凍える島
近藤史恵(著)
/東京創元社
作品情報
友人と喫茶店を切り盛りする北斎屋店長野坂あやめは、得意客込みの慰安旅行を持ちかけられる。行先は瀬戸内海に浮かぶ無人島。話は纏まり、総勢八名が島へ降りたつことになる。ところが、退屈を覚える暇もなく起こった事件がバカンス気分を吹き飛ばす。硝子扉越しの室内は無惨絵さながら、朱に染まった死体が発見され、島を陰鬱な空気が覆う。道中の遊戯が呼び水になったかのような惨事は、終わらない。――連絡と交通の手段を絶たれた島に、いったい何が起こったか? 由緒正しい主題に今様の演出を加え新境地を拓いた、第四回鮎川哲也賞受賞作。
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商品情報
- シリーズ
- 凍える島
- 著者
- 近藤史恵
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 東京創元社
- 書籍発売日
- 1999.09.01
- Reader Store発売日
- 2010.12.01
- ファイルサイズ
- 0.3MB
- ページ数
- 277ページ
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この作品のレビュー
平均 3.1 (92件のレビュー)
-
あなたは、『無人島』に行きたいと思いますか?
令和2年に実施された国勢調査によると、この国には人の住む島が416島もあるそうです。淡路島、佐渡島、そして伊豆大島…と誰もが知る島の他にもこんなにも多く…の島があること自体に驚きます。しかし、海に囲まれたこの国には、それ以上に人が住まない島が存在します。『無人島』とも呼ばれるそんな島は、なんと13,705島も存在するのだそうです。この数には改めて驚きます。
そして、そんな『無人島』に興味を持たれる方もたくさんいるのだと思います。実際、『無人島』を訪れるツアーもたくさん存在するようです。神経をすり減らすようなオフィスでの毎日、人の目を気にして生きざるを得ない毎日の中では、たまにはそんな『無人島』で誰にも邪魔されない心からのんびりした時間を持ちたいと思う人は多いのだと思います。
さて、ここに、仲間内でそんな『無人島』へ『一週間』の旅へと出かけた八人を描いた物語があります。『来てよかった、と心から思う。ふだんの生活では、触れることのできない風景だった』と心から『無人島』の自由を感じる瞬間からスタートするこの作品。『だれにも気兼ねすることもないし、指図されることもない』と『バカンス』を楽しむ八人を見るこの作品。そして、それはそんな『無人島』という『密室』で起こるまさかの『連続殺人』の恐怖があなたを襲う物語です。
『無人島とはこれまた古風な』と『うさぎくんがおおげさにおどろいてみせ』、『なつこさんの恋人の椋(むく)くん』が『からになったジダンの箱をわたしに渡し』ながら、『ガスも電気もあるし、ちゃんと人が住めるようになっているんだよ』という説明を聞くのは主人公の野坂あやめ。『知り合いが、無人島に別荘をもってい』て、『つかわないときは貸してくれる』と説明する椋に『いいねえ』と相槌を打つ うさぎくんは『あやめさん、どう。北斎屋の慰安旅行でさ』と訊きます。それに『客つれて慰安旅行に行く喫茶店なんてきいたこともない』と返す あやめですが、『半分その気になってい』ました。『店の壁は葛飾北斎の版画で埋められていた』という喫茶店を祖父から引き継いだ あやめ。そんな中に従業員のなつこさんが『矢島さんも誘おうよ』と言い、その名前に『一瞬、胸がきしんだ』あやめ。『奥さんが美人なんだよ』、『それじゃ、奥さんぐるみで誘おうよ』と話は進みます。『映画館の隣の席』での偶然の『出会い』から始まった矢島との関係を思う あやめ。
場面は変わり、『わたしたちの行くS島は、瀬戸内海の真ん中にあった』と『小さな町のあるH島』から『モォタァボォトですぐ』という島へと向かう『北斎屋慰安旅行ご一行様は全部で八人』になりました。『うさぎくんの彼女と友人』の二人が加わって島へと向かう八人は自己紹介をし、管理人と落ち合います。『一週間分以上の食料』は先に運んであり、H島からは、管理人と『四級のボォト免許』持っている椋の二人が二艘の『モォタァボォト』で移動するという説明を聞く面々。島へと着き、『天国への階段』のような『石の階段』を上がった先に『ラシェフスカヤの抱擁』が掘られた『石の門』へと辿り着いた面々。そんな中に管理人は『この島は”オアンネスの息子”教の聖地だったんですよ』と説明します。『”オアンネスの息子”教といえば、あの集団自殺の』という声。それに、『三年ほど前に十人の教徒が、昇華儀式と称して焼身自殺をくわだて、大評判になった小さな宗教団体』を思い出す あやめ。『やだ、ここで自殺したの』と不快感を露わにするのはうさぎくんの彼女・静香。それに『別に幽霊なんかはでませんよ』と管理人は笑います。そして、『四角いドオナツのような形に、部屋がぐるりを取り囲んでいる』という『愛想のないましかくの建物』へと着いた面々。そして、部屋を案内すると管理人は島を後にしました。『これであと六日間はわたしたちだけの世界だった』と八人だけになった あやめたちは、『相談して部屋割りを決め』ます。そして、『とてつもない開放的な気分』を感じる あやめ。そんなところに矢島の妻である奈奈子がやってきて話をする二人。そんな中で『あやめさん、もしも、もしもよ』と語り出した奈奈子は、『わたしになにかあったら、俊弥をお願い』と突然語ります。それに動揺を隠せない あやめ。そんな翌日、『シンバルのような悲鳴が、あたりにこだまし』ます。『急いで服を身につけ外へ出』ると、『奈奈子さんの部屋あたりに、みんなが集まってい』ます。『女は見ないほうがいい』と言われるも『大きなお世話だ』と、『硝子戸の中をのぞき』こんだ あやめは息を呑みます。『窓の内側は無惨絵のようだった』という部屋の中は、『絨毯が朱に染ま』り、『飛び散った血が、硝子に赤い痕跡を残してい』ます。『そしてその真ん中に、奈奈子さんがあおむけに倒れてい』ました。そんな衝撃な光景から始まる『孤島、密室、連続殺人』の物語が描かれていきます。
“数年前には新興宗教の聖地だったという島で、八人の男女が一週間を共にする、しかも波瀾含みのメンバー構成。古式に倣って真夏の弧島に悲劇が幕を開け、ひとり減り、ふたり減り…。由緒正しい主題をモダンに演出する物語はどこへ行く”と内容紹介にうたわれるこの作品。1993年9月に刊行され、第4回鮎川哲也賞も受賞した、近藤史恵さんのデビュー作でもあります。”由緒正しい主題”と言われる通り、外部から閉ざされた『無人島』で起こる『連続殺人』という展開は、いかにもありそうなテーマだと思います。とは言え、私、さてさてはミステリーの読書量が少ないこともあって、全くもって初めてのテーマです。とても新鮮に読み進められるだけでなく、そこに”モダンに演出する”という近藤さんのアレンジも新鮮に読み進めることができました。
そんなこの作品を読み始めた読者がまず気づくのは、違和感のあるカタカナ表記が頻出することです。違和感が麻痺するくらいに数多く登場するその表記について、種別ごとに分類した上で、それがどんなものかご紹介しましょう。
・食べ物、飲み物等
→ グレイプフルウツ、ピイナッツ、チイズ、ドオナツ、フルウツサラダ、コオヒイ、ビイル、アルコオル、ストロオ、コオヒイカップ
・乗り物、家具等
→ モォタァボォト、ボォト、テエブル、シャワア、カアテン、シイツ、ジグソオパズル、シリンダァ、コンクリイト
・衣服等
→ ジインズ、ワンピイス、スカァフ、ハンケチ、ビロオド、キイ、キイホルダァ、パスポォト
・その他
→ ペンネエム、ツマ、フリィセックス、センセイショナル、イメエジ、ムウド、メエトル
いかがでしょうか?『グレイプフルウツ』→ “グレープフルーツ”、『モォタァボォト』→ “モーターボート”というように長音の”ー”を使って欲しいと思われる箇所がそうでなく記述されるなんとも引っかかりのあるカタカナ言葉が続きます。ただ、それだけでなく、『ツマ』→ “妻”という、そのまま書けば良いのにと思えるような意味ありげなカタカナ表記も存在します。なんとも引っかかりを感じる表記ですが、特に長音を使わない表現の方は、これによってなんだか昭和初期の世界を見るようなレトロな雰囲気感が物語に自然と醸し出されているのを感じます。ほんのちょっとのことではありますが、近藤さんの演出の中に日本語の面白さを改めて感じもしました。
そんなこの作品の醍醐味は『無人島』という舞台を使った『孤島、密室、連続殺人』が描かれていくところです。まずは、舞台となる『無人島』である『S島』の設定を見ておきましょう。
・『S島は、瀬戸内海の真ん中に』あり、『週に三度ある定期便の船で、小さな町のあるH島に行く』、『そこからモォタァボォト』でわたる。
・『むこうには電話がない』
※1993年の作品なので、そもそも携帯電話という発想もない
・『遠泳の選手でもないと』泳いで渡ることはできない
・『モォタァボォト』は二艘。一艘は管理人が乗って戻り、もう一艘を操縦できるのは椋のみ
・『ガスも電気もあるし、ちゃんと人が住めるようになってる』
・食料は『一週間以上用意』されている
以上の前提が提示されています。ただし、そこに直接には関係しないものの、精神的には非常に大きなダメージを与える次の前提が付け加えられます。
・『三年ほど前に十人の教徒が、昇華儀式と称して焼身自殺をくわだて、大評判になった小さな宗教団体』『”オアンネスの息子”教の聖地』だった。
これは登場人物たちはもとより、読者にもなんとも言えない影を感じさせ、物語の色を一気に変えていきます。上記した『無人島』が別物にも感じ出すところが上手い演出だと思いました。そして、そんな島へと『北斎屋慰安旅行ご一行様は全部で八人』と海を渡った登場人物をあげておきましょう。
①野坂あやめ(本名: 照美): 主人公、『北斎屋の店長』
②寺島ナツ子: 『北斎屋』の従業員
③椋隆之: 『北斎屋』の客、『四級のボォト免許』を所持
④矢島鳥呼(本名: 俊弥): 『北斎屋』の客、詩人、あやめが肉体関係を持っている
⑤矢島奈奈子: 矢島の”ツマ”
⑥うさぎくん(本名: 田中幸広): 『北斎屋』の客、『電気屋の店員』、『二十八歳』で一番年上
⑦松島静香: うさぎくんの彼女
⑧守田充: うさぎくんの友達、『R大薬学部の院生』
以上の八人が上記したH島に『一週間』滞在することになりますが、そんな滞在が始まって間もなく、”お決まり”のように”事件”が起こります。
『シンバルのような悲鳴が、あたりにこだました』。
…とまさかの奈奈子に訪れた第一の”事件”です。そんな奈奈子は、前夜に主人公・あやめの元を訪れ、こんな一言を残していました。
『あやめさん、もしも、もしもよ』、『わたしになにかあったら、俊弥をお願い』。
まるで、自身に起こる悲劇を予知していたかのようなこの言葉。そんな言葉を残された主人公のあやめは、奈奈子の夫である矢島鳥呼(本名: 俊弥)と不倫関係にありました。そんな二人の事情を知ってか、知らずかという中での奈奈子の最後の『お願い』。そんな翌日に引き起こされたまさかの出来事の中に『無人島』に滞在する面々は一気に緊張に包まれます。凄惨な犯行現場に、『新興宗教』の影が重なる一方で、警察を呼ぼうにも連絡手段がありません。そんな中で、事態は…と展開していく物語。
『ひとが、ひとを殺す。そんなことは小説世界にしかないと思っていた』。
…と小説世界の中でこんな風に登場人物の感想を聞く物語は、近藤さんならではの心理サスペンスの世界へと読者を誘います。
『わたしたちと同じ屋根の下で、わたしたちの友達が、だれかに殺される。しかも殺したのは、わたしたちのうちのだれかかもしれないのだ』。
『無人島』という言わば『密室』の中で起こる凄惨な事件。これが、街中であればこのような感想になるはずがありません。『密室』だからこそ、お互いにお互いを励ます一方で、そんな相手を疑わざるを得ないギリギリの精神状態に置かれていく主人公たち。その恐怖を近藤さんはこんな風に表現します。
『誰かが殺したのかもしれない。その疑いは、みんなの胸の中にどす黒く溜まっているものだった。だが、それを言い出せば、わたしたちの間の最後の糸が切れてしまうような気がした』。
誰かが嘘をついていると疑わざるを得ない状況に置かれた登場人物たち。そして、それはお互いがお互いを疑う、疑心暗鬼の状態に陥らせていきます。これには、早々にページをめくる手が止められなくなってもいきます。そんな中に少しづつ動きを見せていく物語は〈わたしたちはもう、戻れないところまできてしまった〉、〈心臓の在処〉、そして〈馬鹿者のためのレクイエム〉といった章題が意味深に盛り上げてもいきます。ミステリーにネタバレは禁物ですので、これ以上深く立ち入ることはやめますが、そんな物語には、ええええっ、そうなの!、と二転三転する、まさかの結末が描かれていました。
『わたしたちは、あまりにも無力だった。わけのわからない大きな力に、友だちが、ひとり、またひとりと連れ去られてゆくのを、どうすることもできなかった』。
デビュー作としての近藤さんの初々しさも感じるこの作品。そこには、近藤さんのミステリー作家の今に繋がる『連続殺人』の秘密に迫る物語が描かれていました。妙に引っかかりを感じるカタカナ表記に時代感を感じるこの作品。まさかの犯人とその凶行の理由になんとも言えない気分に苛まれるこの作品。
感情移入を阻むような登場人物と、『新興宗教』の呪いを感じさせる不気味な『無人島』の演出の中に「凍える島」という書名が絶妙に浮かび上がるのを感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.04.26
展開の速さやどんでん返し的な意外性もあり面白かったです。
たど、クローズドサークルでは、緊迫感と追い込まれていく心理描写が好きなので、それがあまり感じられなかったです。投稿日:2024.02.18
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