この作品のレビュー
平均 3.7 (19件のレビュー)
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"To be, or not to be, that is the question."(「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」<本書訳、以下同>)、"Get thee to a nunn…ery." (「尼寺へ行くがいい」)、"Frailty, thy name is woman."(「心弱きもの、おまえの名は女!」)など、数々の名台詞で知られるシェイクスピア悲劇。
デンマーク王子、ハムレットは憂えていた。偉大なる父王が突然の死を遂げ、次に王位に就いたのは王の弟でハムレットの叔父であるクローディアス。高潔な兄に比べ、(ハムレットの目から見ると)卑小な弟。王と呼ばねばならぬことさえ苛立たしいのに、あろうことか、前王の死後、二月足らずで母王妃は現王に嫁した。悲嘆と憤怒の只中にあるハムレットの前に、父王の「亡霊」が姿を見せる。亡霊は弟に謀殺されたと告発し、ハムレットに敵を討つよう命じる。ハムレットの深い煩悶は、周囲を引きずり込みながら、破滅へと雪崩れ込む。
結末では、主要登場人物のほぼすべてが死んでしまうという一大悲劇である。
ハムレットの人物像に関しては、古来、議論があるようだが、読み返してみても、すっとは呑み込めない「わかりにくさ」がある。
叔父が父を本当に殺したのであれば、さっさと皆に疑いを明らかにして、裁きの場に引きずり出せばよいではないか。気狂いの真似をするのが有効な手段とはあまり思えない。
「生きるべきか、死ぬべきか」とも訳された"To be or not to be."の"be"は何を指しているのか。
ハムレットの逡巡は、確かな証拠がないことによるのか。叔父の自白を待っているのか。
八つ当たりのようにかつての恋人オフィーリアに冷たく当たり、彼女の父を(過失とはいえ)殺してしまってもあまり後悔の色もない。
とはいえ、父王を殺され、母が邪悪な男の手に落ち、恋人も失い、ついには絶望のうちに自らの命も失うのだから、悲劇の中心人物であることには違いはない。
この話、周囲の人々もそれぞれに悲劇を抱える。
兄の死後、王位に就いたクローディアス。
自ら兄殺しに触れるのは、中盤を過ぎたあたりの傍白部分が初めてである。前半だけだと、気難しいうえ、おかしな想念に取り憑かれた義理の息子を扱いかねているようにも見える。
一応、前王殺しの犯人ではあろうけれども、何だかこの人も謎が多い。美しい兄嫁が好きだったのならば、なぜもっと早く手を下さなかったのか(それこそハムレットが生まれる前に!)、面倒くさい義理の息子を早いうちに片付けなかったのか、いろいろすっきりしない。穿った解釈をすれば、「兄殺し」は、例えば兄が倒れていたのを見つけたのに適切に助けなかったといったような消極的な意味と受け取れなくもない。そうなると、亡霊の告発を聞いているのはハムレットだけなので、すべては難しい年頃の青年の妄想だったという可能性もなくはない。クローディアスは最終的には汚い手でハムレットを陥れるわけだし、さすがにそれはないかとは思うのだが。
となると、息子を愛する王妃を慮るばかりに、冷酷非情に徹しきれなかったところが、この人の「悲劇」といったところか。
極悪非道というよりは、小人物の趣である。
王妃ガートルード。
前王を愛していたとはいうが、死を悼む涙も乾かぬうちに、弟と結婚する。
この人が兄王、弟王をそれぞれどう思っていたのかもすっきりしない。王が突然死に、外国との間も平穏無事というわけではない。そうであれば、年若い王子よりも、それなりに分別のある年頃の王弟を王に迎え、王国の安泰を図るのも1つの手だろう。弟王が狡猾で邪悪だと知っていたのならともかく、そうではないとすると、「事件」の様相はがらりと変わる。息子が再婚相手を嫌い、わけのわからぬ因縁をつけてくる。気がおかしくなってしまったと悲嘆にくれても無理はない。
恋人オフィーリア。
この人こそ、罪科がないのに巻き込まれてしまった悲劇の人だろう。
前王殺しにもまったく関係がなく、邪淫に堕ちたわけでもない。ハムレットが何に悩んでいるかも明かしてもらえぬまま、一方的に冷たい言葉を浴びせられ、父親も殺されてしまう。ショックのあまり、本当に気が触れ、最後は命を落としてしまう。気が触れてからのオフィーリアが発する、辻褄は合わないながらも断片的に鋭い洞察を秘めた台詞は味わい深い。
ジョン・エヴァレット・ミレーも描いた、悲しい美しいオフィーリア。
「尼寺に行け!」と言われたときに、本当に尼寺に行ってしまえばよかったのに、と思わぬでもない。神はハムレットのようにひどい仕打ちはしなかったろう。
その他、ハムレットの忠実な友人であるが、ともに死ぬことを許されず、語り部となることを強いられたホレイショー、阿諛追従の徒ではあるが、悪意のないポローニアス(オフィーリアの父)など、いずれも幸せにはならない登場人物たちも、鮮やかに描き出される。
シェイクスピア作品は、概して、堅牢にがっちり作られているというより、どこかいびつであったり、「隙間」が残っているような印象も受ける。
ただそれはすべてシェイクスピアが意図したというよりも、成立の事情も絡んでいそうだ。ハムレットには、Q1、F1、Q2(Qは四折本、Fは二折本の意)という3つの版が知られており、各版間で、台詞の有無、場面の移動・カットなどがある。一般的には、F1版を元本とすることが多い(本書も含む)。*光文社古典新訳版はQ1を元にしているので、読み比べるのもおもしろいかもしれない。
どれがオリジナルに近いかは議論があるようだ。戯曲というものの性質上、演出者や出演者の判断で元の脚本に手を加えられることもあったろう。
いずれにしても、さまざまなエピソードに「穴」や「引っかかり」があることで、読み手・観客の想像をかき立て、物語の中に引き入れ、何度鑑賞しても飽きさせない、そんなマジックが効いているようにも思う。
恐るべし、シェイクスピア・ラビリンス。続きを読む投稿日:2016.10.02
小田島雄志訳。あまりにも有名な「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」の箇所は、訳者の新しい解釈だそうだ。自分的には、小田島訳の方がしっくりきた。
初見だが物語として面白く読めた。確かに結末は悲劇な…んだけど、狂人を装ったハムレットの皮肉たっぷりの台詞などニヤリとする場面も多い。
芝居で見たくなる。続きを読む投稿日:2022.09.23
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