真田太平記(十一)大坂夏の陣
池波正太郎(著)
/新潮社
作品情報
和議休戦の翌日から、徳川家康はすべての参陣者を動員して外濠のみならず内濠までも埋め立てさせ、真田丸もまた破却されてしまう。幸村を取りこもうとする家康の計略により、信之(信幸改め)と幸村は京都で会見するが、幸村の家康の首を取るという信念はゆるがない。元和元年五月七日、裸城となった大坂城を打って出た幸村は、若き日の予感どおりに向井佐平次とともに戦場に倒れる。
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この作品のレビュー
平均 4.5 (35件のレビュー)
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十一巻「大坂夏の陣」
子供の頃大坂の陣の順番が夏の陣⇒冬の陣の順番のような気がしていました。あくまでも季節の順番のイメージですが、冬が先ってなんか馴染まないんですよね。
さて。
和議と相成った豊臣と…徳川ですが、家康はすぐにでも戦に持ち込み豊臣を滅ぼすように計ります。
豊臣側は「これまでも何とかなってきたのだから、これからも何とかなるのではないだろうか。先のことは希望だけを見ていたい」しかし「何とかなる」ために有益な動きを取らない…という性質のため、幼いころから苦労と忍耐の末生き残った家康にかかればまさに赤子の手を捻るようなもの。
しかし著者はこの強引な開戦に関して家康の言い分も書いています。「自分はこれまでずっと耐えながらここまで来た。生き残るために情報網を張り巡らし、あらゆる手段を講じてきた。豊臣家だってそのようにして来れば、もう天下が自分たちの者ではないと分かり、その上で家を存続させるために何をするかわかるだろう、それを何の手段も講ぜずただ天下人のつもりでいるもんじゃない」
ついに大阪夏の陣が始まります。
この期に及んで豊臣直属家臣と、牢人たちとの齟齬。
連携の取りようのない戦。
大阪城内に数多入り込んでいる徳川の間者。
そんな中、信之に家康の密命が下ります。
密かに弟幸村と会い、徳川に寝返らせるように。
お互いに無駄と分かりつつ再会する兄弟。そして別れ。
この対面が行われたのは、京都に屋敷を構える小野お通という女性の屋敷。
お通さんは、美女で才女で文化人(浄瑠璃はお通の書いた草紙に節を付けた物が始まりらしい)、朝廷にも豊臣にも徳川にも信頼されあらゆる人脈を持つという女性。
お通さんを書くだけで相当な物語になりそうですが、ここではすでに50を超えた信之が60近いであろうお通さんに痛烈な慕情を抱き、これから彼らの交流が続く…ということを示唆しています。
夏の陣では作者はこの時代の人たちの死に向かう様相を描写します。
幸村は大阪城に入った時からこの戦は豊臣には勝ち目はない、しかしそんなことは問題ではない、関ヶ原の合戦の時には上田城で徳川本隊を遅延させたものの、自分たちは関ヶ原に参戦できずわけのわからない負け戦になった。今度は天下の元でただ一度の決戦にすべてをつぎ込み正々堂々と家康と闘いたい、と戦に向かいます。
幸村の下働き向井佐平次は、30年前に幸村(当時は源二郎信繁)と出会ってから自分は幸村と死ぬものと定めてここまで身を置いてきた。「左衛門佐様のようなお人は二度とこの世には表れまい。明日はどうやら、己のささやかな一生をうまく終えることができそうじゃ」
佐平次の息子で草の者の向井佐助(おそらく猿飛佐助から名前を取ってる)は草の者として育てられた。「人間は必ず死ぬる者じゃ、死ぬる日に向かって生きているのじゃ、そのことを片時も忘れるな。迷えば迷うほどに草の者の『生』は充実をせぬ」という生き方が完全に身に付き、真田の草の者として命を燃え尽くします。
幸村の息子の大助も、実に見事な若武者として描かれます。「大助の心は決まっていて微塵も動かぬ。今の天下に初一念を貫く漢たちがどれほどいようか。漢が武士が思い惑い、迷いぬいて、ふらふらと何度でも己の初一念を我から覆す世とはなった」「周囲の状況がどのように転変しようとも初一念を崩さぬ武士の本分を真田大助は十四歳にして体得していたことになる」
父の代から豊臣譜代の毛利勝永は、関ヶ原後の蟄居先からすべてを捨てて駆けつけてきました。「それがしの意地は他人に対して張り通すものではなく、われとわが身に立て抜くものでござる」
そして家康も、「いざとなったら儂と秀頼が組合い、上になった方が勝ちじゃ!」と気力充満、戦に対する意気込みを示すため、自分の親族や直属の家臣たちをもっとも過酷な戦場に配置します。
それに対して豊臣家の家臣たちは、秀頼に何かあったら困る~豊臣家が潰れるようなことになったら困る~ウジウジグダグダで思い切った決断も行動もできません。
後世から見れば、裸城で日本中全員敵で自分たちを殺すために囲まれていて、城内スパイだらけで、味方の主だった武将たちも次々死んでいき…と言う状況で、
今更「牢人は信用できない」「秀頼公が怪我したら困る」なんて言ってる場合かと思ってしまうのですが、
大阪城陥落の後を出た侍女の証言によると「城の南方で両軍の血戦が始まっても、なかなか落城などとは思いもよらず」とのこと。
大阪城を完全に取り囲まれた状態でも落城するわけないと思っていたというから、本当に完全に堅固な城だったんですね…。
時代劇などで大坂の陣を撮ると、だだっ広い平原で「わー」「わー」やってるだけで、大阪軍の「後藤がおびきだし、毛利が崩し家康本隊を孤立させ、真田が家康を討つ」というのがどうもピンとこなかったのですが、
歴史検証番組で当時の地形説明や撮影で、森や狭い道や遺跡等がある物を見て、やっと「これなら孤立させる作戦が立てられるね」とわかった。
できれば合戦ロケはちゃんと山あり谷あり川ありで撮ってもらいたいもんです(笑)。
しかし現実はそのようにならず…
真田幸村最期の日、最期の時。
大阪城落城。
幸村の妻と娘たちは、罪を問われることなくそれぞれの引き取り先が決まります。
幸村は、真田丸での守備、撤退時の殿、家康本隊への突撃、と守・退・攻、すべてに見事な働きをしたので、
敵軍の将とはいえ武士としての敬意を勝ち得ました。
幸村の妻は家康から「あの大谷行部の娘で、あの真田幸村の妻ならば」と助命し、
幸村の娘たちは「あの日の本一の兵真田左衛門助幸村の娘ならば」望まれての嫁ぎ先が決まります。
関ヶ原の巻の記述でもそうでしたが、
思いっきり闘った敵は敗将でも認められ、中途半端な裏切りをした敵や、宜しくない振る舞いをした味方のほうが侮蔑される、だからこそ自分の決断が一族郎党の命運を決める武将たちは、負け戦だろうと精一杯目いっぱい戦うのですね。続きを読む投稿日:2017.06.22
大阪夏の陣、幸村、名を天下に知らしめて逝く!!
「初一念とは、事にのぞんで一瞬のうちに決意をかためることだ。その一瞬に、決意した者の全人格が具現されることになる。」
初一念を崩さぬことこそ、武士の…本分、と池波正太郎は志記す。
真田兄弟は、初一念に殉じた、と。
人の一生は短い。故に、燃やし尽くさねば、生きる甲斐がない。
幸村の末期、燃やし尽くされた生命の輝きは、強い印象を残す。続きを読む投稿日:2024.01.16
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