靖国問題
高橋哲哉(著)
/ちくま新書
作品情報
21世紀に入ってもなお「問題」であり続ける〈靖国〉。「A級戦犯合祀」「政教分離」「首相参拝」などの諸点については今も多くの意見が対立し、その議論は数々の激しい「思い」を引き起こす。だがそうした「思い」に共感するだけでは、あるいは「政治的決着」を図ろうとするだけでは、問題の本質的解決にはつながらない。本書では靖国を具体的な歴史の場に置き直しながら、それが「国家」の装置としてどのような機能と役割を担ってきたのかを明らかにし、怜悧な論理と哲学的思考によって解決の地平を示す。決定的論考。
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平均 3.6 (68件のレビュー)
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加藤典洋の『敗戦後論』(ちくま学芸文庫)に対して厳しい批判をおこなったことで知られる著者が、靖国神社をめぐる諸問題について考察している本です。
著者は、靖国神社に合祀されたひとたちの遺族が示す激しい…感情を参照することから議論を説き起こし、「祖国のために命をささげた英霊を顕彰する」という回路のうちに遺族の感情を回収する装置として、靖国神社が機能していることを指摘します。さらに、「歴史認識の問題』「宗教の問題」「文化の問題」「国立追悼施設の問題」というテーマにわたって、著者自身の考えが展開されていきます。
靖国神社をめぐってどのような問題が提起されているのかということを知るのみならず、哲学者である著者がその論理的な帰結を追求していくことで、英霊に対して公的行事として報恩の儀礼をささげるということに内在している問題が明確にされているという意味で、興味深く読みました。ここまで問題の次元を掘り下げてしまうと、当然のことながら「自然」な遺族感情に依拠するような議論とは完全に乖離してしまうことは避けられにように思います。
著者のこうしたスタンスに対しては、賛否それぞれの立場から意見があるでしょうが、「靖国問題」とされているものの論理的な帰趨を明確に示したという点では、双方の立場から読まれるべき本なのではないかという気がします。続きを読む投稿日:2019.11.06
高橋哲哉(1956年~)氏は、東大教養学部卒、東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学、南山大学文学部専任講師、東大教養学部助教授、東大大学院総合文化研究科教授等を経て、東大名誉教授。専門は現…象学、言語哲学、倫理学、政治哲学。
本書は、毎年太平洋戦争終戦の時季になると話題に上がる(特に、首相が参拝をした年は)、いわゆる「靖国問題」について、様々な視点から考察したものである。
内容は概ね以下である。
◆感情の問題・・・靖国神社とは、国家的儀式を伴う「感情の錬金術」によって戦死の「悲しみ・不幸」を「喜び・幸福」に転化するシステムにほかならない。その本質的役割は戦死者の「追悼」ではなく「顕彰」である。このシステムから逃れるためには、戦死を「喜ぶ」のではなく「悲しむ」だけで充分である。
◆歴史認識の問題・・・靖国問題の歴史認識は、「A級戦犯合祀」の問題としてのみならず、太平洋戦争の戦争責任を超えた、日本近代を貫く植民地主義全体の問題として問われるべきものである。よって、仮に「A級戦犯分祀」が実現したとしても、それは中韓との政治決着にしかならない。
◆宗教の問題・・・これまで首相や天皇による(宗教法人である)靖国神社の公式参拝を合憲とした確定判決はなく、それは日本国憲法の政教分離規定に抵触していることを示している。政教分離規定は、神道が「国家神道」となって事実上の国教になることを、歴史的反省を踏まえて防ぐためのものであり、その改定はあり得ない。他方、靖国神社の宗教性を否定して特殊法人化することは、靖国神社が戦死者の「顕彰」の活動(=宗教活動)を止めるわけにはいかない以上不可能であるし、それは、かつて国家神道を「超宗教」と位置付けた「神社非宗教」の復活にもつながる、危険な道である。
◆文化の問題・・・日本の文化の根源には「死者との共生感」があり、それを首相や天皇の靖国参拝の根拠とする考え方があるが、靖国神社には「天皇の軍隊」の敵側の死者が祀られた例はなく(戊辰戦争等を含め)、それは国家の政治的意志を反映していることにほかならず、文化論的アプローチには限界がある。
◆国立追悼施設の問題・・・「無宗教の国立戦没者追悼施設」の新設は、追悼や哀悼が個人を超えて集団的になっていくことにより、「政治性」を帯びてくるというリスクを孕む。そうした移設が意味を持つ大前提は、日本国家としての、過去の戦争責任の認識と、非戦・平和主義の確立の二つ。即ち、「政治」が施設をどう使うのかが全てなのである。
靖国問題は、極めて複雑な問題である一方、感情的になりやすい性格の問題である。そうした中で、自分の考えを持ち、様々な議論に参加していくために、複雑な論点を整理・理解することは欠かせない第一歩である。
そういう意味で、著者が最終的に導き出す結論めいた見解への賛否はともかくとして、論点が列挙されている本書は一読するに値する一冊と思う。
(2023年1月了)続きを読む投稿日:2023.01.23
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