この作品のレビュー
平均 3.2 (51件のレビュー)
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『私はこの小説に、作家として、ある道を閉ざされた。この小説を読んだのは、2010年の春だ。冒頭の一文で、私はもう動けなかった。 ー 西加奈子 ー』
小説の最後に〈解説〉というものがついていること…がしばしばあります。小・中・高の生徒だった時代の私は、夏休みの読書感想文と言えば、作品の内容など一文も読まずに巻末の〈解説〉を適当に繋ぎ合わせて原稿用紙を埋めておしまい、私にとっての〈解説〉とは、そういった存在でした。そんな私が一年半前に読書の世界にはまり、作品の内容に魅せられ、こうやってブクログにレビューを書くようになると、〈解説〉に対する思いは大きく変化しました。”う〜ん、そんな風には読み込めなかった!凄いな、この解説の人!”、と感じるものがある一方で、”何、これ?もしかして、これでお金もらったの?”というような酷いものまで、そんな〈解説〉自体にも感想を持つようになりました。本というものには、このような〈解説〉がつき、立派な装丁がなされ、さらには広告の帯までがついてその作品を盛り上げます。私たちはそれらに魅せられて、その作品を手にすることにもなります。しかし、どこまでいっても大切なのは、やはり作品自体であることに違いはないでしょう。
小説にも色んな作品があります。本文を読み終えて、それで十分な満足感、納得感を得られれば、それが一番です。しかし、読み終えて、気持ちが収まらない、なんとか気持ちを落ち着かせたいと感じるものもあります。
島本理生さん「あられもない祈り」、この作品はそんな気持ちが収まらないと感じる小説の代表格だと思います。なんともやりきれない、息の詰まるような読書を強いられるその作品。そんな読後には、揺らぐ気持ちを収めてくれる〈解説〉が待っていました。西加奈子さんによる『私はこの小説に、作家として、ある道を閉ざされた。』から始まるその〈解説〉。これを読んで読者の私は救われた!息が詰まりそうな閉塞感の中から、私を連れ出してくれた!そんな風に感じさせてくれた西加奈子さん。超一流の作家さんはやっぱり違う、と改めて感じると同時に、私の中で、この作品自体が決着していくのも感じました。〈解説〉とペアで読むべき作品、そうでないと収まらない、息が詰まりそうな鬱屈とした感情の世界を描いたこの作品。そんな『この小説を発表する気がなかった』と、おっしゃる島本理生さん。それは、『私は、もうどうなってもいいからあなたに会いたいと思った』という『私』と『あなた』の二人の世界を狂おしく描く恋愛小説です。
『三年前の夏の日、私たちは岩場の陰で、日の入りを待っていた』という海辺、『眠たくなったかな』と、柔らかく尋ねた『あなた』に、『少しだけ』と『恥ずかしくなりながら答えた』主人公の『私』。そんな『海からの帰り、真っ暗な山奥の国道を走りながら』、『俺と付き合ってください』、と言った『あなた』。しかし『フロントガラスを見つめたまま、首を横に振った』『私』。『その後も何度か同じやりとりがくり返されたけれど』、『友人にはなれるけど付き合うことはできない』と『告げたのを最後にあなたからの連絡は途絶えた』というそれから。そして翌年のこと、『会社の給湯室を出たところでばったり会った渡部さんから、あなたが婚約したことを知らされた』『私』。結婚式に行こうと誘われて
『行ければ行きます』と答えた『私』は、その一方で『父が倒れ』たと母親から連絡を受けました。『下がることのなかった高熱は父の脳細胞をこつこつと破壊し続けた』という深刻な病状は、父親からすべてを奪います。『その直後から、電話が頻繁に鳴り始めた』と、『生活の行き詰まりを訴える母の口座に』お金を振り込む『私』。『幼い頃から、父は羽振りが良くなると若い女優を連れて旅行に出てしまい、母はそのたびに生活に困窮し』、以前から仕送りはしていたという状況。母親からの電話を切ると『大学院の研究室で、助手をしている』直樹が『実家ともめてんの』と話しかけてきました。神社の神主を継ぐのが嫌で田舎から出てきたという直樹。そんな彼と出会って『一緒に暮らし始めてしまったことを後悔』している『私』は八方塞がりの状況。そんな『家族と恋人、どちらか一方を切り捨てた時点で完璧にもう一方へ呑まれることも悟っていた』という『私』の元へ『「happy birthday」のタイトル』のメールが届きました。『色々あったけどこれからは友人として親しくできれば』という『あなた』からのメールをきっかけに食事をすることになった二人。そんな翌日、『お金を持って、逃げられたのよ』と、知り合いにお金を騙し取られ『もうみんなで死ぬしかないわね。だから、お願い、本当に今度だけだから』という母からの連絡に、またお金を振り込んだ『私』。そんなどん底の日々の中、『ひさしぶり』と『あなた』と偶然に再開した『私』に『気になって携帯に電話をしたら、異様な雰囲気の男性が出』た、『君はいったい、大丈夫なのか』と訊く『あなた』。そんな『あなた』は、『これは俺が持ってる別荘の鍵です。君が好きなときに使ってください』と、『私のジャケットのポケットに鍵と住所のメモを押し込』むのでした。すぐに『使えません』と即答した『私』。しかし『あなたの別荘は、海岸の国道沿いにある一軒家だった』と、結局、別荘を一人訪れぼんやりと佇む『私』の前に、『なにか分からないことはないかな』と『あなた』が突然現れました。そして、そんな『私』と『あなた』の二人の世界が描かれていきます。
『この小説を発表する気がなかった』と西加奈子さんに語ったという島本理生さん。そんな島本さんが世に送り出したこの作品は『「あられもない祈り」は、「私」と「あなた」の物語です』というように、『私』と『あなた』という閉じられた世界の中に、もう鬱屈と言っていいほどの『私』の悶々とした感情が描かれていきます。しかし、そんな作品からは不思議とドロドロとした印象は受けず、外の世界の風景が印象深く感じられます。まずは、このことを先に書きたいと思います。この物語で、そのような感覚を受けるのは島本さんの卓越した情景描写にあると思います。作品冒頭、海に出かけた二人の場面が描かれます。そんな二人の目の前にあるのは『やがて炎を流し込んだような海がやって来た。夕暮れに染まった海は、生々しい傷のように見ているだけで息苦しさを覚えた』という大自然の圧倒的な光景でした。『炎を流し込んだような海』という大胆なまでの表現が、二人がいる場をダイナミックに盛り上げる一方でどこか不穏な印象も抱かせます。一方で、同じ夕景でも、『あなた』の別荘での二人の前に広がる風景は印象が異なります。『輪郭の溶けていく時間帯。ブラインド越しに、細くて鋭い西日が床に差していた』という情景。そして陽が落ちていき、『私は衿元を直しながら、遠い夕暮れの空を見上げた』という眼前には『もう星がまばらに浮かんでいる。月はとても澄んだ白い光を水辺に滴らせていた』と、とても穏やかな情景が広がります。この自然の描写と『私』の心の内が絶妙にリンクして、読者は『私』の心の内が描かれずともこの自然の描写から、『私』の心の内を感じ取れるようになっていきます。上記したような光景は、いずれも開放感のある大自然の描写であり、そこに閉塞感は感じられません。また、他にも『あなたはすべてをとらえて奪うことで、初めて、私のもとに肉体を還してくれた。濡れて黒光りする石の道を、灯籠の道案内が照らしている』といったように心の内を外の世界の描写で例える表現が頻出するこの作品。この美しい描写の数々が、内へ内へと籠るこの物語が不思議と閉塞感に包まれきらない理由なのだと感じました。
そんなこの物語は、島本さんがおっしゃる通り『「私」と「あなた」の物語』、まさしく二人だけの世界の物語が描かれていきます。〈解説〉の西加奈子さんはこのことを『もちろん「私」の周囲には、恋人である男性も母親もいるし、「あなた」には婚約者が、そしてふたりには、共通の友人もいる』と、登場人物は決して二人だけではなく、描写に割かれている文章量から見ても他にも作品には欠かせない登場人物がいることを指摘されます。しかし、『この物語の中にいるのは、ふたりだけ』と言い切る西加奈子さんが言う通り、この物語の中に存在感を感じるのはあくまで『私』と『あなた』の二人だけです。そう感じるのは何故でしょうか?一つには、他の人物が『私』の人生に障害となり続ける人たちだからということはあると思います。『若い女優を連れて旅行に出』るなど自由奔放に生き、遂には病床の人となった血の繋がらない父親。『もうみんなで死ぬしかないわね』と、何かと理由をつけて娘に金を無心する母親。そして、『大声を出して手をあげたり、一番問題なのは酔った勢いでつまらないものを盗んでくる』同棲者の直樹など、『私』は、彼らに振り回される人生を送っていました。そんな中でついには『左手首に力を込めたり、振ったりするたび、縫い合わされたばかりの皮膚が包帯の下で引きつった』と、リストカットを繰り返していく『私』。『あなたに再開したのは、そんな地獄の季節の最中だった』というように『あなた』はそんな地獄にいる『私』に手を差し伸べる救い主かのように再び『私』の前に現れました。そんな『私』は、やがて『あなた』への感情が『幸福であろうと不幸であろうと、人間は慣れているものに親しみを覚え、そこに帰ろうとする』感覚であることに気づいていきます。『指揮者の一振りみたいに、すべてはあなたの言葉で始まり、あなたの言葉で終わった』、『あなたは私の中の海をさらっていってしまった。それは一生、あなたのものだ』というように、印象的な言葉で『あなた』への思いを吐露していく『私』。しかし、そんな『あなた』はすでに既婚者であり、叶うことと叶わないことがあることも『私』は気づいています。この狂おしく格闘する『私』の内面がひたすらに描かれていくこの作品は、読者自身がそんな悩みの渦中にいるような錯覚さえ受けるほどです。それは、『私』という一人称視点の物語が『あなた』と、名前を語るでもなく、ただ『あなた』という表現で、その狂おしい彼のことを呼び続けていくからだと思いました。そう、この作品は、読者の気持ちが萎えているような状態では決して読んではいけない作品、読者の気持ちまで負のスパイラルの中に巻き込んでしまいかねない、非常に危険な作品だと思いました。
島本さんは、そんな二人の物語をこんな風に語られます。『名前すら必要としない二人の、密室のような恋愛を通して、幼い頃からずっと自分を大事にできなかった主人公が、生きるための欲望を得るまでを書きたいと思いました』。結末に向かって島本さんの考える方向へと物語は希望の兆しを見せます。しかし、それは島本さんらしくはっきりと描かれるものではなく、結末に至っても物語に取り込まれそうになる感覚は十分には抜け切らずに幕を下ろします。
『読んでいて苦しい。本当に苦しい。でも逃れられない』と語る〈解説〉の西加奈子さん。私たちはリアルな毎日の中に、人それぞれに重いものを背負いながら生きています。自分の人生は自分のもの。どんなに辛くてもその現実からは逃れることはできません。一方で小説世界というものはあくまで架空の世界の物語であり、そこに登場する人物は想像上の産物に過ぎません。そのような人物がどんな苦労を、苦難の人生を送ろうがそれはフィクションです。そんな苦労や苦難を読者が背負いこむ必要は当然にありません。しかし、この作品を読んで危うくそんな主人公の苦労や苦難の人生に巻き込まれる怖さを感じました。『書いている最中、体の内側から言葉が引きずりだせれるような、どろっとした熱い感覚がまとわりついていました。読んで下さった方に、その熱が伝われば幸いです』と語る島本さんの思いが伝わり過ぎるほどに伝わってしまうのがこの作品。
ブクログのこの作品のレビューは惨憺たるものです。激しい嫌悪感を示される方のレビューをこんなにも目にした作品はあまりないのではないかと思います。それは、この作品に危うく囚われそうになった読者が必死の思いでそこから抜け出した、そして、この危険な作品に二度と近づきたくない!このレビューの荒れ様は、そんな読者の激しい嫌悪感からくるものなのかもしれません。
読者を負のスパイラルに引き摺り込む蟻地獄のような怖さを持ったこの作品。息が詰まるような鬱屈とした作品世界の中に、一方で島本さんらしい美しい表現の魅力にも囚われた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.07.05
文学的、詩的すぎる文体に読みにくさを感じながらどうにか頑張って読み切りました。
正直かなりメンタルが落ちてしまいました。。
「わたし」にはもっと自分を大切にできる恋愛をしてほしい。投稿日:2023.12.07
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