日本書紀の謎を解く 述作者は誰か
森博達(著)
/中公新書
作品情報
七二〇年に完成した日本書紀全三十巻は、わが国最初の正史である。その記述に用いられた漢字の音韻や語法を分析した結果、渡来中国人が著わしたα群と日本人が書き継いだβ群の混在が浮き彫りになり、各巻の性格や成立順序が明らかとなってきた。記述内容の虚実が厳密に判別できることで、書紀研究は新たな局面を迎えたといえる。本書は、これまでわからなかった述作者を具体的に推定するなど、書紀成立の真相に迫る論考である。
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商品情報
- シリーズ
- 日本書紀の謎を解く 述作者は誰か
- 著者
- 森博達
- 出版社
- 中央公論新社
- 掲載誌・レーベル
- 中公新書
- 書籍発売日
- 1999.10.25
- Reader Store発売日
- 2014.12.21
- ファイルサイズ
- 3.6MB
- ページ数
- 238ページ
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この作品のレビュー
平均 4.0 (9件のレビュー)
-
古代史と言うと何故か「作家」が適当にロマンを語ったりするイメージがあるが、本書はまさに学問と言える。
投稿日:2004.10.11
日本書紀」は、日本の初めての「公式」歴史文書(「正史」)だ。
「公式」とは、日本以外の誰かに対して、日本とはこういう成り立ちだ、と主張するものだ。
当時、日本が意識してたのは、世界の中心、中華たる中国…だ。
したがって、公式の歴史書は、中国人が読めなければならない。
だから、「日本書紀」は中国語で書かれている。
(正史=六国史は全てが中国語=漢文で書かれている)
全30巻かけて、日本の由緒を語り、中国皇帝に日本の存在を認めたもらおうという、涙ぐましい努力の成果が「日本書紀」なのだ。
因みに、「日本書紀」と並び称される「古事記」は、全3巻。「日本書紀」の1/10の分量に過ぎない。
そして、「日本書紀」との最大の差は、「古事記」が日本語で書かれていることだ。
と言っても、文字が無かった時代、使用するのは漢字でしかない。
「古事記」の表記は、万葉仮名と言う漢字を使った日本語表記となっている。
「古事記」は、日本人向けに、自分たちの歴史として書かれたため、中国人が読めなくともよかったのだ。
本書は、全30巻中国語=漢文で書かれた「日本書紀」を音韻論分析•文体分析を通して、その作者を特定していこうと言う試みだ。
1999年に発表された新書論文だが、それまでの森の業績を総括した「日本書記」記述論の画期を成す論文だ。
発行されると直ぐに書評で取り上げられ、それを読んですぐに入手した。
音韻分析•文体分析を通じて、明らかとなるのは、「日本書紀」には記述者が複数人居たことだ。
30巻にも達する浩瀚な文書だ、複数の著述者が居ても不思議ではない。
本書の白眉は、「日本書紀」には、中国人の書いた正しい中国語の巻と、日本人の書いた「何ちゃって中国語(正確さを欠いた中国語)」の巻が存在し、両者を明快に区分出来ることを示したところだ。
中国語ネイティブの書いた系列(α群)と、それを受け継ぎ、中国語を外国語として学んだ日本人の書いた系列(β群)のあることを明らかにしたのだ。
中国語のプロである中国人が書き始め、その指導を受けた日本人が途中からバトンを途中から受け継いだ、と考えられる。
日本書紀の書き出しと終わりは日本人が書いたことになるので、叙述の順番は中国人か半ばを書き、その後、前後を日本人が書いたと言うことになる。
その中国人が誰であったかも特定してみせる。
飛鳥浄御原令を記述した中国人と同一人物だからと言うのだ。その死後、神代期と後半部分を日本人が引き継いだと考えられる。
どれだけ外国語をマスターしても、長らく使ってきた母国語の発想や言葉遣いを払拭することは出来ない。
外国人が書いた日本語を、我々は直ぐに何かおかしいと感ずることが出来る。
本書の着眼はそこにある。
8世紀の中国人の視点を以て、「日本書紀」の中国語を読むのだ。
すると、全くの違和感のない巻と、物凄い違和感のある巻があることに気がつく。
著者はその違和感を「倭習」(和臭)と呼ぶ。
問題は、著者に8世紀中国(唐)の中国人の使用した中国語が完璧に分かっているかにある。
著者はそれを古代中国音韻論によってマスターしていると主張しているので、それをわざわざ疑う理由はない。
著者の「倭習」を嗅ぎ分ける能力を信ずることにしよう。
「日本書紀」が中国語で書かれているとして、そこには多くの歌謡も含まれている。
当然、それは中国語を借りて書かれている。
万葉仮名だ。
著者はその万葉仮名についても、古代中国の音韻に忠実な巻と、所謂「倭習」が多くの含まれる巻があるとする。
その区分は、地の区分と一致する。
著者の結論はこうだ。
「日本書紀」は、中国人の書いたα群(巻14-21、24-27)と日本人の書いたβ群(巻1-13、22-23、28-29)に分けられる、と。
8世紀の日本。
唐との交流(と言うより、中華帝国体制の末席に連なること)を通じて、自国のアイデンティティを初めて自覚し、それを確立するために、それまで話してきた日本語を、中国語を借りて表記することを余儀なくされた。
本書は、その苦闘の跡が、「日本書紀」に生々しく刻まれていることを教えてくれる。
同時期に、目的こそ異なれ、「古事記」、「万葉集」も、同じ苦闘の上に成立した。
それまで話し言葉しか持たなかった日本人が、初めて話し言葉を中国語(万葉仮名)を使って表記した時の、世界が広がるような感動と、それでも上手く表現し得ないと感ずる違和感を、想像すると、感無量だ。
彼らこそ、日本語の表記を初めて行ったパイオニアだったのだ。
その違和感を出来るだけ払拭するために、どの漢字を使用するかに情熱を傾けた日本人がいたのだと思うと、胸が熱くなる。
本書は、日本語表記誕生の物語と言える。続きを読む投稿日:2023.08.13
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