この作品のレビュー
平均 4.4 (11件のレビュー)
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佐幕派ならニヤリとすること間違いなし
前作が西南戦争を背景として、明治初年の警視庁にまつわる群像劇を連作短編の形式で綴ったのに対し、本作は自由民権運動の高まりをバックに、明治十年代の人間模様を描いた長編。主人公は元会津藩士で、辻馬車の御…者を務める干潟干兵衛。やはり判官贔屓というか、今回も歴史の敗者の側に視点を置いている。干兵衛は、辻馬車の御者となる以前は会津藩の町奉行同心であり、西南戦争にも息子と一緒に参加したという経歴を持つ。御者という仕事柄さまざまな人々と関わりあううち、自由民権運動の壮士の若者らに好感を抱くけれど……。関わるまいとするのに、引き寄せられるように否応なく時代の流れに巻き込まれていく。
前作に続き、山川健次郎やその妹でアメリカに留学した捨松さんなど、幕末維新でも特に佐幕派の人物が登場するたびににやりとする。怪談的要素が強く、荒唐無稽であるのにさほど違和感を感じさせずに一気に読ませる手腕はさすがと思わせる。
続きを読む投稿日:2014.06.28
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名を残す者、人を残す者
舞台は、急激な西洋化まっただ中の明治15年頃の東京。
町には人力車や鉄道馬車が走り、夕暮れになれば、半てんを着た点灯夫が、ガス灯をつけて回るという、和風・洋風がちぐはぐに入り交じる時代です。
この…街頭を走る「親子馬車屋」の干兵衛と、その馬車に乗る人々の運命が絡み合う様が描かれます。
実在の政治家や作家、作品のモデルになった人物も続々登場しますよ。
(1)グランパは元同心
この頃の人々は、明治という新しい時代に暮らしつつ、生まれや育ちは江戸時代。干兵衛は、かつては町奉行の同心、つまり現場の捜査官として活躍した人物です。
職歴もあって、干兵衛は、自ら事件に首をつっこむこともあります。このため、本作は一種のミステリ作品として読むこともできます(下巻では、ある人物の正体が明らかになり、驚きの展開が待っていますので、お楽しみに)。
干兵衛の息子や妻は、孫娘お雛に呼ばれると、この世に現れます。
最期を遂げた際の恐ろしい姿ではありますが、怪談話のおどろおどろしさはありません。生前にはなかったユーモア感覚まで身に付けており、いわば、西洋の「ゴーストファミリー」風です。
娘から干兵衛を気遣う伝言を頼まれ、その成長ぶりに目を細める姿は、侍ではなく完全に「パパ」。生者が日々を生きるのに精一杯である一方、血縁以外に執着のない幽霊は、文明開化の世でも平気な様子。なかなか洒落が利いていますね。
(2)自由民権「割り込み」運動
自由民権の「壮士」たち。今風に言えば、彼らは反体制活動家です。
尊王攘夷を掲げて維新を成し遂げた幕末の「志士」は、たいへん人気がありますね。一方、自由民権運動は、ボスである板垣退助以外の名前は、ほとんど聞いたことがありません。志士と壮士はどこが違うのでしょうか。
壮士は、遅れてきた志士。
新しい時代の秩序が定まり始め、なんとかそのすき間に入り込もうともがく若者たちです。
たとえば、下級武士出身で教養もあり、旧秩序ではそれなりの扱いを受けたはずなのに、新政府には働き口がない者。商売をしても、頭(プライド)が高いためうまくいきません。俺はもっと高く評価されるはずだ、政府高官が悪い、と不満を抱き、国会開設という新しいプランに期待をかけています。
不平不満は、期待の裏返しです。能力に見合う頑張りを見せれば、お上は地位や報酬を与えてくれるはずとの思いがあるから、その願いが叶わぬときに、裏切られたと感ずるわけです。
つまり、自由民権運動とは、薩長中心の藩閥政府からポストを奪い取ろうとする、権力への割り込み運動だととらえることができます。
結局、国会開設・憲法制定は、自由党ではなく伊藤博文らの手によって実現されます。本当は金持ちや偉い人になりたかった、好きな人を幸せにしたかった、でもなれなかった、歴史に名を残せなかったのが壮士たちです。だからといって、その人生が無駄であったとはいえません。彼らはたしかに生きて働き、同時代の人々の心に大きな足跡を残したことが、本作で語られる様々な事件や作品から伝わってきます。
歴史家によると、歴史とは立体的なもの。
見る者により、見え方が変わるのだそうです。
薩摩・長州と会津では、上級武士と下級武士では、男と女では、年寄りと若者では、明治維新の見え方が違う。
本作の壮士たちは、志士のサクセスストーリーとは違う、明治日本のもう一つの顔を見せてくれるのです。
(3)才媛は消え、人を残した
本書(上巻)には、ヒロインとして三人の女性が登場します。
一人は恋する乙女、一人は花魁。二人の数奇な運命は、作品を読んでいただくとしましょう。
今回特にご紹介したいのが、三人目の捨松嬢です。
明治4年に、わずか12歳でアメリカに留学した捨松。帰国後も洋装に身を包み、ちょっと怪しい日本語がチャーミングな、しっかりものの女性です。
とはいえ、当時の日本には、まだ彼女の真価を発揮できるポストはありません。政府の依頼は、高官やその妻にダンスを教えてほしいとのこと。鹿鳴館のために最高学府を卒業したわけじゃないわ、と言いたいところですが、この仕事が、捨松に運命の出会いをもたらします。その出会いは、彼女だけの大きな仕事、さらには日本国の将来にまでつながっていくのです。
結果として、「アメリカ、ヴァッサー大学卒業の才媛は消えた」。
この一文に、干兵衛や作者の詠嘆と、人生の意外な価値に関する発見が込められています。
私も思います。名を残すよりも、もっと大きな生き方がある。それは、人を残す生き方だと。そして、そんな生き方ができる人には、いつか特別な出会いがある。
不満と期待を抱えて生きる現代の壮士たちに、おすすめしたい一冊です。続きを読む投稿日:2018.04.13
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