真空地帯(新潮文庫)
野間宏(著)
/新潮文庫
作品情報
木谷上等兵は二年の刑を終え原隊に戻ってきた。なぜ自分が無実の罪に問われたか、誰が自分を陸軍刑務所に突き落したのか? 秘密のカギを握る者は誰だ、そして真の“犯人”は! 巧みな構成の展開にしたがい“秘密”の核心は軍法会議、すなわち天皇制絶対主義のからくりに集約される。戦後はじめて、軍隊機構の末端である兵営の緻密な描写を通して、日本軍国主義を批判した問題作。
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この作品のレビュー
平均 5.0 (2件のレビュー)
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このレビューはネタバレを含みます
軍隊機構の末端である兵営の緻密な描写を通して、日本軍国主義を批判した問題作。とのこと。
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初めての野間宏。
最初は退屈な小説だな、と思いました。木谷のことも、曾田のことも、軍隊のこともあまり掴めなくて、さらに物語がなかなか動かない。
でも、中盤から、色んなことがわかってくると、俄然面白くなって先が気になりました。
戦争に関する小説だと、何かしろ天皇の存在とか、当時の社会的な思想のようなものが見られるのだけど、この本はそうではなかったです。
単純に、組織機構の腐敗に的が絞られていたように思います。悲劇的な雰囲気もありません。
だから身近で読み易くもありました。野間宏の文章はあまり読み易くはなかったけれど、組織のイメージはつきやすかったです。
ストーリーの本質ではないけれど、私がとても興味深かったのは、学徒兵です。
学徒兵でちょっと要領が悪い者が居たりすると、よってたかって攻撃する。男性の世界、力の世界と言えども、女性的ですらあるなあと思いました。
そして、タイトルでもある「真空地帯」とは兵営のことで、本文に何度か真空地帯が出てきます。
「たしかに兵営には空気がないのだ。それは強力な力によってとりさられている、いやそれは真空管というよりも、むしろ真空管をこさえあげるところだ。真空地帯だ。ひとはそのなかで、ある一定の自然と社会とをうばいとられて、ついには兵隊になる。」(p.231)
「彼の求めているのは欲望の遂行だけだろうか。そいつをやれば、たしかにその時、真空地帯の上に虹がかかる。彼はその虹の上をわたって地帯の外へでて行くのだ。どこか外へ、・・・・・・とおいところへ、こえて行くのだ。」(p.224)
「曾田は機関銃中隊横から酒保の方がくをかえながら考えたが、彼はあの木谷の打った拳骨の打撃が自分の身体をとらえているものをこなごなに打ちくだくのを感じた。木谷の手は真空地帯をうちこわす。」(pp.413-414)
うまく私には解読できないんですが、兵営は「真空地帯」という表現がとても斬新に思えました。ただ、社会と隔絶されているとか、孤立している、とかではなく、「空気がない」。
空気がなければ人間は死んでしまうんだけれど、生きている。空気のないところで兵隊は生きている。それは本当に生きている状態なんでしょうか・・・?
そして木谷は、その空気のない兵営で、流れに身をまかせて、ただ時間が過ぎるのを待っているのではないのです。
ストーリーは、なんだか釈然としないまま、木谷は大きな濁流に呑まれ、目的を果たせないままに野戦送りになって終わります。
これが軍隊か、と現実を突きつけられたような気がしました。
この話は、単に軍隊について書かれた、過去の物語ではなくて、巨大な組織の末端という存在について考えさせられます。決して現代とも無関係ではないと思うのです。
最後に、安西(学徒兵)がノートに書き散らしたという言葉が興味深いので書き留めておきます。
苦しいか、おい、苦しいか、苦しいといえ。
心などもうなくなってしまった。自分をどうすることもできない。犬のようにたたきまわされても、なんともないし、ひとりでに手があがるだけ。
自分がこんなになるとは思えなかった。胃袋が口のところまででてきている。
靴は重いし服はだぶだぶ。ざらざらざら。おかあさん・・・・・・また、今日も蝉、せみです。
この言葉の意味は結局解釈できないままでした。投稿日:2011.07.02
最初は少し退屈だった。本の厚さを見ながら読むのを止めようかとも思った。しかし、木谷が真情を語り始めるに連れ、次第に引き込まれていった。
人は誰しも、自分を大事にしながら生きている。仕事の後、一杯の珈…琲でも、或いは公園のベンチでの缶ビールでも、ささやかな慰めを自分に与えて生きていく人がいる。一丁四方の兵営という真空地帯の中でも、安西二等兵は利己的な手抜きで自らを慰め、安西を気遣い不寝番の交代を申し出る弓山二等兵は、幹部候補生の試験に希望を見いだしている。
しかし、軍法会議と陸軍刑務所は、そんな兵隊の一人だった木谷上等兵のささやかな自尊心を完全に打ち砕き、便紙一枚の自由すら与えない。刑期を終えた木谷の心に残っているもの、それは憤怒、復讐心、そして何より、真実を知りたいという思い。おそらくそういった感情が綯い交ぜになった状態で、彼は中隊に戻ってくる。
大岡昇平、五味川純平、野間宏・・・。彼らは、多感な時期に経験した理不尽なる軍隊経験をドラマチックかつ私小説的に描き出し、戦後派と呼ばれた。本書も刊行後一年を待たずに映画化されたくらいだから、その同時代的共感の大きさを窺い知ることができる。しかし、60余年を経た今日では、戦後派文学は殆ど読まれない。最早理解できない、エグさについていけない、というのが現代的反応だろう。しかし私は、この兵営という真空地帯とそこにささやかな自己を抱えて生きる兵隊たちを、現代の会社や社畜たちのデフォルメのように感じた。70年の時を超えて、押し潰されていく木谷の悲痛な声に心揺さぶられ、その意味で久々に文学することができた。続きを読む投稿日:2015.01.25
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