皇家の血筋が作られた。
中巻は、初代神武天皇から十五代応神天皇の時代で、神々と人間とが融合している。
下巻は、十六代仁徳天皇から三十三代推古天皇の時代で、終盤になると現代の教科書にも乗っている歴史上の人物であり、神性は消えて人間の時代となっている。
池澤夏樹版の現代語訳としては、
古事記での言葉のリズムや言葉遊びを大事にして、現代語や現代用語に読みくだすもの。本文の下に訳注を載せて、当時の風習や名前の意味などを解説している。ところどころで池澤さんの楽しいツッコミもあり(笑)
現在使われている言葉の語源や地名のいわれにも触れられて、日本語の語源はここにあったのかなどとも思わせられる。
人名に関しては、出てきた最初は漢字表記(天照大御神/アマテラス・オホミカミ)、次には漢字と読み仮名、そしてカタカナ表記(アマテラス)へと変えている。
古事記においての名前というのは、当初は交互で伝わったのを漢字に変えたもの、またはその人物の役割により跡付けて名前が付けられたもの(美女と言われているから「髪長比売かみながひめ」という名前になった、とか)なので、それぞれの名前を表記と訳注で解説されている。
しかし神からの血筋紹介でもあるこの古事記において、多くの人名が何ページにも渡って列挙されているが、現代読者としてはほぼ飛ばし読み。そのため名付けによる地位や役職のルールもよくわからずでした、ゴメンナサイ(^_^;)
「物語」としては、神から人間に受け継がれた血筋の説明、勢力争い、色恋沙汰などがかなりスピーディな展開で語られる。
性交して便所に入って嫉妬して反乱を起こして、神とその血筋の者たちとはいえ、彼らの行動は実に人間らしい。以下「物語」としていくつかの箇所を記載。
【夫婦】
❐イザナギとイザナミ(上巻)
出会ったときは「俺には余ったところがあるんだ」「私には足りないところがあるの。では合わせましょう」などと初々しくあけっぴろげに性愛を語った伊邪那岐命(イザナギ。性行為に誘うの意味)、伊邪那美命(イザナミ)だったのが、やがて妻イザナミが死ぬと黄泉の国でのやり取りのあと「あなたの国の人間を一日1500人死なせてやるわ!」などと壮絶な夫婦戦争に(-_-;)。
❐オオクニヌシと妻たち(上巻)
後に大国主となり地上を治めるオオムナヂのカミには多くの妻たちがいた。
建速須佐之男命(タケ・ハヤ・スサノヲのミコト)の娘の須勢理毘売(スゼリビメ)は、積極的に夫を選び、オオクニヌシの正妻になった。他の妻たちはスゼリヒメに遠慮して過ごさなければいけなかった。しかし大国主はそのスゼリビメ一人のところに留まったわけではなく他にも妻たちのところへ行き多くの子を成した。スゼリヒメと大国主は歌を贈り合い、大国主はスゼリビメの元に留まることになった。
❐八十年待たされた女?!
二十一代雄略天皇は、ある美女を見て迎えに来ると約束した。美女はそのまま八十年待ったが迎えは来ずについに自ら宮廷に上がった。約束をすっかり忘れていた天皇は「おまえはどこ老女だ?」といって追い返そうとしたが、約束を思い出し、でも今更妻にはしたくないのでお金をもたせて帰したらしい。
訳注によると実際は十年くらいだろうって。でもこの時代だったら20歳後半でもう老女扱いだろうし、しかし天皇自ら口約束されたら別の結婚なんてできないし、こういう女性は多かっただろうなあ。
❐性表現
やたらにホト(女性器)という言葉が多いんだ。そして排泄行為や生理の血のこととかもそれなりに描かれている。古代人間において、それらは当たり前のことで実におおらか。
【出産】
❐イザナミ(上巻)
火の神を生んだために女性器が焼けただれて死んでしまった…勘弁してくれ(;´Д`)
❐コノハナサクヤヒメ(上巻)
アマテラスの孫で地上に使わされた番能瓊瓊杵尊(ホノニニギのミコト)は妻の木花開耶姫(このはなのさくやびめ)が、結婚後すぐ妊娠したため疑いを持った。コノハナサクヤヒメは自分の子供が神の子であることの証明として火を放った産屋で出産したのでした。…あっちこっちに妻を取り子孫を増やしていってるのに子供ができたらできたで疑ってるのか、面倒臭いなあ。
❐海のものと地上の人間
ヤマサチヒコが海の底の国にいたときに、海の神の娘である豊玉毘売命(トヨタマビメのミコト)と結婚した。トヨタマビメは鮫の化身であり、出産するときに鮫の本体を見られたため恥しがりヤマサチヒコのもとに子供を残し住居を分かつことに。しかしこの鮫の子が後の神武天皇。神も人も動物も境がなかったのだろうかと思う古代血脈物語。
【兄弟・兄妹】
❐ウミサチヒコとヤマサチヒコ(上巻)
コノハナサクヤヒメが命がけで生んだ三人の兄弟だが、その後兄の海佐知毘古(ウミサチビコ)は、弟の山佐知毘古(ヤマサチビコ)と壮絶な兄弟喧嘩の末、弟の部下になることになる。
さて。古事記でも名高い美女の木花咲耶姫だが、姉とは別れ夫には浮気を疑われ息子たちは争い、権力者の美人妻も大変ね。
❐サホビコとサホヒメ(中巻)
十二代景行天皇の后、沙本毘売命(サホビメのミコト)は、同母兄の沙本毘古王(サホビコのミコト)に「夫と兄とどちらが愛しいか」と聞かれてつい「兄のほうが愛しい」と答えてしまう。その結果サホビコが起こした景行天皇への反乱に加わる。景行天皇はサホビメを取り返そうとし、サホビメも夫の天皇を愛しく思うが、同じ母を持つ兄との絆は自分の命も超えていた。サホビメは景行天皇に、自分が死んだあとの息子の育て方、次の妻を指示して兄とともに亡くなる。
サホビメの行動はどっちつかずな気もするが、どっちも裏切れずに自分が死ぬしかなかったのだろうか。
❐恋愛倫理について
木梨之軽王(キナシ・ノ・カルのミコ)は、同母の妹の軽大郎女(カルホのオオイツラメ)と恋において糾弾される。異母妹や、自分の母ではない父の妻を娶ることは許されたが、同じ母から生まれた相手と結ばれることは人倫に外れることだった。彼らは共に死ぬ。
古事記に記載されるにあたって「人倫が無い」ということで、行動により後で付けられた名前。
❐皇子→動物番→天皇
意祁王(オ・ケのミコ)と袁祁王(ヲ・ケのミコ)の兄弟は、父が殺されたあと逃れて動物番をしながら生きていた。その後血筋が認められて都に復帰、まずは弟が二十三代、兄が二十四代の天皇になる。この兄弟は人生山あり谷あり大逆転ぶりも面白いが、互いに譲り合い助け合い力を合わせて困難や戦いを乗り越えている。
【勢力争い、反乱】
古事記においては去った者たちへの記述が多い。
❐大国主から天照大神への国譲り(上巻)
大神様アマテラスだが、弟スサノオが暴れたら岩戸に隠れたり、地上の主を誰にするか悩んだり、案外神様っぽくない。しかし古事記の上巻終盤あたりからは天皇家の血筋になるのだが、上巻では国を譲る側のオオクニヌシたちの話にもページを割いている。
❐ヤマトタケルの物語(中巻)
主流の血筋から去ったものの中でも倭建命(ヤマトタケルのミコト)に関しては古事記で唯一生まれてから死ぬまで、その心情に至るまで記載されている。
ヤマトタケルは、十二代景行天皇の息子で、生まれたときの名前は小碓命(ヲウスのミコト)。父に、兄の大碓命(オホウスのミコト)を諌めよと言われて殺したことから、父に疎まれ(そりゃあいきなり殺しちゃったら警戒されるだろう…)、国中の反乱者たちの成敗に向かわせられる。父は自分の死を望んでいるのだろうかと嘆きつつも従うしかなかった。ヤマトタケルが死んだらその魂は白鳥となって飛んでいった。
❐高行くや(中巻)
十六代仁徳天皇は幼名を大雀命(オホ・サザキのミコト)といった。その弟、速総別王(ハヤブサ・ワケのミコト)は、兄が思いを寄せる腹違いの妹の女鳥王(メドリのミコ)を妻とする。メドリのミコは夫に「あなたはヒバリより高く行くハヤブサでしょう」と歌い反乱を囁く。結局その反乱は失敗に終わり、彼らは共に死んだ。
この「高行くや」の挑発的な歌の部分が高校の教科書に載っていた。
❐古事記版ハムレット?
二十代安康天皇は、親族の大日下王(オオクサカのミコ)を殺し、その妻を奪った。ある時自分の父が叔父に殺されたことを知った7歳の目弱王(マヨワのミコ)は、天皇の首を斬り、配下の都夫良意富美(ツブラ・オホミ)の館に逃げ込む。安康天皇の息子の軍に包囲されたツブラオホミは、自分を頼みにしてこに家に逃げ込んだ王子を見捨てるわけには行かないと、マヨワ王子と共に死ぬのだった。格好いいが格好良すぎる、どこか創作を感じるのだが、この去った者を格好良く哀愁漂うように書くのが古事記なのだろう。続きを読む投稿日:2020.01.04
今となっては複数ある現代語訳古事記の一つであり,膨大な固有名詞を上手く整理しているところが本書の特徴である。
投稿日:2024.01.06
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