僕の明日を照らして
瀬尾まいこ(著)
/ちくま文庫
作品情報
中学2年生の隼太は、この春に名字が変わった。シングルマザーだった母が、町で人気の歯医者と結婚したのだ。すごく嬉しかった。なのに…。優ちゃんはときどきキレて隼太を殴る。母さんは気づかない。隼太が、優ちゃんの抗議をものともせず全力で隠しているからだ。この孤独な闘いから隼太が得たものはなにか。友だち、淡い初恋、そしてこの家族に、選択の時が迫る。
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商品情報
- シリーズ
- 僕の明日を照らして
- 著者
- 瀬尾まいこ
- 出版社
- 筑摩書房
- 掲載誌・レーベル
- ちくま文庫
- 書籍発売日
- 2014.02.06
- Reader Store発売日
- 2014.03.11
- ファイルサイズ
- 0.2MB
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この作品のレビュー
平均 3.8 (56件のレビュー)
-
『ずしりと重い頭を振ってみる。今日は何度か床に打ち付けられたから、まだぼんやりしている。そっと目を開けると、さっきまで僕を殴っていた優ちゃんは、すっかり力をなくして部屋の隅に座り込んでいた』
全国…の児童相談所に毎年13万件を超える対応依頼があると言う児童虐待。多くの親は虐待を行っても、それを認めようとはしない現実があると言うその実態。”虐待をする特別な親”というものがこの世に存在するわけではありません。誰もがその可能性を秘めている児童虐待。『親に殴られたらことがトラウマになって、虐待を繰り返す人が30%もいるんだって』という虐待の連鎖が生む悲劇。虐待をする側にも何らかの理由がある。虐待をしてしまう何らかの理由がある。この作品は、当時、現役の中学教師だった瀬尾まいこさんが、虐待される側の中学生の視点で、虐待のある家庭の日常を淡々と描いていく物語です。
『いつの間にか部屋の中は真っ暗になっていた。一時間くらい攻められていたんだ』と気づくのは『二年生に進級すると同時に、僕は上村隼太から神田隼太になった』という主人公の隼太(しゅんた)。『スナックローズの息子だった僕は、スナックローズの息子兼神田歯科の息子になった』という再婚者の歯科医でもある父・優ちゃんは『すっかり力をなくして部屋の隅に座り込んでいた。苛立ちの塊だった優ちゃんは、今はただの抜け殻になっている』といういつもの光景。『何をきっかけに、何のはずみで?ちっとも思い出せないし、思いつかない』というその原因。『結局僕にも優ちゃんにも原因なんてわからないし、そもそも原因なんてないんだから』という虐待の理由。『ごめん…。どうして同じことを繰り返すんだろう』と『優ちゃんは少し震えたまま、ぼそりと』つぶやきます。『俺は本当に最低な人間だよな。謝るならしなきゃいいのに、本当に最低だ』と悔悟の父に『いいって。でも、優ちゃん、頭はやめて。マジでくらくらした。目の前に星が見えたし』と冷静に答える隼太。『こんなにちっぽけな弱々しい大人を、僕は優ちゃん以外に知らない』と感じる隼太。『許せないことを俺は繰り返している。俺、もうこの家で生活できない。この家にいちゃいけない』と続ける父の言葉を『また始まった。僕を殴り始めてから、何度も聞いた優ちゃんの告白』とあくまで冷静な隼太。『自分のことをなぎさに打ち明けようと思う。隼太に、暴力を振るってしまうことだ』と言う父に『僕がいいって言ってるんだからいいじゃない。それに、そのうち収まるよ』とあくまで二人だけの秘密にするという隼太。『僕だって、殴られるのは嫌だ。ただただ痛い。突然豹変して、止まらなくなる優ちゃんは恐ろしい』と思う隼太。しかし隼太は、『でも、僕はもっと怖いものを知っている』と過去を振り返ります。『いつも頭に浮かぶのは一人で過ごしていた夜だ』という幼い頃の隼太。『お母さんは夜も働きに出た。僕はたった一人で夜が終わるのを待った』という幼き日々。『優ちゃんが来るまで、僕はそんな夜を何年も何年も過ごしてきた』と一人の夜の辛さを思い出す隼太。そんな隼太は『優ちゃん、治してみよう。一緒に治そう。殴るだけ殴って、自分の都合で出て行くとか、最低だよ。そんなこと僕は絶対に許さない。裏切らないでよ』と父にはっきり言います。『あ、ああ』と『優ちゃんは心細そうにうなずいた』という父と子の虐待を乗り越えるための試行錯誤の日々が始まりました。
中学生に対する児童虐待という非常に重いテーマを取り上げたこの作品。そしてそんなテーマを描く瀬尾さんは執筆当時、現役の中学教師という立場でした。中学校における授業風景、部活への取り組みなどのリアルな描写は現場での経験が間違いなく反映されているのだと思います。そして、中学生という思春期の中でも一番微妙な年齢にある主人公・隼太の描写で思春期ならではの感情をもリアルに取り上げていきます。『「うざい」や「死ね」という言葉をみんな平気で親に言っている』という友人たちを一人冷めた目で見る隼太。『もう大人になりつつある僕たちには、かまってくる親がうっとうしくてたまらないのだ』、でも『もちろん、僕だって同じだ』と言う隼太。しかし『だけど、反抗したってどうしようもない。結局、面倒なことになるだけだ。百害あって一利なし』と努めて冷静に考えます。『少し学校のことを話して、ちゃんと返事するだけでスムーズにいくし、お母さんも良い気分でいられる』と思う隼太。長らく母子家庭で育った母と子の関係から来ると思われるその冷静な感情を持つ隼太。しかし、一方で母がよく言う『女手一つで育ててるんだから』という言葉に反応します。『父親がいない大変さを僕にアピール』していると受け止める隼太には、その言葉が『「女手一つ」の家じゃない子どもに、絶対劣ってはいけない』と『お母さんが想像している以上に、威力』をもって伝わります。『僕なりにやるべきことをしっかりやってきた』ものの『「女手一つ」という言葉は重荷で、「女手一つ」じゃなくなったら、どんなにいいだろうと』思う隼太。この思春期ならではの複雑な思いが、父からの虐待を乗り越える原動力になっていきます。そしてこれらの隼太のなんとも複雑な思いに胸が詰まるものを感じる一つひとつの丁寧な描写が作品に強い説得力を与えていきます。
『「女手一つ」という縛りから解放されること、夜一人ではなくなること』など、優ちゃんが父親になることの喜びを享受する一方で『お母さんが悲しむ』という理由で虐待を受けていることを誰にも話さない隼太。その虐待のシーンさえも淡々と描かれていくところにとても瀬尾さんらしさを感じる作品ですが、この作品が単なる児童虐待の実態を描いた作品ではなく、児童虐待をされている側が、努めて冷静に、児童虐待をする側に、その事実を訴え、力を合わせて自分たちだけで虐待問題を解決していこうと動く展開がとても新鮮です。それ故に虐待のシーンがリアルに描写されても決してそこに悲壮感が漂うことはありません。それは隼太のこんな考え方にも現れてきます。『優ちゃんは、虐待とか暴力という言葉に萎縮する』と父をあくまで冷静に観察する隼太。『けれど、深刻になったらなっただけ、はまってしまうだけだ』と分析していきます。そして『僕たちの問題に触れるときは、なるべく軽くおもしろく』、そう捉えるようにしていくことにした隼太。『イライラを防止する役割』のあるカルシウム、『いつどういうときに優ちゃんがキレるのかがわかる』記録としての日記など、児童虐待を受ける側が積極的にその解決方法を提案し、行動に移していくという展開は、瀬尾さんならではの切り口だと思います。そして、それが『優ちゃんがどうすればキレなくなるのかは、まだつかめていない。だけど、優ちゃんが絶対にキレないという日はなんとなくわかるようになった』と進んでいく物語からは、冒頭の衝撃的な暴力シーンを乗り越えた先の未来を感じることができました。しかし、瀬尾さんは物語を単純にそのようには決着させません。ある意味で予想された、ある意味で全く予想できなかった結末へと進む物語からは、児童虐待というものを少し高い位置から俯瞰したような独特な視点から見ることができたように思いました。
『被害者、加害者というふうには考えなかった。どうしたら何とかなるんだろうか、そういうことを考えながら描きました』と語る瀬尾さん。『力は麻痺する。振るう側も振るわれる側も、「まあいいか」と思う幅が少しずつ広くなってしまう』という虐待が繰り返される日常。しかし、そんな虐待の当事者たちには『暴力を振るう人間と振るわれている人間の間には、他の人にはわからないものがある』という特別な繋がりがありました。
報道されるニュースの過激さに感覚が麻痺してしまっている児童虐待について、独特な視点、立ち位置から鋭く斬り込んだこの作品。瀬尾さんならではのあくまで冷静な、あくまで淡々とした筆致が、悲惨さばかりに目が行きがちの児童虐待について、逆に冷静に、視野広く考える機会を与えていただいた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2020.09.02
読後感が不思議
急な幕切れなだけに、その後が気になる。
つまるところ、子どもは成長する。
子どもなりの理屈で。
ある意味、柔軟でタフだなぁ。投稿日:2024.03.23
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